『決戦、近づく中で』(前半)

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●向後の夢
 箱船の医務室で眠るカサンドラ・ハルベルト。今は穏やかな顔で眠っている。
 その傍らで、アウロラ・メルクリアスは自分の怪我の手当てをしていた。
 儀式の場で負った傷も癒えないうちに、魔法の行使によってさらに体に負荷をかけてしまった。塞がりかけていた傷が開いてしまい、赤く染まった包帯を取り去った。
(まさか後方にまで魔物が来るとは思わなかったよ)
 手当てなら部屋でもできたが、一人で黙々と行うのも味気なく思いここに来たというわけだった。
(カサンドラちゃんは、まだ予知夢の中にいるのかな? でも、苦しそうじゃないから、ただ眠ってるだけかも)
 憔悴した様子ではあるが、うなされてはいない。
「儀式場では、ありがとうね」
 治療の手をいったん休めて、アウロラはカサンドラの寝顔を覗き込み囁いた。聞こえているかはわからない。
「回復してくれたおかげで、死なずにすんだよ」
 途中、意識を失うこともあったが、アウロラはまだつい先ほどと言ってもいい出来事を思い返す。
「これからも大変だろうけど、カサンドラちゃんのことは私が守るから。だから一緒に帰ろうね。一緒に帰って……姫様も戻ってくるのを待とう」
 アウロラは、ルース姫はきっといつか帰って来るはずだと信じている。彼女もそのつもりでいたから、体を残していったに違いないと。
 ただし、そのために必要なことの一つに、ルイスを倒すという目標がある。彼とは相容れないアウロラ達の願いを叶えるために。
 アウロラは体勢を戻すと、再び手を動かし始めた。ガーゼを切り、傷薬を塗る。独特の臭いがした。
 それを綺麗にした傷口に当てると、少しピリッとした痛みが走る。
 我慢しながら新しい包帯を巻きつけていった。
 そうしながら、またアウロラの口から言葉がこぼれ出た。今度は少し切ない。
「それにしても……どうしてこんなことになっちゃってるのかなぁ。私達も、向こうの人達も、六年前だって、その前だって、みんなみんな普通に生きたいだけだったと思うのにな。どうしてこんな世界になっちゃったのかな。……まぁ、そんなこと考えてもしょうがないんだけどね」
 しっかりと包帯を巻き終えて衣服を整えた。
 そして後片付けをしようと思った時、カサンドラが薄く目を開けた。
「カサンドラちゃん……」
 そっと呼びかけたアウロラに目を向けるカサンドラ。
 まだ顔色は良くないが、落ち着いているように見えた。
 カサンドラが、ゆっくりとアウロラに手を伸ばす。
 アウロラはその手を両手で包み込んだ。
「……怖い夢、いっぱい見るけど……それでも、諦めないこと、アウロラさんが……教えてくれたよ。だから、私も……がんばろうと思ったの……。傍にいてくれて、ありがとう」
 力は弱いけれど、カサンドラはアウロラの手をしっかりと握り返した。

 

☆ ☆ ☆


 負傷者達の手当てを一通り終えたリベル・オウスは、医務室で眠るベルティルデ・バイエルのもとを訪れていた。
 暴走する水の魔力を静めるために精神を捧げたベルティルデは、静かにベッドに横たわっている。息をしていることが、唯一の生きている証拠であった。
 リベルは傍らのスツールに腰を下ろすと、ぽつぽつと近況を話し始めた。
「ルイスを魔石化させて、マテオ・テーペに届ける作戦が立てられた。俺は大歓迎だ。本来は殺しても足りないぐらい許せねえが、役に立つならとことん使い倒してやる」
 作戦はもう間もなく始まる。
 少しでも成功率を上げるために、リベルは今まで負傷者の治療に走り回っていたのである。彼らのために、できるかぎりのことをしたつもりだ。
「作戦を成功させれば、少しは有利な状況に持っていける。そのためにできることをするしかねえ。薬の調合も進める予定だし、『回復薬セット』の魔法薬もできる限り補充して備えるさ」
 もしベルティルデに意識があったなら、きっと手伝いを申し出ていただろう。
 死人のような顔で眠り続けるベルティルデを見ているうちに、リベルはふと帝国騎士が言ったことを思い出し、不機嫌そうに眉を寄せた。
「……このままだと、お前は宮殿で保護されるらしい。何が保護だ。どうせ利用するために決まってる。いつも勝手な理由を押し付けて、ふざけるな」
 リベルは腹立たしさに拳を握りしめる。
「……そう、どいつもこいつも勝手な理由で勝手しやがる」
 リベルにとって、その最たるものがルイス達であった。彼らは個人の思惑だけで世界を滅ぼそうと企んでいる。
「どんな経緯があったか知らねえが、世界は個人の気持ち如きで好き勝手していいほど安くねえってのに」
 ルイス達がそうやって好き勝手するつもりなら、リベルも彼らに遠慮などしない。
 そうして、すべてを叶えて──
「……こんなタイミングで言うのは卑怯だし、今は届かないだろうけど言わせてくれ。俺は、ベルティルデが……『ルース』が好きだ。この世界の何よりも大切に思ってる。その君がいつでも帰ってこられるように、そして約束を果たしてもらうためにも、俺はこの世界を守る。──ちっぽけな力しか持たない男のちっぽけな身勝手だが、他の奴らがそうしてるんだ。文句はあるまい?」
 最後に不敵なことを口にしたリベルに、ベルティルデが起きていたら何と返しただろうか。
 いつか、答えを聞ける日は来るのだろうか。
 リベルはしばらくの間、ベルティルデを見つめ続けるのだった。

