ワールドシナリオ後編

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『哀哭のカナロ・ペレア』第3回

第1章 チェリア奪還作戦
 Sスヴェルの団員たちは、氷の大地の上で魔法や拡声器を使ってチェリア・ハルベルトを捜索していた。氷の壁の向こう側にいると思われるチェリア。願わくば、彼女が単独で出てきてくれるといいのだが……。
 透明の氷になっている場所に、差し掛かった時だった。
 ふわりと、氷の壁にシルエットが浮かび上がる。「いたぞーッ!」と大きな声が上がった。だが、残念ながらその影は、やはり一人だけのものではない。チェリアの隣には、黒髪の少女の姿があった。
 ルティア・ダズンフラワーは拡声器を手に取った。
「チェリア様! グレアム様は無事です! この目で確かめました!」
 チェリアは『グレアム』という名前にわずかに反応し、びくりと顔を上げた。だが、黒髪の少女が彼女の裾をぎゅっと掴むと、また表情を虚ろにし、遠くを見つめる。
「私たちは貴女方を助けに来たのです、どうか貴女を大切に想う者の声を聴いてください!」
「……」
 黒髪の少女の目が、赤く光った。手をこちらに差し向けると、巨大な氷の壁が溶け、二人がこちら側に現れる。と、思った瞬間、どこからともなく魔獣の咆哮が聞こえ、あっという間に隊列は囲い込まれてしまった。
「いきなり派手にやってくれるじゃねえか……!」
 リンダ・キューブリックはヘビーメイスを手に取ると、真っ先に魔物へと突っ込んでいった。
「おりゃあああァッッ!!」
 気合のこもった一撃で、水の中から飛び出してきた魔物の頬っ面を思いきりぶん殴る。魔物の体はねじれて吹き飛び、氷の大地の上に転がった。先の戦闘から、わずか数時間ほどしか経過していない。肉体疲労の回復も万全とは言い難いが、一撃食らわせられれば何とでもなりそうだ。
「……来いよ」
 腰の魔法剣を抜き、日の光にかざしてギラギラと輝かせる。
「戦友の求めるもの……力尽くで奪い取ってやる……!」
 さらに、正面からタチヤナ・アイヒマンが突撃した。
「チェリア様! 助けに来ました!」
 左手に魔法剣、右手には通常の剣を持ち、大立ち回りで敵を撫で斬りにしていく。
「グガルガァァッッ!!」
 興奮した魔物たちがチェリアのもとを離れてタチヤナを襲う。さらに、黒髪の少女の氷のつぶてが彼女の背後から襲い来る。
「ッ……!」
 先ほどの傷が癒えきっていないタチヤナは、普段なら問題なく避けられる程度の攻撃をかわし切れず、左腕に小さな傷を負う。服が血で染まり、一瞬で凍り付いていく。魔物が腕を大きく振り上げ、彼女の体を狙う――!
「援護します!」
 ルティアが魔物とタチヤナの間に入り込んで、まっすぐ魔物を貫いた。一瞬で言葉を失った獣を振り払い、「もう少しです」とタチヤナに声を掛ける。
「グワルァァッッ!!」
 魔物の攻撃を盾で防ぐ。だが、ルティアも先ほどの疲労を回復しきれているわけではない。獰猛な一撃に弾かれて、じりじりと押される。
「チェリア様……!」
 アレクセイ・アイヒマンは拡声器を手に取ったまま敵をかき分けて進み、彼女にしっかりと聞こえるよう、大声で叫んだ。
「約束通り、貴女の本当の想いを繋ぎ止めに来ました!」
 びくりと、再びチェリアの表情が変わる。黒髪の少女が改めて袖をがっちり掴もうと手に力を込めた瞬間、彼女はその腕を振り払って前へと数歩進み出た。

