カナロ・ペレア 最終回

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第1章 融けて、壊れていく地

 氷の大地は崩壊し始めた。
 魔導兵器があった基地を中心に強い魔力が渦を巻いている。
 魔物はさらに凶暴化し、共食いを始める集団もあった。
 もはやどんな手段を講じても、人間が活動できる環境ではない。
 そんな中、男が二人、崩れた氷の中から大柄な女を助け出していた。
「くっそ重てぇな。いったい何食ったらこんな図体になるんだよ! グズグズしてたら死んじまうだろうが!」
 そう悪態をつくのは、エンリケ・エストラーダが小柄だからか。
 彼に力を貸すジン・ゲッショウは苦笑した。
 苦労して助け出したこの人物――バルバロが行ったこととそれにより暴走した魔力を静められなかったことなどを、団長代理が本土に報告するためアルザラ1号を降りている間、ジンはエンリケからある相談を受けた。
「仲間を見捨てたとあっちゃあ海賊の名折れだぜ。別に帝国の奴らを助けるわけじゃあないからな? 勘違いするなよ!」
「うん……? とりあえず、手が足りないのでござるな?」
 共に戦った者の頼みならば、とジンは頷いた。
 お人好しそうだと当たりをつけたエンリケの勘は確かであった。
 しかしエンリケが助けたい者というのは氷の大地にいるという。そこはすでに崩壊が始まっており、巻き込まれる前に船を出さなければならない。
 この船は、団長代理が戻り次第すぐにここを離れるだろう。
 出航を待ってくれと相談しても聞き入れてもらえないことは明白だった。
 それなら、さっさと降りて撤退に乗じてその何者かを紛れ込ませるしかない。
 二人は誰にも告げずに船を降りた。
 汗だくになってようやく海から引きずり出した者は、今にも死んでしまいそうなひどい怪我を負い、さらに寒さもあってかかなり体が冷えていた。
「おい、バルバロアールを助けるんじゃなかったのかよ。こんなところで寝てねぇでさっさと目を覚ましやがれ」
「ふむ……どこかで見た馬鹿面な気もするでござるが、気のせいでござるな」
 エンリケが口にした女の名前も聞こえなかったふりをするジン。
 そして彼は、おもむろにバルバロの顔に泥を塗りたくって汚した。
「小汚い姿であれば、誰なのか判別もつかぬであろう。おなごのようでござるから、せめてもの情けに衣服ぐらいは整えてやるでござるか」
 と、自身の羽織をバルバロに羽織らせようとしたが、濡れた長い髪が絡まってきて手間取ってしまった。
「無駄に長くて扱いづらい髪でござるなぁ。面倒だから適当に切ってしまうか」
 バッサリと髪を切り落とし、頭から羽織を被せた。
「手当てしてる暇はねぇな。とっとと船に行くぞ」
 半ば引きずるようにして重たいバルバロを船へ運び込もうとしたその時、アルザラ1号は岸から離れて行ってしまった。
「待て!」
 叫ぶエンリケ。
 しかし、アルザラ1号はエンリケ達に気づくことなく、船足を早めていく。
「まずいでござるな……」
 ジンも顔色を悪くした。
「くそっ、バルバロやてめぇと心中したくて降りたんじゃねぇぞ!」
「ひとまず、どこかへ移るでござる。この者、このままでは死んでしまうでござる」
 ここには風を遮る物もない。留まっていてはバルバロは死んでしまうだろう。
 二人でバルバロを担ぎ、ベースキャンプを目指した。
 寒さがたちまち二人の体温を奪っていく。
 厳しい戦いの後の体には、ひどく堪えた。
 幸い途中で魔物に襲われることもなく、しばらくしてベースキャンプに着くことができた。
「――チッ、結界がなくなってる」
 感じ取ったエンリケが表情を厳しくさせた。
 結界はこの地での作戦指揮を執っていた帝国騎士により張られていたが、その効果がなくなっていたのだ。
 つまり、ここも安全ではないということだ。
 歪んだ魔力や魔物から守ってくれるものは何もない。
 さらにベースキャンプ内部は、氷の大地の崩壊に伴い床に大きなひび割れや陥没がある上、物資がめちゃくちゃに散乱していた。
 かろうじて風をしのげるくらいだ。
 何重にも敷いた毛布の上にバルバロを寝かせると、エンリケはジンからもらった回復薬を彼女の口に含ませて無理矢理飲み込ませた。
「濡れたままの服では体が冷える一方でござる。これに着替えさせよう」
 ジンが倒壊した木箱から替えの服を持って来た。
 生き残れた時に騎士団の追捕の手を躱せるかもしれない。
 着替えさせた後は、エンリケが手のひらサイズの小さな炎を作り、冷え切った体を温めていった。
バルバロよ、こいつぁ高くつくぜぇ。目が覚めたら俺が働いた分はきっちり返してもらうからな」
「仲間ではなかったのでござるか?」
「仲間だが、それとこれは別だ」
「先ほど申されていた、バルバロ殿が助けたいという者は……」
「ああ、アールか」
「その者は、ひょっとしてうら若き乙女でござるか?」
「……生意気な女の間違いじゃねぇか?」
「ふむ。敵勢にいたその娘、無残にも一刀両断されたと聞く……」
「そうか」
 それきり、会話は途切れた。
 エンリケはバルバロの回復に集中し、ジンは魔物の襲撃に警戒した。
 しかし、しだいに二人は歪んだ魔力の影響を受け始めた。
 理由のない苛立ち、破壊への憧憬……。
「これはイカン。もしかしたら、敵船がまだどこかに残っているかもしれないでござる。脱出したほうが良かろう」
「……だな。ここまできて殺し合いとか冗談じゃねぇ。こいつもだいぶ温まった。続きはその船の中だ。どこにあるかわかってるのか?」
「大まかには」
 もっとも、その船が使える状態かどうかはわからない。
 とはいえここに居ても希望はなさそうだ。
 二人は船が動くほうに賭けた。
 バルバロは毛布にくるみ、木の板に乗せて運ぶことにする。
 また、移動に負担にならない程度に保存食など必要な物を袋に詰め込んだ。
 そして二人は、寒風吹きすさぶ外の世界へと身を投じたのだった。