 

☆ ☆ ☆

 

 ユリアス・ローレンは、バリ・カスタルを伴い医務室のカサンドラを訪ねた。
 意識が戻っていたようで、ベッドに半身を起こしてぼんやりとどこかを眺めていた。
 ユリアスがそっと声をかけると、カサンドラはハッと我に返ったように顔を上げた。
「ユリアス君……バリさんも……」
「具合はどうですか? クッキーとジンジャーティーを持って来ましたが、口にできそうですか?」
 ユリアスが押してきたワゴンには、厨房で焼いたナッツクッキーと蜂蜜を入れたジンジャーティーのティーセットが乗っている。
 まだ顔色の悪いカサンドラだったが、甘い香りにわずかに口元を緩めた。
「ありがとう……いただきます」
 ユリアスとバリはスツールに腰かけ、三人でささやかなお茶会が始まる。
 温かいハニージンジャーティーに、カサンドラはホッと息を吐いた。
 彼女が落ち着いているのを見て、ユリアスはこれから行われる作戦のことを話して聞かせた。
「Sスヴェルの作戦で、ルイス王子の討伐と魔石化を行うそうです。カサンドラさんが見た予知夢は、それに関係しているのかもしれません。作戦が成功して魔石を箱船に乗せることができたら、魔石を力を失う聖石の代わりにして、マテオ・テーペに残された人達を助けられるはずです」
 儀式の場から脱出して箱船に戻ってきた時、カサンドラはマテオ・テーペの障壁はもう限界であることを伝えた。
 ハーフの特殊能力として予知夢を持つ彼女は、マテオ・テーペの崩壊を見てしまったのである。
「どうかな……あんまり、いい感じは……してない、の」
「失敗しそうってことか?」
 それは困る、と口をへの字にするバリ。
「失敗……ううん、わからない……でも、もやもやするの……」
「きっと、間に合います。マテオ・テーペの人達も、諦めずに頑張ってるはずです。ベルティルデさんの願いを叶えるためにも、魔石をマテオ・テーペに届けましょう」
「ああ。俺の兄ちゃんだって、絶対に踏ん張ってるはずだ」
 ユリアスの励ましに、バリは何度も頷いた。
 それと、とユリアスは一つの懸念を声を落として口にした。
 それはマテオ・テーペの人達には、魔石の正体を知らせないほうがいいと考えていることだった。
「人の命を犠牲にして助かった事実は、あまりにも重いですから……」
 バリもカサンドラも、これにはすぐに反応を示すことができなかった。
 どちらがいいのか、わからなかったからだ。
 特にマテオが出身地でもあるバリとっては、難しい問題だった。
 ユリアスも判断を急かすことはせずに、話題をグレアムとチェリアのことに変えた。
「お二人は無事で、アルザラ1号に乗せられて出航しましたよ。本土に戻って回復したら、きっと会えます」
「うん……楽しみ。みんなで、無事に帰ろう……ね」
 兄と姉に再会できる日を願って、カサンドラは微笑んだ。
 バリもカサンドラも家族が生きている。
 家族を亡くしたユリアスには、どう頑張っても再会は望めない。
 だからこそ、二人が大切な家族とまた会って一緒に過ごせるようになってほしい、と切に願った。

●アルザラ1号の船室にて
「チェリア様、アレクセイです。入ってもいいですか?」
 ドアをノックして尋ねると、少しだけ間を置いて、元気のない声が返ってきた。
 悟られないように緊張を押し殺し、アレクセイ・アイヒマンは普段通りの笑みを浮かべる。
「お茶を淹れてきたんです。温かいうちにどうぞ」
「……ありがとう」
 向けられた視線は、アレクセイの手元。
 目を合わせようとしないチェリア・ハルベルトを、それでもアレクセイはニコニコと見ていた。
 今こうして目の前に彼女が居て、言葉を交わす事が出来る。それが本当に幸せだった。
 ただ、視界に入った彼女の右足が、ベッドとロープで繋がれていることに、胸に痛みを覚える。
「体は大丈夫ですか? 無理はしないでくださいね」
 膝を折り、ベッドに座る彼女にカップを渡し、穏やかに声をかける。
「歪んだ魔力はいつでも私が弾き出しますから、任せてください」
 明るく言って、腰の地の魔法剣をトンと叩いてみせた。
「大丈夫だ。ただ、私が大丈夫と言っていても、毎日頼む。……本当にすまない」
 辛そうに謝罪するチェリアの前で、アレクセイは静かに首を左右に振った。
「謝ることなんて、何もないのに。グレアム様も無事ですから、どうか安心してください」
 声を出さずに、チェリアは軽く頷いた。
「……チェリア様、ありがとうございます」
 折った膝を床についたまま、アレクセイはチェリアを眺めていた。
「貴方が今、俺の目の前に居て下さる事が……本当に嬉しい。あの時、俺の声に反応してくれました……よね?」
 なんで、というようにチェリアの唇が軽く動いた。
 礼を言われる理由なんて少しもないというように。
「だから……ありがとう、です」
 アレクセイはベッドの上にあるチェリアの左手を、自らの右手でとった。
 そして脱力したままの彼女の手の甲に、口付けを落とした。
 彼女を失うかもしれない……その恐怖に襲われ続けた数か月間。そして今の幸せに、アレクセイの手は僅かに震えていた。
「アレクセイ」
 気遣うように出た、チェリアの声。
 瞳を上げてチェリアを見れば、不安そうな目で、彼女が自分を見ていた。
「チェリア様、貴方がここに居るのは……チェリア様に戻ってきて欲しいと願った皆が力を合わせた結果です」
 微笑みを浮かべて、アレクセイはチェリアを優しく見つめる。
「ですから、貴方がすべき事は前を見る事。貴方に出来る事をする事。苦しい事、悲しい事は……全て俺にぶつけてください。俺は何時だって本当の貴方を見つけて、全部受け止めますから」
 ぎゅっと握った手に力が籠る。
 すぅっと息を吸って、アレクセイは真っ直ぐに言う。
「貴方が好きです。愛しています」
 暗く沈んでいたチェリアの顔に、感情が表れていく。
 でもそれは喜びの感情ではなく、苦しそうな顔。
「ごめん……ごめんアレクセイ。どうしたら私は自分でいられるのか、自分に戻れるのか分からない。どうしたら……貴方の想いに、本当の心で答えられるのか、分からない、んです」
 目をきつく閉じて、震えるチェリア。
 それはもう、上官ではなくて。
 恐怖に怯える、年下のか弱い女の子の姿に、見えた。
「大丈夫です。貴方の心は、貴方の中にあります。今、俺の目の前にいる貴方は、本当の貴方ですよ」
 言って、アレクセイはチェリアの頭に、そっと手を置く。
 彼女はこくりと頷いた。
「……ありがとう。私は……君の、皆の気持ちに応えたい、です。報いたい……だから、力を貸し……ああそれだと、また借りが増えてしまう」
「借りなんてないですよ。貴方の力になれることは、喜びでしかない」
 頷いて、チェリアはアレクセイの手を握り返してきた。
 笑顔の彼女との再会はもう少し後になりそうだけれど……それでも、すぐ傍にいられるこの時が、たまらなく幸せだった。