「今だ~っ!」
 トゥーニャ・ルムナがどう猛な風を巻き起こす。風にさらわれるように、チェリアの体が宙に浮く。黒髪の少女が妨害しようと氷弾をトゥーニャに向けて放つよりもっと速く、トゥーニャは突風でチェリアをアレクセイの目の前に運ぶことに成功した。だが――。
「ッ……!」
 強烈な瘴気が立ち込めている氷の大地は、容赦なくトゥーニャの精神を蝕んでいく。風が弱まり、ゆっくりとチェリアは大地へ降りていく。同時に、トゥーニャの体が崩れる。奥歯を噛みしめて、最後のギリギリまで手を伸ばし、風を起こす。彼女の足が大地についたところで、トゥーニャは力尽きて崩れ落ちた。
 ナイト・ゲイルはこの隙に一気に黒髪の少女へと間合いを詰め、彼女の周りに油を撒いた。
「これで水を使った移動は出来ないだろ……!」
「……」
 少女は不自由そうにゆっくりと後退し、ナイトを睨みつけた。彼女を守るように魔物が再配置される。リンダがそれを横からなぎ倒していく。

 アレクセイは、じりじりと後ずさりするチェリアにゆっくりと近付いていく。魔物たちはリンダとタチヤナ、ルティアに引き付けられている。真っ白の道を歩く。そして、彼女の、すぐ目の前に立った。
「――!!」
「貴女を愛しています……共に生きてください!」
 チェリアは、ようやくアレクセイをちらりと見た。そして虚ろな目の中に、少しだけ光を取り戻した。アレクセイは我慢できず、魔法剣を構えて突進した。
「チェリア……!!」
 ぐさりと深く、彼女の体に魔法剣が突き刺さる。
「戻ってこい……!」
 チェリアの体が、ゆっくりと力を失ってしなだれ、彼に体重を預ける。少女はその光景を、非常につまらなさそうな顔で、ぼんやりと見ていた。二人に手をかざす。
「――消えて」
「待て!!」
 ナイトは少女の吐息が感じられる程にまで距離を詰め、剣の腹で彼女を弾き飛ばす。氷の壁に体を叩きつけられた少女は、しかしダメージを負ってすらいないようにむくりと立ち上がると、今度はナイトに手を向けた。
「あなたも――」
「着火! 総員退避!」
 ナイトは絶叫とともに油に火を放った。彼の行動に合わせて、アレクセイはチェリアを担ぎ船の方向へ走りだす。魔物と戦っているものたちは、魔法剣でトゥーニャに憑りついた瘴気を弾き飛ばすと彼女を抱え、急いで船の方向へと退っていた。
 火によって氷はとけ、分厚い板氷の表面が少しずつ溶けていく。油は水に浮いて、その上で炎を上げ続けていた。煙の向こう側に、もう少女の姿はなかった。

第2章 フィーという少女
 アルザラ1号で待っていたメンバーは、チェリアを追い掛けた一行の帰りを待っていた。今のところ停泊地付近に魔物の姿はなく、海も穏やかである。
「遅いなあ……」
 コタロウ・サンフィールドはアルザラ1号の整備を行いながら、氷の大地を見渡す。彼らが帰ってこないと大変なことだが、もしこの船が操舵不能になれば、帝国本土に帰ることもままならないだろう。そうなっては一大事だ。
 これまでに負った船の損傷については大したこともないように見えるが、念のため、いろんな個所を何周も見て回る。
「怪我、大丈夫か」
 リベル・オウスが作業中のコタロウをのぞき込む。
「俺は全然平気。他は?」
「外の治療は一通り進んでいる。負傷者の運び出しも首尾よく、って感じだな」
 コタロウの微笑みを見て、リベルは安心したように表情を緩ませた。
「外は?」
「まあまあな数がいるが……幸い重傷者はそこまでいない――」
 そこまで言って、彼は口をつぐんだ。本来重傷者として運び込むような怪我を負った戦闘員もいたはずだ。だが、彼らの多くは、戦地で息絶えていた。こちらまで運んで来れなかったせいで重傷者が少ないだけなのだろう。
「……暗い顔してちゃ、みんな不安になるよ」
 コタロウはわざと明るく振舞った。リベルはおどけて見せて、それから2人は小さく笑いあう。
「そう言えば、タウラスさん大丈夫かな」
 コタロウが心配そうにつぶやいた。リベルも小さくうなずく。
「……あれこそ、医者、って感じだな。自分も大怪我してるってのに……」
 タウラス・ルワールはアルザラ1号に置かれた仮の病室で、負傷者の治療を行っていた。自身も大怪我を負っているのだが治療を続けている。額には大粒の汗が浮かんでいた。懐から回復薬を手渡してほほ笑むと、彼は立ち上がってよろよろと歩き出す。
「……レイニ……」
 操舵室にいたレイニ・ルワールは、夫の疲れ果てた表情を見て心配そうにした。
「気力充電ハグ……」
 彼はレイニにもたれかかると、その背中に手をまわして肩に顔をうずめた。驚いたレイニだったが、彼がどれほどの思いで治療を続けているかは十分に理解している。そっとその背中に手をまわし、トントン、と軽く叩いてやった。
「……ノート、渡しますね」
「何の?」
「医学資料……こちらの船に収容している方用に」
 それは、タウラスがアトラ島の村で勉強を重ねた治療の手引きだった。

