【IF】アルザラ王国の温泉宿

 

この物語はシリーズ正史とは関係のないコミカルなフィクションです♪

 

 もしも世界に存在するアルザラ王国に、イリス・リーネルトは、恋人のリック・ソリアーノと一緒に訪れていた。

 二人は秘宝館で秘宝を鑑賞して、噴水側で景色や足湯を楽しんだ後、街へとやってきた。

 目的はそう、温泉!

 騎士のバート・カスタルの勧めで訪れた温泉宿は、この国で一番人気のある温泉宿だった。

「ようこそいらっしゃ……」

「あれ?」

 受付けの女性を見たリックとイリスは、驚いて足を止めた。

 その女性がマテオ・テーペの水の神殿で、神殿長を務めていたナディア・タスカだったからだ。

「ごほん。お二人は、ご入浴とお食事でよろしいのですよね? まさかお泊りではありませんよね?」

「あ、はい。温泉に入りにきました。あと食事もお願いします」

 リックが答えると、よろしいというようにナディアは頷いた。

「当宿では、コンパニ……いえ、給仕やマッサージなどの提供も行っています。いかがですか?」

 ナディアがサービスと担当者の名前が書かれたリストを、二人の前に広げた。

「ええっと、それじゃ、マッサージお願いします。担当は……ナディアさんお願いできますか?」

 リックがそう言うと「よろこんで」とナディアは笑顔で答えた。

 

 入浴後は二人きりで個室でゆっくりしたいというリックの下心……いや、二人の考えから、入浴前にマッサージをお願いすることにした。

「びっくりしたね、リック。なんでナディアさんここで働いているのかな?」

「なんでだろうね。ナディアさん、有能だからお金に困ってじゃないと思うんだけど」

 荷物を置き、入浴の準備をしていると部屋のドアが叩かれた。

「ご指名いただきましたナディア・タスカです。マッサージに参りました」

「は、はい。どうぞ」

 何故か緊張しつつ、イリスは返事をした。

「……まったくもう、あなたたちのマッサージを担当するなんて思いもしませんでしたよ。ゆっくりしていってくださいね。ただ、イチャイチャはほどほどに」

 そんなことを言いながら、ナディアは部屋に入ってきた。

「あ、やっぱり本物のナディアさんなんですね。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 リックとイリスはぺこりとお辞儀をした。

「さて、どこを揉みましょうか?」

「僕は、肩と足をお願いしようかな。イリスは?」

「わたしは……」

「イリスさんはもちろん、全身ですよね。私の手ですぐに気持ちよくしてあげますよ」

「イリスも肩と足だけでお願いします!!」

 庇うようにリックがイリスの前に出た。

 必死なリックの姿を、イリスはなんでだろうと不思議そうに見ていた。

「そうですか……。そうですね。わかりました」

 ため息をつくと、ナディアはまずはリックの肩を叩き、そしてもみほぐしていく。

「ナディアさん……ええと、ちょっとご様子がおかしいのですが、何かありましたか?」

 心配になってイリスが尋ねると、いいえとナディアは首を横に振った。

「ただ、すみません。少し羨ましくて。お二人とも本当に、仲が良いですよね。お付き合いを始めて、もうずいぶん経つのでしょう」

 そういえば、ナディアが素敵な恋人を求めている……という噂話を、聞いたことがあった。

「もしかして、出会いを求めてここでお仕事を?」

 イリスの問いに、ナディアは再びため息をつきながら、頷いた。

「マテオ・テーペでは仕事も忙しく、出会がありませんでしたので、こちらでは積極的に色々なことにチャレンジをして、素敵な出会いに繋げられましたら、と……」

「ナディアさんなら、受け身でいても周りが放っておかないと思いますよ。帝国の貴族からもお声がかかりそう。どんな男性が好みなんですか?」

「貴族の方、いいですよね。そうですね、10歳くらい年下で、公国の爵位のある貴族のご子息なんていいですよね。優しくて、魔法知識に優れた方ならなおさら、話が合いそうで最高なのですが」