●小型魔導船、そして合流
 地の一族の特殊能力を持つ者――エルザナ・システィックと、ビル・サマランチを乗せた小型魔導船は、アルザラ1号と合流するために、氷の大地の方向へと向かっていた。
「……普通にしてるぶんには、大丈夫そうだな」
 甲板でウィリアムは自身の心身の状態を確かめていた。
 彼は燃える島で、身体に埋め込んだインプラントの中に、歪んだ魔力を取り込んでいる。
 取り込んだ負のエネルギーは、自分から干渉しようとしなければ、平静時は影響を及ぼしてこない。
 ただ、心が激しく乱れた時や、歪んだ魔力の濃い場所では、体内から負の感情が湧き起る感覚を受けることがあった。
「気を付けていかねぇとな……それよりも」
 手すりに腕を置いて、深くため息をつく。
 思い浮かぶのは、帝国の騎士、貴族たちと、アーリー・オサードの姿。
 嫌というほど解った。
 あの国では『生きて』いけない。
(このままだとアーリーに無理させ続け、家畜扱いで終わる)
 力の無さが身に染みていた。
 結局何も出来やしない。
(大きな流れにゃ、いくら願っていても逆らえないって事かもしれんが。何かしなきゃ前には進めんからな)
 逃げるタイミングを作ればなんとかなる……と考えていたが、それ以外にもウィリアムには気になることがあった。
 アールと名乗っていた女性、リッシュ・アルザラの中にあった、ひとつの精神のことだ。
「リッシュ含めて、俺の責任でもあると思うし」
 それが火の女性の継承者の精神だとしたら。
(確かに壊したくなる気持ちも、わからんでもないが、足掻きたいんだよなぁ、彼女が生きてる限り)
 深くため息をついた。その時。
「そろそろ見えてもいい頃ね」
 知り合いの女性たちが甲板に出てきた。
「感傷にふけていたのですか? 似合いませんよ」
 ウィリアムの姿を見つけて、声をかけてきたのは友人のマーガレット・ヘイルシャムだった。
 彼女とは口止めされていることを除き、情報の交換をしていた。
「そんなんじゃねぇよ。そっちは、マリオのおっさんの娘だっけ?」
 マーガレットと一緒にいるビルに目を向けると、ビルはビクッとして、マーガレットの手を掴んだ。
「威嚇しないでください」
 マーガレットがビルを背に庇う。
「威嚇? なんだそりゃ」
 ウィリアムは海に背を向けて、手すりに背中を預けた。
「そもそも、マリオのおっさんって、皇帝やりたがってんのか?」
「やりたがる?」
 怪訝そうな顔をするマーガレット。
「マリオの、奴の大切にしてたものは何だった話だよ、義務で身体を差し出さなきゃなんねーって事は解るがな。奴が皇帝を好んでやってるなら、マリオの立場は要らねぇだろ」
「アルディナ帝国の皇帝は世襲ですから、やりたいやりたくないで選べるものではありませんわ」
「あのさ、前々から思ってたんだけど、アンタ失礼すぎない? (陛下やビルの)お立場解ってて、その呼び方と口調」
 噛みついてきたのは、エルザナだ。今回の旅にパートナーはついてきていないので、遠慮がない。
「すまんな、口が悪いのは燃える島の影響もあるかもしれん」
 しれっと言うウィリアム
「育ちが悪いせいでしょ」
 ぷいっと顔を背けるエルザナ。
「そっちもあまり変わらないって聞くが……。で、中にセラミスさんが居るんだよな」
「さすがにお姉様には多少の敬意があるのね」
 嫌味たっぷりな口調で言ってくるエルザナ。
 まあな、と答えたあと、ウィリアムは体を起こし、マーガレットの後ろから顔を出しているビルに目を向けた。
「ビルだっけ? 伯母さんなんだし、おっさんの和む話とかしてあげあれるといいな」
「おば……」
 エルザナがなんとも微妙な顔をしていた。
 ランガスの双子の姉、セラミスは20歳で亡くなっているし、腹違いの妹のエルザナも20歳。
 おばさんという単語には抵抗がある。
「まあほんと、地の奴らはすげぇな、真似出来んわ、二度死ぬだなんてな」
 ウィリアムがそう言葉を漏らすと、皆、言葉を詰まらせた。
「とりあえず、アンタは同行不可よ。こっちの船でも護ってなさい」
「は? なんでだよ」
「色んな意味で、お姉様を失望させそうだからよ」
 ふんっとエルザナは顔を背ける。
(義理の兄が重傷だっていうしな、ピリピリしちまうのも仕方ないか)
 こっそりついていって、盗み聞きしてもいいし、あとからマーガレットに聞いてもいいし、と、ウィリアムは無理に一緒に行きたいとは言わなかった。
(というか、セラミスさんの出来る事は、リッシュと一緒なった奴にも、出来る事かもしれん……まあ、身体はもうないけどな)
 魔石には、属性というものがなく、どの属性の継承者でも扱える。
 全ての魔力を統べる王となる存在は? 全てのというからには、元々の属性以外の力も有するのだろう。それなら王の中に入る精神は? 同属性である必要があるのだろうか。中に入れる力や、融合させる方法があるなら――。
 思いめぐらせながらも、これは言わない方がいいだろうと、ウィリアムは口に出さなかった。