 海岸から氷の壁に向かうルートで、魔物との戦闘が行われていた。
 ユリアス・ローレンは氷の海岸で負傷者の手当てを行なっていた。体力回復薬で何とかなる人員はこちらで治療して、随時船に戻す、という手はずになっている。ユリアスやリベルなど、衛生兵役の活躍もあって、かなりの数の軽傷者が船へと戻っていた。もう少し、と彼は額の汗を拭う。
「……げほっ、ごほっ……」
 聞いたことのない子供がしているような咳が聞こえた。ユリアスは顔を上げる。
「……誰……?」
「助けて……私……」
 彼は警戒して立ち上がり、身構えた。
「名前は?」
「フィー……」
「……ごめんね、今回の船に一般人は乗せられないんです」
「悪い魔力のせいで、頭がおかしくなってるの……助けて」
 ユリアスは頭を振る。そこに、最後の負傷者を連れてきたフィラ・タイラーが通りかかった。
「……フィー、ちゃん……!?」
 彼女は驚いて、ユリアスに負傷者を引き渡すと、その顔をじっと見た。
「フィラお姉ちゃん……助けて……」
 傷付き、目に涙を浮かべているフィー。黒髪は一部が焦げて縮れ、赤い瞳は大きく輝いている。
「……でも……」
 フィラも、この氷の大地で起きている出来事については理解している。そして、アルザラ1号に『部外者』を乗せるわけにはいかないということも。
「……」
「……お姉ちゃんも、そうなんだ」
 フィーは表情を一変させる。冷たく氷の底に沈んだような、色のない顔。
「お兄ちゃんを殺して利用している人たち……フィラお姉ちゃんも、お兄ちゃんを殺した人たちの仲間なんだね」
「ちが……そうじゃなくて……」
「私のことも殺すんだね……」
「……敵襲ッッ!!」
 遠くから絶叫が聞こえる。フィーはゆっくりと氷の大地の奥へと歩いて去っていく。代わりに、巨大な魔物が数体、ユリアスやフィラを取り囲んだ。
「こんな時に……!」
 マルティア・ランツはアルザラ1号から飛び出して、火炎弾を魔物に放つ。だが、いつもほどの威力は出ない。先の戦闘のダメージが、まだ残っているのだ。
「ここは私に任せて、負傷者の方々を船内へ誘導してください!」
 ユリアスはマルティアの言葉にうなずいて、負傷兵を立ち上がらせる。フィラも負傷者に肩を貸した。
 アウロラ・メルクリアスは船内から外の様子を見て飛び出すと、魔法を使ってわずかばかり地を揺らす。だが、彼女も負った怪我の影響があまりに大きく、いつもほどの力は出ない。
「くッ……!」
 傷口からわずかに出血を起こしたが、アウロラは歯を食いしばってなおも魔法を使い続ける。「はぁっ……!」と大きく息を吐いて、彼女は天を仰いだ。やはりまだ傷は深いようだ。
「俺も手伝う!」
 ヴィーダ・ナ・パリドは念のため腰に据えた剣を抜き、2人の後ろに付いた。
「何をしたらいい?」
「……今から薬草に火を点けます。私が囮役になりますから、その間に皆さんと一緒に……」
「俺はあんたの命も守る」
「……分かりました。その代わり、無茶は禁止ですよ」
「お互いにな」
 マルティアは懐から薬草を取り出し、それに魔法で火を点した。煙草のようにふわふわと煙が浮き上がり、徐々に激しく燃え上がる。
「私がこれをもって誘導します。援護を」
「分かった」
 アウロラもぎりっと魔物を睨みつける。頬を、脂汗が伝っていった。

