『嵐の前の日常』

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●儀式、思い浮かべ
 住居兼用となっているアルザラ1号。
 その船内の個室で、シャナ・ア・クーは一人、椅子に深く腰掛けてゆったりと過ごしていた。
「ちょっと状況も落ち着いたし、少しゆっくりと過ごそう」とヴィーダ・ナ・パリドに声を掛けられたのだった。
 ただ、そのヴィーダはいったん席を外していて、シャナは一人になっていた。
 まあ、確かにこういう時間も必要かもしれない、と凪いだ水面をぼんやりと眺めていると。
「お待たせ」
 と声を掛けながら、ヴィーダが入ってくる。
 扉を押し開けた方とは反対の手の平の上には、お盆が載っていた。そのお盆からは、湯気が立ち上っているのが見える。
 彼女は器用にお盆を両手で支え直すと、その上のものが零れないようにか、かなり慎重にテーブルの上に置いた。
 途端、上品なお茶の香りが広がる。そして、その中に香ばしい甘い香りが混ざってくる。
 そしてそこにはお茶だけでなく、素朴な見た目の焼き菓子も添えてあった。まあ素朴な、と言えば聞こえがいいが、どちらかと言えば形が不揃いで、作り慣れていない者の手によることが誰の目にも見て取れるものだった。
「ひょっとして、作ったの? このお菓子」
「結構、腕上げただろ?」
 問うシャナに、ヴィーダはなぜか腕を曲げ力こぶを作るポーズをしながら自慢げに応える。
 まずは食べてみてくれ、と声を掛けつつシャナと向かい合わせになるように座った。
 確かに味はなかなかのものだった。
 二人はしばし、とりとめのない雑談を続けた。
「魔法の修練をしててな。前より安定してる気がしてる」
 雑談が一区切りしたところで、ヴィーダは本題とばかりに口を開いた。
 そして、二人が出会った頃――島での儀式の話を始める。
「やり方は間違ってたけど、オントのしたことが儀式を終わらせるきっかけになったんだって思いもあるんだ。本土でも、色々大変だったって聞いてな。たくさん死んで、傷ついて……その根底には儀式が絡んでる。そう言うの、全部止めたいよな。それで――この間、島での儀式の話が出て、詳しく知らない奴もいるから、話してやろうかと思ってるんだけど……シャナは平気か?」
 勢いがつくと止まらないといった風に一気に話して――そして、シャナの顔を窺う。
 そんな恐る恐る、といった体のヴィーダに対して。
「そんなの、全然構わないわよ」と、彼女は言った。
「少しでもそれで未来が良くなる可能性があるなら、むしろどんどん話すべきね。確かにいろいろあったけど……なかったことにはしたくない事がいっぱいだったし。それで今の自分があるんだし」
 そうはっきりと口にする彼女の強い瞳と柔らかに上がる口角を見て、ヴィーダは安堵する。
「……ちょっと安心したよ――しかし、話は変わるけど、せっかく島を出てるんだから、イイ人でも見つけないのか。何でシャナはこんなに可愛いのに、恋人が出来ないんだろうな」
 ほっとしたその勢いでぽろっと言葉を零してしまう。
 静かな船内、静かな海。
 しかしヴィーダは確かに聞いた。何かが、ピシッと音を立てたのを。聞こえた、ような気がした。
「あらぁ……それはパートナーがいらっしゃる方の余裕かしらぁ……」
 今度こそ、完全に無音の間が訪れる。
 冷や汗が首筋を伝うのを感じる。
 その時だった。
 突然、笑い声が響き渡った。シャナの声だった。
「――冗談よ。ちょっとビビりすぎじゃない? まあ……こっちのお眼鏡に適う相手がなかなかいないのよねー……それより、そちらのあなたの愛しの旦那様は今日はどちらに?」
 ――からかうような口調には、まだ若干棘が感じられるような気がする。
「鍛錬でもしてんじゃねぇの? 俺だって、たまには親友同士でのんびりしたいんだって」
 それでも照れもそれほどなく反応できたのは、もう彼といるのに慣れたせいか、それとも親友であるシャナの前だったからか。
「――じゃあ、普段どんだけ甘い生活してるか、いっそここで親友に全部しゃべってもらおうかしら、幸いにも時間はいっぱいあるし」
 しかし――次に放たれたシャナのそんな言葉に、ヴィーダは気が滅入るのを隠すことはできないのだった。

●ガーディアン・スヴェルにまつわる日々のこと
 組織のトップ二人を欠いた状態のガーディアン・スヴェル(以降Gスヴェル)だが、代わりに古株団員と年長者の管理人が運営を行い活動を続けていた。
 現在の活動の中心は街の復興復旧に関わることである。
 今日もいくつかの班に分かれて、団員達は街に出かけていた。
 もちろん、本部に残って訓練に精を出す者もいる。
 キージェ・イングラムもその一人だ。
 訓練用の剣で素振りをしていると、後ろの方から誰かが近づいてくる足音を耳にした。
 手を止めて振り向くと、同居人のリィンフィア・ラストールだった。
「今来たのか?」
 今は、昼休憩が終わって少し経った頃である。
「午前中は神殿とか街の見回りに行ってたの。ここに戻ってきてからは、雑務を少し」
「そうか」
 短い返事だけを返し、キージェは再び剣を振る。
 その背に、リィンフィアが呼びかけた。
「ねえ、手合わせしてほしいの」
 キージェはリィンフィアが愛用の短槍を持ってきているのは気づいていたが、手合わせのためとは思っていなかった。
「……それでやるのか?」
「うん。手合わせだけど、真剣勝負。私もジェイに負けないぐらい努力しているから、今日は私が勝っちゃうかもね」
「真剣勝負……練習用の木剣で充分じゃないか? 剣で斬られたり突かれたりすれば、神様がいようといまいと、死ぬ。死ぬほどではなくても……痛いぞ? それに、くだらない怪我でもして、おふくろさんに心配かけちゃ申し訳ないじゃないか」
 母親のことを持ち出されては、リィンフィアも短槍を引っ込めるしかない。
 彼女が納得したことで、二人は木剣を手にして手合わせ用の闘技場へ移動した。
 木剣を構えて向かい合うが、どちらも仕掛けることはせず、相手の出方を注視している。
(堂々と構えるようになったな)
 キージェは、リィンフィアの姿勢を見てそう感じた。言った通り、努力を積み重ねてきたのだろう。
 本来なら褒めるべきところだが、キージェの気持ちは複雑だ。
 彼は、リィンフィアがここで危険と隣り合わせの活動をするのはやめてほしいと思っている。
(『あの時』は助けることができた。けど、『次』は?)
 大洪水の混乱の中、キージェはリィンフィアに助けを求められ、それに応えた。
 彼が母を失い、その別れ間際に言われた通りにがむしゃらに走っている時のことだった。
 その後、立ち直ったリィンフィアは、自分から脅威に立ち向かっていく勇敢さを発揮するようになった。
(今、ここで叩きのめせば、もうそんな勇気は、持たないようになってくれるだろうか?)
 キージェは、その答えをすでに知っていたが、否定するように先手を仕掛けた。
 突くと見せかけて斬りつけたり、右に向けた剣先をすいっと左に変えたり、一直線に攻めたり。
 しかし、そのことごとくをリィンフィアは凌いだ。
 彼女は、とても落ち着いた目をしていた。
 このまま持久戦に持ち込めば、リィンフィアに勝ち目はないだろう。
 ところが、宙を舞ったのはキージェの木剣だった。
 くるくると回転しながら飛んでいった木剣が、乾いた音を立てて地面に落下する。
「……おい」
「魔法なし、なんて言ってないもの」
 やや恨めし気なキージェに、リィンフィアは悪戯っぽく笑う。
 リィンフィアは戦闘でも日常生活でも、器用に魔法を使う。
 彼女の風魔法がキージェのテンポを狂わせた。そしてその隙を突かれて、木剣を弾き飛ばされたのである。
 リィンフィアは、転がった木剣を拾いに歩きながら言った。
「私、強くなったでしょ。『あの時』、あなたが助けてくれたらだよ」
 リィンフィアは、キージェが神様を信じていないことを知っている。
「私は『あの時』、ただ『助けて』と言葉にするしか、祈るしかできなかった。そんな私の前に、あなたは現れた。──あなたが『いる』ことが、信じることに繋がっているの」
「俺は、騎士だった君の親父さんじゃない。おとうさんじゃない。神様でも、ない」
「うん、わかってる」
 キージェに「いきなさい」と言った人は、彼を守ってくれたわけではない。
 置いて行かれた、消えてしまった──
 その現実が、キージェにある感情を刻み付けた。
 『失くす』ことへの、強烈な恐怖。
(なくすものは『ない』ほうが、楽でいい。ただ生きて、生き延びて。いつか世界が俺に『もういきないでいい』と示すまで、いくだけだ。けれど、リィンはそんなことは許してくれないんだろうな)
「私は、神様を信じているよ」
 リィンフィアはまっすぐな目で言った。
 彼女は、先日訪れた宮殿の庭園でのことを思い出した。
 あれ以来、少しだけ心が落ち着いたように感じている。
「ところでジェイ、もう一回やる?」
 差し出された木剣を受け取りながら、キージェは首を横に振る。
「……人間相手のほうがいい稽古になるのは確かだが、もっとごつくて強い相手のほうがよさそうだ」
「どういう意味?」
「そういう意味」
 何それ、と首を傾げるリィンフィア。
 キージェはそれには答えず、何故か居心地悪そうにしている。
 彼が何を考えているのかリィンフィアにはわからなかったが、いつか彼も自分と同じように、何か思いを新たにできたらいいと、そう願った。


 どうぞ、という返事を聞いただけで、ルティア・ダズンフラワーの胸はいっぱいになり、目頭が熱くなってしまった。
 こぼれそうになるものを指先で拭い、ドアを開ける。
 宮殿に用意されたグレアム・ハルベルトの部屋で、ルティアは久しぶりに笑顔で迎えられた。
 彼はもう普段着姿で、少し体を動かしていたようだった。
「お久しぶりです……というのも、変な感じですね」
 ルティアの胸に、あたたかい想いが満ちていく。
「私も、また会えて嬉しいです」
 喜びはそのまま微笑みとなって表れた。
 ふとルティアは、見舞いの花を持って来ていたことを思い出す。
 前と同じように自宅の庭園で摘み、グレアムの瞳と同じ色のリボンで束ねた。
 お見舞いです、と差し出すと、グレアムは嬉しそうに花束を受け取った。
「ありがとうございます。綺麗な花ですね。香りも、とてもやさしい」
「最近は天気もいいので、花も喜んでいるようで」
「後で花瓶を用意してもらいましょう」
「グレアム様のお加減はいかがですか?」
「体調は問題なく……ただ、だいぶ鈍ってしまいました。君のほうはどうですか? あの時──」
「もうすっかり元気です」
 沈みかけたグレアムの言葉を遮り、ルティアは意識して明るく答えた。
 彼の様子から、あの惨劇をそれなりに覚えていることがわかった。
(でも、今はグレアム様に元気になってもらいたい……逃げではなく、向き合うために)
「皆、団長の帰りを待っています」
 ルティアの励ましの言葉に、グレアムは曖昧な笑みを返した。
 それからルティアは、街のことやGスヴェルのことを尋ねられた。
 復旧は進んでいるのか、疫病は流行っていないか……。
 ルティアは、自分が見た街の様子をそのまま伝えた。
 街には再び活気が戻りつつあり、団員達も積極的に協力していることを聞いたグレアムは、安堵の笑みをこぼした。
 あの、と遠慮がちに切り出すルティア。
「グレアム様が大切にされていたという胸元にあったネックレス……それを、見せていただくことはできますか?」
 拒否されたらそれたまでと思って言ってみたルティアの前で、グレアムはそのネックレスを外してみせた。そして、ルティアに手渡す。
「義姉の形見なんです」
「そうでしたか。──このネックレスが、グレアム様の心を守ってくださったのですね」
「あの人が守ったものを、俺も守りたくて……けれど……」
 それは不思議な輝きを持つ石が嵌められたネックレスだった。
 そのネックレスに向けるグレアムの目には、憧憬や後悔や不安や……様々な感情の色がある。
 ルティアは、今日ここを訪れて確信したものがあった。
 同時に、今はそれを口にすることはできないことも悟った。
 だから、胸に満ちたあたたかく切ないものの代わりに、これだけは伝えようと口を開く。
「貴方が生きていらっしゃるということが、スヴェルの皆の……私、ルティアの心の支えなのです。ですから、団長としての貴方も、グレアム様個人としての貴方も、支えられるようになりたい。貴方の守りたいものを、私も守りたいのです」
 誓いのようなルティアの言葉を聞き、グレアムは彼女の手の中のネックレスから視線を上げた。
 ルティアはグレアムの視線を正面から受け止めた。
 彼の目に柔和な光はなく、何かを必死に追い求める一途さだけがあった。
「俺が守りたいのは、この国に生きる人達の今と未来です。帝国人も、アトラ民も、マテオ民も──すべて」
 ルティアは静かに頷き返し、ネックレスをグレアムの手に戻した。


