『嵐の前の日常』

 夜風が冷たくなり、木の葉が少しずつ色づき始めた頃。
 燃える島の対応に当たった隊の、隊長を務めたチェリア・ハルベルトが、宮殿に隊員たちを集めた。
 炎が鎮火し、特殊な魔法鉱石を手に入れることができたことを皆に報告し労った。
 また自分は歪んだ負の魔力に影響されやすい体質であること、そのため正常な判断が出来なくなっていたことを説明し、隊員たちに深く詫びた。
 その後、隊は解散となり、数日が過ぎたある日。
 現在も入院中の元隊員を見舞って回り、最後に――チェリアはグレアム・ハルベルトが眠る部屋へと訪れた。

 同行していた騎士を残して、1人、チェリアは部屋へと入った。
 ベッドの上で眠り続けているグレアムの側に静かに立ち、チェリアは彼を見下ろしていた。
 しばらくして、彼女の口が開き、か細い声が漏れた。
「……島の調査で、多数の死傷者を出してしまった。私が……勝手に、指揮から外れた、せいで」
 ずっと気丈に、平静を装っていたチェリアの顔が憂いに満ちていく。
「代行した同僚が……仲間の死に、責任を感じて……自害を、試みた……」
 言葉を詰まらせ、眠り続けている兄の姿を見つめ、そしてまたチェリアは語りだす。
「私の中にあった歪んだ魔力は、陛下のお力で弾き出されたはずだ。けど、この今の自分が正気なのか、わからなくなってきた。なにか、違うんだ……昔の、自分と」
 何かに乗り移られているのとは違う。自分自身が変わっている。
「陛下の力をもってしても、自分の魔力と融合してしまっていたら、その中の負の魔力だけ、弾きだすことなんて……出来ないのでは、ない、ですか?」
 日々、自分が自分ではなくなっていく。
 神の証のある皇帝でさえ、それを止めることはできない――。
「だって、あなたほど強い意志を持っている方でさえ、抗うことができないのでしょう? だから……あなたはこうして、自分の意識を封じている……違いますか?」
 不安の波が押し寄せてくる。
 チェリアは友にも仲間にも、親にだって長年見せたことのない、今にも泣き出しそうな顔でグレアムを見つめ続けていた。
「私、は……どうすればいい?」
 自分だけではない。この体質を持っているのは。
 同じ両親から生まれた妹、カサンドラ・ハルベルトも、また。
「……カサンドラを連れて……崖へ」
 多くの人が、身を投げたあの場所へ。
「……母様のもとに、逝――」
 とても苦しげに、絞りだされた声。
 その時、チェリアの痛みが届いたかのように、硬く閉ざされていたグレアムの瞼が震えた。
 気づいたチェリアはハッとしてグレアムの手を取り、強く呼びかけた。
「兄様、グレアム兄様!」
「……」
 グレアムは何度か瞬きをした後、ゆっくりと目を開いた。
 まだぼんやりとした彼の目に、情けない顔のチェリアが映っている。
 兄が目覚めて嬉しい気持ちもあったが、今はすがるような思いのほうが強かった。
「兄様、私がわかりますか?」
 グレアムは小さく口を開いて答えようとして、咳き込んだ。
 長いこと眠っていたため、喉が弱っていたようだ。
 チェリアは急いで水差しの水をコップに注いだ。
 それから、自力で体を起こすこともままならないグレアムを支えて、ベッドに寄りかからせた。
 水を少し口に含んだグレアムが、心配そうにチェリアを見上げる。
「チェリアの、悲しい気持ちを感じました」
 まだ掠れる声で言われたチェリアの目に、涙がにじむ。
「何もかもを投げ捨てることは、いつでもできます。ですが……大切なものを想い続けたり、抱えていたりすることは、絶え間なく続いていく『今』しかできません。やめてしまったら、もう二度と戻らないのです。手放した俺が言うのですから、本当です……」
 自嘲気味に笑ったグレアムが、大きく息を吐く。
 弱った体では、たったこれだけで疲れてしまうのだ。
「……兄様」
 チェリアは兄に同情した。
 スヴェルに起こった事件は耳にしている。
 どう言葉をかけていいのか、わからなかった。
「先生方に目が覚めたことを知らせてきます。……横になりますか?」
「いいえ、このままで」
「では、失礼します」

