『決戦、近づく中で』(後半)

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●考察

 ブレイブ号で氷の大地に訪れていたタウラス・ルワールはベースキャンプに留まっていた。
 今後に備え、ベースキャンプに結界を張ることが検討されており、準備が進められている。強固な結界が張られれば、強い魔力の影響も受けなくなるが、内部で魔法を使うこともできなくなってしまう。
 それは継承者の一族が持つ特殊能力も同様。帝国領とのスムーズなやりとりも難しくなるということだ。
 その前にタウラスは氷の壁の内部についての分析を、出来る限り進めておくべきだと考えた。
「こちらからの連絡を伝える際、帝国領にいるホラロさんも同席していただけるよう、お伝え願えますか?」
 通信役の山の一族にそう話して帝国に連絡をしてもらったのだが、しばらくして帝国から返ってきた返事はNOだった。
 ホラロは極めて重要な開発に従事しており、研究室を離れることができないとのことだ。
 また、ホラロの経験や知識から何か解ることはないかと考えたタウラスだが、山の一族の言語能力や、知識的に、国家や軍事や兵器という言葉自体、理解をしてもらうのに時間がかかり、相手側にも上手く伝わらず、短期間での帝国との情報交換はとても無理なようだった。
「ハルベルトさんたちから情報を得ても、風に声を乗せて情報を届けてもらうのは、厳しそうですね……」
「役に立てずすまない」
「とんでもない。力を貸して頂けているお陰で、どれだけ助けられているか」
 謝罪する山の一族に、タウラスは深く礼をする。
 世界が更なる危機に瀕するというのなら、彼らはアトラ・ハシス島に帰らなければならない、いや、帰すべきだ。特にシャナは。
 ホラロはどうするだろうか。
 彼は大洪水前、どこかの国の軍事プロジェクトに参加していたと聞く。
 どの国だかは聞いていないが、極刑が死刑ではない国のようであり、アルディナ帝国や、ウォテュラ王国とは考えにくく、そしてコーンウォリス公国でもないようだった。
(思えば、彼が村に留まる理由はないのですよね……。原住民のことも快く思っていませんでしたし)
 そして、何よりも。村には男性が少なく、若い夫婦が少ない。彼が大好きな、小さな女の子も年々減っている。
 このまま帝国に勧誘されて、帰化する。
 そんな未来も予想された。
 ホラロが帝国とどんな取引をして、どのような開発が進められているのか。
 妻とも帝国とも離れているこの場所では知る方法もなく、ただ流れに任せることしかできないことをもどかしく思った。
 戻ったらすべきことは多そうだ。

