皇妃のお茶会~暖かな花園で~

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 アルディナ帝国本土。
 宮殿より北に、整えられた公園がある。
 敷地内には小さなホールと、野外パーティーを楽しめるスペースがあり、この公園で結婚式を挙げるカップルも多くいる。
 街から少し離れたその公園で、皇妃カナリア主催のお茶会が行われることになった。

●花いっぱいの歩道
 イベントや挙式に使われているホールの周りを、一周できる小道があった。
 この時期、ホールの周りには綺麗な花々が咲いている。
 そんな花いっぱいの小道を、散歩する人々の姿があった。

 お茶会開始前。
 アレクセイ・アイヒマンは、ホールの前でチェリア・ハルベルトを待っていた。
 折角なので、衣装を借りてみた。
 ブローチ付きのアスコットタイに、シックなスーツ。
 そんな姿の彼を見つけたチェリアが、驚いた様子で近づいてきた。
「どうでしょう? 似合いますか? チェリア様」
 少し照れながら、アレクセイがチェリアに尋ねる。
「似合ってる……大人の男性に見えるぞ」
「いつもは大人の男性に見えていませんでしたか?」
「普段は性別、あまり意識してないから、さ」
 答えるチェリアも、何だか少し恥ずかしそうだ。
「花が本当に綺麗ですね」
 綺麗な花々を見ながら、肩を並べて小道を歩きはじめた。
「ああ、すごく」
 チェリアの服装は、藍色のエレガントなドレス。首と耳には、控え目なアクセサリー。
(……花の隣に居るチェリア様も、とても綺麗です)
 彼女と共に目に映る花々は、彼女を輝かせるアクセサリーのようにも見えた。
「チェリア様は花言葉、ご存知ですか?」
「あまり気にしたことないな。赤い薔薇くらいしか知らん」
「赤い薔薇は有名ですよね。ええと、本で読んだ程度の知識ですけど……例えば……」
 歩きながら、アレクセイはチューリップの花壇を見つけて、手を向けた。
「あのチューリップ。色ごとに違う意味があるんですよ」
 ゆっくり近づいて、一種類ずつ、指していく。
 赤は『真実の愛』『愛の告白』
 ピンクは『愛の芽生え』『誠実な愛』
 黄色が『望みのない恋』『名声』
 白は『失われた恋』
 紫色だと『不滅の愛』
「……なので、私がチェリア様に贈るとしたら、赤、ピンクに紫を添えて……なんて」
 赤、ピンク、紫……今聞いた、花言葉をチェリアは思い浮かべる。
「逆に黄色と白を頂いてしまったら、泣いてしまいます」
 顔に腕を持っていき、おどけて泣きまねをするアレクセイ。
 ははははっと、チェリアは声を上げて笑う。
「綺麗じゃないか、黄色も白も」
「そうですね。色で意味が違うのはいいですし、花に想いを込めるのも素敵ですけど、悪い意味が込められた花は可哀想だと思うんです」
 アレクセイはチューリップだけではなく、右腕を伸ばして周囲の花々を指示していく。
「どの花も懸命に美しく咲き誇っていて……素敵だから」
 そう微笑むアレクセイを、チェリアは穏やかな表情で見つめていた。
「だから、俺が花言葉を付けるならば、ぜーんぶ良い意味の言葉を付けちゃいますね。そして、幸せがいっぱい詰まった花達を、チェリア様にプレゼントします。両手いっぱいに想いを込めて」
 言って、チェリアに両手を向けたアレクサイだけれど、直ぐにその腕を自分の胸にもっていく。
「うーん……でも、それでも伝えきれないかも……」
「……」
 なんか、乙女みたいだ……と、アレクセイを見ながらチェリアは密かに思っていた。
「俺がチェリア様を好きだっていう気持ちは、とても言葉だけじゃ伝えきれないものですから。ですから、何度でも伝えますね」
 そして彼は、美しい花々と明るい光の中、満面の笑みを浮かべた。
「チェリア様、大好きです」
 途端、何故だろうか、チェリアの心臓がドクンと跳ねた。
 軽く目を逸らして「……ありがとう」と、小さな声で言って、彼女は歩き出す。
「アレクセイが花言葉を付けてくれるのなら、お返しの花束に迷わなくていいな。黄色と白がいいんだっけ?」
「えっ?」
「私からはこの花を贈るよ」
 悪戯気に笑い、花々の中から、チェリアが指したのは黄色と白のガーベラだった。
「綺麗な、キミに」
 まぶしそうにアレクセイを見たチェリアの頬が、薄らと赤く染まっていた。