 Gスヴェルへの街の人達からの信頼度は、グレアムの事件以降もほとんど変わっていない。街の復旧作業にも積極的に取り組んでいることから、上昇傾向にあると言える。
 ではグレアム団長に対してはどうかと言うと、街の人達からの評判は最悪と言ってもいいくらいに落ちている。
 彼に起こった事情を知っている団員達でさえ、日が過ぎるごとに懐疑的になっていく有様だ。
 街の人達のグレアムへの不信の影響もあるのだろう。
 マリオ・サマランチは、そのことを「致し方ない」と言って寂しそうに微笑む。
 管理人室でお茶を飲みながら、マリオとリキュール・ラミルは街やGスヴェルについて話していた。
「グレアム団長や副官ヘーゼル氏の現場復帰は、まだまだ先の話でございましょうか」
「そうだね。ヘーゼルはもう少しすれば戻ってくると思うよ。順調に回復しているし、多少無理してでも帰ってくる気でいるようだ」
「ふむ……求心力の高いお二人でしたからね。踏み込んだことをお尋ねしますが、士気を維持するのも大変ではございませんか?」
「ああ……そこが問題なんだ。管理人の私が出しゃばるわけにもいかないしねぇ」
「直接の激励では今はあまり効果は望めませんでしょうな。ですが、外側からならどうでございましょう」
「外側、というと?」
 マリオの反応に、リキュールは満足そうに目を細めて報奨制度のことを切り出した。
 リキュールの発案で始めた制度だったが街が混乱状態に陥ってしまったため、今は休止してしまっている。
「実は、報奨制度の改善案については、パルトゥーシュ商会とハオマ亭にはすでに話をしてあるのですが……」
 リキュールの襟元で、ファンクラブ会員バッジが光る。
 手際の良さにマリオは感心した。
 どちらもGスヴェルがよく世話になっている店だ。
「買い物割引券は喜ばれると思うよ。私も欲しいくらいだ。後はやはり、感謝を伝えられると次もがんばろうという気持ちになるようだね」
「心、でございますね」
 Gスヴェルはボランティア組織だ。
 団員達はもともと報酬や名誉目当てで参加しているわけではない。
 また、子供の団員もいる。
 どの人も、誰かの役に立ちたい、という気持ちからGスヴェルに参加を申し込むのだ。
 彼らのその気持ちの持続が、街の安全に寄与するはずとリキュールは考えている。
「ところで、あの騒動でポワソンさんは無事だったのかい? フランシスやパルミラのとこは襲われたそうだが」
「幸い何事もなく。まあ、扱っているものが嗜好品ですから、追いつめられたあの状況で一時的に売り上げは落ちましたが、おかげさまで現在は回復傾向でございます」
 街の復旧が進むと人の心にもゆとりが戻り、嗜好品の需要も伸びたのである。
「それはよかった。お客さんが戻って来てくれたのは、やはり日頃から誠実に接していたからだろうね」
 マリオはにっこりした。
「恐縮です。ですがそれは確かに真実でございましょう。たとえ迂遠と思っても、信用と誠実を最大の武器に、地道な努力でコツコツと積み上げていくしかありませんから」
「まさにその通り。スヴェルも同じだと思う」
 マリオは何度も頷いた。
 その後もお茶をおかわりして、二人は世間話に花を咲かせた。

 


 グレアムの意識が戻ったと聞いたタチヤナ・アイヒマンは、数日かけて調えたお見舞い品を抱えて宮殿を訪ねた。
 ノックをすると、前はなかった返事が返って来る。
(いつも通りの笑顔で。団長に、逆に気を遣わせたり心配させたりしないように)
 自分に言い聞かせてパチンと両頬を叩いて気合をいれる。そして深呼吸をしてからドアを開いた。
「グレアム団長、こんにちは」
「こんにちは、タチヤナ。お元気そうで何よりです」
 タチヤナの笑顔に、グレアムも笑顔で返した。
 彼は普段着姿で、ベッドで本を読んでいた。
「団長、今日は差し入れを持って来ました。片手で持てるダンベルなんですよ」
 タチヤナが大きめの布袋から木製のダンベルを取り出す。
 長いこと眠っていたグレアムは、きっと鈍ってしまった体をもどかしく思っているはずだと考えて用意したものだ。
「団長のことだから、無理していきなり体を動かそうとしているかと思いまして」
 おどけて言ったタチヤナの言葉に、グレアムの目が泳ぐ。
 タチヤナの笑顔が固まった。
「……え、まさか……ダメですよ、ちゃんと主治医の先生の指示に従って、無理なく、ですよ」
 思わず身を乗り出したタチヤナに、グレアムは素直に「わかりました」と苦笑した。
 グレアムはダンベルを受け取り、感触を確かめるようにゆっくりと数回上げ下げしてみせた。
「これはいいですね。回復が早まりそうです。ありがとうございます」
「無理なく、ですよ」
 念を押すタチヤナに、信用ないなあと笑うグレアム。
「剣が振れるようになったら、私が練習のお相手をしますので!」
「いいんですか?」
「ええ、どーんと任せてください!」
 タチヤナは、ぽんと胸を叩いてみせた。
 彼女は剣術が得意だ。
「頼りにしてます」
 穏やかに微笑むグレアムに、タチヤナは嬉しさと幸せで胸がいっぱいになった。
 グレアムが起きて、話して、生きている。
 当たり前だったそのことが壊れたことを経験した分、今がとても嬉しくて油断すると涙腺が緩みそうだった。
 泣いたらダメだと気を引き締め、ベッド脇の椅子に腰かけてから差し入れその二を取り出す。
 室内にふわりと甘い香りが漂った。
 正体はマドレーヌだ。
「これも、お見舞いです」
「タチヤナが作ったんですか?」
「ええ、まあ……」
 言いよどむ姿に、首を傾げるグレアム。
 実は……と、気まずそうにタチヤナは事情を打ち明けた。
「最近、兄様がクッキー作りに凝ってて……こーんなかわいい動物型のとか作っちゃうんですよ! 女子か! というか、兄様女子力高すぎ問題で……。ラッピングも兄様のほうが女子力あって……! やっぱり神様は私と兄様の性別を間違えたんだと思うんです」
 やり切れなさを一気に吐き出すタチヤナの前で、グレアムはずっと笑っていた。
「でも、おかげでいいリハビリができそうです。それに……」
 グレアムはマドレーヌを一口かじり、
「とてもおいしいです。君は、そのままがいいと思います」
 ありがとう、と感謝と告げた。


 休日の今日、ヴィオラ・ブラックウェルはいつもより遅くに起きた。
 それからふらりと外に出て向かったのは、Gスヴェル本部。
 風の魔法で近くの木にふわりと飛び上がり、隣の木からその隣の木へ移動しながら本部の様子を眺めていた。
 いつも誰かしらいる訓練場には、この日も何人かがいて励んでいた。
 けれど、ほとんどは街での仕事に出払っているのか、中庭や外廊下に人の姿はない。
「……」
 しばらくして、ヴィオラは本部から離れた。
 そして今、自室で机に向かっている。
 頭の中で何度も文章を練り、高級な紙に想いを丁寧に綴っていく。
 書いているのは、退団届だ。
 団長、副官、それからGスヴェルの皆の怪我の心配も。
 失礼をしたことや、今までの感謝の気持ち。
 これからは、一国民としてスヴェルに協力したいこと──。
 そうしたいと思った理由を書こうとして、ヴィオラの手は止まってしまった。
「退団の理由は書けないよね……」
 そっと、ため息を吐く。
 あの時、ヴィオラはグレアムを追った。
 そして彼と対峙して、問われた。
「操られてる団長に『今は、どんな覚悟でここまで来たんですか?』って言われたけど、覚悟なんかなかったからなぁ。団長に対してだけじゃなくて」
 そのことが、これからを考えるきっかけとなった。
 考えて──覚悟を持っていることが必要なら、ここに居るのはふさわしくない……という結論に達した。
 しかしそれをそのまま書くのは憚られたため、実家の都合でとしておいた。
「操られていた団長が細かい部分まで覚えているとは限らないし……この辺は触れないでおこう」
 他に書いておくべきことはと探しつつ、頭の別のところではスヴェルへの思いがとりとめもなく流れていく。
 ヴィオラは、英雄になるつもりなんてなかった。
 また、この世の中の理不尽に立ち向かうほどの理由も決意もなかった。
 そんなたいそれたものはなかったが、それでも手の届く範囲で街が守れればいいと思っていた。
 退団してしまえば、さらにできることが減ることはわかっているけれど……。
(たぶん、自分には集団行動が向いてなかったんだろうなぁ)
 ふぅ、と息を吐き出し、残りの分も書き進めていった。
 書き終えたものを何度も読み返し納得すると、丁寧に封をした。
 いつの間にか、だいぶ日が傾いていた。
「……」
 退団届と書かれた封書をしばらく見つめた後、ヴィオラは静かに立ち上がった。

●スラム街にて
 あの暴動で閉めていた私塾を、ようやく再開させることができた。
 まだ誰もいない教室で、マシュー・ラムズギルは教卓でじっと生徒達が来るのを待っていた。
 幸い、ここは酷い被害を受けずにすみ、修復作業も簡単に終わった。
 静かな教室で思うのは、子供達のことばかり。
 歪んだ魔力を弾き出すためとはいえ、年端も行かない子供達を相手に剣を振ったことは、マシュー自身も苦悩させた。
(恐れているかもしれない……)
 仮に子供達が何とも思っていなくても、親達は違うかもしれない。
 事情はともかく、我が子に剣を向けるような相手を快く思うだろうか。ここに通わせることを、躊躇うのではないだろうか。
 もし、誰も来なかったら……と思うと、マシューの口からは重いため息がこぼれた。
 と、その時、何やら騒がしく言い合う声が近づいてきた。
 一つはここに通う少年の声で、もう一つは大人の男性の声だ。
「何かなんてあるわけねぇって言ってんだろっ」
 苛立った少年の怒鳴り声と同時に、乱暴にドアが開けられた。
「俺はお前を心配してんだよっ」
 少年の後ろにくっついて入って来たのは、彼の父親か。
「今さら何が心配してるだ、このハゲ。あ、センセー! おーっす!」
 元気な笑顔で手を振った少年に挨拶を返す前に、父親がマシューに詰め寄った。
「おう、あんたが先生か。うちのガキを剣でぶっすりやってくれたんだってなァ。どういうつもりか聞かせて……イテェ!」
「それは何度も説明しただろ! もういいから帰れよ!」
 父親の尻に蹴りを入れた少年が怒鳴る。
 父親の心配を理解したマシューが、説明をしようと口を開きかけた時、二人目の生徒が入って来た。
「先生、こんにちは! あれ、おじさんどうしたの? 一緒にお勉強するの?」
 少年の家の近くに住む少女だった。彼女は一人で登校してきたようだ。
 少年の父親は、そのことに驚いていた。
「だって、先生はあたし達を助けてくれたんだよ。あたし、よく覚えてないけど、お父さんとお母さんがそう言ってた」
「ほら見ろ。わかったらとっとと仕事に行けよ」
 そう言って父親を追い出そうとする少年を、マシューは止めた。
 彼は父親の正面に立つと、
「ご心配はごもっともです。どうすれば、許していただけますか?」
「む……そうだな……よし! 授業参観だ! あんた変な動きをしたら、ぶん殴ってやるからな!」
 マシューを睨みつけて居座る気の父親に、それで気を静めてもらえるならと受け入れた。
 この後やって来た生徒の中にも、保護者同伴の子がいた。
 少年の父親は、彼らも授業参観に巻き込んでいった。
 そして時間になったところで、マシューは教壇に立った。
「それでは授業を始めましょうか」
 また子供達が来てくれた──マシューにとって、それは何より嬉しいことだった。


 スラム街には様々な事情を抱えた者が集まっているが、最近の新入りにずい分と不気味な奴がいる、という噂をエンリケ・エストラーダは耳にした。
 その者の正体を探るため、彼は注意深く周囲の者達の噂話に耳を傾けてきた。
 そしてこの日。
 今日の収穫はほとんどなしに等しかったが、名前も知らない住人が『仕事』でけっこうまとまったカネが入ったらしく、酒を仕入れて気前よく周囲に振る舞っていた。
 エンリケもそれに混じり、適当に話を合わせている。
「……で、そいつはな、いつもフードを目深に被ってるんだ。どうやらひでぇツラをしてるそうなんだよ。聞いた話じゃ、顔の半分が火傷で目も当てられなくて、髪はざんばららしい」
「……オイ、そりゃ俺のことか」
「その通り! 不気味な新入りって言やあ、まずお前が出るぜナナシさんよ」
 ギャハハハ、と集まった者達から笑い声が上がる。
 エンリケは外見だけでなく、名前も『ナナシ』などと名乗っていた。
「くだらねぇ」
 と、エンリケがこの場を去ろうとしたのを、男が引き止める。
「まあまあ、からかって悪かったよ。……実はな」
 と、男は急に真面目な顔つきになって声を潜めた。
「お前ら、このスラムの奥深くに行ったことはあるか?」
「い、行かねぇよ。あんなやべぇとこ」
 一人が顔を青くして答えた。
「だよな。あそこにいるのは、頭のいかれた奴ばっかだからな。……で、最近そこに新しいグループができたそうなんだ。リーダーは男で、えらい別嬪を侍らせてるって話だ」
「……やばいのか?」
「ああ……何やらでかいことを企んでるらしい」
 でかいことねぇ、とエンリケは冷静にその新興勢力のことを考える。
 彼は、海賊を壊滅させた帝国側に一泡吹かせてやりたいと思っている。
 そのために必要なのは、スラムでのし上がり海賊に匹敵するような組織を作ることだ。
 一から作り上げるのもいいが、どこかの力ある組織を利用するか、乗っ取るのもいいだろう。
「なあ、そいつらとはどうやったらコンタクトが取れる?」
 そう言ったエンリケに、男は慄いた。
「やめとけよ、お前……。深淵の奴らには関わらねえほうがいいぜ」
「何だ、知らねぇのかよ」
「知らねぇよ」
 エンリケは舌打ちした。
 ところでよォ、とかなり出来上がった別の男がエンリケに絡む。
「そろそろオメーの名前を打ち明けてくれてもいい頃じゃねえの?」
「ナナシでいいだろ。俺はもう、名前を捨てたんだ」
「何かあったのか……?」
「そうだな……みんな貧乏で学も無かったが、気の良い奴らばかりだった。もういねぇ。その時に、捨てたんだよ」
 そうか、と呟くと、男はボロボロと涙をこぼし出した。
 泣き上戸だったようだ。
「飲め、飲め。飲んで溺れちまえ!」
「酒臭ぇ、離れろ。俺を溺れさせたかったら、酒よりパンケーキ持ってこいよ!」
 酒は一滴も飲めない下戸で大の甘党のエンリケは、そう叫んだのだった。