●宮殿、魔力塔にて
 燃える島で行われたSスヴェルの作戦に参加したカーレ・ペロナは、継承者の一族の力を宿していた。
 とはいえ、その力の使い方をカーレは知らない。
(問題は誰に教えていただくかですね。事情を説明して紹介してもらうならエクトルかジェルマンに頼むべきか……)
 カーレの属性は地。地の一族の能力を行使できる人物は、皇家の血を引いている地属性の者。ハーフ以外。
 頭を悩ませながら彼は、最近度々立ち寄るようになった宮殿の魔力塔へと訪れた。
 ここでは特殊な訓練が行われており、特殊な魔法も習えるらしい。
 現在は生徒の募集は行なわれておらず、訓練に加わることは出来ないが……。
(おや? あの子は……)
 カーレはロビーのソファーに座っている人物に目を留めた。
 中性的な容姿。服装は貴族の少年らしい格好。年齢は10代前半。
(どこかで見たことが……あっ)
 カーレは訳あって、この塔に出入りする人物を調べていたことがある。
 見聞きしたことのある名前の中で、あの子の容姿と合致する人物がいた。
「ビル・サマランチ、さん?」
 声をかけると、不思議そうにその子――ビル・サマランチがカーレに目を向けた。
「やはり、ビルさんですね。マリオ・サマランチさんに良く似ておられる……ご子息様ですか?」
「そう、です」
 ビルの声は酷く沈んでいて、怯えた目をしていた。
「どうかされましたか?」
「……あ、お父様の容態を知らせに来てくれた方ではないのです、ね。お父様が大怪我をされた、らしいので……」
「マリオさんが? それは心配です。ご容態は」
 マリオ――それは皇帝ランガスのもう一つの名。彼を失えば、国も世界も崩壊の危機を迎えるだろう。
「命は、大丈夫みたいです」
「そうですか。一刻も早い回復を心よりお祈りいたします」
 カーレがそう言うと、ビルはこくりと頷いた。
「こんな時に申し訳ありませんが」
 カーレはビルの側で膝を折り、声を落として話していく。
「『継承者の一族の力』というのはご存じですか?」
「今、ここで習っているところです」
 ビルは服装は少年なのだが、声も喋り方も女の子だった。
「習っておられるのですね。私も訓練に加えてもらえたらいいのですが、訓練生の募集はもう行われていないようで、困っているのです。マリオさんが大怪我をされたという話を聞き、より早く私も国と皇帝陛下の力となれるよう、能力を身につけたいと思いました」
 そして、カーレは自分が継承者の一族の力を宿していることをビルに話した。
 だが、今は秘めているだけで、特殊能力の使い方を知らないのだと。
「どんな能力なのか知っていれば、試したりして自分で学んでいくこともできるんです。ただ、地の一族の能力は、人に知られると良くない能力で……。あ、大地を通して、自分の声を同じ地の特殊能力を持っている人に届ける魔法でしたら、私でもお相手になれると思います」
 ただ、これから出かけなければならず、帰りは数日から数週間後になると、ビルはカーレに話した。
「頑張って、くださいね。私も……頑張りたい、です」
 ビルは立ち上がって、カーレに軽く礼をして、迎えに訪れた騎士と共に魔力塔の外へと出て行った。
 それからカーレは、参加出来ないまでもと、特殊訓練の教官にかけあって、声を伝える魔法について、説明を受けた。
 地の継承者の一族には、互いに大地に触れている状態で、繋がった大地を通して声を伝え合う能力があるらしい。
 彼女が帰ってきたら、練習の相手をしてもらおう。
(それと、何か励みとなるようなことが言えたら……)
 泣きはらした目で、怯えているビルの姿が、想いから消えなかった。

●いつか嬉し泣きをする日まで
 帝国へ帰還するアルザラ1号に、小型魔導船が合流した。
 そして、その船に乗ってきた地の継承者一族の力を持つエルザナにより、グレアムを支配している歪んだ魔力は強制的に抑えられた。

 グレアムが収容されている部屋の前で、タチヤナ・アイヒマンは腰に魔法剣があることを確かめると、ノックをしてから静かにドアを開けた。
 グレアムはベッドに横たわり、ぼんやりした顔で天井を眺めている。
 その顔には、ゾッとするくらい意思というものが感じられなかった。
(心はここに無くても、体は団長のもの)
 タチヤナは自分にそう言い聞かせて、これまでそうしてきたようにグレアムに話しかけた。
「グレアム団長、お加減いかがですか? 怪我の様子、見させてくださいね。包帯、替えておきましょう」
 やさしく丁寧に接するタチヤナに、返って来る言葉はない。
 包帯を替えるためにグレアムの体を起こしても、彼の体はぐにゃりとしていて力が入っておらず、まるで息をする人形のようだった。
 胸が詰まり手が止まりそうになるのを堪え、タチヤナは包帯を緩めていく。
「団長……きっと貴方は心を取り戻した時……すごく自分を責めるんでしょうね」
 タチヤナは、作戦で犠牲になった仲間達を思い、目を伏せる。
「でも、わがままな私は……それでも、貴方を取り戻せて良かったって思ってるんです。グレアム団長は、生きなきゃいけない。そして、グレアム団長にしかできないことをすべきです。スヴェルの団長は、やっぱりグレアム団長しかいない。それが、犠牲に報いることになるって……私は思います」
 静かな声で話しながら、タチヤナは手順通りに手当てを進めていく。元通りに包帯を巻き終えると、グレアムを再びベッドに寝かせた。
 彼の目は天井を見ているが、はたして見えているのか。目は開いているが、きっと何も見えていないに違いない。
 団長、とやさしく呼びかけて顔を覗き込む。
「……私のためにも、生きてほしい、です。グレアム団長を失うことを思ったら、目の前が真っ暗になって……。貴方が、生きていてくれて良かった……」
 タチヤナの口元には笑みが浮かんでいたが、目は涙で潤んでいた。
 こぼれ落ちそうになった涙を、ぐいっと袖口で拭う。
「いけない。まだ気を抜いちゃダメですよね。グレアム団長の心も戻った時には……嬉し泣きさせてください。絶対、我慢できない自信があります。涙はその時まで取っておきます!」
 まつ毛を涙の名残で光らせたまま、タチヤナはおどけた風に言って笑った。
 そして表情を改めると、これから始まる作戦に向けてパシッと両頬を叩き気合を入れた。