 公園に訪れたグレアム・ハルベルトの前に、薄紅色のドレスを纏った女性が笑顔で近づいた。
「グレアム団長、よ、よろしければ、少し一緒に散歩をしませんか?」
 緊張でどもってしまい、タチヤナ・アイヒマンはカッと赤くなった。
 そんな彼女の姿に、グレアムはくすっと笑みを浮かべた。
「ええ、素敵な遊歩道もありますしね」
「はい、私もあの道を歩いてみたかったんです」
 やったー! と心の中で大はしゃぎしながら、タチヤナはグレアムと並んで歩きだす。
 嬉しさが勝り、緊張はふっとんでいた。
 ホールの周りの小道は色とりどりの花で溢れていて、眺めているだけで心が弾んでいく。
「花の良い香りがしますね。私、花、大好きなんです。眺めていると明るい気持ちになれて……」
 花々の優しい香りが、辺りを包み込んでいる。
「花って不思議。そこに在るだけで心を和ませてくれて、元気をくれて……グレアム団長みたい」
 ふわりと踊るように、スカートを揺らしてタチヤナがグレアムに身体を向けた。
「俺みたい、ですか?」
 不思議そうな顔の彼に頷いてみせる。
「グレアム団長は無自覚かもしれませんけど、そこに居て下さるだけで、元気を貰っている人は沢山居るんですよ。私はその筆頭です」
 両手を後ろで組んで、タチヤナは笑顔でグレアムを見つめる。
「団長の笑顔が好きです。
 優しい声が、温かい言葉が、好きです。
 私から見えるグレアム団長は、輝いています。
 団長を見るたび、話すたびに心が満たされるんです」
 言葉に、次第に熱が籠っていく。
 そして、彼女はグレアムの瞳を目を細めて見ながら、心からの純粋な想いを告げる。
「私……グレアム団長が、好き、です」
「タチヤナ……俺は……」
 タチヤナを見つめ返したまま、グレアムは何も答えられずにいた。
 彼の顔に浮かんでいるのは、驚きと――苦悩の色だろうか。
「よかった。やっとちゃんと言えた」
 くるっとタチヤナはグレアムに背を向けて、歩き出す。
「グレアム団長ともう会えないかもと思った時に、後悔したんです。気持ちをきちんと伝えられてないかもと思ったら……」
 彼が後ろからついてきてくれているのが、わかる。
「団長ともう一度会えた時に、そこに居てくれるだけで嬉しい……幸せだって思ったんです」
 そしてまた、くるりと振り向いて。
「けど、私、欲張りで……気持ちを伝えずにはいられませんでした」
 そこに、大好きな彼の姿ががある。
 キラキラ輝く髪が、自分を見詰める優しい瞳が。
 すぅっと息を吸い込んで、はっきりと彼女は言う。
「グレアム団長、大好きです」
 降り注ぐ光のせいか、タチヤナの笑顔が眩しすぎたせいか。
 グレアムは目を細めてタチヤナを見詰めた。
「……ありがとうございます、タチヤナ」
「ふふ、私……今凄く幸せです」
 タチヤナが右手をグレアムへと差し出した。
 少し、戸惑いながら、グレアムはタチヤナの手をとった。
 タチヤナがぎゅっとグレアムの手を握ると、グレアムも同じ強さで握り返す。
 自分より大きくて、逞しい手。そして温かくて、力強くて……。
 幸せな気持ちが、タチヤナの中に溢れていき、彼女は辺りのどの花よりも綺麗な笑みを浮かべた。
 そしてその笑みは、グレアムの心を癒していく。

●誓い
 お茶会が開かれるこの日も、ホールでささやかな結婚式が行われようとしていた。
(いや、なんだか私まで緊張してきました)
 ロスティン・マイカンから招待されたマーガレット・ヘイルシャムは、緊張でそわそわしてしまう。
 マーガレットは新婦のエルザナ・システィックのことも、友人だと思っている。
 2人に、式には這ってでも行くと話してあった。
「まだ少し、時間がありますわね」
 主役であるエルザナは自分よりずっと緊張しているだろうと思い、マーガレットは控え室に様子を見に向かうことにした。
「エルザナさん、何かお手伝いできることはありませんか?」
「あ、今ちょうど着替えが終わったの。変じゃないか見てもらえる?」
 マーガレットが控え室に入ると、純白の可愛らしドレスに着替えた女性が、そこにいた。
 女性のマーガレットでも息をのんでしまうほどに、エルザナは美しかった。
「花嫁衣裳もとてもお素敵ですよ」
「衣装が?」
「いえ、もちろん綺麗なのは衣装だけではないですよ。本当にマイカン卿にはもったいないぐらいですわ」
 マーガレットがそう言うと、エルザナは「今日は負けないわよ」と、不敵な笑みを見せた。
「あ、そうそう彼、ちゃんと控室にいましたよ。あの方ときどきうっかりされるからちょっと心配してたのですよね」
「そうなのよね」
「まぁ、さすがにね、今日はちゃんと来てました」
「うん、大事な時には来てくれるって知ってる」
 2人の美女は顔を合わせて苦笑した。
「そうそうこれを言い忘れるところでしたわ」
「ん?」
「ご結婚おめでとうございます。自分のことのように嬉しく思いますわ」
「うん、ありがとう」
「マテオ・テーペでもし私たちが生き延びることを諦めてしまっていたら、今日のこの日を迎えることはなかったでしょう。ですから、私たちは諦めてはいけないのです。未来を掴むために」
 そして、マーガレットはエルザナに一冊の本を贈った。
 タイトルを見た途端、エルザナは目を見開いた。
『初めての赤ちゃん』
「ちょっと気が早いですけどね。差し上げますわ」
「……もぅ」
 赤くなって、エルザナは軽く膨れている。
「そろそろ時間ですね。それではまた後程」
 くすっと笑みを残して、マーガレットは会場へと向かった。