 アルザラ1号と合流を果たした小型魔導船の乗組員は、渡り板や縄梯子を使って、アルザラ1号へと渡った。
 両船の船長が相談をしている間、マーガレットはビルとエルザナと共に、操舵室近くの船室で待っていた。
 2人の表情はとても暗く、必要以上何も言おうとしない。
(無理もありません。エルザナさんにとっては、兄、ビルさんにとっては、お父様のマリオさんが襲われ、まだ意識が戻っていないのですから)
 そしてその人は、帝国にとっても、世界にとっても必要な人。
 マーガレットはただ、知りたかったから、記録に残すためについてきたわけではない。
 勿論それも、しなければならないことだけれど、何よりも2人が心配だったから。
 体の弱い自分に何ができるのかはわからなかったけれど、傍にいて、声をかけることは出来る。特に家族を失いそうなビルは1人でいることが怖いようだったから。
「陛下のことは、きっと大丈夫ですよ」
 波の音しか聞こえない船室で、マーガレットは2人に優しく言う。
「成すべきことのある方ですから」
「はい……」
 ビルは自分にも言い聞かせるように頷き、エルザナは何も言わない。
 ビルを力づけるようにマーガレットは続ける。
「ま、こんな私でもまだ生きているのですから」
 マーガレットは軽く苦笑する。正直この船に渡るのは命懸けだった。
 揺れる渡り板を渡るとか、縄梯子を上るとか体力のないマーガレットにできる事ではない。
 しかも、バランスを崩して落ちれば、冷たい海に落ちて心臓麻痺確実……。
 結局途中で風の魔術師に助けてもらって何とか命拾いして現在に至る。
「それに私の知り合いは、皆さん私より健康なのに、やたら死に急ごうとしたり、死にそうになりますけど、皆さん生きてらっしゃいます」
 こくんと頷くビル。
「エルザナさんもね」
 と、マーガレットはエルザナに目を向けるが、エルザナは首を左右に振り、俯くだけだった。
「だから大丈夫、誰も死んだりはしない、誰も」
 言って、マーガレットがビルの頭をそっと撫でると、ビルはマーガレットに縋りつくかのように、抱き着いてきた。
「無責任なこと言わないで……。Sスヴェルのマテオ代表から、精神を封印する魔法具を使用したいって話があったそうよ。誰を保護するつもりなのかは知らないけれど、理にかなっていれば世界のために帝国はその人物をとる」
 帝国がSスヴェルに語ることはないだろうけれど、そういうことなのだ。
 複製の方が完成しても、それはエルザナの私物ではない。開発は国のお金で行われているのだから。世界のためにより必要な人物に使いたいという申し出があれば、その者を生かす為に使われる。
「マテオを諦めさせてよ。私たちの国を、大切な人が誰も死なないために、力を貸してよ……私が言ったってあの子は解ってくれない」
 目に涙をためて、エルザナはマーガレットに訴える。
 あの子とは、ジスレーヌのことだろう。
「水の継承者を討伐して、帝国が魔石を手に入れて帝国に持ってこれさえすれば、きっと陛下は陛下のままで世界を安定させられるわ。これ以上誰も失われない。あなた達がマテオの事さえ、諦めてくれれば」
 それがどんなに酷いことなのかわかっているのに、辛くて辛くて止められなかった。
 マテオ・テーペにはマーガレットの友人や大切な人が残っている。
 マーガレットだって、エルザナと同じように苦しんでいるのに。
「……ごめんな、さい」
 マーガレットの腕の中で、ビルが言葉を漏らした。
「何一つ、貴女は謝ることなどしていませんわ。大丈夫です、大丈夫ですよ」
 泣き始めたビルの背を、マーガレットは優しく撫でていた。
 エルザナの口からも、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいと、謝罪の言葉が溢れだす。
 マーガレットに対してだけではなく、彼女も色々な人に対して、謝罪の思いを抱いていた。