 ナディアの顔がリックの首筋へと近づく。

「まさか、ナディアさん……リックのことが」

「ふふ、どうでしょう、リックさん」

「す、すみません……。ナディアさんがダメなんじゃなくて、僕はイリスだけ、なので……あ、いたたたたたッ!!」

 強い力でぐりぐりと肩を揉まれ、リックは悲鳴をあげた。

「リック、大丈夫リック!?」

 心配そうにイリスが近づくと、ナディアは羨ましげな顔で、リックを解放した。

「もちろん冗談ですよ」

「だっ、大丈夫です、わたしがリックと出会えたみたいに、ナディアさんもきっと素敵な人に出会えますよ」

「慰めてくださり、ありがとうございます……」

「ええっと、マッサージは終わりにして、せっかくだから占ってもらってもいいですか? 占いがご趣味でしたよね?」

「そうですね」

 イリスがそう言うと、ふっと息をついてナディアは普段の表情に戻った。

「リックは何か占って欲しい事はある?」

「んーと」

 肩をさすりながら、リックは考えて……。

 イリスとの未来について、と思ったけれど、ナディアの感情を刺激することになるかもしれないので、それはやめておこうと思った。

「この国の未来をお願いしたいです」

「わたしも、ここにまたリックと来れるかどうか知りたいです」

「畏まりました」

 道具を取り出して、ナディアはこのもしも世界のアルザラ王国の未来を占う……。

 少しして、ナディアは柔らかな笑みを浮かべた。

「安定と平和が見えました。のどかで良い国となりそうです」

「そうですか! イリスまた来ようね」

「うん、今度は泊まっていきたいね」

「お と ま り?」

 ナディアの目がキラーンと光った。

「あ、いえ。僕たちケンゼンなカンケイですので。もしくは」

 ゴホンとリックは咳払いをした。

「次に来る時は、イリスは僕のお嫁さんになっているかもしれないので、そしたらお泊り、問題ないです!」

 リックの言葉に、イリスは嬉しそうに微笑んだ。そんな二人の若者の姿に、ナディアも微笑ましげな笑みを浮かべたのだった。

 ちなみにナディアの占いはあまり当たらない。つまりこの国の未来は……。

 

 それから、イリスとリックはそれぞれの脱衣所で服を脱いで、湯浴み着を纏った。

 淡い菖蒲色の長い髪をまとめてお団子にして、おかしなところがないか鏡で確認をしてから、イリスは混浴の露天風呂へと出た。

 先に出ていたリックは、イリスの姿を見つけると、ちょっと赤くなって「入ろうか」と、湯船の方を指差した。

「うん」

 頷いて、イリスはリックと一緒に湯船に入って、誰もいない隅の方に移動する。

 ゆっくり湯につかりながら、これまでのことを思い浮かべていく。

 マテオ・テーペでもリックと一緒に温泉に入ったことがあった……けれど。

 今はあの時と随分と違う。

「昔も一緒に温泉に入ったよね」

 イリスがそう言うと、リックはそうだねと答えた。

「でも今は、あの時とは違うの。すごくドキドキする……」

 そう言って軽く俯くイリスの頬は真っ赤に染まっていた。

 体が温まったからだけではなく……。

「僕も……ごめん、イリスのこと直視できなくて」

 顔を上げれば、視線を彷徨わせているリックの姿があった。

「ほ、他の人もいる混浴風呂でよかったよ。大丈夫だからね、イリス」

 この宿の個室には、専用の露天風呂もあった。だけれど今回二人はあえて、混浴の大浴場を選んでいた。

「?」

 何が大丈夫なのだろうかと、イリスは不思議そうにリックを眺める。

「ええと」

 湯の中で、リックがイリスの手を探し当てて、指を絡めてきた。

「ここまで」

「う、うん」

 これ以上、手を出したりしないよという意味なのかなとイリスは察して、二人は赤い顔で微笑み合った。

「わたしがドリンクを飲んで子供になった時、どんな姿だってお嫁さんにしたいと言ってくれて本当に嬉しかった。ありがとう、リック」

 顔を近づけて、イリスはリックの頬に口付けをした。

 リックの顔がよりいっそう赤くなっていく……。

「ぼ、僕だって、イリスが僕のお嫁さんになりたいって思ってくれていること、凄く嬉しいんだ。本当にありがとう、イリス」

 とたん。

 我慢ができなくなり、リックは自分を見上げるイリスの可愛らしい唇に、自分の唇を重ねた。ごく、軽く。

 突然のキスのあと、イリスは恥ずかしげに可愛らしい笑みを浮かべ、リックの心臓が激しく高鳴る。

 そしてこれ以上はダメだと、大きく息をついて、リックは自分にブレーキをかける。

「それじゃ、そろそろ戻ろうか。部屋でくつろごう」

「うん」

 リックはイリスの手を引いて、湯船からドアへと連れて行く。

「またあとで」

「うん、急いで着替えるね」

 わずかな時間も無駄にはしたくなかった。

 着替えて部屋に戻ると、冷たいコーヒー牛乳を飲んで少し火照りを冷やして。

 それから並べられた新鮮な海鮮料理を楽しみ、のんびり、二人きり。幸せな時間を過ごしていく――。

 

■登場人物

イリス・リーネルト

リック・ソリアーノ

ナディア・タスカ

 

■作成クリエーター

川岸満里亜