エピソード~スヴェル~

 

 その日、ガーディアン・スヴェル本部の応接室で、団長のグレアム・ハルベルトはパルトゥーシュ商会の会長であるフランシス・パルトゥーシュとの商談に臨んでいた。

 ガーディアン・スヴェルはグレアムの父であるハルベルト公爵が設立した組織であり、その際パルトゥーシュ商会に物資援助を依頼していた。

 フランシスと対面するグレアムの表情は渋い。

「値上げ……ですか」

「そう、値上げだ」

 フランシスはというと、いつも通りのふてぶてしい顔つきだ。

「どうしても、値上げをしたいと」

「ああ。どうしてもだ」

「それをしないと息もできなくなると」

「そうだ。死ぬね。責任取ってくれるのかい?」

「嫌です」

「だったらおとなしくカネ出しな」

「困りましたね……。どうして急に値上げを?」

「急じゃないさ。大洪水のごたごたで激減した我が国の人口が、ここ最近の生活の安定により増加傾向にあるというだけだよ。人が増えれば必要物資も増える。儲け時じゃないか」

「どうかお目こぼしを」

「ならん」

 けんもほろろな対応にグレアムは心底困り果てたようにため息を吐いた。

 さすがにその様子に強欲なフランシスも不審に思った。

「親父さんが出し渋ってるのかい?」

「いいえ。君も知っているでしょう。最近増えてきた魔物による被害のことを。備えが必要だと思いましてね。武器防具に値が張るのは仕方ありませんが、それ以外のものまで値上がりとなると、さすがに厳しいです」

「公爵サマのふところも無限じゃないってことか」

 残念そうにこぼし舌打ちまでする失礼な彼女に、グレアムは苦笑する。

「しょうがないね。上得意サマにそっぽ向かれちゃこっちも困るからね」

「助かります」

 こうして話が一段落ついた頃、応接室のドアがノックされ──同時に開いた。

「グレアムさん、こんにちは! 前にお話ししていた新メニューができたのでお持ちしました~!」

 元気な声で入ってきたのは、スヴェルの馴染みの宿酒場ハオマ亭の看板娘、パルミラ・ガランテだ。

 フランシスがこれ見よがしにため息を吐く。

「酒場の娘は礼儀がなってないねぇ。そんなんで接客ができるのかい?」

「その辺はちゃんと心得てますよ。それより、これを試食してくれませんか?」

 苦言を軽く流したパルミラは、持ってきた皿をテーブルに置き被せていた布を取り払った。そこには肉を挟んだサンドイッチがあった。

「開発した特製ソースとからめてチーズも挟んでるんです。ガッツが出ますよ!」

「これはおいしそうですね」

 グレアムが一つ手に取ると、ちゃっかりフランシスも加わり試食会が始まった。

 結果はパルミラが満足できる反応であった。

 少し高い値段だが、たまに食べると思えばそれほど高くはない。

 聞けば、数量限定だという。まだまだ肉は貴重なので当然のことだった。

 そこから話題はそれて、なぜか神殿の神官であるジェルマン・リヴォフのことになった。

 パルミラが声を落として深刻な顔で言う。

「あの人、ちょっと熱すぎるわ。異常よ」

「あのオッサンな……ちと狂気じみてるよな」

「二人とも……口を慎んでください。彼はただ信仰に誠実なだけですよ」

 口の悪い二人をたしなめるグレアム。

 彼は時々神殿を訪れてジェルマンと接する機会もあるのだ。それなりに親交もあるためあまり悪く言われたくなかった。

 ジェルマンは精霊と神の一族と言われる皇帝への信仰心が篤い。その上博識であるため、街の人々も彼をよく頼っている。

「ま、あたしにとってのカミサマはカネだから、精霊とかどうでもいいさ。んじゃ、そろそろ帰るよ。今後もご贔屓に」

 あっさりと言い放ち、フランシスは帰っていった。

 続いてパルミラも店の準備のために戻っていく。

 応接室に残されたグレアムは後片付けをしながら、久しぶりに神殿を訪ねてみようかと思うのだった。