 

☆ ☆ ☆


 グレアムとチェリアを乗せたアルザラ1号を見送ったリンダ・キューブリックは、ここで散った戦友達のもとに戻った。
 歪んだ魔力の影響を受けている可能性が高いため、本土に連れて帰れなかった仲間達だ。
 ──戦友を見捨てない
 ──引きずってでも船に連れ帰る
 そう誓ったリンダに、Sスヴェルや帝国騎士の戦死者を野ざらしにしておくという選択肢はなかった。
 連れて帰れないなら、せめて埋葬する。
 そのために、リンダは氷の大地に残ることに決めた。
 ベースキャンプにあったスコップを借りたリンダは本土側の海岸を墓地と決めると、分厚い氷にスコップを突き立てた。
 固い氷から、反動による軽いしびれがじんと手に伝わって来る。
 ガツン、ガツンとリンダは氷の大地を掘り続けた。
 自己満足でもかまわなかった。

 どれくらいの時間が経っただろうか。
 長い時間をかけてようやく人数分の穴を掘り終えることができた。
 その間に、何人かがリンダを訪ねてきた。
 休憩がてら手伝う者もいたし、リンダと同様にルイス討伐に参加するのだと言っていた者もいた。
 こんな会話もあった。
「あんた、マテオ・テーペと何か関係あったっけ?」
「いや、ない。だが、たとえ成り行きであっても戦場に招かれるなら是非もなし」
「騎士というより戦士だな。ここに来たのも何かの導きってやつかい?」
「だとしたら、運命とやらも乙な真似をしてくれる。帝国の暴力装置として生き延びてきた自分のような武辺者が、異国の民草を救うべく命懸けの手助けとは……いやはや、人生とはおもしろいものだ」
 リンダはクツクツと笑った。
「悔いが残らぬよう、存分に大暴れをしてやろうではないか!」
「ははっ。おもしろい人だな。本土に残してきた友達とかいないのか?」
「うむ、問題ない」
 アルザラ1号で帰還していった人に、腐れ縁への伝言は託しておいた。
 ──カエルとの貸し借りは全てチャラにしてやる。せいぜい長生きしろよ
 いずれ人伝に届くだろう。
 短い会話をしたこの青年も、今はベースキャンプに戻り自分の仕事をしている。
 再び一人になったリンダは、穴の中に戦友らを丁寧に下ろしていった。
 分厚い氷の下の土の中なら、リンダ達が立っているところよりは温かいだろう。
「あの世で再会しよう。たぶん、そう待たせることもないだろう」
 掘り起こした土と氷で彼らを隠し、しばしの別れを告げた。

 