 新郎のロスティンが招待をしたのは、マーガレットと、アウロラ・メルクリアス、そしてウィリアムの3人だった。
 新婦のエルザナ側の席には、親戚のビル・サマランチと、エルザナの友人の姿があった。
 司会者の神官が開式の挨拶を行い、先に新郎のロスティンが入場し、聖壇の前に立った。
 そして、純白のウエディングドレス姿のエルザナが、穏やかな雰囲気の男性にエスコートされ、バージンロードを歩き出す。
 彼女の隣にいる男性は、この場にいる多くの者は知らないがエルザナと同じ父を持つ義理の兄、ランガス・ドムドールだった。
 2人はゆっくりと新郎のロスティンの前に進み、エルザナの細い手が、ロスティンへと届けられた。
 ロスティンがエルザナの手をとり、2人は祭壇前へと歩いた。
 司会者が新郎のロスティンに問いかける。
 神の前で、エルザナを妻とし、永遠に愛することを誓いますか、と。
 ロスティンは、すうっと息を吸い込んだ。
 行儀よく、静かに式を終えたいけれど、嘘偽りなくありたかった。
「私、ロスティン・マイカンエルザナ・システィックに永遠の愛を誓うことを今はできません」
 司会者の顔が凍りついたのがわかった。
「なぜなら今世界の危機となっている歪んだ魔力があるからです。
 あれに僅かとはいえ触れたから、その怖さを知っています。
 取り込まれたら私がまともでいられるのか自分自身でも分からない。
 だから、私の宣誓はこうなります」
 凛とした声で、ロスティンは神と、集まった人々に宣言する。
「私、ロスティン・マイカンはこの時、この場において、世界で誰よりも妻となるエルザナ・システィックを愛していると誓います。
 微力ではありますが、世界のために尽力する皇帝の力の一つとなり、妻と将来生まれて来る子供達が笑顔でいられるよう、そしてこの誓いを永遠にできるよう、死力を尽くすことを誓います」
 新婦のエスコートを務めた男性が穏やかな顔で頷いた。
 それを見て、司会者も頷き、続いて新婦エルザナにロスティンを夫として、愛することを誓いますか、と問いかけた。
「誓います」
 エルザナはひとこと、しっかりとした声で答えた。
(自分で何とかすると言えない格好悪さでごめん、けど――これが俺なんで)
 そんなロスティンの気持ちが聞こえたかのように、エルザナの顔に微笑みが生まれる。
 そして二人は指輪を交換し、ロスティンがエルザナのベールをあげた。
「こんな俺でもこれから一緒に歩んでくれるよね」
「喜んで」
 微笑み合って、皆の前で二人は誓いのキスを交わした。
 神の名の下、2人の結婚が宣言された。

 それから、2人はホールの外へと出た。
 外には、新郎新婦を祝福しようと、多くの人々が集まっていた。
 ロスティンはエルザナから少し離れて見守り、エルザナは人々に背を向けた。

 どうか
 ここにいる人たち皆に
 こんな幸せな未来が、訪れますように
 そしてそれが、長く続きますように

 そんな想いを込めて、エルザナはブーケを後ろへと投げた。
 参列者の女性と、パーティーに訪れていた多くの女性が集まる中で。
(私もいつか……こんな日が)
 訪れてほしい。
 そう思いながら手を伸ばしたアウロラの手に、ブーケは落ちてきた。
「やった……えへへ」
 可愛らしいブーケを手に、アウロラはちょっと照れながら微笑む。
「ロスティンさん、エルザナさん、ご結婚おめでとうございます」
 そう声をかけると、ロスティンと振り向いたエルザナの顔、そして集まった人々の顔に笑顔が広がる。
「ありがとう!」
「ありがとうございます」
 そして2人は皆が作ってくれた花道を通って、幸せを振りまきながらパーティー会場へと歩いていった。