 ビルとエルザナが落ち着いた頃、3人はグレアム・ハルベルトを監禁している部屋の近くに移動することになった。
 危険を伴う為、グレアムとは武術に優れ魔力の低い騎士と、エルザナだけが会うことになっている。
「お久しぶりです」
 数名の帝国騎士と、Sスヴェルのメンバーとして氷の大地の作戦に参加したルティア・ダズンフラワーがビルたちを部屋に迎え入れた。
 ルティアは帝国騎士であり、皇妃が主催したお茶会でビルと顔を合わせたことがある。
「あ……こんにちは」
 赤く染まったビルの目を見て、ルティアは心を痛める。
 ルティアはガーディアン・スヴェルの団員としても活動している。
「マリオさん……にはとてもお世話になっていました。陛下の一日も早いご回復と、守りきる事が叶わなかったことをお詫び申し上げます」
 ルティアの言葉に、ビルは貴方のせいではないと言うように、首を左右に振った。
 エルザナは嫌味こそ言ってこなかったが、不機嫌そうだった。ちょっと癖のある娘のようだと、ルティアは感じた。
「改めまして、私はルティア・ダズンフラワーと申します。グレアム・ハルベルト様と共に、Gスヴェルで活動してきました。グレアム様のお身体を落ち着かせていただいた後、交代でお世話を担当させていただく予定です」
 そして、以前、グレアムにセラミスの精神が入ったネックレスを見せてもらったことがあるとも、ルティアは話した。
 グレアムがネックレスをとても大切にしていたこと。
 同席の理由は、グレアムが大切に想う方と話してみたいからと話す。
「ネックレスの形状は?」
「トップは大きな石のついたリングでした」
「嘘じゃないみたいね。……グレアムさんも、私のお兄様のような方なの。助けてくれてありがとう」
 エルザナが切なげな笑みを見せた。彼女の目も赤く染まっていて、辛い想いを抱えているのだと、ルティアは察した。
「時間あるみたいだし、お姉様の気持ち、今聞いてみようか」
 エルザナがビルに目を向けると、ビルはこくりと頷いた。
 ソファーに深く腰掛けて、エルザナは魔法薬の睡眠導入剤を飲んだ。
 隣に座ったビルがエルザナの手をとって、エルザナに魔力を注いでいく。
 エルザナだけを、深い眠りへと導く――。

「セラミス様ですか?」
 しばらくして、目を開けたエルザナにルティアが尋ねた。
「……ええ」
 普段エルザナが見せる笑顔とは、少し違う微笑みを彼女は浮かべていた。
(この方が、エルザナさんの義姉様――身体を犠牲に、世界を護られた地の継承者)
 マーガレットは何も言わず見守ることに。
「あ、あの……私は、お姉さんの双子の弟の、娘の、ビルです」
 緊張しながらのビルの言葉に、セラミスはこくりと頷く。
「エルザナの中で見てたわ。ビルはランガスに似てるわね。というか、私と似てる。宮殿のどこかに、肖像画が残ってると思うの。誰かに聞いて見せてもらって」
 こくこくと、ビルは頷いた。
「皆が私に聞きたいことも分かってるけど……その前に、貴女と話がしたい。ねえ、グレアム凄く素敵になったわよね!」
 笑顔を向けられて、ルティアの鼓動がドクンと高鳴った。
 はい、と答え、呼吸を整えてからルティアは話しだす。
「私は皇族の皆様がこの世界の為になされてきた事を何も知らずにおりました……。20年前に精神を捧げられた時の想いを知りたい、また、今どのような気持ちでおられるのか、儀式を終えるとどうなるのか」
 真剣な眼でルティアは言葉を続けていく。
「騎士としてより強い意志を持って国に仕えたいと、そしてグレアム様をお支えしていきたいと思っています。今後何があろうとも私ができる事は何でもしたい……その為の覚悟はあります」
「私は精神を捧げてないのよ」
 ルティアの言葉、気持ちに頷いてセラミスがゆっくりと話し始めた。
「16年前……になるのかしらね、20歳の誕生日に身体を捧げて地の魔力の暴走を防いだの。精神はここにこうして残ってる。そのあたりの詳しい話は、他の人に聞くといいわ」
 これから帝国が行おうとしている儀式は、ランガスを世界の魔力を統べる王とする儀式だとセラミスはルティアに話していく。
「帝国の皇族には“女は、命と力を捧げて、魔力を鎮める。男は、命と魔力を取り込み、制圧して王となる”という口伝えがあるの」
 男性の継承者達は膨大な魔力を身体に取り込むことができ、女性の継承者の精神を得ることで、魔力を制し、世界の魔力を統べる王となれる。といった伝承だ。16年前、セラミスは来るべき時にランガスを王とするために、身体を捧げる前に精神だけ魔法具である特殊な石の中に封印された。それを肌身離さず大切に、グレアムは身に着け、護ってきた。
「その儀式を終えたあと、どうなるのかは私にも誰にもはっきりとは分からないの。16年前の身体を捧げた時……というか、精神抜かれてたから、自分自身で魔力の中に飛び込んだわけじゃないんだけど……抜かれる時はね、当たり前の事だったから、ついにこの日が来たかーってくらいの思いだったかな。ランガスもだと思うけど、それまでの間、皆の血税で、そして騎士たちが戦場で血を流している間に、こんなに綺麗で平和な場所で、私たち好き勝手に我が儘し放題楽しく生きて来たんだもの。今後は国の皆へ返すために生きるのは当たり前のことね」
 セラミスとしては、王となるということは死ぬということではなく、生きるという認識のようで、封じられ続けるよりも、それを望んでいるようだった。
 彼女の明るい口調に、ルティアは少し安心をした。
「セラミス様が王となられた時には、グレアム様とともにお支えします」
「うん、よろしく!」
 雰囲気が和み、セラミスとルティアは微笑み合った。
「ところで、幼いグレアム様はどんな方だったのでしょう?」
「明るくて好奇心旺盛な子でね、可愛かったわよー。お姉ちゃんお姉ちゃんと後ついてきてくれて、ぎゅーっと抱きしめるの大好きだった。でも子供の頃の彼にはもう会えないのよね」
 残念そうにセラミスはため息をついた。
「今のグレアム様に、セラミス様からお伝えしたい事はありますか?」
「仕方ないから、次の人生ではグレアムの子供をぎゅーっとさせてもらう……って伝えて」
 だから、生きて子孫を残しなさい、と。
 その言葉に、ルティアは深く頷いた。
「でもさ、できれば中年男性の身体じゃなくて、可愛い女の子の身体がいいかな。ねぇ、ビルちゃん」
 少女のころの自分そっくりなビルに、セラミスが悪戯気な眼を向けた。
「……えっ!?」
 驚いて、ビルは集中を切らしてしまう。
 途端、セラミスの意識が途切れ、エルザナの意識が戻ってきた。
 彼女の顔が暗く沈んだ顔に戻る。
「お姉様、なんて仰っていたか後で教えてね……」
 それだけ言って、エルザナは再び、眠りに落ちていった。
「大丈夫ですよ、エルザナさん。大丈夫だって、何故だかより確信が持てましたわ」
 マーガレットはビルの手を握りしめ、エルザナに優しく語りかけていた。