 その時だった。
「……魔物が、下がっていく……?」
 遠くから、「おおい」と声が上がった。振り返ると、すぐそこまで人の影が近付いてきていた。
「……これで兄妹、両方とも救出は成功、か」
 ヴィーダはぼそりとつぶやいた。
「……どうする? 数を減らしておくことも出来るかもしれないぜ」
「深追いはやめておいたほうがいいかも」
 マルティアは柔和な笑みを浮かべ、大きく息を吐いた。
「……2人とも、怪我は大丈夫?」
 アウロラは体力回復薬を懐から取り出した。
「戻るにしろ残るにしろ、回復だけはしないと」
「それはあなたが先に使って。顔色、悪いから」
「確かに。大怪我じゃねえか」
 心配そうな表情を浮かべた2人を見ると、アウロラは照れてその薬を懐に戻す。それから、痛む体を引きずるように、歩き出した。

第3章 二十年ごとの想い
 現在解読が進められている古書には、実に多くの女性継承者の想いが詰められていた。
「初代からおよそ百年間くらいに書き残されたもののうち、三人分を抜粋します」
 ジスレーヌ・メイユールが指し示した壁の張り紙に、集まった人達が注目した。

『人と生きると決めた帝国の決断は、間違いではない。
大好きな皆の為だから、体を捧げることに迷いはない。
誇り高き帝国の姫達よ、ずっとこの儀式を守り続けるのよ!』

『私の肉体が滅ぶことを、悲しんでくれる人がいる。
でも、泣かないでほしい。
私は生命に宿る魔力の一部となって、あなたの傍にいるから。
悲しんだり苦しんだり、そんな負の感情が魔力に宿って、また世界を壊してしまう。
だから私は悲しまない。皆も笑っていて。
ありがとうって喜んで、よくやったって褒めて!』

『別れが辛かった。
子供の成長を見れないのが悲しい。
人として生きられないのなら、家族なんて持たずに、人としての幸せなんか知らないままでいたかった。
私は、火と風の一族が正しいと思う。
2000年後、再び起こる崩壊の時に、皆が正しい決断をできますように』