「それにしてもロスティンさんとエルザナさんが結婚かぁ。2人、仲良かったもんね」
 ロスティンとエルザナが座る席の近くで、挙式に参列したロスティンの友人、アウロラとマーガレットは、お茶とお菓子を楽しみながら2人を見守っていた。
 ロスティンの友人代表としての、ウィリアムのスピーチが始まっていた。
「新郎は遊び人であり、時間にルーズな人間であり。
 最近も約束を守らず、今回ももしかしたら、寝過ごすのかと思っていました。
 つい最近、いい人が見つかったみたいで。あのロスが身を固めると安心と驚きを感じさせてもらっている」
 そんなウィリアムのスピーチに、新郎のロスティンは笑顔で青筋を立てながら「あのやろう!」と言葉を漏らす。
 アウロラとマーガレットも思わず苦笑。
「でもまぁ、ロスティンさんならきっと大丈夫じゃないかな。付き合いは短いけどなんだかんだ根はまじめだっていうのは分かってるし。確かにちょっと時間にルーズでやらかすこともあったりするけどまぁ、それくらいは愛嬌?」
「そうですね『永遠の愛を誓うことを今はできません』という言葉にはとても驚きましたけれど」
「うん、で、まさかこの時期に結婚するなんて思ってなかったけど、歪んだ魔力とか儀式とかマテオの事とか色々あるけどきっとそれを乗り越えるために気持ち新たにってことだよね」
 ウィリアムのスピーチはまだ続いていた。
「……いい意味で変わった、それもエルザナさんが居たからだろう。
 ロスは凧の様な奴なんで、ちゃんと今みたいに捕まえとかないと、いい男に継続して慣れねぇと思うんで。引き続き、奴の為にも尻に敷いてやってくれ。よろしく頼む」
 エルザナがこくりと頷く。
 ロスティンはにこにこ微笑んでいる。……青筋を立てたまま。
「二人ともいい奴だし、他人の為に泣ける奴なんで、騙されたと思って、色眼鏡無しでご親族も話してみてくれよ、絶対気に入るからよ」
 エルザナが微笑みをロスティンに向け、ロスティンも彼女に微笑み返す。青筋はもう消えていた。
 ウィリアムのスピーチが終わってすぐ、アウロラが2人に近づいた。
「はい、これお祝いの品だよ」
 アウロラが2人に差し出したのは、可愛らしい花の束。買ったものではなく、自分で用意したものだ。リモスで暮らす彼女にとって、精一杯のプレゼントだった。
 その花束は、可憐なエルザナに良く似合う。
(本当に綺麗だなぁ。ホント私もこんなふうに、結婚式したり、みんなにお祝いっしてもらえる日がくるといいな)
 幸せそうなエルザナを見ながら、アウロラは大好きな人のことを想う。
「すまんな、ヤギはこのご時世高かった、花束で許してくれよ」
 ウィリアムからのプレゼントも花だった。
 エルザナは喜んで受け取って、花瓶に活けようとした。が、横から手が伸びた。
「主役にやらせるわけにはいかないからね。私が活けるよ」
 花束に手を伸ばしたのは、エルザナの義理の兄……。
「と、とととんでもございません」
「私やります」
 慌てふためくエルザナにそう言って、花束を受け取ったのはビルだった。
「よぅ、マリオさん」
 正体を知るウィリアムが、エルザナの義理の兄に声をかけた。
「鍛えて筋肉つけてやるといい。誓の言葉さ、あいつ、結構かっこいい事言うよなぁ、子供たちが笑顔でいられるようにか。本当にエルザナはロスをいい方向に変えて行ってる、ロスはエルザナを裏切ることはない、それは断言出来るんで、よろしく頼むわ」
「ちょ、ちょっとロスティンさん、あの人すっっっっっごく無礼なんだけど」
 あわあわしながら、エルザナがロスティンを肘でつついている。
「娘さんもあのお兄さんの事よろしくな。だが、遊び人なんでからかうのはよしときな」
 屈んでビルにウィリアムがそう言うと、エルザナは青くなった。
「遊び人ですか……」
 花束を抱え、じーっとビルはロスティンを見ている。
「もし、『妹』を裏切った時には、覚悟してもらうよ」
 にこにこ、マリオと呼ばれた男性が微笑む。
「あー、ウィリアムくん。お祝いの御礼がしたいんで、この後残るように」
 ロスティンがまた何故か微笑みながら青筋を立てている。
「どうかしたか? 礼とか気にすんなよ。それじゃ、料理でも食わせてもらうか」
 言って、ウィリアムはロスティンとエルザナの席から離れた。
 2人の周りには、参列者を始めとした人々がお祝いを言いに次々と訪れていく。
(なんか……妙な気持ちになるよな)
 ウィリアムの心中は複雑だった。
 友の結婚を祝う気持ちはあるのだが、なんだか置いてきぼりになっているような。
(普通にアーリーが生きていけたらそれがいいんだろうが……。簡単じゃねぇなぁ)
 軽くため息が漏れるも、祝いの席だからと、パーティーを楽しむことにした。

 少し前のこと。
「この花は、種類によっては1年に2度咲くんだ」
 公園に咲く花々を、リベル・オウスベルティルデ・バイエルと共に観賞していた。
「花が咲き始める頃の葉や花を薬にすると、高い効果が期待できる。こいつには殺菌効果が…………っと」
 説明くさくなってしまったなと、ベルティルデを見ると、彼女は興味深そうにリベルの話を聞いていた。
「リベルさんはお花についても、詳しいのですね」
「仕事上色んな植物を扱うからその過程で自然と覚えるんだ。なんかもっとロマンティックな話でもできればいいんだが」
「いいえ、楽しいです」
 そうベルティルデは答えて、しゃがんで花々をみつめる。
「不思議ですね。1年に1度しか咲かない花も、2度咲く花も。こんなにも小さい身体で、季節を感じとっているのでしょうか」
 ふわりと風が吹いて、優しい香りが鼻をくすぐった。
 それは花々の香りなのだけれど、ベルティルデの香りのような気がして、リベルはくすぐったさを覚えた。
「そういえば、さ」
「はい」
「ここのホールって、カップルが結婚式を挙げるのに使われることが多いらしいけど、ベルティルデにはそういった願望あるか?」
 リベルの問いに、ベルティルデは「え?」と声を上げて、彼を見た。
「まだ相手はいないはずだけれど、もしもいたらって話だ」
「……ない、です。リベルさんは結婚して、家庭を持ちたいですか?」
「俺は……他にいろいろやる事があるから『まだ』ないかな……。ベルティルデはそういうことを、思ったことくらいは、あるだろ?」
 少し考えたあと、ベルティルデは首を左右に振った。
「わたくしは、そいういうことを思うような環境で生きてはきませんでした。でも、マテオ・テーペで過ごすようになってからは……そういえば少し、皆様と同じように、普通に生きたいと思うようになりました」
 ただ、自分が誰かと結ばれる。そんな未来は、見えないともベルティルデは言った。
「それじゃカップル見にいこうか、ちょうどホールから出てきたみたいだから。ブーケトスに参加してみるといい」
 使命を終えた先の未来を想像させることで、ベルティルデに生きようという気持ちがより根付くかもしれないから。
 リベルはベルティルデの背を押して、ブーケトスに参加させた。
 彼女は積極的にブーケを取りにはいかなかった。
 ただ、幸せそうな新郎新婦の姿を、そしてブーケを受け取ったアウロラの姿を、眩しそうに眺めていた。
(ベルティルデにそんな気持ちが芽生えた時)
 彼女が選ぶ相手が、自分ならいいなと。
 そんな想いを抱きながら、リベルも眩しそうにベルティルデを見ていた。