 

●アルザラ1号ある日の朝
 ある朝、ナイト・ゲイルはチェリアの部屋にきていた。
 継承者の一族の力を持ち、武術に優れたナイトは彼女の部屋への入室を許可されている。
 落ち込んでいる彼女のことが気がかりで……ナイト自身もチェリアに傍にいて欲しい、そんな気持ちを抱いていたから。
 眠っていたチェリアが目を覚まし、ナイトに気付く。
「ナイトか……」
 彼女は少しだけ驚いたようだった。
 起き上がり、自分の髪を手で撫でて整える。
 チェリアが自分の名を呼んだ。今、ここに確かに彼女の心と体が在るということに、ナイトは安堵のため息をついた。
「おはよう。元気な姿を確かめられて良かった。心配だったんだ」
「すまない」
「そして、目を離したらまたいなくなるんじゃないかって不安になった。皇帝に副官の話をしてもらう直前にいなくなったしな」
「副官は無理だ。側仕えのな」
 チェリアの言葉に、ナイトの口から軽い笑いが漏れた。
「ちゃんと覚えてるんだな。良かった、本当にチェリアだ。側仕えでもなんでも、可能なら傍に居たいんだ、ダメか?」
 寝起きで頭が働かないのか、返事が返ってこない。
「あ、着替えるか? 茶でも持ってくるよ」
 ナイトは一旦外して、茶を淹れて戻る。
 チェリアは普段着に着替えており、部屋には明かりが灯っていた。
「傍にいてほしい……だが、心配と言われると困る。お前に傍にいて欲しいのは、私が仲間を傷つけそうになった時、力付くで止めてほしいからだ、殺してでも」
 強い言葉に、ナイトは苦笑しながら頷いた。
「あの時、氷の大地で、アンタが誰かを傷つけようとしたのなら、俺はアンタを斬るつもりだった。約束だからな」
 その言葉に、チェリアは少しほっとしたような表情を浮かべて、ナイトに座るよう促した。
 淹れた茶が冷める頃になっても、チェリアからは何も言ってこなかった。
 ナイトは問いかけをしてみるが、チェリアは軽く返事をする程度で、会話にはならなかった。
 チェリアの表情も、空気もひどく沈んでいた。
「……俺はアンタを助けられてるか?」
 ぽつりと、ナイトの口から言葉が漏れる。
「マテオの皆を助けたい、その為には今の世界をどうにかしないと無理そうで、でもどうすればいいのか分からなくて」
 ナイトの視線はチェリアの足。ロープでつながれた足に向けられていた。
「世界を救った男がいた、そいつの力が俺の中にあって、あんたのお陰で俺の力として振るえるけど、それに問われてる気がする。お前はどうだ? って」
 ナイトの口から、不安げな言葉が溢れていき、止まらなくなる。
「守って欲しい人がいたみたいなんだ、でも多分俺は駄目だった、失敗したんだと思う。これからも駄目じゃないかって、無理なんじゃないかって……俺には出来ないんじゃないかって」
 彼もまた、不安の波に呑まれていた。
「なあチェリア、俺を助けてくれないか?」
 言葉と共に、顔を上げてチェリアを見た途端……ナイトははっとする。
 何を言っているのだろう、と。
 そして軽く赤くなって俯く。
「……今のなし。いや、何かポロっと出ちゃっただけです」
「お前の素直な気持ちじゃないのか、冗談だったのか?」
「話するつもりはなかったんだ、言葉は嘘じゃない。恥ずかしいんだ」
 忘れてくれないかとチェリアに目を向けると、彼女は真っ直ぐにナイトを見詰めていた。
 なんだかもう、更に赤くなってナイトは目を逸らす。
「“お前はどうだ?”」
 チェリアの言葉が、自分の中から聞こえた気がして、ナイトはビクッと体を震わせた。
「マテオ・テーペの人々を助けるために今必要なのは、命を繋ぎ止めることだ。そのためには、力を失う聖石の代わりとなるもの、魔石を箱船で届けなければならない。お前には、魔石を扱う力がある。お前の中にあった精神もマテオを守りたいんじゃないのか? マテオを助けたいお前がすべきことは決まっているのに、私がお前を縛っている。お前を失敗に誘っているのはきっと私だ」
「チェリア……」
「だから、お前を解放すること、傍におかないことが、唯一、私に出来ることだ」
「それじゃ、ダメなんだ」
 ナイトは吐き捨てるように言った。
 何故かは、上手く言葉にできない。
 マテオを守りたい。だが、マテオ民の命を繋ぐために動いている人は他にもいる。
 いくら命を繋いでも、彼らに先はない。先を作る――世界を護らなければ、未来はない。
 そして……そして、ナイトが守りたのは、もうマテオの民だけではない。
「ナイト、私を帝国に送り届けたら、お前は氷の大地に行け。ただ、その前に、試してみたいことがある。命を投げ打ってでも世界を護る覚悟があるのか、誰かを犠牲にしてでも生き、自らの幸せを犠牲に世界に尽くす覚悟があるのか、そのどちらでもないのか教えてほしい」
「……試したいことって?」
「私たちハーフは、歪んだ魔力の吸収とともに、能力が高まっていった。弾き出された後も、特殊能力の高まりは、変わることはないようだ。私は魔物化は免れたが……ひとつ、出来るようになったかも、しれないことがある」
 それを今語るつもりはないと、チェリアは言い、その話を終わらせた。
「……ナイト」
 そして彼女は少しだけ不安そうな顔をして。
「ありがとう」
 沢山の意味を込めて、ナイトにそう言った。

