エピソード~氷の大地~

 

 厚い氷の壁に覆われた、冷たく閉ざされた世界――。

 

 大洪水からおよそ3年後。

 暖かく降り注ぐ陽の光を浴びる、黒髪、赤い瞳の少女の目から、突然涙が零れ落ちた。

「どうしたの、リーザ」

 黒髪、青い瞳の少年が、少女を引き寄せながら尋ねた。

「弟が……犠牲になった」

「……そうだね。火の心に変化が表れた。でも、なんで泣いてるの? 君は彼の事が嫌いだったよね」

「そう、助けに来てくれない彼が嫌いだった」

 何も知らずに、知ろうともせずに、幸せに生きている彼が嫌いだった。

 共に生まれた自分だけに宿命を背負わせ、自由に生きている彼が嫌いだった。

「でも、本当にそうなのかな? 僕の片割れは、ルースは解ってくれると思うよ。人としての友よりも、僕たち仲間の気持ちを。だからね」

 少年は少女を優しく抱きしめて、切なげな微笑みを浮かべる。

 

 なかないで、なかないで、リーザ

 きみには、ぼくがいる

 もうすぐ、ルースもきてくれる

 だから、なかないで

 そして、つくるんだ

 ぼくたちの、せかいを――

 

*    *    *

 

 帝国暦1999年。

 彼女は弟を迎えに行った。

 人を、観察しに行った。

 そして……。

 

「お帰り、リーザ。新たな身体を手に入れたんだね」

 黒髪、赤い瞳の少女と『2人』になって戻ってきたリーザを、黒髪、青い瞳の青年が迎え入れる。

「レイザはやっぱりだめだったんだ」

「……殺された。正常な意思を、感情を封じられたまま、殺された」

 彼女は人々を観た。

 そして聞いた。

 自身の片割れのこと。分かれて生まれた彼のこと。

「あれは私の半身、私の身体、私の心の、一部」

 声を上げて号泣するリーザに、青年は胸を貸して優しく背を撫でる。

「うん、良く解ったでしょ。僕たちと人は共存できない。だから、僕たちの手で、世界の魔力を正そう。正常な僕たちの世界を創るんだ」

 

 ぼくがきみにひかれた

 ぼくがきみにおしえ

 きみがぼくをくるわせた

 ぼくがひきがねをひき

 きみがせかいをこわした

 

 もう、なかなくていい

 あともうすこしで

 ぼくたちのせかいが、できるから

 

 ルース

 まってるよ、ルース

 ぼくのこころ

 ぼくのいのち

 ぼくたちの

 

 ゆいいつ、のこされたきぼう――。

 

人物場所の説明

リーザ

レイザ・インダーの双子の姉。故人。

魂はフィーの中に在った。

新たな身体を得て、氷の大地に戻る。

 

黒髪、赤い瞳の少女(フィー)

火の継承者の一族と、水の継承者の一族のハーフ。

歪んだ魔力と完全に同化しており、個人の特殊能力(降霊)の他、火と水の特殊能力も有する。

 

黒髪、青い瞳の少年→青年(ルイス)

ルース・ツィーグラーの双子の兄。

 

氷の大地

水の魔力の吹き溜まりがある地。