●パーティー
 大女がいた。
 麗しき皇妃の側に。
(よりにもよって自分を選ぶとは、団長の目は節穴か?)
 リンダ・キューブリックは思わずため息を漏らしてしまう。
 可憐な花々が咲き誇る、美しくのどかな公園に、自分。全身甲冑の完全装備、身長2メートル超えの自分。
 どう考えても場違い。雰囲気ぶち壊しである。
 挙式を終えた新郎新婦の姿、パーティー用の服装に着替えた人々も溢れているというのに。
「なんでそんな仰々しい格好してるんだ? 巡回や入口の警備ならわかるんだが」
 そうリンダに声をかけてきたのは、焼き立てパイを手に訪れた、エクトル・アジャーニ
 彼も皇妃の護衛なのだが、騎士服姿である。
 魔法を防ぐマントを纏っており、中には防刃服を着込んでいるとは思う。
「……すまんな」
「なんだ?」
「いや、なんか気の毒に感じてな」
 しかし団長は何を考えているのかとリンダは思う。
 エクトルは騎士団の開発室長である。騎士団きってのインテリと言ってもいい。
 護衛任務など畑違いも甚だしい。
(いや、そんなことくらい百も承知な筈)
 エクトルは元騎士団長の忘れ形見。生真面目で頭が固い、とリンダは感じていた。
(あえて泥臭い実戦派の不良騎士と組ませ、ある種のショック療法を試みるつもりでは?)
 などと考えつつエクトルを見下ろすと、彼は運んできた料理をテーブルに置き、茶を淹れはじめた。
 そして、料理を取り分け初め……。
「まて、貴様の任務は給仕ではないだろ?」
 リンダは思わず、つっこみを入れてしまう。
「あんたが居る限り、狼藉者が近づけるはずがない。僕の役目は、内から護ること」
 リンダはインテリで堅物のはずの彼の手に、ブレスレットと思われるアクセサリーや、指輪が嵌められていることに気付く。
(毒見をしてきた? いや、アクセサリーは魔法具で、何かしてるのか)
 考えてみるが、リンダの知識、魔力ではさっぱりわからなかった。ので、気にしないことにした。

 パーティーの招待状を受け取ったリュネ・モル永遠の42歳は、鼻息荒く会場に訪れていた。
 茶菓子としてテーブルの上に並んでいるのは、主にフィユタージュ。
「大きなフィユタージュ。小さなフィユタージュ。そっと触れた時の感触、力を込めた時の感触。歯を立てた時の感触。味わいたい、味わわずにはいられない!」
 これはもはやフィユタージュとティーのパーティー。リュネにもついに春がやってこようというのか、そう春のフィユタージュまつりだ!
 ちなみにフィユタージュとは折りパイのことである。
「万物が引き合う、地上にて最たるものは大地! しかしながら小さきものが大きなものを望むにはどうしたら良いか? 他の介在が許さぬくらいまで接近接近接近しきってしまえば良いのです」
 ですですですと、残響音がリュネの世界に響き渡る。
「万物が引き合うならば小さなものは大きなお…パイに押し寄せ……げふんげふん……押しつぶされるのではないか? そんな心配も恐れずにの心意気こそが大事」
 会場の女性達を、彼女達が持つフィユタージュを見て見て見て、そしてやはり一番高貴なその折…パイにロックオン!
「わたくし、永遠の42歳、毒ガエルラミルとタメ年ながらふさふさしておりますので、頭から一気にいけば、その際後先のこと考えずに勢いよくいけば、あるいは、もしかして、ひょっとしたら、いやそんな弱気ではいけない、私が率先してだいちち」
 おっと緊張のあまりにどもってしまったようだ。
「大地を手に入れる術を示すのです!」
 強い確信と確証をもって、れっつら、だーいぶっ♪
 そしてリュネ・モル永遠の42歳は跳んだ、大地の法則を実証すべく、この手に一番大きな折りパイを掴むために!