 これらの解読はかなり難しく、古代語の知識がある何人もの頭を悩ませた。
 ここまでできたのは、ひとえにその知識ある者が多くいたからだ。
 この張り紙は、リュネ・モルの手による。
「解読に関わった皆様、お疲れ様でした。引き続きよろしくお願いします」
 ジスレーヌが労いの言葉を言かけた。
「さて、残りの解読は全て、愛を知るクラムジー先生にお任せするとして……」
 という冗談か本気かわからないリュネの表情に、クラムジー・カープは目を丸くする。
 リュネは謎めいた笑みを見せると、話を古書の訳文に戻した。
「これをどう見るか、ですね」
 例えば、これを書き残した継承者達の感情がどこを向いているか。
 一番目は、自分と同じ立場になる女性継承者へ。
 二番目は、自分を知る人達へ。
 三番目は、我が子と遥か未来の人達へ。
「──もう一人、加えてください」
 ジスレーヌ・メイユールがリュネに言った。
「リモス村に現れた、アリアという名前の継承者です。いつの時代の方かはわかりません」
 その頃流刑囚としてリモス村に流されていたアルファルドとマテオ民のクラムジーは、ジスレーヌが言おうとしていることがわかった。
 リモス村にある鉱山の坑道奥には、歴代の女性継承者の墓地がある。そこに澱んでいた一部の継承者達の悲しみを、歪んだ魔力が増幅させて黒い影となって村を襲ったことがあった。
 その時に黒い影と接触した数人が、継承者達の心に触れたのである。
 その内の一人の名がアリアだ。
「彼女達は、自分の宿命に対して様々な想いを持っていたそうです。諦め、悟り、悲しみ、誇り……。こんな世界は憎いし嫌いだと言いながら、それでも安定を望んだと聞きました。それから、水が泣いていて、彼女達を無理矢理起こした、とも」
 リュネは、それらを紙に書き込んでいった。
「無念のまま継承者の役目を果たし、それでも静かに眠っていたところを叩き起こされたということでしょうか」
「そうかもしれません」
 リュネの呟きに、ジスレーヌは答えた。
 その時、会議に参加しているSスヴェル団員が強張った表情で口を開いた。
「ここにある、2000年後再び起こる崩壊の時に、というのはいったい……」
「そういう歴史があるらしいことは、ごく一部の研究者の間で考えられていました。その後の研究や回収された古書から、単なる伝説ではないことがわかったということです。おそらく、私達がその境目に生きる人類です」
 ジスレーヌの解説に、団員は唖然とした。
 明日世界が滅びます、と宣言されたような衝撃に騒然となりかけたのを、クラムジーの落ち着いた声が静めた。
「儀式へ臨む時の感情に差はあれど……」
 と、まだ解読途中のメモ書きを指先で軽く叩きながら、クラムジーが口を開く。
「どの方も、未来を思っているようです。彼女達に応えるためにも、考えることをやめてはいけません」
「さて、この中に私達の未来を照らしてくれる先達の教えはありますかしら」
 冷静に話を先に進めたマーガレット・ヘイルシャムも、解読作業を手掛けた一人だ。
 何度も読んだ翻訳文を、もう一度じっくりと文字を追う。
 ふと、彼女は首を傾げた。
 ここに挙げられてはいないが、残り二人も含めていずれの継承者も体を捧げて魔力を静めている。
 ということは、魔力を統べる王が世界を救済して間もなくに、風の一族が神器を持ち去ったということにならないだろうか。
 マーガレットの思考は、別の団員により中断された。
「これは、どういう意味かしら。火と風の一族が正しいと思う、というのは?」
「以前から二つの一族は隠れて生きてきたのではないかと、わずかな手掛かりからの推測がありました。それが事実であったことの証明ではありませんかしら」
「ふぅん、そういう説があったのね。でも、どうして隠れていたのかしらね」
「さあ、そこまでは……。今後の研究で明らかになるかもしれませんわ」
 これを説明するには旧王国と帝国の歴史とハーフについてを、一から話さなくてはならない。
 帝国の過ちが今の世界の様相の一因である可能性が高い……このようなことをここで口にすれば、場が荒れることは間違いない。
 立場による思惑は様々だが、何とかまとまっているのだ。
 分裂は、自滅に繋がる。
 同じく事情を知るクラムジーが話題を移した。
「二番目の方ですが、負の感情が世界に満ちる魔力に影響することを知っていますね……。このような大事なことが長い歴史の中に埋もれてしまった、と見るべきか……」
「あるいは、隠されたのかしら。ルース姫は、使命のことだけを教えられていたんでしたわね」
 アルファルドが一つの可能性を示す。
「逃げて行方をくらませた継承者が出た、とか? 2000年間で100人の継承者だ。そういうのがいてもおかしくないと思うが。……逃げきれればな」
 過去に何があったかは、もっと解読を進めれば明らかになっていくだろう。
 話が止まった時、控えめなノックの後でドアが開かれた。
 入って来たのは、ワゴンを押したリキュール・ラミルだ。
 ワゴンには、人数分のティーセットが乗っている。