●日々の営みの中で
 街は日に日に以前の姿を取り戻しつつある。
 見回りを続けているジェザ・ラ・ヴィッシュは、それをはっきりと実感していた。
 同時に、もう一つの側面も。
 目に見える範囲では、特に大きな諍いは起こっていない。
 人々は協力しあって復旧作業を行っている。
 しかし、よく見ると小さな綻びがあるのがわかる。
(建物は元通りになっても、人の心は時間がかかるか……)
 例えば、傷つけ合ってしまった隣人や夫婦、友人。
 何となくぎこちないのだ。
 もう大丈夫とわかっていても、互いに身構え同時に負い目を感じている。
 その中を、Gスヴェルの団員が支援に駆け回っているのが現状だ。
 団長の意志を残された団員がどのように汲み、復興に取り組むのか、ジェザは注視していた。
 彼らは、これまでと変わらない活動を続けている。そのことが、街の人達に混乱以前の穏やかな日々を思い出させているようだ。
 しかし、まだ治安は不安定なようで、食い逃げやかっぱらいなどの軽犯罪が多くなっていた。
 また神殿はあれ以来、礼拝者が増えたという。
 人々の心はまだまだ不安に揺れているのだ。
 その時、ジェザの頭上から危険を知らせる鋭い叫びが降って来た。
 反射的にその場を飛び退くと、ドスッと音を立てて金槌が地面に落ちた。
 よけていなければ頭に直撃していただろう。
「悪ぃ! 大丈夫か!」
 声にジェザが顔を上げると、すぐ横の家の屋根から梯子を伝って男性が下りてきていた。
 彼はジェザの前に立つと、深く頭を下げて謝った。
「手が滑っちまった。悪かったな」
「注意してくれたおかげで無傷だ。頭を上げてくれ」
 顔を見せた男性の目の下には、濃い疲労の跡があった。
 ジェザは、今日までに何度もこういう人々を目にしてきた。大人も子供も。
 歪んだ魔力の影響で我を失っていた場合、子供はその時のことをほとんど覚えていないが、大人は何となく覚えている。
 ジェザは労わるように男性の肩を叩くと、近くに積んである木材に共に腰を下ろした。
「私でよければ、吐き出してしまいなさい。なに、私からどこかへ広まることなどないから、安心するといい」
「ああ……騎士さん……俺は、俺は……大事な仕事仲間に、あの時……。当たり所が悪くて、あいつは今も……」
 誰かに聞いてほしかったのだろう。
 男性は顔を覆って震えながら、自分を責める言葉を吐き出し始めた。
 ジェザは時々相槌を打ちながら、彼の話に耳を傾けた。
 しばらくして、言うだけ言った男性は少し落ち着きを取り戻したようだ。
 彼はジェザに礼を言って仕事に戻っていった。
 再び巡回を始めると、少しして今度は人々の笑い声が聞こえてきた。
 数組の若い親子とGスヴェル団員が笑い合っている。
 と、団員がジェザに気づいて手を上げた。
 ジェザはGスヴェルの活動に協力していたため、顔を覚えられている。
 団員は親し気な笑顔でジェザに言った。
「こちらのご夫婦に、新しい家族が増えたそうだ。あの混乱の中で生まれた子だ。きっと強い子に育つ」
 見ると、若い夫婦の母親が赤ん坊を抱えていた。父親は三歳くらいの娘を抱っこしている。
 夫婦も娘も正気だったが、周りは狂気に包まれていて別の意味で戦場だった、と二人は笑う。
 無事に生まれたから笑い話になったのだ。
 母親の腕の中ですやすやと眠る赤子に、ジェザもやさしい気持ちになって目を細めた。


 恩赦で本土に戻ったアルファルドは、リモス村で見た墓地のことなどが気にかかり、もっと詳しく知ることができないか調べていた。
 が、ほとんど情報を得ることはできなかった。
(となると、後は……)
 運が良ければ会えるはずだ、とアルファルドはここ数日街をぶらついている。
 そして今日、ようやく目的の人物を見つけた。
 日傘をさして歩く貴族女性は、復旧工事が続く街の通りではやや浮いている。
 本人にはまったく気にしている様子はなく、市場を目指しているようだった。
「よぅ」
 と、アルファルドは偶然見かけた風を装って声をかけた。
 その貴族──インガリーサ・ド・ロスチャイルド子爵は、アルファルドの顔を見ると懐かしそうに微笑んだ。
「あら、お久しぶりね。こっちに戻ってからはどう? 街はだいぶ酷いことになっていたようだけれど……」
「まあ、何とか。一応師匠みたいなことを」
「そういえば、アルファルドさんは博識だったものね」
「いや、実は師匠をしてたのは以前のことで……今は暇でなぁ。勉強がてら本とか読み漁ってるが、自分が持ってる本は読み尽くしたし」
 話ながら、二人は歩き出す。
 アルファルドは、慎重に言葉を選んでいた。
 まだインガリーサに監視がついているかもしれないからだ。
「そういや、一人なのか? 最近はひったくりとかが多いそうだぞ。あいつはどうした」
「あいつ……サクのこと? それがね、急に連絡が取れなくなったのよ。手紙のお返事も来ないし。でも、あの人がこんな街中を歩いてたら、悪い意味で目立って仕方ないわよ。ふふっ」
 行方不明について、インガリーサはそれほど心配していないようだった。
 だからアルファルドもそれ以上は聞かなかった。
「時間を持て余しているなら、家の本で良ければ貸してあげるわよ。でも、あなたの興味を引きそうなものはあるかしら……」
「何でもいいさ。『興味深げな本』を読んで『新たな発見』ができたらそれで充分だ。そうだな、最近のものはたいがい読んだから、古典とかあれば読んでみたいな。ぎっくり腰にならん程度にな」
「うふふ。じゃあ軽いものにするわね。お買い物が終わったら、寄ってくださる?」
 呑気な彼女がアルファルドの意図に気づいてくれているか、賭けだった。
 そして、借りた本の表紙には『錬金法』やら『資産管理』やら……財産に関する数冊の本だった。
 古典はなかったけれどこれは家計にも役立つのよ、だそうだ。
 しかし、自宅に帰って開いてみれば、その中身は手書きのノートだった。錬金法とも関係がない。また、インガリーサの手とは考えにくい筆跡であった。
「これは……おとぎ話や伝承の類か?」
 平和だった世界を壊す化け物の群。
 追いつめられた人々を救う救世主。
 化け物──動物が悪魔に歪められてより攻撃的な姿になっていたり、人間と動物が掛け合わさったような異形であったり、とにかく何かが混ざり合ったものが、化け物として登場している。
 対して救世主は、混ざりっ気のない純粋な力の持ち主として描かれている。
 そして人々は救世主と共に化け物と戦い、平和を勝ち取る。
 バリエーションは様々だが、要約するとどれもそういった流れだ。
 『悪魔』や『救世主』は、そのものを指すのではなく概念的なものと思われる。
 一番新しそうなノートの最後に、分離、と走り書きされていた。
 これらのノートをインガリーサがいつ見つけたのかはわからないが、これを選んでアルファルドに貸した時点で、中身に気づいていないとは考えにくい。表紙は明らかに目くらましのためだ。
 夫の行方不明の理由におそらく見当はついていると思われた。


 誰かの服を選ぶということをしたことがなかったカサンドラ・ハルベルトは、洋服屋でとても真剣に服を見比べていた。
 声をかけるのが憚られるほどの気迫さえ感じる。
「自分で選ぶと似たような服になってしまいそうなので、選んでもらおうかな」
 と、言ったのはユリアス・ローレンだ。
 そけだけに、気楽に選んでくれればとも言いにくい。
「これと、これと……この組み合わせ、どうかな……」
 じっと待ち続けていたユリアスの前に、ようやくカサンドラ選のシャツとズボンが差し出された。
「試着……してもらっても、いい?」
「ええ、ちょっと待っててくださいね」
 ユリアスは試着室に入ると手早く着替えてカーテンを開けた。
「どうですか?」
「よかった……似合ってる」
 安心したように微笑むカサンドラ。
 その服を購入して外へ出ると、選んだほうも待っていたほうもけっこうな労力を費やしたのか、小腹が空いていた。
 二人はパン屋でパンを買い、広場まで出てベンチで休憩することにした。
 洋服を選んでいる時こそその様子はなかったが、ユリアスはカサンドラがどことなく落ち込んでいることに気づいていた。
「あの、カサンドラさん……もしかして、最近悲しいことでもありましたか?」
 カサンドラはハッとユリアスを見た。
 その瞳には、やはり不安の影があった。
 彼女はそっとうつむくと、ぽつぽつと最近見た悪夢のことを打ち明けた。
 兄と姉のこと、ベルティルデのこと、街のこと、マテオ・テーペのこと……。
「……また、リモス村の時みたいに……なるのかな。嫌だな……」
「その夢のこと、誰かに話しましたか?」
 カサンドラは首を横に振る。
「街とマテオ・テーペについては、夢のことを公爵に話して、公爵から皇帝陛下に伝えてもらうのはどうですか?」
「あ……そうだね。陛下なら、何か……」
「お兄様とお姉様のことも、公爵にお話ししましょう。家族で話をして、もしお二人が苦しんでいるのなら、兄姉を大切に思うカサンドラさんの気持ちを伝えて、御兄姉のことを支えてあげてください」
「……うん、今度、二人がいる宮殿に……お父様と一緒に、行ってみる」
「それに、御兄姉のことを大切に思い、支えてくれる人達もいると思います。だからきっと大丈夫ですよ」
「そうだね……お見舞いに来てくれた人達、いたもの」
 カサンドラの顔に明るさが戻って来た。
 ユリアスは、最後にリモス村のことを言った。
「ベルティルデさんには手紙を出すとか、カサンドラさんを訪ねてくるマテオ民がいたらその人に伝えて、用心してもらいましょう」
「うん、ちゃんと届くように……騎士さんに頼んでみる……。ありがとう、ユリアス君……危ないこと、伝われば……みんな、気を付けてくれる、よね」
「ええ、きっと」
 カサンドラはようやく安心できたのか、やわらかな微笑みを浮かべた。
 彼女には、たくさんの幸せが訪れてほしい──。
 そんな願いをこめて、ユリアスはプレゼントを用意していた。
 かすみ草をモチーフにしたネックレスである。
 小さな袋に収まっているそれを手渡すと、中身を見たカサンドラは目を丸くした。
「かわいい……。もらっても、いいの?」
「もちろんです。かすみ草には『幸福』という花言葉があるそうです」
「幸福……」
 ユリアスは、ネックレスをカサンドラにつけてあげた。
 胸元を飾る贈り物に、カサンドラは嬉しそうに触れている。
「たとえ何があっても、僕はあなたの味方です」
「ありがとう。ユリアス君は、私には、もったいないくらい、やさしい人……ありがとう」


 ──いまだ!
 小声でそう言ったマティアス・リングホルムの合図と同時に、ルース・ツィーグラーは走り出した。
 ちょうど市場が混雑する時間帯でのことである。
 もともと監視の騎士は少し距離をおいていたため、二人はあっという間に騎士を撒くことができた。
 そのまま人混みを利用して歩き、マティアスは騎士に見つかる前に本題に入った。
「時間がないから単刀直入に聞く。姫さんはこれからどうするつもりだ? ベル達と合流するのか?」
 ルースは乱れた呼吸を整えながら、こちらも簡潔に答えた。
「いいえ、それは無理よ。帝国はそうやすやすと人質を手放したりしないわ。表面的には協力関係だけど、何かあればいつでも切り捨てるつもりだと私は思ってる。……帝国にとって大切なのは、ベルの能力だけ。海底の人達に構うメリットはないもの」
「……アーリーの奴もどうなるかわからねぇのが心配だな」
「そうね。……悔しいわ。肝心な時に、私は何の役にも立てない」
「いつもの前向きはどうした?」
 茶化すように言ったマティアスに、ルースはムスッとした顔で答える。
「気持ちばっかりで行動できないんじゃ意味ないわ。いっそ皇帝の心を乱すような騒ぎでも起きないかしら。そうすれば、付け込む余地ができるかも……」
「物騒だな、おい」
「……冗談よ。宮殿の警備は万全よ」
 あまり冗談でもなさそうに、ルースはため息を吐いた。
 姫さんは、とマティアスはぽつりと言った。
「姫さんもベルも、誰に言われたからというわけじゃなく行動してる……そう思っていいんだよな」
「そうね、あの地に入ったばかりの頃はあそこで暮らす人達のことは……正直、あまり考えてなかったわ。私が生きててほしいと思うのは、ベルだけだった。でも、今はすっかり情が移っちゃったわ」
 ルースはマティアスを見上げて、困ったような微笑を浮かべた。
「生きるなら、みんな一緒。とても難しい道に放り込まれたわ。どうしてくれるの」
「俺のせいみたいに言うなよ」
「ふふふっ、大丈夫。私はまだ、諦めてない。きっと何かあるはずよ」
「わかった。俺には小難しいことはわからない。頼むぞ!」
「あなたも考えなさいよ!」
 ルースがぶつ真似をすると、マティアスは大げさによけて笑った。
 何かが変わったわけではないが、ルースは常に隙を伺っている。
(その時が来たら、万全の状態で動けるようにしておきたいな……)
 マティアスが決意した時、撒いた騎士に追いつかれてしまった。
「おい、お前達に勝手は許されていない」
 苛立った様子の騎士を、マティアスとルースはすっとぼけた顔で振り向いた。
「何かあったの?」
「俺達は普通に歩いてただけだが」
 黙り込んだ騎士を無視して、前に向き直る。
 そして二人は、悪戯が成功した時のようににやりと笑い合った。