ゴイィィィィィン

「ぐふっ、なんて固くて厚みがある……お…パイ。しかし、これぞ万物の、だいち…の……法則」
 そしてリュネ・モル永遠の42歳は、折りパイの香り漂う中、昇天したのだった。

「……なんだこいつは」
 皇妃に向かって飛び込んできた男を、リンダは胸で受け止めていた。
 そのままその男を締め上げる。無論彼女は全身甲冑姿。巨漢にしてこの会場で一番のリュネが求むだいち…の持ち主故に、リュネは彼女に引かれてしまったのだろうか。
「マテオの民か? 頭から突っ込んでくるなんて……まさか、あんたに気があるんじゃ」
 エクトルの言葉に、リンダは思い切り「は?」と返した。
「いい機会だ、貰ってやったらどうだ? さっき、新郎新婦羨ましげに見てただろ」
「見ていない。独り身の方が気楽だ」
「ふーん」
「なんだその目は。負け惜しみとでも言うつもりか!」
 リンダの反応にエクトルは笑い声をあげた。
「はははは……だがすまない。あんたに紹介できる男はいない」
「不要だ」
 憮然と言い、リンダは目を回しているリュネを抱え上げて運んでいく。
「だい…ち……お……パイ」
 さて、どうしてくれよう。

「なんか、主催者席が騒がしかったけど、あっちは専任の騎士が護ってるから平気だろ」
 傭兵騎士のナイト・ゲイルのもとにも招待状が届いた。
 招待客なのだが、今回も自主的に警備に回っている。
「結婚式とかめでたいし、トラブルで駄目になるのは嫌だもんな」
 散歩をする人々の姿。お茶を飲み談笑する人々の姿。
(いつまでも憂いなくこういう日々を過ごせたらいいのに)
 周囲の花々はとても綺麗で、人々の笑顔の花も心を和ませてくれる。
「新婚さんは幸せそうだ、ああいうの守りたいよな」
 幸せそうに笑い合う新郎新婦の姿を見ながら、そんな言葉を漏らした時。
「何で警備してる、お前は招待客じゃないのか!」
 笑いの混じった声が、響いてきた。
「あれ? なんでここに……大丈夫なのか?」
 声の主はチェリア・ハルベルトだった。
 彼女は今、大変な問題を抱えていて、このような場所に来れるはずはない、と思っていたのだが。
「遠い親戚が結婚式をあげるっていうんで、祝いにきたんだ」
 そういうチェリアが目を向ける先には、エルザナとロスティンの姿があった。
「しかし、公国の貴族を選ぶとはな……」
 チェリアは納得いかない様子だった。
「チェリア……隊長は、エルザナさんと親戚なのか?」
「彼女は前皇帝陛下の庶子で、私の祖母は元皇族。近くはないが血のつながりがある」
「そうなのか」
 チェリアが新郎新婦に向けていた目を、ナイトに向けた。
「で、新婚さんを守りたいっていうが、お前には一番大切な、守りたい存在ってないのか」
「みんな守りたいんだよ。そっちはどうなんだよ。新婚さん見て羨ましいとか思うのか、ですか?」
「……私たちの場合、結婚は親が決めた人物とするものだからな」
 言った後「ああそうか」とチェリアはため息を漏らした。
「だから少し、彼女が羨ましいのかもしれない」
 自分の立場も、周りの目も気にすることもなく、好きになった人との結婚を押し切ったエルザナが。
「それじゃ、折角だから楽しんでいけよ」
 ナイトの肩をポンと叩いて、チェリアはエルザナの周りにいる親族のもとに向かって行った。
「さて、と……警備は大丈夫そうだし」
 ナイトは辺りを見回して、知り合いを探した。
 そして騎士団の活動で、何度か行動を共にしたことがある帝国騎士の姿を見つけた。
「歪んだ魔力のこととか、なんか新たな情報入ってないかな」
 暖かな太陽の光。穏やかな空気。
 思わず、ナイトの顔も緩んでしまう。
 こういう時間をずっと過ごせるよう、守っていこうと、ナイトは思うのだった。

「こんにちはベルティルデちゃん。花の鑑賞中?」
 花壇の花を眺めていたベルティルデ・バイエルに、声をかけたのはコタロウ・サンフィールドだ。
「コタロウさん、こんにちは」
 2人は並んで、花壇の咲いている花々を眺める。
「ベルティルデちゃんはどんな花が好き?」
「どんなお花も好きです。今は、あのお花を見ていました。小さくて可愛らしいです。コタロウさんは?」
「俺はどちらかというと豪華な感じよりも慎ましやかな花の方がほっこりとして好きかな? ベルティルデちゃんとも好み似てるかも。見てたこの花、なんていうの?」
「サクラソウです」
「そっか、可愛いね」
 ベルティルデは頷いて、2人は微笑み合った。
「あんまり花の種類に詳しくはないんだけど……俺が好きなのは、んー例えば、そうだなぁ、コスモスとか。あと、カスミソウとかも?」
「わたくしも好きです。可憐な花ですよね」
「うん、ここに咲いているサクラソウもね。と言うわけで、折角のお茶会だし花を見ながら少しお茶でも飲まない?」
「はい」
 2人は近くのテーブルからお茶の入ったカップを持ってきて、花壇の方を向いてベンチに腰かけた。
「はい、お菓子も食べようか。個人的にバターと砂糖をふんだんに使った焼き菓子がお茶によく合って好みだよ」
 コタロウが選んできたのは、クッキーとマドレーヌ。
 いただきます、とベルティルデはクッキーを手に取って、自分の口に運んだ。
 バターの香りと、サンドされたミルクチョコレートが嗅覚と味覚を喜ばせてくれる。
 少し上品な、懐かしい味のするクッキーだった。
「紅茶にもよく合います」
 紅茶を飲んだベルティルデの顔に、笑みが広がった。
 コタロウも紅茶を飲んで、ほっと息をつく。
「いろいろ大変な状況だけど。のんびりとお茶を飲んだり、花を愛でながらほのぼのと話せる……こんな時間が持てるだけでも人生は上々だと思うよ」
 ベルティルデを見てそう言った後、なんだか大げさな物言いになってしまったと、コタロウは心の中で反省をした。
「そうですね」
 ベルティルデは花壇の花々と――それから、後ろを振り向いて、パーティーを楽しむ人々。結婚式を終えた新郎新婦の姿を見ていき、最後にコタロウを見た。
「わたくしの人生も上々のようです」
「うん、これからもうなぎ上り、上昇していくんだ、きっと」
 もっと広大な景色を眺めながら、綺麗な空気をお腹いっぱい吸い込んで、美味しいお茶をゆっくりと堪能する。そんな日も、来るかもしれない。
 当たり前の、普通の日常の、穏やかなお茶の時間。
 こうして微笑み合う時間をこれからも持つんだって、お互いに考えていた。