☆ ☆ ☆


 氷の大地のベースキャンプでは、各自怪我の手当てや次の作戦の準備などを行っている。
 そんな中、コタロウ・サンフィールドは共に箱船に乗ってきた水の魔術師達に、ある相談をしていた。
 水の魔力を静めるために精神を捧げたベルティルデ・バイエルのことである。
「俺はこれから箱船の整備と準備に全力を尽くそうと思ってる。マテオ・テーペのみんなを迎えに行って、できるだけ多くの人を連れて来れるよう尽力したい。それが、ベルティルデちゃ……ルース姫様の願いだったし、もちろん、俺の望みでもあるから」
 真剣な顔で言うコタロウに、水の魔術師達も表情を改めて彼と向き合った。
「あなたが箱船に乗ってくださるなら、きっと無事に二隻目に乗るみんなをリモス村へ連れて行けるでしょう」
 水の魔術師達の技師長への信頼は厚い。
 彼らはマテオ・テーペに着いたら船を降りることになっている。二隻目の箱船に彼らはいないのだ。これが共に行う最後の仕事になる。
 コタロウは力強く頷いてから、本題を切り出した。
「それから……できることならルース姫様がマテオ・テーペの皆と普通に交流できるようにしてあげたい。例えば、ほのぼのと子供達にジョギング指導してあげたりとか」
「それは……」
 水の魔術師は困り顔になる。
 一度捧げた精神を取り戻す方法など、知らないからだ。
 ベルティルデの今の状態に心が痛まないわけではないが、自分達にはもう彼女に直接何かをできることはないと割り切るしかなかった。
 他に何かできるとすれば、海底のマテオの人達の救出と世界の安定に力を尽くすことくらいだ。
 コタロウにも、ベルティルデの精神を取り戻す方法など見当もつかない。
 だから、魔術師達なら少なくとも門外漢の自分よりはと望むしかなかった。
「魔法方面に詳しい皆の知恵を拝借できたら……。今、この場でなくても良いので、方法を考えてもらえたらありがたいです。よろしくお願いします」
 頭を下げるコタロウに、魔術師達も拒否はできなかった。
「できるかぎりのことはしましょう。僕だって、また姫様とお話ししたいですから。でも、あまり期待はしないでくださいね」
 コタロウは水の魔術師達に礼を言って、船の整備に戻った。
 ベルティルデにも幸せな人生を掴んでほしい──今も変わらずそう願っている。

●雪解けを願って
 ジスレーヌの伝手で宮殿にいる山の一族を訪ねたヴォルク・ガムザトハノフ。燃える島で取り込んだ継承者一族の力を使いこなせるように、指導を頼みに来たのである。
 引き受けた山の一族の者は、ヴォルクを庭へ連れ出した。
 降り積もった雪で真っ白になった庭は、夏の様相とは一変している。
 踏み進むたびにキュッキュッと小さな音が聞こえた。
 向かい合って立つ二人が呼吸をするたびに、白い息が空気に溶けていった。
「よろしく頼む」
「こちらこそ。君は、呪術は得意なほう?」
 アトラ・ハシス島の原住民は、魔法のことを呪術と呼んでいる。
「魔王といえど、日々の修行を欠かしたことはない。気の緩みが後れを取り、命取りとなるからだ」
 見る人によっては態度が大きい小僧と取られてしまうヴォルクの姿勢だが、この山の一族はおおらかに頷いていた。
「なるほど、日頃から親しんでいるんだね。それなら、すぐにコツを掴めると思うよ」
 山の一族の者が教えたのは、風に声を乗せて遠くの者に届ける魔法だ。受け取る側も風の継承者一族の力を持っていることが条件である。
 山の一族の者は、ヴォルクの前で声を風に乗せて飛ばした。
 始めのうちは何も聞こえなかったヴォルクだが、次第に途切れ途切れに何かが聞こえだした。
「……」
 目を閉じて、かすかなその声を拾おうと集中する。
 ──聞こえるかい? そろそろ掴み始めたかな?
「……聞こえた」
 目を開いたヴォルクに、山の一族の者はにっこり笑った。
「おめでとう。この魔法はとても便利だけど、声を届けたい相手がいる場所によっては、届くまでに時間がかかるんだ。相手から君に届くまでも同じ。だから、すぐに返事がないからって怒っちゃダメだよ」
「わかった。ところで……」
 ヴォルクは、燃える島で歪んだ魔力を取り込んだ際にくっついてきた思念について話した。
「こいつらと意思の疎通ができぬ。困っておるのだ」
「うん……それはきっと、誰にもできないと思うよ。もしできたとしたら、たまたまそうなっただけなんじゃないかな。契りの娘でも、できない」
 契りの娘とは、シャナ・ア・クーのことである。帝国で言う継承者だ。
 そうか、とヴォルクは残念そうにした。
 もし意思の疎通が叶ったら、やってみたいことがあったのだ。
 彼らも魔王軍団の構成員となり、その技を教えてもらおうと思っていた。特に料理に関心があった。
 もしかしたら、豪華な宮廷料理や余り物でパッパとやる主婦式超時短料理などを習得できるのではないかと。
(胃袋を掴む面からも攻めようと思ったのだが……)
 世界征服の話である。
「さて、風邪を引く前に戻ろうか」
 ヴォルクの正体を知らない山の一族の者は、そう促すと温かい宮殿へと戻って行くのだった。