 マテオ民に本土の街へ出掛ける許可が下りていることを知ったアウロラ・メルクリアスは、大急ぎで手荷物をまとめるとリモス村を飛び出した。
 本土と繋がる干潮時が待ち遠しかったのは言うまでもない。
 そして人に聞きながら、公爵邸の前に到着した。
 ここに会いたい友達がいる。
 不審な目でアウロラを見ている門番に用件を告げると、胡散臭そうにしながらも彼は邸内に連絡をした。
 しばらく待つと、パタパタとカサンドラ・ハルベルトが駆け寄って来た。
「アウロラさん……! こっちに、来れたんだ……っ」
「うん。ダメもとで村の見張りの騎士に確認したら、行ってもいいって。聞いてみるもんだね。ねえ、もしよかったら街に遊びに行かない? ほら、こういう機会ってあまりないと思うし。来る時にちょっと小耳に挟んだんだけど、おいしいお茶菓子を置いてるところがあるみたいなんだって」
「うん、行く。……ちょっと待っててね。支度、してくるね」
 こうして二人は、門番に見送られて街へと繰り出した。
 アウロラが聞いたという店を目指している途中、彼女はカサンドラの顔色があまり良くないことに気が付いた。
 アウロラは足を止めると、心配そうにカサンドラの顔を覗き込む。
「もしかして、体調が悪いのかな?」
 ちょっとごめんね、とアウロラはカサンドラと額を合わせて熱を測った。
 カサンドラはびっくりして目を丸くさせた。
 熱はなさそうだ。しかし……。
「ん……やっぱりちょっと顔色悪いよ。ごめんね、気づかなくて。今日はやめておこうか?」
 引き返そうとするアウロラを、カサンドラは引き止めた。
 そして、周りを気にするように声を潜めて言った。
「お話し、したいことが……あるの」
 また悪い夢が始まったのだろうと察したアウロラは、行き先を変更して広場を目指すことにした。
 ベンチに落ち着いてからカサンドラがアウロラに伝えたのは、やはり悪夢のことだった。
 それも、聞き逃せない内容だ。
 カサンドラは、ショルダーバッグから一通の手紙を取り出してアウロラに渡した。
「これを、送ろうと思ってたの……。そうしたら、アウロラさんが……来てくれた」
 中の便箋に綴られていたのは、カサンドラが話したのと同じ内容だった。
 アウロラはそれを丁寧に封筒に戻すと、不安そうなカサンドラににっこりと笑いかけた。
「教えてくれてありがとう。……リモス島でも悪い夢見てたよね。でも、あの時はケガをした人はいたけれど、みんな無事に戻ってこれた。悪夢は夢で終わらせられたんだよね」
 カサンドラは小さく頷く。
「それなら、きっと今回も夢で終わらせられるよ。みんなで協力すればね。だから元気出して」
「できる、かな……。何だか、嫌な感じが……消えないの」
「それじゃ、考えようか。夢を夢で終わらせるために何が必要か。誰に伝えればいいか、何をすればいいか、そのあたりをさ」
「考える……」
 カサンドラは、リモス村でアウロラ達がどんな行動をしていたか、一つずつ思い返していった。
 悪夢の内容を、どう回避していったのか。
「うん……考えて、みるね」
 しかしすぐに妙案が出てくるわけもなく。
 ひとまずは、再会を祝して当初の店の味を確かめに行くのだった。


 いろいろと落ち着きを取り戻したマルティア・ランツは本土へ渡った。
「ここも、大変だったんですね……」
 半壊した家屋や一部に焼け跡を残した店などを目にして、マルティアは悲し気に眉を下げた。
 隣を歩くインガリーサ・ド・ロスチャイルド子爵は、
「郊外にも魔物が現れたと聞いたわ。農家が被害にあったとか。もう魔物は退治されたそうだけれど、心配よね」
 と、声を落とす。
 魔物の脅威がどんなものだったかは、マルティアも身をもって知っている。
 でも、とインガリーサは声を明るくして言った。
「私達は泣いてばかりじゃないわ。そうでしょう?」
 二人はしばらく街を見て歩いた。
 まだ以前ほどの賑わいは戻っていないが、それでも市場には食材を売るテントが並び活気があった。
 果物をいくつか購入したインガリーサが、休憩しましょうとマルティアを喫茶店に誘った。
 香りのよいお茶で一息ついたマルティアは、少し言いにくそうに切り出した。
「……あの、アドバイスをいただきたいことがあるのですが」
「どんなこと?」
「あの、あの、インガリーサさんぐらいの年齢の方って、どんな物を贈ったら、贈られたら嬉しいのか、一緒に見てもらいたい……のです。男性なんですけど、色々お世話になっていまして、お、お礼みたいな感じで、渡せたら……いいな……って」
 落ち着きなく話すマルティアとは対照的に、インガリーサは静かに微笑みながら聞いていた。
「私、何が良いのかもわからないですし、喜んでくれるのかも、わかりません……。でも、何かあれば良いなと思うので、よろしくお願いします」
 マルティアは、丁寧に頭を下げた。
「顔を上げて。贈り物をもらって嬉しくない人なんていないわ。その殿方はどんな方なの? 活発な方、それとも読書を好むような静かな方?」
「えと……元気いっぱいというよりは、堅実な感じの……」
「そうね……手帳なんてどうかしら。いいお店、知ってるわ。──贈り物が決まったら、あなたは心を込めて堂々と渡せばいいのよ。もし悲しいことを言われたら、私に言いなさい。とっちめてあげるわ」
 ふふふ、と悪戯っぽく笑うインガリーサ。
 そして他にもいくつか心当たりの店を紹介すると言った。
「あの、話は変わりますが、インガリーサさんは魔石の欠片をご存知ですか?」
「いいえ、知らないわ。そんなものがあるの?」
「そうですか……いえ、いいんです。いろいろ、気になることが多くて……継承者のこととか」
「リモス村のお墓で眠る人達のように、世界中で犠牲になってきた女の子達がいるのよね。その女の子達と私達は、違う人種なのかしら。わからないわね……」
 墓地については、インガリーサも深刻に受け止めている様子だ。
 マルティアは無意識にポケットをそっと握った。中には小袋に入れた釘がある。どこにでもある釘だが、彼女にとっては大切なものだ。この釘をくれた大工も街のどこかにいるはずだが、まだ姿は見ていない。
 しばらく静かにお茶を飲んでいたが、
「わからないことをいくら考えてもダメね。できることから済ませましょう」
 と、インガリーサは贈り物選びを始めることを勧め、マルティアを店に案内するのだった。


 この日も、リサ・アルマは自分で組んだ予定通りに街へ出て仕事をしていた。
 『安全の保証された』領域の確保、まずはこれである。歪んだ魔力に侵されている動植物等の場所は、それを探知する魔法具が教えてくれる。
 そして対象を発見したら、地の魔法で歪んだ魔力を弾き出す。
 時々凶暴なものもいるので、そういう場合はGスヴェルに連絡をして対処していった。
 こうして作っていった『安全の保証された』場所を繋げて拡げることで、人々の日常を取り戻していくのである。
 休憩がてら、リサは予定表を確認した。
(今のところ、人間が豹変したといった騒ぎは起こってない、か。動物や植物の新たな魔物化でスヴェルが動いている様子も見てないな。沈静化してきているのか……?)
 油断はできないが、そう考えてもいい状況であった。
「今日の残りの分は……」
 と、合わせて地図も広げる。
 リサは計画通りに仕事を進める。
 長期の仕事をこなしていくにはきちんと休むことも仕事のうち、というのが持論だ。
 予定を消化したらさっさと帰宅し、早めに寝る。
 少し前、仕事を再開したい大工と『安全の保証された』領域について、話し合いをしたことがあった。
 早く始めたい大工はリサをせっついたが、彼女はこう答えた。
「今日だけ頑張れば終わる仕事なら徹夜もするけど。明日も、その先も、頑張り続けるためにも休む義務がある」
 大工は、自分の仕事もそうであることに気づき、納得した。
 そしてリサは口にした通りしっかり体調を整え、明日に臨む。
 また別の日、リサがすでに仕事を終えた領域を通りかかった時、親子連れに呼び止められた。
「あの日以来、不安が消えて夜も眠れるようになったんです」
 と、若い母親は笑顔で言い、お礼にとクッキーを差し出した。
 ああ、とリサはようやく彼女のことを思い出した。
 魔法具の探知機が反応した樹木の傍に住んでいる親子だった、と。
 問題の樹木の影響で、暴徒化まではいかなくても精神的に不安定になっていたようだ。
 その樹木は家の窓のすぐ横に生えていたため、リサは不審者と間違われないよう彼女に作業の説明をしたのだ。
 その時の彼女は、明らかに寝不足の顔をしていたが、今は健康そうである。
 クッキーを受け取ったリサの鞄に目をやり、彼女は言った。
「今日も続けているんですね。お身体に気を付けて」
「ありがとう」
 特に愛想のない返事でも、彼女はにこにこしながら去って行った。
 声こそかけなくても、毎日変わらずに根気よく仕事を続けるリサの姿に、励まされている人が大勢いる。
 本人だけが、そのことを知らない。


 海底に取り残されている人達のことを思い動いてはいるが、逃れられない能力ために苦しみ、不安定な少女のことも心配だった。
 リモス村から本土の街へ出かけたクラムジー・カープは、家族の元で少女がどうしているか様子を窺いに訪ねてみることにした。
 そして今、少女──カサンドラ・ハルベルトと共に街を散歩している。
 破壊の跡があちこちに見られる街だが、人々は復興に精を出していた。
「最近、どうですか? 家族がいらっしゃるおうちに戻ったのですから……」
「……うん、お父様も元気。お兄様とお姉様は、ちょっと元気ないけど……でも、この前、宮殿のお庭で、みんなでたくさん、お話ししたの……」
「一家団欒ですね」
「うん……久しぶりで、楽しかった」
 カサンドラは淡く微笑むが、どことなく表情が冴えない。
「私には、あなたも少し元気がないように見えますが……何か、ありましたか?」
 カサンドラは何か言いたそうにもぞもぞした。それから、大き目のポシェットから手紙を出してクラムジーに差し出した。
「これ、この前来てくれたお友達と、同じ……同じ、怖い夢のこと……。クラムジーさんも、マテオ・テーペの人だから……」
 カサンドラは、数日前にもらったアドバイス通りに、ベルティルデやマテオ・テーペに降りかかるだろう災難を知らせようと、何通か手紙に認めていた。
 しかし、手紙を送れるような相手はあまり思い浮かばず、ほんの二、三通だ。
 内容を確認したクラムジーは、カサンドラの元気のない様子に納得した。
「知らせてくれてありがとう。これでまた、備えができます。これはとても重要なことなんですよ」
 クラムジーは、リモス村で彼女が見た夢は、『夢』のままで終わらせることができたことを思い出してもらおうとした。
「あの時、あなたは私達を助けてくれたのですから」
 カサンドラの瞳が揺れる。
「……私、役に立った……?」
「ええ」
 カサンドラは安心したように、肩の力を抜いた。
 ところで、クラムジーが街に出たのにはもう一つ理由がある。
「ところで……あの、女の子が身に着けるのによさそうなアクセサリーを売っている店はご存知ありませんか?」
 カサンドラは少し驚いたような顔でクラムジーを見上げた。
「どういうのだと喜ぶのかわからないので、見繕っていただけたらと……」
「わ、私で、いいの……? 誰かへの、プレゼント……?」
「ええ、まあ……」
 先ほどカサンドラを元気づけた人と同一人物とは思えないくらいに、クラムジーはあたふたしていた。
 カサンドラは、その変わり様をぽかんと眺めている。
「本当になってほしい夢の……準備と言いますか」
 今度は急に自信を失ったように、足元に目を落とす。
 カサンドラは、控えめにクラムジーの袖を引いて通りの一点を指さした。
「もう少し先に……かわいいお店、あるの」
 ほとんど外出をしたことがなかったカサンドラが知っている、数少ない店の一つ。
 女性客ばかりの店に連れて行かれて、とても注目を浴びてしまうことを彼はまだ知らない。

●静かなリモス村で
 恩赦により囚人達が本土に帰って行ったリモス村は、流刑地とは思えないほどのどかだった。
 そこの治療所で、リベル・オウスは先日訪れた宮殿でのことを、ベルティルデ・バイエルに話していた。
「そう……そんなことを……。ルースが元気そうでよかった」
 ルースからの伝言を聞いたベルティルデは、安堵の笑みを浮かべる。
「それから、ちょっとしたきっかけでご立派な騎士サマも交えて、楽しい遊びに興じてさらに紅茶までご馳走になったんだ。いやぁ、久々に愉快な時間を過ごせたぜ」
 皮肉っぽく笑うリベルだったが、ベルティルデは気づいていないのかにこにこしている。
「その騎士の方のお名前は伺ったのですか?」
「名前は……うっかり忘れちまったな」
 決して良い印象の人物ではなかったこともあり、リベルはとぼけた。
 そして話題を変えた。
「いい機会だったから、同業者の視察もしてきたんだ」
 将来この国で生計を立てるにあたり、ライバルを知っておくことは重要だ。
 扱っているモノや質、規模などを時間が許す限り見聞してきたのである。
「どうでしたか?」
「この村と比べても仕方ねぇが、さすがにいろいろと揃ってたな。マテオでも見たことがない薬草もあった。特に最近の騒ぎで需要が伸びてるそうだ」
「街も大変だったのですね……」
「きっと今も復旧工事に追われてるんだろうな」
 少し視線を下げたベルティルデの前に、リベルは綺麗な小袋を差し出した。
「土産だ。せっかく一段落したんだ。息抜きもそうだが、お洒落するのもいいだろ」
 ベルティルデは目を丸くすると、手の中の小袋の中身を出した。
「あら、綺麗なペンダント」
 そう言ってにっこりする。
 感触を確かめるように、細工が施されたペンダントトップを指先で撫でる。
「ありがとうございます。大切にします」
 リベルを見て微笑むと、さっそくそのペンダントで胸元を飾った。
「似合いますか?」
 少し照れたようにしていた。
 こうしておしゃべりをしている間も、リベルの頭の中ではルースの懸念が思い返されている。
 子供の頃から教え込まれたことがなかなか抜けないことは、リベルもよく知るところだ。
 彼の薬師としての知識や経験がそれだ。
 自分の血肉となっているものを断ち切るのは容易ではない。
(……使命を果たした後に彼女がいる未来は、俺だって望むことだ。そういう未来を、ベルティルデ自身にも見据えさせねぇとな)
 と言っても、今のリベルに思い浮かぶのは小さな約束くらいだ。
「後は俺がダンスをマスターして、お洒落したお前との約束を果たす。まとまった時間が取れるのは、全部終わってからか。忘れるなよ」
 お土産をもらって嬉しそうなベルティルデが頷く。
(彼女を生かすためなら、何だってやってやるさ……)
 リベルは固く決意した。