 会場周辺の色とりどりの花たちや、結婚式を行ったばかりの新郎新婦の姿に、ルティア・ダズンフラワーの顔も自然と綻んでいた。
「どうぞ」
 給仕から受け取ったお茶とクッキーを、訪れたばかりのグレアム・ハルベルトに渡す。
「ありがとうございます」
 お茶を飲み、グレアムは穏やかな顔で周囲を見回す。
「綺麗ですね」
「ええ、本当に。とても美しい公園ですね。新婦さんもとても綺麗です」
「ここに集った皆、そしてルティアも。ドレス、良く似合ってますよ」
 彼の言葉に、ルティアは少しの緊張と、暖かな喜びを覚える。
 彼は紺色の整った貴族服。普段は見ない装いで、なんだか不思議な気持ちになってしまう。
 グレアムに褒められたルティアの服装は、薄黄色の柔らかな雰囲気のドレス。
 髪飾りはレース編みのリボンにビジューを散らしたものだ。
 人々が見える位置で少しの談笑をしてから、ルティアはグレアムと共に、新郎新婦の近くにいるマリオ・サマランチのもとへと向かった。
「こんにちは、マリオさん、ヘーゼルさん。お2人は式に参列されたのですか?」
「私は父親役をやらせてもらったんだ」
 マリオがそう答えた。ヘーゼルは式には参列しておらず、マリオの付き添いとして行動を共にしているとのことだ。
「良かったですね、エルザナ」
 グレアムが花嫁のエルザナに言うと、エルザナはとても嬉しそうに頷いた。
「この子は長女のビルだ。仲良くしてやってくれ」
「ビル・サマランチです。よろしくお願いいたします」
 マリオの隣にいた女の子がルティアにぺこりと頭を下げた。
「初めまして、ルティア・ダズンフラワーです。こちらこそよろしくお願いしますね」
 お辞儀をして、ルティアはビルに微笑みかけた。
「ドレス、可愛らしくてとても似合っているわ。自分で選んだの?」
 ルティアが尋ねると、ビルは嬉しそうに首を縦に振った。
「私、あまりドレス持っていないので、借りました。サイズあって良かったです。ついでに、良い出会いでもあればいいのですけれど……結婚式の後のパーティーって出会いの場だとも聞きますし」
 ビルは10代前半と思われるが、どうやら恋人が欲しいらしい。
「ルティアさん、地属性の頭と外見とスタイルが良くて若い貴族のお知り合いいましたら、紹介していただけると嬉しいです」
「こらこら」
 困り顔でマリオがビルを止めにはいる。
「積極的ですね……。花嫁さんを見て、そんな気持ちになったのかしら」
 顔を上げて、ルティアはエルザナ達の方を見た。
 親戚や友人達に囲まれて、とても幸せそうな2人の姿を。
 2人だけではなく、周りの人たちも……自分も、幸せな気持ちになっている。
「愛する人と結ばれるのは、こんなにも周囲に幸せをもたらしてくれるのですね」
 呟いて、すぐ側にいるグレアムにルティアは顔を向けていた。
(貴族として、難しい事とわかっているけれど、私もそんな風になれたら……)
「これは相手を幸せにするための結婚ですから」
 エルザナたちを見ながら、グレアムがつぶやいた。
 彼の言葉の真意がルティアにはわからなかったけれど……。
(花婿さんは帝国貴族に疎まれている公国の貴族。この結婚が許された背景には、何か深い事情がありそうね。そして……)
 グレアムも今、苦しい立場にある。
(私もこんな風になれたら……)
 再び、新婚の2人を見て、ルティアは思うのだった。