「少し休憩にいたしましょう」
 とてもいいタイミングで現れたリキュールは、実は頃合いを見計らいティーセットの準備をして、ドアの向こうで一段落着くのを待っていたのである。
 その『頃合い』は、彼のこれまでの経験によるものだ。
「あまり根を詰めすぎても、かえって逆効果でございますよ」
 手伝います、とジスレーヌが席を立つ。
 ティーポットが注がれた紅茶の芳醇な香りに、ジスレーヌは楽し気に目を細めた。
「いい香り。ありがとうございます」
「甘いものもございますよ」
 と、ワゴンの下段から数種の焼き菓子が盛り付けられた皿を取り出すリキュール。
 各人の前にティーカップが置かれると、ホッと息を吐く時間が始まった。
 解読に関わった人達は寝不足が続いていて、だいぶ疲れている。
 そこに滅多に口にできない嗜好品を味わったことで、芯からリラックスすることができた。
 おや、とリキュールがクラムジーの様子に疑問を持った。
 何度か手首や腕をさする仕草をしているのである。
「クラムジー様、どこかお悪いので?」
「あ、いえ……少々のめり込み過ぎたと言いますか……いえ、まだまだいけます」
「ご無理は禁物でございますよ」
「そうですよ。後で回復魔法をかけますね」
 リキュールに続きジスレーヌも心配して言った。
 クラムジーは曖昧に微笑みながらも、きっと自分はまたのめり込むに違いないと思っていた。学者志望の研究者の性である。
 おいしいもので疲れが癒えると、次にマティアス・リングホルムが魔力塔の動作確認の報告を行った。
 その傍らでは、アルファルドが休憩前の古書の解読について出て来た意見を、冊子にまとめている。資料室の棚に置いておけば、誰でも閲覧できる。
「北と西の魔力塔、どっちも異常なしだ。魔力補充の手伝いもしてきた。けっこうな人が集まっててさ、これなら早いうちにかなりの魔力が貯まるんじゃねぇかな」
「ご苦労様でした。途中で魔物に襲われるなどはありませんでしたか?」
「なかった。道中はのどかなもんだ」
 ジスレーヌは頷いた。
 本土が平和なのは、宮殿敷地内にある中央の魔力塔から発している加護のおかげだろう。
「集まった魔力で、できるかぎりの人を助けたいですね。燃える島と氷の大地の状況次第で、使い方の方向も見えてくるでしょう」
 できるだけ多くの人を助けたいと思っているのは、セルジオ・ラーゲルレーヴも同じで、彼は魔石について考えたことをこの場のみんなに相談した。
「グレアムさんの精神が閉じ込められているという特殊な石ですが、これに王になる人の精神を封じて、体のみを魔石にすることはできるのでしょうか。そうなると新たな王の体が必要となりますが、それは立候補した者がなるとか……」
「グレアムさんの精神が封じられている石は、そういう自由なものなのでしょうか? 外側から操作できるとなると、かなり危険な魔法具ですけれど……」
 悪意ある者に奪われでもしたら、石の中の精神がどうなるかわからない。
 それに、とジスレーヌは言いにくそうにした。
「それに、皇帝にそのようなことを相談するというのは……いえ、他のどの継承者の方でも同じですけれど……」
 精神を魔法具に移して体を魔石にしてくれ、と誰が言えるだろうか。
 本音を言えば、ジスレーヌはそう言いたい。
 そしてその魔石をマテオ・テーペのために使いたい。
 けれど、あまりにも残酷な相談だ。
 それでも、そうしなければならないのだろうか。
「それに、もう一つ問題があります。新たな王の体は立候補した者がということですが……その立候補した人の精神を殺して、別人として生きたいと思うかどうか……。もしそれがルース姫の双子の兄の精神であったなら、すぐに処刑されてしまうと思うのです」
 セルジオは自分が立候補してもいいとまで考えていたが、口をつぐんだ。
「……セルジオさん、ありがとうございます」
 ジスレーヌからの唐突な礼の言葉に、セルジオは不思議そうにした。
「マテオ・テーペのことで私が悩んでいたから、考えてくれたんですよね……なんて、思い上がりでしょうか。もしこの案を実行できたとしたら、助けられたマテオの人達には一生伝えずにいなければなりません。命の犠牲の上に助かったという事実は……今さらかもしれませんが、重いものですから」
 ジスレーヌは、壁に貼り出されている紙を見やる。
(──ルース姫の双子の兄を捕まえることができたら、魔石になってもらいましょう。そして、マテオ・テーペの救いになってもらいます。帝国が帝国民を大切に思うように、私はマテオ・テーペの人達が大切です。ルース姫の願いを叶えたいです。皇帝が魔力を統べる王になっても、きっとマテオの人達は救われないでしょうから……。おそらく魔石は帝国も欲しいはず。何とかして、箱船に乗せないと。宮廷で箱船と連絡を取り合っている山の一族の方に、向こうの状況を聞けるでしょうか。時間も迫ってますし、帝国に隠し事をされないようにしないと)
 議事録をまとめたら宮廷へ報告をしに行ってきます、とジスレーヌは強く決意した目で言った。