 

☆ ☆ ☆


 Sスヴェル本部で行われた会議の報告を終えたジスレーヌを、マティアス・リングホルムはその帰途で捉まえた。
「お疲れさん。報告、どうだった?」
 ジスレーヌは北と西の魔力塔運用のことやルイス討伐戦のことを、手短に話した。
 マティアスはジスレーヌを労うと、その足でガーディアン・スヴェル本部へ向かった。そこにいるルース・ツィーグラーを訪ねるためである。彼女はに、監視付きでならGスヴェルの手伝いをしてもよいと許可が下りている。

「……と、以上が会議の報告結果だ」
 Gスヴェル本部は敵対する深淵勢力の襲撃を受けて半壊したが、運良く難を逃れた部屋で二人は対面した。
「魔石のことやマテオ・テーペに向かうのはもう俺らにできることではないし、ここでできることと言ったら、今一番俺達の行く末を背負ってるジスレーヌの負担を、ちょっとぐらいは軽くしてやることだと思うんだが、どうだ?」
 マティアスは、ジスレーヌがたった一人であの大勢を相手に戦ってるような状況が、気に入らなかった。しかし、自分がついて行っても喧嘩腰になるか付け込まれそうなことしか言えないと思い、ルースに相談に来たのである。
「そうね。……何か帝国の連中の気をくじく切り口はないかしら」
 ジスレーヌの負担のことは、ルースも気になるところだった。
 マテオ側は最初から帝国に主導権を握られていたし、今もその影響を引きずっているが、状況は変わりつつある。
 ルースは目を閉じてしばらく思考を巡らせた後、慎重に口を開いた。
「海賊のボスを操っていて、今、この街でクーデターを企む女……ミサナ・スヴェルダム。それから、グレアムさんなどの他のハーフの人達……一緒にするのは悪いと思うけど、歪んだ魔力に人一倍影響されて帝国に厄介を呼び込んだのは、いずれも皇族の血を引く人達よ。私達は……いえ、マテオの一般人難民は、その事態収拾のために協力しているの。その辺りから切り込めないかしら」
「んん……? なあ、それだと姫さんは……」
「私のことはいいの。確かに大洪水を引き起こしたのは王国だけれど、その後の帝国に歪んだ魔力で災難を引き込んだのは皇族の血を引く人達、ということよ。私の目から見て、帝国はこのあたりを全部まとめて旧王国のせいにして、国民の非難が皇族に向かないようにしているように感じるわ。幸いと言っては申し訳ないけれど、グレアムさんの評判は落ちたままね。後は、ジスレーヌがこのことを攻め込む材料にできるかどうかよ」
 以前のジスレーヌなら躊躇っただろうが、今はどうだろうか。
「……よし、とりあえずそのことを手紙に書いてくんねぇか? 他にも俺の親友がいい案がないか頭使ってるけど、姫さんの言葉も心強いだろ。俺もジスレーヌに書くから」
「彼女とはあまり話したことはないけれど、全部終わったらゆっくりお話ししたいわね。ベルやあなたやその親友さんとみんなで。帝国側をうまくやり込めれば、私の極刑もなくなると思うわ」
 悪くない、とマティアスは笑った。