 

●誰かが誰かを思ってる
 ハルベルト家のグレアムとチェリアの奪還に成功したという報せを、リキュール・ラミルはガーディアン・スヴェル団長代理のヘーゼル・クライトマンから聞いた。
 このことは、クーデターを企てる深淵勢力に資金援助をしているという噂があるハルベルト公爵の目を覚まさせる好機である、とリキュールは即座に判断した。
 公爵はそう何度も会える相手ではないから、この機会に決着をつけたいものである。
 公爵はGスヴェル設立に資金提供はしたが、運営には関わっていない。しかし、活動内容は定期的に上げられている。
 ヘーゼルの伝手で公爵側の担当者と面識を持ったリキュールは、さっそく彼女を訪ねた。

 公爵邸の応接室で、リキュールと担当者は向かい合ってヒソヒソと言葉を交わしている。
 表向きは、グレアム帰還とGスヴェルの活動について訪ねたリキュールだが、実際は公爵についての内容だ。下手に聞かれて騒がれては困る。
「お二人が救出されたことは、こちらにも報せが届いています。公爵様は安堵したご様子でしたが、何かを堪えているふうでもありました」
 担当者の言葉に、リキュールは相槌を打った。
 彼女は続いて公爵の心情を推察する。
「戻って来られたとはいえ、ハーフの体質から解放されたわけではありません……。今後、作戦が上手く運んだとしても、救いがあるのかどうかとご心配なのだと思います」
 リキュールは、親子の情に共感を示した。
 彼自身は異性よりも美食に惹かれてこの年まで独身できたが、親が子に抱く愛情はとてもありがたいものと感じている。そして、その親に孝行したい時にはもう親はいないということも。
「公爵閣下のご心配はごもっともでございます。ですが、この報せで重要な点は、お二人を救出したのが、深淵勢力とは無関係な氷の大地で、スヴェルの有志達によるものだということです。深淵勢力に協力したところで、お二人のお役に立てたわけではございません」
「ええ。本当に、その通りです」
 担当者は何度も頷いた。
 リキュールはさらに言葉を重ねる。
「公爵閣下は、深淵勢力に一方的に利用されているのではと危惧しております。ですが心を閉ざした閣下も、お二人の生還の朗報を耳にした今なら耳を傾けてくださるはずでございます。閣下の子煩悩を肯定し、凝り固まった気持ちを解きほぐし、グレアム様達ご兄妹のご意思を尊重してくださるよう、それとなくお話ししてみてはくださいませんか」
「ええ、申し上げてみます。私などの言葉がどこまで届くか自信はありませんが、公爵様のことが心配ですから」
 こうして公爵との面会本番に向けての下準備は終わった。
 ポワソン商会への帰途に着いたリキュールは、ヘーゼルを訪ねた時に知らされたもう一つのことを思い出す。
 腐れ縁のことだ。
 アルザラ1号で帰還してきた人に、こんな伝言が託されていた。
 ──カエルとの貸し借りは全てチャラにしてやる。せいぜい長生きしろよ。
(あなたという人は……)
 真意を理解してしまったリキュールは、寂しげな笑みを浮かべた。
 そして、どうか彼女が本懐を遂げられるようにと祈った。

 

☆ ☆ ☆

 