 魔物騒ぎ以来、ジスレーヌ・メイユールは攻撃的な魔法の練習にも力を入れるようになっていた。
 少し離れたところでは、ヴォルク・ガムザトハノフも得意の風魔法の練習をしている。
 的へ石礫を当てることを繰り返していたジスレーヌだったが、とうとう集中力が切れたのか「ふぅ」と息を吐いてハンカチで汗を拭った。
 回復魔法のほうが得手であるため、攻撃魔法はすぐに疲れてしまう。
 それに気づいたヴォルクも手を止めて、ジスレーヌに歩み寄った。
「休憩か?」
「ええ。慣れないことは、やはり疲れますね」
「続けることが大切だ。たとえ今より上手に使いこなせるようになっても、修行に終わりはない」
 その通りだと頷くジスレーヌ。
 畑のことも同じだ。
 目の前の課題を達成できて終わりではない。満足できない。
「ちょっとお水を飲んで……」
「待て。──根拠はないが、とても嫌な予感がする」
「え……まさか、また魔物が!?」
 ジスレーヌはキョロキョロと辺りを警戒した。
 魔物が出てきた坑道内はここからだいぶ離れているから、ひょっとして新たな場所からなのかと全身に緊張が走る。
「慌てるな、そういう感じじゃない。だが、そうだな……この嫌な感じは払拭しておきたいな……」
 小声でブツブツと呟いたヴォルクに、ジスレーヌは軽く混乱した顔をしてみせた。
「あの……?」
 そしてヴォルクは、急に真剣な表情になりジスレーヌを見つめる。
「伝えておきたいことがある。ジスレーヌがいなければ、俺は世界を滅ぼしてしまうだろう。だがお前のいる世界は暖かい。滅ぼすのはしばらく保留にする。だから、ずっと、一緒にいてくれ」
「え……んん? あの、魔王の……?」
 ヴォルクは真面目に告白したつもりだったが、あまりに唐突だったせいか、ジスレーヌはいつもの魔王に関する話題だと勘違いをしていた。
 戸惑っている彼女に、ヴォルクは苦笑するとあっさり話題を変えて、新魔法を披露すると言い出した。
「そこに座って楽にしててくれ」
「う、うん……?」
 近くの岩に腰かけてもまだついていけずに首をひねっているジスレーヌと向かい合い、ヴォルクは深呼吸を繰り返して深く精神を集中させていく。
 その間もジスレーヌは、ヴォルクが言った言葉を頭の中で反芻し、理解しようと頑張っていた。
 とても精密なコントロールを要する新魔法は、名を『アラスカ式マ・ラミュート』という。
 目を閉じて額に汗がにじむほど集中していたヴォルクの目が、ハッと開かれジスレーヌに風の魔法をかけた。
 足裏から脹脛、腿を風が適度な強さで絞る。
「……!」
 修行で疲労していた筋肉のむくみや凝りがたちまち取り除かれ、スッキリとした下半身にジスレーヌは目を丸くした。
「肩や腕は俺がやってやる」
 少し息切れするヴォルクはジスレーヌの後ろに回ると、断りを入れてから肩から腕を揉みほぐしていった。
 と、その途中で突然ジスレーヌが立ち上がった。
「あの、ヴォルク君……さっきのこと、なのですが……」
「さっき?」
「……はい、あの言葉は……私、告白されたのでしょうか!?」
「そのつもりだが」
 とたん、ジスレーヌは「ひゃああああ!」と顔を覆ってどこかへ走って行ってしまった。
 その時チラッと見えた耳は、真っ赤に染まっていた。


 穏やかな日々は喜ばしいことだが、過酷な環境に晒され続けていると、どうしても嵐の前の静けさに感じてしまう……。
 そんな予感を覚えつつも、コタロウ・サンフィールドはこうも考えた。
 こんな時こそ、どっしりと日常を過ごすべきかもしれない──と。
 そこで彼はベルティルデ・バイエルを昼食に誘った。
 魚が釣れるリモス村では、マテオ・テーペとは違い魚介の料理を食べることができる。
 その場で釣って焼くこともあれば、燻製にしておくこともある。
 今日の昼は貝と野菜のスープに魚の燻製、パンである。
 広場の日当たりの良いところで、世間話をしながら二人は食事をした。
「……そう、以前なくした帽子だけど……何故か食器の棚の奥から出てきたよ」
「そんなところに……なかなか見つからないわけですね。でも、どうして……?」
「きっと身支度をしてから食事をしようとして……いったん帽子を脱いで、たぶん、無意識に戸棚にしまっちゃった感じかなぁ」
 実はコタロウもはっきり覚えていない。
 ベルティルデは、クスクス笑った。
「コタロウさんでも、そういうことをしてしまうんですね」
「あはは……何にせよ、見つかって良かったよ」
「あの占い、当たりましたね」
 聖なる日に本土へ出かけた時の件だ。
 立ち寄った占いの館で、コタロウは失くした帽子の行方を占ってもらったのである。
「ベルティルデちゃんは、何か最近の発見とかある?」
「この前、猫を見かけました。定期便の積み荷に紛れ込んでいたのでしょうか? エサをあげたら寄ってくるようになって、かわいいです」
「へぇ、猫か」
「普段はどこにいるのかわからないのですが、そのうち会えると思いますよ」
 リモス島はそれほど広い島ではない。
「会えたら挨拶しとこうかな。そういえば、ジョギングは順調そうだよね」
「はい。始めて良かったです。体が軽くなった気がしますし、前より体力がついたと思うんです。それに、日が昇ったばかりの空気や空はとても綺麗で」
 ベルティルデは、雨の日以外は早朝にジョギングを続けている。
 早起きの人なら、その姿を見かけているだろう。
「俺も見習って早朝に走ってみようかな……とか考えなくもないけど、いざとなると眠くて挫折しちゃうんだよね」
「ふふ、わたくしも始めたばかりの頃は、なかなか体が動きませんでした」
「だよね。最近は気温も下がって来たし」
 いつの間にか、嵐の前の静けさと思ってしまうような構えはなくなっていた。
 その後も不安なことは忘れて、畑のことや料理のことなど他愛のないおしゃべりに熱中したのだった。


 しばらくの間、本土の街を見て回っていたステラ・ティフォーネは、そこで見つけたなかなか質の良い茶葉をお土産にと手に入れた。
 どちらかといえば苦しい思い出のほうが多いリモス村に戻ったのは、マテオ民への義理か情か。
 お土産の茶葉の袋を見せてお茶に誘えば、暇を持て余していた人達が次々と集まって来た。
 広場のテーブルで、お茶会が始まる。
「ステラさんが淹れたお茶は、やはりおいしいです」
「ありがとうございます。ですがきっと、茶葉が良いのですわ」
 ベルティルデの賛辞に、ステラは謙遜で返した。
「本土の街はどうだった? やっぱ、人いっぱいか?」
 よく畑仕事に精を出しているマテオ民の男性が尋ねた。
「もちろん、この村よりは。珍しいものを売っているお店もありました。ですが、街もだいぶ痛めつけられたようですわ」
 崩壊の危険がある家屋を崩している現場も見てきた。
 所々で物乞いも見かけた。
「ただ、活気は失われていませんでした。立ち直ろうとして、頑張っていましたね」
「そう……きっと、出てったあの人達も頑張ってるわね」
 先ほどの男性の妻が懐かしそうに微笑む。親しくなった元囚人の誰かを思い出したのだろう。
「こちらでは何か変わったことはありましたか?」
「かわいい新入りが来たわ」
 と、女性が答える。
 例の猫のことだ。
 今やベルティルデ以外にもほとんどの住人に目撃され、かわいがられていた。
「俺は猫に近寄るとくしゃみが出るんだよな……猫、好きなんだが」
 中にはこういうかわいそうな人もいる。
 もっとも彼は、くしゃみをしながら猫にかまっているのだが。
「犬も入って来ないかなぁ。芸を仕込みたいよ」
 そう言った明るい髪色の男性は、大洪水前にかわいがっていた犬がいたという。
 そんな風にとりとめのないおしゃべりの中、ステラはぼんやりしているジスレーヌに気が付いた。
「ジスレーヌ様、どうしました?」
「ステラさん……あの、あのですね……私……」
 ジスレーヌは、ステラにだけ聞こえるようにボソボソと言った。
 告白されたのだと。
「私、逃げ出してしまいました……混乱してしまって……」
 頭を抱えるジスレーヌの背を撫でながら、ステラはまとまりのない話に耳を傾ける。
「ステラさん、結婚のこと考えてるんですよね……? どんな風に……?」
 ジスレーヌはウンウン唸りながら、まだ温かいお茶を一口飲んだ。

●お見舞い
「あー! 死ぬかと思った! 生きてるって素晴らしい!」
 一攫千金狙いで、燃える島に単身渡って色々ヒドイ目にあったフィラ・タイラーは、島で知り合いになった女性騎士と街の酒場に来ていた。
「さあ、今日はとことん飲むわよ!」
 笑顔で乾杯して、飲み始める2人。
「ところであなた、メリッサさんの逃亡を許したお咎めとか大丈夫だった? だから、端から彼女のことは放っておいて、本人の好きなようにさせればいいじゃんって言ったのに~」
「それこそ命令違反で罰せられるって!」
 そっかー、騎士って大変なのね、と笑うフィラ。
(この子も仲間沢山失ったのよね……。とりあえず、メリッサさんは自分の思いを貫けたのかな?)
 表だって彼女の味方をしたら、自分が犯罪者になってしまうから出来なくて、『あんな人放っておこう』なんてこの騎士の女性には、酷い言い方をしたのだけれど……。
 一般人のフィラは、騎士の会議にも呼ばれていないし、その後何があったのかも知らされていない。関係者に聞いても守秘義務があるらしく、教えてもらえなかった。
「あとさ、同僚にいい男いないの?」
「どういう男性が好み? いい男にはいい女にしか紹介できないけど?」
「ちょっとそれどういう意味よ? わたしふつうにいい女よ? そりゃ、普通未満なところも、1つくらいあるけど……」
 自分の胸を見てうううっと呻くフィラ。
「まあ、今のご時世、歪んだ魔力に囚われて、相手が突然DVクソ野郎に豹変してもおかしくないんだよね……婚活は世界がもうちょっと平和になるまでお預けかなぁ……」
「こんな時代だからこそ、大好きな人と幸せになりたいって思うんじゃない?」
「大好きな人か……って、もしかしてあなたにはいるの? わたしより若いくせに!?」
「フフフ」
「あー! いるのね!? 相手は貴族よね? 合コンしよう、合コン~」
 余裕の笑みを浮かべている女性騎士を、フィラは笑いながら揺すった。

「……あれ?」
 気付けば、フィラは自室のベッドにいた。
「ああ、夢か。妙にリアルな夢だったわね」
 起き上がって、髪を整える。
 自分より若い女性だった監視の騎士とは、小屋で分かれた後、会ってはいない。
 入院中彼女のことを聞いても、誰も教えてくれなかった。
「そういえば、名前さえ知らない……」
 だけれど、自分と守り合った男性騎士は酷い怪我を負ったものの、一命を取り留めたとは聞いている。
「そろそろ面会許してもらえるかしら。フィーちゃんやアールのことも、何か分かるといいんだけど」
 朝食をとり、身支度を整えてフィラは、見舞いに向かうことにした。
 彼女はまだ知らない。
 だから――友情を感じた彼女たちと、また会えると思っていた。


 燃える島の作戦で負傷し、入院していたルルナ・ケイジも随分と回復し、もうすぐ退院が出来る状態になっていた。
 先に退院していたセルジオ・ラーゲルレーヴは、恋人でルルナの姉のミコナ・ケイジと一緒に、ルルナのお見舞いに訪れていた。
 それだけではなくて、セルジオはルルナが入院している施設の手伝いも、進んで申し出て、行っていた。
 作戦に加わると決めた時、ルルナの身を守らなければと思っていたのに、こんなことになってしまって……。
 セルジオはとても心を痛めていたけれど。
「セルジオさんありがとね! すごくすごく悲しくて辛いことあったけど、生きて戻れてよかった。障害とかも何も残らなかったよ」
「本当にありがとうございます」
 姉妹からは、深く感謝された。セルジオが一緒じゃなければ、ルルナは命を落としていただろうと。
「いよいよ、水の魔力の吹き溜まりに行くんだね。出航までに体調万全にしないと」
 ルルナは魔力の吹き溜まりに向かう船に乗るつもりだった。
 ミコナはとても心配したけれど、セルジオはルルナを止めたりはしなかった。
 ルルナと同じ年の頃、セルジオも自分で考えて行動をしていたから。

 帰宅途中。
 セルジオはミコナと共に、温かな飲み物を買って、誰もいない公園に立ち寄った。
 彼女には、島で自分が遭遇したこと、あったことを詳しく話してある。
 島で出会ったフィーという少女。不審な点があったけれど、信じたかった。
 だけれど、確証は何もないのだけれど、彼女の行いは信用に値するものではないと感じた。
 フィーが何者で、何処に消えたのかはわからない。
 騎士団による本格的な捜索は行われていないようだが、普通に考えれば、本土から出れるはずがない。リモス島への行き来は管理されているし、海賊が占拠していた海岸に出てもいくところはない、はずだ。
アール――リッシュさんもまだ、行方不明のままだそうです。無事ならいいのだけれど」
「会いたいです。お母さんにも、早く会わせてあげたい」
 両手でカップを包み込みながら、ミコナは言った。
 セルジオは深く頷いた。彼女は、レイニの娘のリッシュに間違いない。
 薄れゆく意識の中聞いた、リッシュの言葉。
『私じゃダメ、私じゃ何も出来ない……私じゃ、信じてもらえない。助けて、助けて、助けて……お母さん……』
 避難船での絶望の記憶が呼び起されて、記憶が戻ったのではないかと、ミコナから聞いていた。
 特別収容所で保護されていた港町の人々の航海は、混乱の極みにあったという。
 航海術を持っていても、リッシュにレイニほどの経験も、皆からの信頼も、発狂していく皆を受け止める力もなく。
 食料も尽き、命も失われていき、恐らく絶望と深い苦しみの中、リッシュは海に落ち、記憶を失った――。
 セルジオは大きくため息をついて心を落ち着かせ、命を守る方法を考えていく。
「もうすぐ、水の儀式が行われるといいます。これもまた誰かを犠牲にして行われることになるなら、魔力制御装置で、誰の命を犠牲にすることもなく、行えないかな?」
 アトラ・ハシス島で、セルジオたちが使用した魔力制御装置は今も、アトラ・ハシス島にあるという。
 祭具も契りの娘であるシャナや、同じ痣を持つセゥ、山の一族も数名ここに訪れている今、島に何かがあった時、島の人々の命を護るために欠かせない魔法具だ。
「ここで造ることができれば……でも、今から造っても間に合いませんね。ホラロさんが訪れたと聞いてますので、これから造られるのかもしないけれど」
 魔法具の製造には、製造方法が解っていても長い時間を要する。
「開発案を募っていた時に、提案すればよかったです。そういえば、マテオ・テーペから訪れた人の案で作られたゴーレムは、水の魔力の吹き溜まりでも活用されるようです」
 その案を出した人が、港町の住民かどうかまでは分からないけれど……。
 そうして、未来に繋げる案を出せた人たちに、ミコナは尊敬の念をいだく。
 そして自分は何も出来ていなかったことを悔いるのだった。
「私はルルナと一緒に行っても足手まといだから、ここでアトラ・ハシス島の民として、世界や、故郷の人たちを助けるために、出来ることをしていきたいと、思います」
 彼女はセルジオの目を見て、しっかりそう言った。
 だけれど、その目の中には不安の色がにじみ出ている。
「セルジオさんは……船に乗るのですか?
 ホントは凄く心配で、心配すぎて……怖い、の」
 そう俯く彼女を、セルジオはそっと抱きしめた。