 部屋から出て行くチェリアを見送ったグレアムは、どの程度体が動くのか確かめた。
 顔の高さまで持ち上げた右腕が、小刻みに震えている。
 ずい分と鈍ってしまったものだと、苦笑がこぼれた。
「……」
 穏やかな天気の窓の外に目をやり、主治医が来るまでの間、考え事に没頭した。

 


 ──お兄様、お姉様、どこへ行くの?

 カサンドラと笑い合っていたグレアムとチェリアが、手を振りながら暗いほうへ歩いていく。
 急いで追いかけようとするが、足は鉛をぶら下げたかのように重く、動かない。
 待って、と手を伸ばしても二人は歩みを止めず、暗闇の中へ消えて行ってしまった。

 ──間に合わない……

 ベルティルデ・バイエルの周りには、見知った顔が大勢倒れ伏していた。
 みんな真っ青な顔色で、苦しそうにうめいている。
 ベルティルデは、何かを呟いて自身の中の力を開放した。
 彼女は何を言ったのか──カサンドラは唇の動きから、別れの言葉だったように思った。

 ──血が止まらない……誰か、こいつを助けてくれ!

 街が、燃えている。
 活気あふれる街は無残な姿に変わり果て、いたるところに死体が転がっていた。
 恐ろしい叫び声に振り向くと、子供が化け物に切り裂かれていた。
 抵抗している人々もいるが、明らかに劣勢だ。
 胸が張り裂けそうな嘆きの渦を拒絶するように、カサンドラは耳を塞ぎきつく目を閉じた。

 ──まだ、人がいるんです! だめ、壊れないで!

 カサンドラの知らない場所。
 海の底……マテオ・テーペ。
 そこに生き残った人々を守っている水の障壁に、大きな亀裂が走っている。
 カサンドラの周りで、リモス村で仲良くなったマテオ民達が泣き崩れていた。

 布団を跳ね上げて飛び起きたカサンドラは、恐ろしさで荒い呼吸を繰り返す。
 直後、洗面所へ駆け込み何度も嘔吐した。
 公爵邸に戻って来てから初めての、最悪の朝だった。


『嵐の前の日常』

■スケジュール
2020年1月14日 オープニング・参加案内公開
2020年1月15日 アクション受付け開始
2020年1月21日(23時59分59秒) アクション受付け締切
(フォームからの投稿は念のため翌朝9時まで行えるように設定してあります)
リアクション公開日は参加者の人数により変動。
最長、人数×2日程度。

■参加方法
公式ショップでチケット(1500円)を購入していただき、こちらのフォームからアクション(600文字まで)をご投稿ください。
NPCとの接触を望まれる方は、NPC追加用チケット(1NPCにつき500円)もご購入ください。

■注意事項
こちらのシナリオでは、後編重要シナリオ開始直前(前編後日談から数週間後)のPCの日常が描かれます。
PCの方から接触できるNPCは、下記リストに名前のあるNPCのうち、知り合いのNPCに限ります。

PCにはそれぞれの立場上行けない場所、面会できない人がいます。PL間交流等で不自然な場所に連れて行くアクションを作成したり、NPCと面会させよう(させてもらおう)という行為はお控えください。

メインで描写されるシーンは1シーンのみとなります。
アクション欄には1日の行動を記入されても構いませんが、描写が必要なシーンがどのシーンなのか判るようにご記入くださいませ。

カナロ・ペレアではダブルアクションを禁止させていただいております。
他のPCと絡む場合は、ご相談の上、1つの同じことを一緒に行ってください。

※描写不要の参考用のPC間交流については、アクション欄に書いていただいて構わないのですが、それとわかるようにご記入ください!