 ストラテジー・スヴェル本部の会議室で、セルジオ・ラーゲルレーヴジスレーヌ・メイユールと対面していた。
 この前の会議の報告の結果を聞くためである。
 セルジオの傍らにはミコナ・ケイジもいる。もしセルジオの言葉がきつくなってしまった時には、止めてもらおうと思ったのだ。
「向こうからは、特に何も……。グレアムさんの精神を封じている石はここにあるから、ルイスさんに魔石になってもらっても間に合わないだろうって」
「あ……そうですか。石は、ここにあるんですね。もし可能だったなら、彼に提案してみようと思ったんです。継承者達を犠牲にすることを良しとしていない者だっているということを、伝えられたらと。言葉で伝えないと伝わらないものもありますから」
 セルジオのルイスへの思いやりは、ジスレーヌが抱える悩みを刺激した。
 マテオ・テーペの人達を救うためには、どうしても魔石が必要で、現時点でそれを望めるのはルイスだけなのだ。けれど、それは彼の意思を無視することに等しく……。
 たとえ世界を水没させた大罪人だとしても、簡単には割り切れないものがあった。
 ところで、セルジオにはもう一件、伝えておきたいと考えていることがある。
 ルイスの魔石化に成功して、マテオ・テーペに運び込まれた後のことだ。
 ジスレーヌは、ルイスを犠牲にしたことを伝えるべきではないと言ったが、セルジオはそうではなかった。
「作戦が成功してマテオの存続がうまく運んだ時は、彼らに本当のことを伝えるべきだと考えています。何も知らずに継承者の方を犠牲にし、魔石にして生きていくよりは。そもそも箱船の時にもマテオの人達は命懸けで送り出したんですよね。お互いに命懸けで生きてきた者同士で、それを秘密として生きていけるのでしょうか? それは、今まで隠されてきた流れのままに、繰り返すことになるのではないでしょうか」
 ジスレーヌはハッとして俯いた。
 セルジオの言ったことは真実で、正しいと思った。
 同時に、自分の弱い部分を指摘されたと思った。
「セルジオさんは、強いですね……。私はきっと、自分が誹られることが怖かったんです……。ダメですね。ちゃんと考えなくちゃ」
 もしこの先、やはり伝えないことを選んだとしても、ただ伝えないだけではいけない。繰り返すことは避けなくてはならない。
「それと、ルース姫のことですが、どうして体だけを残そうと思ったのでしょうか。何か知ってますか?」
 ジスレーヌはルース姫とはあまり親しかったわけではないが、これまで見てきた様子から推察した。
「ルース姫には、仲の良い人達がいました。もしかしたら、その人達と何か関係があるかもしれません」
「そうですか……唯一の水の継承者ですから、口伝などがあるかもしれません。貴重なものでしょうから、交渉材料になるかもしれませんね。それに、ルーマさんと重臣の方で思いが違う可能性もありますから、こちらで条件を提案するのも有りかと思います」
 ジスレーヌはセルジオの言葉を真剣な顔で聞いていた。

 

 

●個別連絡
ナイト・ゲイルさん
試したい事や、覚悟の件ですが、ゾーン第4回で他にやることがある場合や決めてしまっている場合は、来月行われる番外編シナリオでチェリアと話していただくことも可能です。

●マスターコメント(仮)
【川岸満里亜】
こんにちは、川岸満里亜です。
「●アルザラ1号の船室にて」から「●アルザラ1号ある日の朝」までを担当させていただきました。

取り急ぎ、ゾーンシナリオのアクションに影響を及ぼしそうなシーンのみ、公開させていただきます。
続きはワールドシナリオアクション締切2日前頃までには公開できるよう頑張ります。

尚、今回こちらのシナリオではワールド、ゾーンシナリオで取り扱われている話題両方を取り扱わせていただきましたが、ワールドシナリオとゾーンシナリオは別のシナリオとして行われておりますため、ワールドシナリオの内容をゾーンシナリオに持ち込みませんよう、お願いいたします。
ただし、宮廷シナリオについては、例外的にワールドシナリオ、世界状況についての話題を出してOKとしています。とはいえ、ワールドで行うべきことをゾーンで行うことはできないです。

それではリアクション完成まで、もうしばらくお待ちくださいませ……!

【冷泉みのり】
こんにちは、リアクションの一部を担当しました冷泉です。
暑い日が続きますね。
シナリオにご参加してくださった皆様、ありがとうございました。

ゾーンシナリオ『鼎の軽重』第4回のことで一つ二つ、ご連絡があります。
・グレアム帰還について
Gスヴェルの団長でもありますから、ゾーンシナリオでも何らかの伝手でPCが知っていても不思議はありません。
ですが、『鼎の軽重』シナリオ内でグレアムを直接扱うことはありませんので、彼の帰還のことはPCの胸にそっとしまっておいてください。
心情などでグレアムを思ったりするのは自由です。
つまり、グレアムについては第1~3回と同様の扱いです、ということです。
よろしくお願いいたします。

・『鼎の軽重』参加者で氷の大地の作戦に加わったPCについて
次回のワールドシナリオも引き続き氷の大地の作戦参加のため現地に残る予定のPCも、『鼎の軽重』第4回へのご参加には何の問題もございません。
時間の流れ等は気になさらず、いつも通りにアクションをかけていただけたらと思います。
どうしても気になってしまうようでしたら、帝国を発つ前の行動としてアクションをかけていただくことができます。
ご検討していただけると幸いです。

それでは、今後のワールドシナリオとゾーンシナリオもどうぞよろしくお願いいたします。