●リモス島のアルザラ1号
 マテオ難民で、傭兵騎士として活動しているトゥーニャ・ルムナは、風の魔力の継承者であるシャナ・ア・クーに会うために、アルザラ1号が停まるリモス島の海岸に訪れていた。
「ぼくが『みんなと一緒にいた時』話しかけてきてくれたでしょ~? あの魔法、ぼくも使えるようになりたい」
 シャナを前に、単刀直入にそう言うトゥーニャ。
 小さな女の子(実際は自分より年上だが)を前に、シャナは困った顔で言う。
「あれは私達一族にしか使えない魔法みたいで……あの時のこと、覚えてるの?」
「うん、なんとなくね~」
「それじゃ、試してみようか」
 シャナはトゥーニャから少し離れて、風に声を乗せて、トゥーニャへと送る。
「んー。わかんない。もう一回~」
 何度か繰り返してもらうが、トゥーニャには声を聞きとることが出来なかった。
 逆にシャナに習って、トゥーニャ自身も声を乗せてみようと思うが、上手くいかない。
「便利な魔法なんだけどな~」
「そうね。でもその魔法使える一族の人、こっちに何人か来ているから、連絡し合うことできるわよ」
「そっか~。でもあの時、聞こえたのはなんでかな?」
 トゥーニャに聞かれたが、シャナも頼まれてやっただけで、何も理解していない。
「なんでだろうね。一族……けいしょーしゃって言うんだっけ? その一族の魔力があの時、あなたの中に入ってた、とかかしら?」
「そうなのかな? 『みんな』の中の誰かかな? たくさんかな~」
 ん~と考えてみるも『みんな』から解放されたトゥーニャには、何もわからなかった。
「ぼくのこと、私達に近いって言ってた気がするし、また使えるようになるかもね~」
 ありがとうとお礼を言って、トゥーニャは戻っていった。


 アルザラ1号がリモス島の海岸に戻ってから、幾日か過ぎたある日。
 少しの休憩時間を、タウラス・ルワールは妻、レイニ・ルワールと共に過ごしていた。
「本当は戻るなと伝えようか迷いました。あなたに万一のことがあれば影響は甚大です。子供""達""も村人も、あぁ帝国もかな」
 そう苦笑するタウラスに、レイニも苦笑で返す。
「港町近辺で火の儀式が行われたそうです。それから、アールと名乗っていた女性は火の一族らしいと……」
 タウラスは旧友から聞いていた話を、レイニに話した。
「メリッサさんの話では一族は執拗な監視下にあったようですけれど」
 そして、じっとレイニの目を見つめる。
「リッシュさんも?」
 レイニの目に厳しい光が宿っていく。
「レイニさん……いつから、どこまで、なにを知っていて、まだ俺に話していないことはどれくらいありますか?」
 タウラスの顔にもいつもの柔らかさはなかった。
「すみません、少し怒っています。身体の一部とおっしゃってくださっても、未だに明かしてもらえないことがあるらしい。話せない枷があるならそれも等しく背負いたいのに」
「そんな風に言われると……悲しいわ」
「燃える島は惨憺たる状況でした。水の噴出箇所もきっと……」
 タウラスはそっと息を整えて、言葉を続けていく。
「共に挑むために足並みを揃えておきたいんです。夢を少しだけかえてもいいですか?」
“船に乗ること。それから、世界の調整。そして……大切な人の手を離さないこと”それがレイニの手をとった、彼の夢だった。
「世界の安定と港町を救うこと。俺は海底の人々をケセラさんのように切り捨てたくはない」
 彼の言葉を聞いたレイニは、真剣な目でタウラスを見る。
「タウラス。私はあなたに隠し事なんてしていない。話す機会がなかっただけで、聞かれれば話していた。ねえ、あなたはこの半年間ここで何をしていたの? 港町の人達は、私にとって家族で、命に代えても護って当然の存在。ケセラさんに例えられるような存在じゃないわ。それはリッシュにとっても同じ。彼女もより多くの人を助けるために、私から離れていった」
 声に力が籠り、少し震えた。
 アルザラの名を継ぐ、後継者であるリッシュの方こそ、その使命感は強かったのかもしれない。
「リッシュのこと、娘と思ってくれているのなら、それは嬉しいけれど、あなたを父とするかどうかは、彼女が決めることで、恐らくそれはないと思うわ。リッシュには実の父の話をずっと聞かせ続けてきたから。
 彼女と私はいつも一緒に過ごしてきた。洪水の時、彼女は私のもとを離れていったけれど、互いを一番に大切に思っていたことに、間違いはない。その私に今、別の伴侶がいて、子どもがいることをすぐに受け入れるかしら? それは私からゆっくり、彼女に話さなければならないこと。だから、リッシュに関することは、あなたに関わってほしくない。多分、あなたが傍にいることは、マイナスにしかならないから。それより私が選んだ人として、誇れる人でいて」
 船に乗る医師ならば、ここには軍医も衛生兵もいる。箱船にも医療知識のある人や、薬師が乗ると思われる。
「あなたには私たち2人にとって、唯一無二の存在であるアッシュと、彼が生きる世界のために、ここに残って欲しいと思っている。ここには医者がいないのだから、これまで通り、1人の医者として、ここに生きる人を助け、私たち港町の人々を受け入れる体制を築く力となってくれてもいいし……アトラ島民の代表として外交を担ってくれてもいい」
 2人の最愛の息子のために、あなたは生きて――と言われているような気がした。
 レイニはため息をついて、続ける。
「もう一度聞くけど、あなたはこの貴重な半年間、夢のために何をしてどんな成果を得たの? 1人の医者として、医療行為を行ってきたって報告しか聞いてないんだけど。それは大変立派なことだけれど、親であり、アトラ民の命を背負ってここに来ているあなたには、他にも出来ることがあったはず」
 リッシュ生存の知らせも、他のアトラ民が掴み、タウラスを通さずにレイニのもとに届いていた。タウラスがもっと早く知っていたら、帝国との交渉に動けたかもしれない。
「……私たちには、ケセラさんのような犠牲が出たとしても、護らなければならないものがある。私の考えは、以前と変わってないわ」
 以前――原住民との交渉の際のレイニの言葉が思い浮かぶ。
 交渉の姿勢としては、謝罪すべきことは、謝罪する。引くべき時には引く。
 隠すべきことは隠す。
 主張すべきことは主張する。
 主張してから、相互妥協をしていく。
 相手との立場を対等に持っていく。
 それから、協力して『あげる』と握手をする。
 そして、戦いがあり、儀式が行われ、多くの人々が被害を受け、多くの原住民が命を落とした。
 だが難民は誰一人、命を落とすことはなかった。皆で守りきった。
 アトラ島から来た者たちのことは、帝国は対等に扱っていた。レイニ達もその姿勢で臨んでいた。しかし今やいつ崩れてもおかしくはない。
 この半年間で、イニシアチブは帝国に完全にとられてしまった。
「……交渉のカードである山の一族が管理する祭具は、遥か昔に、不当に持ち逃げされたのだと、聞かされたわ。そして、あなたの旧友を主とする、マテオ民の勝手な行いにより、帝国の臣民に多くの被害が出たとも。タウ、あなたは私の知らないことをいろいろ知っているけど、その情報の出所は?」
 口を開こうとしたタウラスを、レイニがすぐに止める。
「いえ、聞きたくない。これ以上、帝国に付け入る隙を与えるようなことしないで欲しい。お願いだから立場をわきまえてね」
 レイニを呼ぶ声が、響いてきた。
 少し寂しげに、レイニは言う。
「あなたが許可してくれた理由はわかったけれど、私はアッシュの親としてあなたが私と代わってくれるのだと思ってここに来たの……。もう私たちはあの時の私たちじゃないから。アッシュには2人の親がいて、リッシュには私1人だけ。私たちの役割は決まっている。分担しましょう」
 短い休憩時間が終り、レイニは甲板へと戻っていく。最後に、ふと思い出したようにこう言葉を残して。
「そういえば、レザンだけど、彼、元々リッシュに近づくことが目的で、船員になったみたい。本人に聞いてみたら?」

 その後、機会を見てタウラスはレザン・ポーサスに近づき、リッシュとの関係を尋ねた。
「俺自身は貴族でもスパイというわけでもなく、普通の町人としてアルザラ家を監視し、時々親に報告してただけさ」
 彼はリッシュの許嫁とされていた貴族の親戚であり、リッシュが公国で結婚が許される年齢になるまで、彼女に恋人が出来ないよう、見守る役目を担っていたそうだ。
 また彼は特殊能力を持っているのだが、これはタウラスには話さなかった。
 それは、人には知られたくない能力だからなのだが、特にレイニの伴侶であるタウラスに知られるとあらぬ誤解を招きそうで……。

●宮殿の騎士、貴族たち
 宮殿の庭園にあるテーブルに、テーブルクロスを敷いて、料理を並べ。
 それから、ロスティン・マイカンは、婚約者であるエルザナ・システィックを迎えにいった。
「え? これロスティンさんが準備したんですか?」
 ロスティンに誘われて、庭園に訪れたエルザナはパーティの準備がされていることに、目を丸くした。
 マテオ・テーペにいた頃ならともかく、今のロスティンには権力も財力もなく、家事が出来る人でもない、のだが。
「はっはっは」
 得意げに胸を張るロスティン。
「こんにちは、エルザナさん。マイカン卿、宮殿でお手伝いをして、お料理を分けてもらったようです。彼の手作りではないので、味も大丈夫ですよ」
 友人であるマーガレット・ヘイルシャムも、ロスティンに声をかけられ、訪れたところだった。
「まあまあ、それはともかく。頑張ったエルザナちゃんに慰労してなかったからね。ということで、お疲れ様パーティー開催!」
 椅子を引いて、ロスティンはエルザナを座らせる。
「たっぷり食べて疲れを癒やしてこれからもしっかり頑張ろー!」
「ありがとうございます」
「状況が状況だから超豪華宮廷料理とはいかないけどね。でも、これはこっそりつまみ食いしてたから味は保証するよ」
 エルザナの前に置かれた皿に野菜を敷いて、その上に小さなハンバーグを乗せる。
(こっちのは奥の方に保管してたから、多分あまり食べること無い奴かな? ま、怒られるとしてもこっちだし)
 それから、ちょっと高級そうなハムと茹でた野菜を盛っていく。
「ふふ、美味しそうです」
「本当はウィルも誘ったのですけど、外せない用事があるとかで……皆で鍋パーティも考えたのですが、さすがに庭園で鍋をするわけにもいかないですからね」
 マーガレットも席に着き、カップにお茶を注ぎ、配っていく。
「鍋パーティもやりたいですよね。でも、前にやった時、トカゲとかカビの生えたパンとか入ってたんでしょ? 楽しめたの?」
「それはもう、別な意味で楽しませていただきましたわ……」
 遠い目になるマーガレット。
「エルザナちゃんが参加するときは、もっとちゃんとしたもの持って行くから。さ、いまはとにかく食べて次につなげていこう!」
 ロスティンも席について、お茶を受け取ると、いただきますと言い合って、料理を食べ始めた。
「ところで……エルザナさん、お身体の方はもう大丈夫ですか?」
「え? もちろん」
 だから誘ったのでしょう? と少し疑問そうな顔をするエルザナ。
「いえ、わかりますよ。そっちで人を引っ張りだしておいて何を言ってるんだって」
 くすっとマーガレットは笑みを浮かべる。
「ですけど、私自慢じゃないですが、いえ、ほんとに自慢になりませんけど、長い間病気がちだったもので、ずっと心配される側だったのです」
「今にも倒れそうなくらい、線が細いものね」
「うん、マーガレットちゃんもしっかり食べて筋肉付けないと」
 2人の言葉に頷いて、マーガレットは続ける。
「私が人の健康を心配したのは今までの人生の中で貴女で3人目なのですよ。二人はまだマテオですので、もっか私が心配できる人は貴女ぐらい」
 心配をするのは、不安だから。
 だけれど、同時に温かい気持ちにもなれていた。
「3人……って、“ご友人”のロスティンさんのことは?」
「あ、マイカン卿のことも心配しなかったという訳ではありませんのよ。でも、この方はちょっと殺しても死にそうにないですし……」
「殺しても死にそうにないって、どういうこと!? エルザナちゃんがいなくなったら、コロッといっちゃうかも?」
 そんなロスティンの言葉に、マーガレットは微笑した。
「ええ、何よりエルザナさんがいらっしゃいますしね」
「でもいつも一緒ってわけじゃなくて。そろそろ……うーん」
 寝食を一緒にする関係になりたいな、なんて。思いはしても、エルザナははっきりと口には出せなかった。
「そういえば挙式とかどうしようかねー」
 そんな彼女の繊細な気持ちは伝わってないのだが、ロスティンの口からは自然にそんな言葉が出てきた。
「あら、式? まぁ、そこまで話が進んでいるとは存じませんでしたわ」
「マーガレットちゃんも来てくれるよね?」
 ロスティンの言葉に、もちろんですとマーガレットは答えた。
「おめでとうございます。なんだか私まで嬉しくなりましたわ」
 エルザナは恥ずかしそうに赤くなっていた。
「それでは、なおさら身体をいとわないと、ですね。もうエルザナさん一人の身ではないのですから」
 なんだか複雑そうな表情ながらも、エルザナはこくんと頷く。
「この前のお兄さんいい人そうだったし、多分ここの貴族の人かな。エスコート役買って出てくれていたし、エルザナちゃんはあの人と知り合いなの?」
「あ……あの方は……わ、割と近い親戚、です」
 慌てているエルザナの姿に、ロスティンは軽く疑問を感じる。
「……昔の彼氏とか……じゃないよね? いやー、あの品格とかあれやこれや勝ち目が無さそうなのだけど」
「違います。断じて違います」
 力いっぱい否定するエルザナ。
「そっかー」
 安心して、ロスティンは料理を自分の口に運んだ。
 控え目な苦みのある、上品な味が舌を喜ばせてくれる。
(ん? 親戚って……エルザナちゃんのお母さんの親戚はここにはいないだろうし)
 つまり――『皇族』だろうかと、ごくんと料理を飲み込みながら、ロスティンは緊張を覚える……。
「お二人の式には必ず呼んでくださいね。私、這ってでも出席しますから」
 そう微笑むマーガレットに、照れながら嬉しそうに「はい」とエルザナは微笑した。
 その笑顔には、沢山の喜びと、ほんの少しの憂いが表れていた。