第4章 負の遺物
 燃える島では、これまでの調査結果を基に作成された図面を参考に、浄化作戦が開始されようとしていた。
 さて、と団長代理が目を細める。
「今作戦の人柱となるものが数名手を挙げてくれた」
 一団の前に立っているのは、団長代理を含めて五人。カーレ・ペロナヴォルク・ガムザトハノフリィンフィア・ラストールウィリアム。彼らの表情は、みな一様にかたい。それもそのはずである。下手をすれば、負のエネルギーに取り込まれてしまう可能性がある。しかも成功した場合でも、自分の中に負のエネルギーは残り続けるというのだ。それでも、この国の、あるいは世界の未来を見据えたときに、自分を犠牲にすることを選んだ者たちなのだ。
「まずは、遺跡から地下道へと向かう。その間、魔物に遭遇することもあるだろう。同行のものには、随時対処を頼む」
 キージェ・イングラムは、リィンフィアに目配せをした。2人は小さくうなずきあう。

 カーレは焼け焦げた大地を踏み進みめながら、回復薬を口にした。もし負の残渣が生命力に惹かれるのであれば、体力が回復しているほど歪んだ魔力をひきつけやすくなるのではないかという考えからだった。
 彼がこの人柱に志願したのには、理由があった。もしかしたら、死んだ父と兄の残渣に遭遇できるのではないかと思ったのだ。足を進めていく。少しずつ自分の体の中にじわっと鈍い感情が流れ込んでくるのが分かる。洞窟の中に身をかがめて入ると、それは一層強烈な違和感となって襲ってきた。
「ふぅ……」
 額に汗をにじませ、回復薬の残りを一気に流し込む。目をしばたたかせ、その奥にいるかもしれない二人のことを考えた。だが、それらしい気配はない。
 もし、父と兄の残渣がここにないのであれば、決して悪いことではない。それは負の感情がないということに他ならないからだ。息を呑んで、カーレはさらに団長代理の後ろを進んでいく。
「おかしいな……」
 その後ろで、ヴォルクが眉を潜めている。
 先ほどから彼はずっと呼び掛けているのだが、一向にその返事がないのだ。聞こえないのか? 改めて咳払いをして、低い声を出した。
「叫べ、貴様らの苦しみ……教えろ、貴様らの無念……我と共に来い! 貴様らも安心できる世を作る為、我が背の鳥の翼になれ、我が手の魔狼の牙となれ……!」
 やはり、返事がない。
「ッ……!?」
 ぬぅー、っと、鈍い感情が襲ってきて、ヴォルクは思わず吐き出しそうになった自分の口を押さえた。
「そうか……来たか……ははは……! いいぞ……我の中に、仮に入っていろ……」
 額から汗が流れ落ちる。負の魔力が、次々に彼の体へと雪崩れ込んでいった。
 ウィリアムはリィンフィアの隣に並び、小さく声をかけた。
「この前のあの書物……何が書いてあったんだ?」
「あれは、体を捧げる儀式に挑んだ、継承者の女性たちの最期の言葉です」
「……つまり遺書か」
 リィンフィアは前を向いたまま、ゆっくりと深くうなずいた。
「どんなことが?」
「まだ具体的には解読中のようです……」
「そうか……」
 ウィリアムは目を閉じ、ゆっくりと隊列に戻る。
 この負の感情の多くは、洪水で亡くなった人間のものだ。だが、儀式で命を落とした女性継承者たちのものも含まれているに違いない。
「……俺も……」
 ぼつりと、ウィリアムの口が動く。大切な人がいる。この負の感情の主たちと同じように。その人に、『普通に』生きていてほしい。だからこそ、生贄や人柱なんて仕組み、これで最後にしなくちゃならねえんだ。
 ……寄り添ってやりたい。
 流れ込んでくる瘴気に、彼は心を痛めた。

 洞窟の深いところで、じっと待機する。どこかから、唸り声のようなものが響いて来る。
「……来るか……」
 キージェは剣を構え、リィンフィアの前に立った。
「私は、大丈夫……」
「俺に任せろ」
 キージェの心にも、じわじわと負の感情が流れ込んできている。だが、彼はそれを持ち前の体力でねじ伏せて、あたりの様子をうかがった。
『ゥグルグヮァッッ!!』
 突然闇の中から飛び出してきた思念体の声が脳内に反響する。とっさに剣を振り下ろすと、気配は一刀両断されて地に落ち、すぐに声は途絶えた。その代わりに、どこからともなく、すすり泣くような声が聞こえ始める。
「何……?」
 リィンフィアは胸に手を当て、速くなる鼓動をなんとか抑えようとした。だが、その泣き声はどんどん大きくはっきりとしてくる。
『死にたくない』
『怖い』
『助けて』
『パパ……ママ……!』
『溺れる……水が……!』
『いやだ! 助けてくれぇっ!!』
 大人の声、子供の声、男、女、老人……様々な声がこだまする。思わずリィンフィアは耳をふさぎそうになった。
「……でも……!」
 ぎりっと空間をにらみつける。たらたらと脂汗が出る。
「……私は……向き合いたい……!」
 たとえ許しあえる存在ではなかったとしても、この負の感情と付き合っていけるように……。
「……リィン……」
 震える彼女の手を、思わずキージェは握った。
「……ね」
 リィンフィアは額の汗を拭った。
「大丈夫だったでしょ?」
 声は、いつの間にかすっかり止んでいた。