■NPCの状況(下記に名前の無いNPCは接触することが出来ません)
【追加料金必要】
グレアム・ハルベルト
宮殿の病室にいます。
連れ出しは宮殿の庭園まで可。

チェリア・ハルベルト
宮殿の与えられた部屋に籠っています。
連れ出しは宮殿の庭園まで可。

カサンドラ・ハルベルト
公爵邸にいます。
ゾーンシナリオで仲が良かったPCのみ、公爵邸での面会または街へ連れ出しができます。

シャナ・ア・クー
リモス村に停泊中のアルザラ1号で過ごしています。

セゥ
リモス村に停泊中のアルザラ1号で過ごしています。

ルルナ・ケイジ
本島の医療施設で療養中。
水の魔力を沈める儀式に同行したいと思っています。

ミコナ・ケイジ
ルルナに付き添っています。

サク・ミレン
行方不明です。

パルミラ・ガランテ
ハオマ亭で働いています。
誰でも会えます。

ベルティルデ・バイエル
リモス村で暮らしています。

ルース・ツィーグラー
宮殿にいます。
特別に街へのお誘いが許されていますが、騎士の監視が付きます。

エルザナ・システィック
宮殿にいますが、街へのお誘いも可。

バリ・カスタル
リモス村に停泊中のアルザラ1号で過ごしています。

ジスレーヌ・メイユール
リモス村で暮らしています。

インガリーサ・ド・ロスチャイルド
本土の街をよく散歩しています。

フランシス・パルトゥーシュ
パルトゥーシュ商会で仕事をしています。

ジェルマン・リヴォフ
神殿で務めを果たしています。
誰でも会えます。

シルド・ドレイン
宮殿の病室にいます。

アーリー・オサード
宮殿の与えられた部屋で過ごしています。
連れ出しは宮殿の庭園まで可。

レイニ・ルワール
リモス村に停泊中のアルザラ1号で過ごしています。

レザン・ポーサス
リモス村に停泊中のアルザラ1号で過ごしています。

ヘーゼル・クライトマン
街の治療院でリハビリ中です。

マリオ・サマランチ
スヴェル本部に顔を出し、様子を聞いています。

エクトル・アジャーニ(元騎士団長の息子)
宮殿の開発室にいます。

ランガス・ドムドール(影武者の方)
宮殿にいます。
帝国騎士のみ謁見可能。

皇妃カナリア
宮殿にいます。

【追加料金不要】
名前のないNPC(副団長、祭具を守る山の一族、燃える島から生還した騎士等)

■担当者より
川岸満里亜です。
こちらから後編のシナリオとなります。後編に参加される方(参加できる方)のみ、ご参加いただけます。
後編から参加される方は、下旬にオープニング公開予定のワールドシナリオからが良いかと思いますが、PC登録が間に合った場合、こちらのシナリオにもご参加いただけます。

さて。
結末の物語が始まる前の日常――皆様がどのように過ごされているのか、教えてください!


こんにちは、冷泉みのりです。
大変長らくお待たせしました。後編の最初のさらに最初の開始です。
またよろしくお願いいたします。

アクションに関する補足を少し。
・グレアムと面会希望の方へ
宮殿の敷地内には通常は騎士以外は入れませんが、スヴェル所属のPCとグレアムと親交のあったPCに限り、見舞いのための入場が許可されています。

・リモス村拠点の方へ
元囚人PCは本土で行動できますが、リモス村で行動することはできません。
マテオ民またはアトラ民は、リモス村でも本土でも行動できますが、どちらか一方でお願いします。

それでは、皆さまのアクションを楽しみに待っています!

※こちらのシナリオは上記マスター以外のマスター、ライターも執筆を担当する可能性がございます。