 精神状態が不安定になっていたシャンティア・グティスマーレは、起き上がれるようになってから毎日のように、アーリー・オサードの部屋を訪ねていた。
 アーリーやエルザナが自由な立場を得ることにつながるのなら。
 そして、大洪水のような恐ろしいことを防ぐことに繋がるのなら、協力したいと、シャンティアは思い、黒い髪、赤い瞳の少女を呼び止めて、話を聞いた。
 その娘は言った。
 “起こす”のだと。
 起こさなければ、火の心が、あなたの大切な人の心が死んでしまうのだと。
 そして、シャンティアは彼女の言葉に従い、会わせるための行動に出た。
 アールとチェリアを。
 チェリアがアールに何をしたのかはよく理解していなかった。
 だけれど、その後にアールの口から出たとても苦しげな言葉は覚えている。
『人は、誰も助けてはくれ、ない。自分達の幸せのために、私達を殺す……ッ。人の世界は、もう、いらない。私達が生きれる世界を創る』

「上手にできませんでした。恐ろしいことが起きます。やっぱりわたくしはダメなのです。この惨状は……これから起こる惨劇はわたくしのせいなのです」
 嘆くシャンティアの話を、アーリーは隣で黙って座っていた。
「あの、赤い目の方は、アーリーのことを、最期の同胞だと、待っていると仰っていました。アーリーは行くのですか? 起こすのですか?」
「どうかしらね……。そろそろ落ち着きなさい」
 アーリーはそう答えて、シャンティアにお茶を勧める。
「アーリーは、これからどうなるのですか? わたくしは……わたくしに危害を加えたアーリーを助けて、聖人君子気取りになって良い気分に浸っていたかっただけかもしれません」
 拳をぎゅうっと握りしめて、シャンティアは嘆き続ける。
「いいえ、アーリーが好きでもない男に無茶苦茶にされちゃえばよかったと思っていたのかもしれません」
「それは残念ね。ここの皇帝がそんな男だったら、ふふっ、まず味見に貴女を差し出すのに」
 怪しげに笑うアーリー。シャンティアは恐怖に震え出す。
「冗談、冗談だから。だけど、いい加減あなた自立しないと、居場所なくなるわよ?」
「居場所、ですか?」
「だってほら、メイドになることを勧めたけど、ダメだったでしょう?」
 こくんと、シャンティアは頷く。
 試みたのだが、全くメイドとして役に立てなかった。やはり自分は色々としてもらう方が向いているのだという結論が出ていた。
「私がここからいなくなったら、帝国があなたを宮殿においておく理由がなくなるじゃない? 追いだされた後は、スラムで暮らすの? 好きでもない男に無茶苦茶にされそうだけど」
「……アーリー! わたくしを置いていってはだめです」
 必死に掴みかかるシャンティアに、アーリーは躊躇しつつ、彼女の頭を軽く撫でた。
「いつまでも私やエルザナに依存してないで、いい人、見つけなさい。あなた美人だし、魔法の知識も才能もずば抜けてるから、その気になればすぐ相手は見つかるわよ」
 ふるふるふるふる首を左右に振るシャンティア。
「アーリーこそ、可愛い格好で使用人を誘惑して嫁ぎ、わたくしのメイドになればいいのです」
 訳の分からないことを言い出すシャンティア。
 とにかく、アーリーに可愛い服を着せよう、着せなければならない使命感に駆られ、シャンティアは立ちあがる。
「可愛く可愛くなればいいのです」
 部屋から出ていく彼女の背を見ながら、アーリーは小さく「ありがとう」と呟いた。


 帝国騎士のアレクセイ・アイヒマンは、手土産を持って宮殿を訪れていた。
 彼が向かう先は、チェリア・ハルベルトが過ごす部屋。
 燃える島の調査を終えてから、彼女は殆ど自宅に帰っていない。
 彼女に『守りたい』と告げた時の、苦悩の表情が、調査に携わった隊員たちに深く詫びた時の様子が、とても気にかかっていた。
 チェリアの私室の前には、護衛……だろうか、騎士が立っていた。
 会釈して、彼女が部屋にいるかどうか聞き、ノックをする。
「チェリア様、よい茶葉を手に入れたので、よろしければ一緒にお茶でもいかがです?」
 少しして、内側からドアが開いた。
 チェリアは今日も、武装はしておらず、近衛騎士ではなく、貴族としての装いだった。
「またクッキーを焼いてみたんです。お部屋にお邪魔してもよいでしょうか?」
「どうぞ」
 2人掛けのソファーとローテーブル、シングルベッドに棚。
 広くはないが、生活に必要なものはそろっている部屋だった。
 勧められて、アレクセイはソファーに腰かけ、チェリアも隣に腰かける。
「クッキーは今回、形にも拘ってみました、動物型です。可愛いでしょう?」
 アレクセイが得意げに言うと、チェリアの顔が少しほころぶ。
「はい、チェリア様、あーん」
 アレクセイは摘まんだクッキーをチェリアの口へと運ぶ。
 チェリアは驚いて、そういうのガラじゃないと恥ずかしげに拒否を……
「ふふ、以前食べさせて頂いたので、今日は逆に私から」
 しようとしたが、アレクセイが彼女の口にぐっとクッキーを押し込んだ。
「自分で食べられる」
 恥ずかしげな笑みを浮かべたチェリアを見て、アレクセイは安堵の吐息を漏らした。
「……よかった。笑って下さいましたね」
 照れ隠しのようにお茶を飲むチェリアに、アレクセイは穏やかに語りかける。
「あのですね、チェリア様。
 私、地の魔力が籠められた剣を手に入れたんです。これがあれば、歪んだ負の魔力を弾き出す事ができます」
「……」
「チェリア様が負の魔力の影響を受けた際には、何度だって俺が貴女を引き戻します。勿論、陛下程は上手く行かないと思いますが……」
 チェリアの表情は硬かった。
 アレクセイには彼女が不安を必死に隠しているように、見えた。
「俺は信じてるんです。人が人を想う力は、負の魔力なんかに負けないって」
「アレクセイ、だがお前は……」
 チェリアの言葉が、途中でとまった。
 膝に置かれたチェリアの手の上に、アレクセイは自らの手を重ねる。
「貴女が自分を見失う時、俺が貴女を見つけてみせる。繋ぎ止めてみせる」
 チェリアの手は、表情と同じように強張っていた。
 そして、アレクセイの手より、冷たかった。
「どうか頼って下さい。弱くたっていいんです。人は支え合って、想い合って、共に生きるもの」
「……私は、普通の『人』ではないんだ」
 苦しげに絞り出された声。
「俺の前では泣いてもいいです。俺も貴女の前では泣きますから」
 アレクセイは彼女に優しく、囁きかけた。
「お前は、神の力を受けたことがある。……自分だけでは抗えなかった。お前を引き戻したのは、親しい者を想う心と、地の魔法だったけれど……私は、手遅れかもしれない」
 チェリアの表情が苦悩と不安に満ちていく。
「分からないんだ。今の自分は、少し前の自分と明らかに違う。私の中の誰かを想う気持ちが変わっている。あの時、私が歪んだ魔力に囚われていたら、仲間に剣を向けたのは、私かもしれない。……死んでいたのは、私を守ろうとする、お前だったかもしれない」
 燃える島を覆っていた炎が消えた後。火の精霊の守りを失った島で、同士討ちが発生した。
 代理で指揮を担っていたシルド・ドレインもその一人で、結果騎士が2人命を落としている。既に事切れていた者を入れると3人もの仲間を失った。
 動けるようになったシルドは、自害を試みたという。
「大丈夫です。貴女の本当の想いを、繋ぎ止めますから」
「だが、私はお前に勝ってしまう自信がある!」
 ……と言った後、チェリアは自嘲的な笑みを見せた。
「アレクセイ、頼むから私に殺されないでくれ。自分の本当の心は分からないのだけれど、少なくても私は、部下のこと、お前のことを本当に……大切に、想っていた」
「大丈夫」
 そして、アレクセイはチェリアをまっすぐ見つめて、切なげに微笑みかけた。
「チェリア様が好きです」
 アレクセイの想いがチェリアの心に沁み渡っていき、チェリアの瞳が潤んだ。
「……ありがとう。多分、すごく嬉しい」
 それがこの時のチェリアの答えだった。


 宮殿開発室――。
 休日の今日も、多くの研究員が研究に没頭していた。
 その隅のテーブルに、大変目立つ女性の姿があった。
 騎士団のトラブルメーカー、リンダ・キューブリックだ。
「随分絞られたようだな。団長は父さ……父より厳しいか?」
「理解はできる」
 この開発室を任されている元騎士団長の息子、エクトル・アジャーニを前に、リンダはそうとだけ答えた。
 騎士団長となった副団長の処罰は厳しかった。
 元団長なら見逃してくれそうなちょっとしたことでさえ呼び出されて、長時間の説教に始末書、更に反省文まで求めてくるのだ。
 勘弁してほしい。反省? していないわけではないが、どうせまたやる。
 ただまあ、現団長は前任者を意識し、気負ってしまっているのだろうと、理解はできる。
 団長が目を離した隙に、リンダは部屋を抜け出して、ここ開発室にもぐりこんだというわけだ。
「飲め」
 と、茶の入ったカップを乱暴に置くリンダ。
 腐れ縁の商人、リキュール・ラミルの店で購入した茶葉から淹れた茶だった。
 ちなみにリンダは美味しい茶の淹れ方など知らない。購入する時にリキュールが何か言っていた気がするが、忘れた。適当に湯を入れただけのお茶だ。
「家族の前では、どんな人だったんだ?」
 それが自分の父についてだと思い、エクトルは父の姿を思い浮かべながら、喋りだす。
 騎士団長であった父は、固い信念と忠誠心を持つ、自他ともに厳しい人だった。
 それは家族に対しても同じで、エクトルは優しい父の顔など見たこともなかった。
 むしろ、離宮で警備の任についていた父が、エクトルたち家族が暮らす街に帰ってくることは少なく、父との思い出もあまりない。
「自分が知る貴様の父は、実に親馬鹿な人だったがな」
 そんなリンダの言葉に、エクトルは疑問の表情を浮かべた。
「酒に酔う度、彼から息子自慢を繰り返し聞かされたものだ」
 リンダは浅く笑いを滲ませてそう言った。
「息子? 娘の間違いだろ。妹は、結構父に可愛がられていたから」
 妹は妊娠していて、もうすぐ子どもが生まれるんだと、エクトルは寂しげに話した。
 初孫を、父は見ることもなく……と。
「娘ではなく『息子』だ。自分に似ず、頭脳明晰だとな」
「……想像できない。酔った父さんの姿、見たことないし。けど、信頼できる仲間と一緒の時は、酔うほどに酒を飲んで、そんな話をすることも、あったんだな」
 感慨深けなエクトルの言葉を聞いた後、リンダは椅子から立ち上がった。
「親から愛されたエクトル卿が羨ましい」
 そう言葉を残し、彼女は騎士団本部に戻っていく。
「側で指導を受け、愛されたあんたのことも、僕は少し羨ましい」
 リンダの背を見ながら、エクトルはそう呟いていた。