 拠点の方角から狼煙が上がったのを見て、本土東の魔力塔から強烈な回復魔法が注がれる。
「……これが、浄化ね……」
 ロスティン・マイカンは、島の中にあった負の感情が飛び散り、島から消えていくのを肌で感じていた。
「恐ろしい存在だけど……災害犠牲者の魂の一部なんだよなあ、これも……」
 目を閉じ、やりきれない感情を心の奥に押し留めた。
「さて……それじゃ、やりますか」
 地に手を付け、結界の一端に魔力を籠めていく。
 体の隅々まで蓄えた魔力を、すべてその結界の中に注ぎ込んでいくような……。
「そうそう……」
 魔力を急激に放出しすぎて、ロスティンの膝が寒さに震える。体のSOSを無視して、なおも彼はパワーを送り続ける。強力な魔物が来ようが、デカい魔法が来ようが、びくともしない最強の結界を作るために。
「まだ残ってんぞ……!」
 自分に気合を入れて、なおも力を注ぎ込む。倒れてもいい。むしろ、倒れるまで使い切ってやる。

 やがて、どさりと重たいものが倒れる音がした。
 どこまでも青い空が広がっている。
「……これで充分でしょ」
 澄んだ空気の下、仲間たちの声が響いてきた。


●目標達成度
チェリア・ハルベルトから歪んだ魔力を弾き出す【成功】
アルザラ1号を氷の大地から出航させる【成功】
燃える島の歪んだ魔力を浄化【成功】

●個別連絡
カーレ・ペロナさん
ヴォルク・ガムザトハノフさん
リィンフィア・ラストールさん
継承者の一族の力を秘めました。
以後、歪んだ魔力の影響を受けにくくなります。
一族の特殊能力については、体感経験がある、または能力を持っている人物から指導を受けることで習得が可能です。
能力について知らなければ、自然に身につくことはありません。知っていれば習練次第です。

ウィリアムさん
継承者の一族の力を得ました。
以後、歪んだ魔力の影響を受けにくくなります。
行使経験がありますため、以後のシナリオで、一族の特殊能力を使用可能です。

●スタッフより
【川岸満里亜】
構成を担当しました川岸です。
シナリオへのご参加誠にありがとうございました!

 

チェリア奪還作戦は、今回船に乗せるのは難しいと思っていたのですが、皆様のご協力のお蔭で、成功することができました。ありがとうございます。


フリーアクションについてですが、今回は通常の作戦に対しての協力行動になっているアクションにつきましては、描写を行わせていただきました。
中型船については、前回リアクションで不採用として描かれておりますとおり、団員NPCの協力が得られないので描写対象とはなりませんでした。
前回調査段階で提案していたら、もしくは実行できるスキルのある方がシングル行動で奪取に当たっていたら、面白い展開に繋がったかもしれませんが、あくまで前回の時点の話で、既に機を逃しておりますため、以後は他のご提案やご行動をしていただけますととても助かります。


ワールドシナリオもゾーンシナリオも次回の第4回が最終回となります。
その後、重要シナリオ共通の最終回である第5回が行われる予定です。
是非最後までご参加くださいませ!

【冷泉みのり】
こんにちは、冷泉です。
第3章を担当しました。
シナリオへご参加していただき、ありがとうございます。
残りわずかとなりましたが、今後もよろしくお願いします。
次回も皆さまのお知恵をお貸しくださいませ。

【東谷駿吾】
今回は、第1章、第2章、第4章を担当させていただきました。
中には傷を負ってしまった方や、今後も『瘴気』と戦い続けることとなった方もいますが、皆さんの行動によって、仲間を救出しつつ、燃える島の浄化にも成功することができました。ありがとうございます。
次回もご参加、どうぞよろしくお願いします!