 ポワソン商会の代表のリキュール・ラミルは、パルトゥーシュ商会の会長、フランシス・パルトゥーシュを誘って訪れていた。
 新規顧客の開拓や人脈作りという口実で誘い出したのだが、真の目的は別にあった。
 招待状には友人を1人まで誘っても良いと記されていた。それを見た瞬間に、リキュールの頭に浮かんだのが、フランシスだったのだ。
「美味いじゃないか。さすがだな」
 彼女の口から出たその言葉に、リキュールはほっと胸をなでおろした。
「かつては結婚式の必需品といわれておりましたが、大洪水で醸造法も産地と共に消えてしまっていました」
「それを再現したというのか」
 それは発泡性葡萄酒だった。
 フランシスは香りを楽しみ、口の中に入れて泡の感触と味を確かめていく。
「さようでございます。今回のお茶会、ウェディングパーティーも兼ねるということで、新郎新婦を始めとした参加者の皆様にもご賞味いただきたく、提供を申し出たのでございます」
「それだけじゃないだろ」
「それはもう」
 リキュールは普段通りニコニコ笑みを浮かべ、フランシスはにやりと笑った。
「わが家の家訓の一つ『損して得取れ』にも合致いたしましたから」
 そう勿論、宣伝を兼ねている。
「うちの品も食べてみないか?」
「パルトゥーシュ様からの提供品でございますか?」
「あんたのとこで葡萄酒を用意するって聞いて、合いそうな菓子を選んだんだ」
 既にテーブルに並べられている菓子の中から、フランシスはマカロンを皿にとり、リキュールに差し出した。
「これはこれは。新郎新婦様やご友人方が喜びそうなお菓子でございますな」
 若者達が喜びそうな、カラフルで可愛らしいマカロンだった。
 いつも通りの笑顔で、リキュールはマカロンをとって、自分の口に運んだ。
 口当たりもよく、甘くておいしかった……が、正直あまり味は分からなかった。
 ニコニコ笑顔を浮かべて、普段通りを装っているけれど、リキュールの心臓はバクバク音を立てており、緊張で背中は汗でびっしょりだった。
「ハルベルト公爵家の兄妹が来ているな。挨拶に行くか」
「手前もお供いたします」
 リキュールは葡萄酒を持ち、フランシスと並んで歩きだす。
 商売の話を中心とした、たわいない話で笑い合いながら。
 想いの人と、花に囲まれた会場で、一時の時間を過ごす事――フランシスとのデートがリキュールの真の目的だった。

 

*   *   *


「色んな花が咲いていて綺麗ですね」
 ユリアス・ローレンは、カサンドラ・ハルベルトと一緒に、ホールの周りの花の小道を歩いていた。
「うん、綺麗だね」
 2人共、パーティー用の服を借りて纏っている。
 カサンドラは淡い花柄のドレス。控え目な銀色の髪飾りとネックレス。
 ユリアスは白いシャツにネクタイ、細身の明るい色のパンツ。いつもより少し大人っぽく見える。
「綺麗な花々に囲まれて結婚式を挙げられるのは素敵ですよね」
 ユリアスの言葉に、カサンドラは「うん」と頷いた。
 豪華な内装の宮殿のホールよりも、もしかしたら結婚式場として、素敵かもしれない、と。
「そういえば、カサンドラさん、先ほどの花嫁さんとお知り合いですか?」
 パーティー会場でカサンドラは式を終えたばかりのカップルに「おめでとう」と言葉を贈っていたのだ。
「殆どしゃべたこと、ないんだけど、ちょっと遠い、親戚……かな」
「それはとてもよかったですね。お2人、幸せそうでしたから。幸せそうな2人を見ているとこちらまで幸せな気持ちになりますね」
「うん、なんだか……嬉しくなるよね」
「カサンドラさんは純白のウェディングドレス似合うでしょうね。いつかカサンドラさんのウェディングドレス姿を見たいです」
「えっ……まだまだ先、だよ。もっと成長してからじゃないと、似合わない、し。ユリアスくんこそ、花婿さんの衣装、似合いそうだよね」
「そうでしょうか」
 着たい、と思う。純白のウェディングドレス姿の彼女の隣で。
 ユリアスは持っていた紙袋から可愛らしいミニブーケを取りだした。
「どうぞ」
 カサンドラに差し出すと、カサンドラは目を大きく開いて、不思議そうにユリアスを見た。
「プレゼントです」
 カサンドラに幸せになってほしい。
 そう想いを込めて、ユリアスはカサンドラにブーケを持たせる。
「あ、ありがとう……ユリアス、くん」
 突然のプレゼントに驚きながら、カサンドラは受け取ったブーケを眺める。
 カサンドラに良く似合う、淡い色の花のブーケだった。
 嬉しそうにブーケを眺めているカサンドラを、微笑みながらユリアスは見つめていた。

(こんな風に、幸せに包まれた顔でいられるように、カサンドラさん自身が幸せになる未来を、カサンドラさんが少しでも思い描けるようになれたら……)
 カサンドラのウェディングドレス姿を、ユリアスは思い描く。
 花束を手に、幸せそうに笑う、少し成長した彼女の姿を。
(微笑む彼女の隣に居るのは、僕ではない誰かかもしれない)
 そんな考えが過り、胸に少しの痛みを感じたけれど。
「ユリアス君……どうかした?」
 じっと見つめられていたカサンドラは、少し顔を赤らめていた。
 なんでもないというように、ユリアスは微笑んで首を左右に振った。
 そしてユリアスとカサンドラは、再び花の中をゆっくりと歩きはじめる。
 微笑み合う2人の姿は、咲き誇る花々に負けないくらい、綺麗で可愛らしかった。

 綺麗な花々に囲まれた幸せな時間。
 人々の笑顔の花もまた、満開だった。


●担当者コメント
こんにちは、川岸満里亜です。
こちらはイベントではなく実際にあった出来事となります……ますますます。
一部悪乗りしたくなってしまい、必死に我慢しました(笑)。
楽しいアクションや、心癒されるアクション、ありがとうございました!