「話があるんだが、聞いてくれないか?」
 と、ウィリアムアーリー・オサードを宮殿の庭園に連れ出していた。
 燃える島で行なわれたこと。その報告と、彼女が生かしたかった人、レイザ・インダーのことだ。
 庭園のベンチに隣り合って腰かけて、ウィリアムは島で起きたこと、アールという女性が、火の継承者の一族の力を持っていたと思われること。
 彼女に島で暮らそうと誘われたこと。
 彼女の協力で、レイザを生かすことができたかもしれないこと。
 結局諦めてレイザを殺さざる得ない状況になったということを話していった。
「その女性はリッシュ・アルザラよ。元組合長のお孫さんの。知らない?」
「さあ……」
 港町の住民であるアーリーは、アール……リッシュのことを見知っていた。
 ストリートチルドレンだったウィリアムは、町のまとめ役を担っていた漁業組合の元組合長のことは知っているが、その孫娘のことなどは気にもしてなかったし、記憶になかった。
「それから、エルザナは信用できる。非常時の動きこそ、本音が出るもんだろ? 彼女はレイザのために動いた。譲れない部分ももちろんあるかとは思うが、いい奴だと思う」
 エルザナ・システィック皇帝からの密命で、火の継承者の男性――レイザ・インダーの魔石化を任されていた。
 彼女はその使命を全うしたが、レイザの大切な人を護ろうとした。自らの命を削って。
「彼女とは良い関係を築けているわ。互いに相手を利用してもいるけれど。あの子は私達一族にとっては、どちらかといえば敵。マテオの民的に言っても、味方ではないわね。生粋の帝国人よ」
 口の軽いあなたに話すのはどうかと思うのだけれど……と前置きをして、アーリーは話しだす。
「彼女は、元々スパイとして領主の館に潜入していたの。何人かの公国民を手にかけたようだし、あの男の祖父の精神を殺ったのもあの子」
 あの男とは、レイザのこと。そして祖父とは、火の一族の血を引くアゼム・インダーのことだ。
「レイザの祖父さんボケてたんじゃなくて、エルザナにやられたのか……」
「火の一族だとは知らず、地の一族の力で操ろうとしたけれど、上手くいかずに精神が壊れてしまったみたい」
「そういうのも含めて、レイザに対して、後ろめたさや、なんか葛藤があったんだろうな」
 エルザナの必死な姿を思い浮かべ、ウィリアムはそう思った。
「それで、アール……リッシュだっけ。奴が言っていた方法って、結局どういう方法だったんだと思う? リッシュの言うとおりにすれば、レイザは普通に生きれるようになったのか?」
「普通に生きれる方法なんてないわよ」
「ん?? そういう知識って、継承者の一族なら、自然に思いつくような感じなのか?」
「知識ではなくて……同調? 彼の潜在意識でも、感じとっていたのかしらね」
 アールと名乗っていた女性、リッシュはウィリアムにこう言った。
『あなたが言ってた通り。彼は生きたい。この世界で、今、大切に思う人たちと。だけど、諦めてるの。殺して楽にしてあげるのは、あくまで私たちの都合で、彼の本当の望みは、あなたが言うとおりだと思うのよ。そうではなく、本気で彼を護るって意思から解放するというのなら……私、それでもいいわよ』
『それは……?』
『護らなくていい。生きていい』
「火の魔力の吹き溜まりに向かった時。スパイの……エルザナの目があったから、はっきりと言えなかったのだけれど」
 彼を魔力を統べる王とするために、必要だったのは王になる意志。
“自己犠牲では一族は救われない。あなた以外は何も要らない。あなたが生きるために他の全てを犠牲にできる。それだけの気持ちがなければ私達を生かすことはできない”
『護らなくていい。生きていい』
 彼に必要だったのは、そう思わせてくれる存在。
 失敗しても、多大な被害が出たとしても、自分だけは味方だと。死ななければならない、護らなければならない、生きることが許されないと思っている彼に、生きていいのだと信じさせてくれる存在。
「あの時は、多分全てが揃っていた。だから彼の心さえつかめれば……。でも、ここでは……」
 アーリーは静かに首を横に振った。
「結局私も彼を犠牲にすることを理解した上で、皇帝と取引をしていたの――だけど」
 話しながら、アーリーは考え込んでいく。
「……すまない。奴の女が邪魔に入ったからといい、事実、俺がやってしまった。この意味が重いのは解ってる」
 ウィリアムがレイザに止めを刺し、そしてエルザナが彼の身体を魔石化した。
「それから、代わりが出来たかもしれないのに、アール……リッシュに逃げる様に勧めた事も。期待してなかったかもだが、何とか出来なくて、すまなかった」
「だからいいのよ。最初から私は諦めていたのだから。もう馬鹿な事はしないで」
「なあ、アーリー。連れて逃げること、チャンスがあれば考えてみてもいいか?」
 ウィリアムの言葉にアーリーは驚き、彼を見つめる。
「アーリーが普通に暮らせる様にする、これだけは何としても果たしたい。それが、俺の今の望みだな」
「無理、だって。私にこの血が流れている限り。あなたお人好しだから、自分の望みのために人を裏切ったり、犠牲を出したりできないでしょう?」
 アーリーが解放されるために、リッシュを捕らえて帝国に差し出せば……。
 帝国や、話してくれた仲間を裏切り、海賊と組んで魔石の強奪に動いていたら――。
 アーリーの状況を変えられたかもしれない、けれど。
「もし、私があの男――レイザと同じ状況に陥ったら、多くの人を死に至らしめるとしても生きていいって、あなたは言ってくれるの? 世界よりも、自分の幸せを優先していいって。それとも世界のために、私を殺しに来る?」
 即答はできなかった。だけれど彼女が、博愛の精神をもった自己犠牲心溢れる娘ではないことは、よく知っている。
「ウィル、私ここの皇帝や、シャンティアから色々話を聞いてるの。あなたはもう前線には立たないで」
 魔力の中に、様々な生命の負の想いが残っている。
 海の中のマグマの中に、閉じ込められた一族の想いが在った。
 だけれど閉じ込められていない、一族の想いが地上に残っていて――魔石化を行った、あの場に在ったのなら。
「人は誰も助けてはくれない。自分達の幸せのために私達を殺す。人の世界は、もういらない。私達が生きれる世界を創る」
 アーリー口から流れ出た小さな言葉。呪文のようなその言葉を、ウィリアムは不思議に思いながら聞いていた。


 傭兵騎士のナイト・ゲイルは苛立っていた。
 それはチェリア・ハルベルトの数々の言葉と態度。
「なーにが『陛下に忠誠を誓い、帰化して帝国騎士になる、とか。……出来るわけないだろう、お前に』だ! 『私たちは、生まれてくるべきではなかったんだ』だ!」
 腹立たしげに廊下を歩く彼の姿に、貴族たちは慄いて避けていく。
 向かっているのはチェリアの執務室。アポイントはとってある。
 時間ぴったり。ドアを叩いて、返事が聞こえた途端、乱暴に開け放って、ナイトは中に入る。
「帰化申請してきた」
 ナイトのその言葉に、チェリアは酷く驚き、振り仰いだ。
「俺はマテオの皆を助ける為に傭兵騎士として働いているけど、だからってマテオの民って立場に固執しねえよ! どの立場だってあいつら助けられればいいんだからな! 出来るわけないとか決めつけんな!」
 つかつかと、ナイトはチェリアに歩み寄る。
「生まれてくるべきじゃなかったとか舐めてんのか! 大切なものを護るために、生きたくても死を選ぶしかなかった奴だっているんだ」
 口調を正すことも忘れ、荒々しい形相で近づく彼に恐怖してか、チェリアは立ちあがり、足を後ろに引いた。
「まだチャンスはあるんだから勝手に絶望して諦めてるんじゃねえ!」
 怒鳴り声ともいえる声に、チェリアの顔が強張る。
「どいつもこいつもため込み過ぎ! 弱音吐いて頼れ!」
「……どんなチャンスがある」
「まだお前は、化け物になってねえだろ!? お前は人間だ。違うか?」
 鏡を掴んで、ナイトはチェリアに見せる。
 鎧姿ではないけれど、彼女の容姿は出会ったころから何の変化もない。
 ……いや、凛とした表情に、影が出来ている。
「で、申請が通ったら、帝国騎士として副官になり、傍でフォローしていく。どのように、進めればいい? 皇帝に直訴か?」
「帰化してもお前は傭兵騎士だ。帝国騎士の騎士位はそう簡単には与えられない。ただ、私の側に置くことは、できるだろう。私が陛下に頼めば」
 そういう彼女の顔は暗い。
「なら、すぐにでも頼め。ほら、何とかするから! 子供みたいに落ち込むな!」
 ナイトはチェリアの頭に手を乗せると、髪をわしゃわしゃと撫でる。
「他にもやらなきゃいけない事が山ほどあるけど、とことんやってやるさ。動かない奴には何も掴めないんだからな!」
「……ナイト」
 チェリアは自分の頭を撫でるナイトの手を掴んで、下ろさせる。
「私の状態はお前が思っているより悪い。私達ハーフは、歪んだ魔力に完全に取りつかれても、化け物化しないようなんだ。そして、完全に囚われた後は両方の親の一族の能力も、使えるようになる……かもしれないという」
 そのまま、掴んだナイトの手を放さなかった。
「火の一族の、熱の影響を受けなくなるようなのか?」
「そうだ」
 他言無用だと前置きして、チェリアはナイトに話す。
 地の継承者の一族の力は、他人の魔力をコントロールし、操ったり、暴走させたりすることができる力。
「私は水と、地のハーフだ。水の特殊能力については知らない。ただ、地の一族の力を使えるようになったら――どうなるか分かるな?」
 歪んだ魔力の意のままに、チェリアに関わる者が操られていく。
 ふと、ナイトの脳裏に、海賊たちの姿が思い浮かんだ。
「だから、前に話した通り――最悪の事態に陥る前に、私を止めてくれ。殺してでも」
 苦しげに絞り出された言葉。
「傍にいるというのなら、目を離さないでくれ。私はもう、既に取り返しもつかないことを、してしまったかもしれない。それからナイト、私はもう以前の私ではない。心が、想いが変化してしまっている」
「どう違う?」
「私は――お前が嫌いだ。公国騎士であるお前を嫌悪していた」
 初対面の時、彼女はナイトに面と向かってその意思を見せてきた。
「だが今……頼りたいと思っている。国の仲間と同じような、親愛の念を抱いている。おかしい。これは嘘だ。私の感情じゃない。私はお前が嫌いだ!」
 吐き捨てるようにチェリアの口から飛び出す言葉に、ナイトは――不快感を覚えることはなかった。出会った当時、嫌われていたのは確かだろうけれど。今、本当の彼女と、ある程度の信頼関係が築けていると確信できているから。
「わかった。わかったから……とりあえず落ち着け。で、皇帝陛下に言いに行こう。あと、継承者の一族の力や、チェリアの状態について聞いたり、調べたりしたいんだが、どうすればいい?」
「調べて分かる事ではない。でも……ラダ・スヴェルダム。彼は、何か掴んでいるかもしれない」
 そうチェリアは呟いた。
 そして、皇帝と、皇帝の側仕えのラダのもとに連れて行くと、彼女はナイトに約束をしたのだが……約束を果たす前に、彼女は姿を消した。

●スラムに潜みし
「……大して良い思い出なんてねぇけどよ。古巣は古巣だ。しょーがねぇから手伝ってやる」
 バルバロは地魔法を用いた瓦礫の撤去や肉体労働で、僅かながら報酬を得ていた。
 報酬あるなし関わらず、手が足らず困っている人がいれば、手を貸してもいた。
 犯罪者であり、脱獄囚な彼女は、正体が知られて通報されてしまったのなら、牢獄に戻されてしまう。
 それは何としても避けたかった。
 大切に想う人の居場所を、無事を確認するまでは。

 元々スラム街の環境は劣悪だったが、歪んだ魔力の影響でそれは深刻化し、現在改善に動いているとはいえ、混乱前より悪いことに変わりはなかった。
 そんなスラムに、ジン・ゲッショウは炊き出しに訪れていた。
 建設が行われている集合住宅の側で、他のボランティアに訪れた人々と共に、大きな鍋に沢山の野菜と肉と、調味料を入れて煮込んだスープ、そしてパンを配っていく。
 並んでいた人々に全て配り終わった後。
「パンが余ったでござるな。受け取りそびれた者がおらぬか見てくるでござる」
 ジンはパンを入れたバスケットを持って、見回りに向かって行った。
 皆がお昼休憩をとっているこの時間にも、作業を続けている者もいる。
 そんな人々に声をかけていたジンは――ふと、1人の女性に目を留めた。
 薄汚れた姿。一目でスラム街の住人だと分かる風体だった。
「そこの者、飯は受け取ったでござるか?」
「……」
 煤や泥でカモフラージュして、目立たないよう、街の人々や騎士団員には近づかず、裏方の作業を行っていた女性――バルバロは、要らないというように手を振って作業を続けていく。
「お代はいただいておらぬ。腹が減っては戦はできぬ。まずは腹ごしらえでござるよー」
 鬱陶しそうな様子にも、どこ吹く風でジンはバルバロに絡んでいく。
 彼女の横に近づいたその時、彼女の目がちらりとジンに向けられ、2人の目があった。
「……ほう、これはこれは。いつぞや見たような気がするでござるなぁ、その(頭の)悪そうな顔」
 ジンの顔に、楽しげな笑みが浮かぶ。
「……そういえば先日、収容所で脱走騒ぎがあったそうでござるが……」
 怪しくじろりと睨むジン。バルバロの目に鈍い光が宿る。
「……ああ? なんだ……殺んのかよ……?」
 殺気を孕んだ低い声で威嚇するバルバロ
 2人はしばらくの間、無言で睨み合った。
 しかし、次の瞬間。
 ふははははっと、突然吹きだして笑い声をあげるジン。
 バルバロは怪訝そうな顔でジンを見る。
「いやいや、失礼。そこらに二つとない(頭の)悪そうな顔でござるが……海上遥か遠くに見ただけでござるからなぁ。他人の空似、ということにしておくでござるよ」
 そして、笑いながらジンはバルバロに背を向けた。
「だーいじょうぶでござる。いざというときはいつでもその首落としてやる故。それまでせいぜい煤と泥に塗れて這いずり回れでござる」
 そう手を振り、去っていくジンの後ろ姿を見詰めながら、「……変な奴」とバルバロは呟く。
 そして……。
「私の首なんざいつでもくれてやるよ……アールを取り戻した後なら、な」
 どこにいるのか全く分からない大切な存在を思い浮かべながら、バルバロは作業に戻る。

 彼女は知らない。
 彼女の大切な人は、火の精霊の代わりになったのだということ。
 世界はその想いを受け止められる魂を、失ってしまっている。

 命を奪い、心を打ち砕いて生き残る道を、人々は進んでいくのだということを。



※こちらのリアクションは、以下のマスターが担当いたしました。
【鈴鹿高丸】
●儀式、思い浮かべ

【冷泉みのり】
●ガーディアン・スヴェルにまつわる日々のこと
●スラム街にて
●日々の営みの中で
●静かなリモス村で

【川岸満里亜】
●お見舞い
●リモス島のアルザラ1号
●宮殿の騎士、貴族たち
●スラムに潜みし

●マスターより
こんにちは、冷泉です。
シナリオにご参加していただき、ありがとうございました!
今後のPCの成長や行動等に役立てるなら嬉しく思います。
後編本番も、どうぞお願いいたします。


ご参加ありがとうございました。川岸満里亜です。
今年の2月こそ、バレンタインシナリオで甘い話を沢山書かせていただけるかもーと期待していたのですが。
進行の遅れや、状況の問題で断念しました。悲しいです。

前編のゾーンシナリオで、PCがNPCに聞いた話のうち、そのPCから聞いて他のPCに話したとしているとある事柄について、情報交換が成立していないものがあります……。
リアクションでは伝わっていないとして書いておりますので、申し訳ありませんが、合せていただけましたら助かります。
(水の姫云々の話です。PL間情報交換が行われており、双方のアクション欄にその旨記載されていた方は、成立しています)

この世界にどんな希望があるのかないのか、皆様と一緒に物語を描き進めていきたいと思います。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。