『ジスレーヌへ。
 かいぎいつもお疲れさん。大したことはできないが、何かやってほしいことがあるなら色々といってくれよ。
 大変な役わりだろうけど一人でかかえないでくれよ!
 マティアスより。』

「よし、こんな感じでどうだ!」
 覗き込んだルースが微笑む。
「あら、いいじゃない。頼りになる近所のお兄さんみたいよ」
「からかうなよ」
「褒めてるのよ」
 少ししてマティアスは、ルースから手紙を預かった。

 

☆ ☆ ☆


 頭の中を整理するために街を歩いてみたリュネ・モルだったが、あまり成果は得られなかった。
 冷え切った体を温めるため、彼はSスヴェル本部へ足を向けた。

 会議室を覗くと、宮殿へ報告に行っていたジスレーヌが戻っていて、議事録を読み返していた。
 リュネに気づいたジスレーヌが顔を上げて微笑んだ。
「リュネさん、頭に雪が積もってますよ。長いこと外にいたのですか?」
「そうだったような、そうでないような」
「ふふっ。風邪ひかないでくださいね」
 雪を払い落としたリュネは、椅子に腰かけるとまとまらなかった事柄について口にした。
「ハーフの役割について考えていました。ハルベルト公爵との対話のためにね……」
 ハルベルト公爵と聞いたジスレーヌの顔が曇る。悩みの種の一つだからだ。
「何かお力添えできればと、皆さまの心の清涼剤、不肖リュネ・モル永遠の42歳恋人絶賛募集中が一肌脱ごうと思いまして」
 リュネの軽口に、ジスレーヌはくすくす笑った。
 それからふと真面目な顔になって尋ねる。
「それで……ハーフについて、何か思うことはあったのですか?」
 リュネは苦笑して首を振った。
「妙案どころか、出てくるのは疑問ばかりです」
「たとえば、どんな?」
「継承者の男子と女子の役割はわかりました。最終的に魔石や王になるなら、ハーフとは何なんでしょうか。継承者としての能力を発揮できないのなら、予備にもなりませんね」
「神殿で解読された古書には、2000年に一度、神の力を持たない者つまり人類は死滅する、とあったそうです。ハーフの人達の完全体の能力は恐ろしいです。状況から見て、彼らの力が滅びの原因の一つなのかなと思いました。何だか……呪いみたいです。動物も植物も途方もない時間の中で命を繋ぎ続けているのに、人類だけが途切れてしまう……」
 仮にマリオが全ての魔力を統べる王になったとして、その時に何が起こるのか誰にもわからない。
 今こうして、一人でも多く助かるようにとみんなで働いたことが、全部無駄に終わる可能性だってある。
「男の継承者の体と女の継承者の精神の融合ですか……。その対象を我々は自分本位に見ていないでしょうか? 気がかりですね」
 リュネの言わんとしていることが、ジスレーヌにはいまいちわからなかったが、選択を間違えたら未来はないのだろうと思った。


●マスターコメント
【冷泉みのり】
こんにちは、冷泉です。
リアクション後半分の一部を担当しました。大変お待たせしました。
シナリオへのご参加、ありがとうございました。
ワールドシナリオ最終話もよろしくお願いいたします。

【川岸満里亜】
最初の2シーンを書かせていただきました。
こちらのページには前回の続きのみ掲載されています。時系列通りではないです。
このような公開の仕方になってしまい、申し訳ありません。ご参加いただき、誠にありがとうございました。
引き続き、ワールドシナリオの最終回、どうぞよろしくお願いいたします。

ちなみにゾーンシナリオ宮廷の最終回ですが、ワールドシナリオ最終回アクション締切日前に完成に至ることはないと思います。
NPCが特殊能力を明かしたり、PCに(Sスヴェルの作戦で)どう動いてほしいとお願いをすることもないので、皆様これまでの状況やPCの立場を踏まえ、PCらしく行動していただければと思います。