☆ ☆ ☆


 重傷を負った体から、血と共に体温も奪われていく。
 寒いのは極寒の地の冷気のせいだけではないことを、リンダ・キューブリックは知っていた。すでに痛みは感じない。
 自分もここまでか、と目を閉じた時、戦死したはずの妹同然に思っていた後輩の声が聞こえた気がした。

 ふと、目を開けた場所が船の上だということを、体験した揺れから認識した。
 起き上がろうとして、全身に走った激痛により断念する。
 あの戦場で死を覚悟したが、退却時に誰かが船まで連れて来てくれたのだろう。
 夢うつつに聞こえた後輩の声は何を言っていたのだろうかと思い出そうとしている時、仕切りのカーテンがそっと開かれた。
 顔を覗かせたのは、Sスヴェル団長代理だった。
 彼は目を覚ましているリンダを見ると、安堵した笑みを見せた。笑ってはいるが、その顔には濃い疲れの色があった。
「気が付いたか。並の人間ならとっくに死んでいるような怪我だった……本土に着くまで安静にしていろ」
「……聞きたいことがある」
「何を聞きたい」
「戦死した仲間の遺体や遺品は……」
 団長代理は一瞬言葉に詰まった。
「仲間の遺体や遺品の回収については、先に伝えた通りだ。魔法であれ魔法剣であれ、死者からは歪んだ魔力は弾き出せない……。もし、彼らを連れて本土に帰還すれば、再び国民に悪影響を及ぼすだろう」
 団長代理は、歪んだ魔力により魔物化した動物の死骸を、研究のために街の近くに運び込んだために、街の人達が悪影響を受けて破壊衝動に駆られてしまった事件のことを話した。
 そして今、燃える島で死ぬ思いをして得た魔石の力を借り、本土は歪んだ魔力から守られている。
「ああ……そうだったな」
 街で起こった惨事のことは、解決に力を貸していたからリンダもよく知っている。
 最初に影響を受けたのは、子供達だった。
「皆を守るために極寒の地で命を賭した者が、それを望むだろうか」
 団長代理はこう言うが、彼も仲間を連れて帰れないのは悔しい。
 もし歪んだ魔力がなかったとしても、永久凍土と言われていた氷の大地が崩壊していく中で、遺体や遺品の回収を行うのは難しかっただろう。
 生きている仲間を助けるので精一杯だったのだ。
「どうか耐えてくれ。――何か欲しい物はあるか?」
「水を」
 団長代理は、自らリンダに水を飲ませた。
「では、もう行くよ。何かあったら、枕元のベルを鳴らしてくれ。誰かが来てくれるはずだ。お大事に」
 団長代理が出て行き静かになったベッドで、リンダは妹分のことを思った。
 クレメンティ家には、自分が報告に行くべきか――。
(必ずや迎えに行くぞ。今は無理でも、しかるべき人物に持ち掛けて……)
 決意したリンダは、それまでに傷を癒すために目を閉じた。

 船長室は沈鬱な空気に包まれていた。
 暴走した魔力を静めるために開発された、一つの意志を打ち出す魔法具をその目的に使用できなかった。
 レイニ・ルワールは現実を受け止められず、茫然としていた。
 感情を閉じ込めたまま、事実だけを思い巡らせていく。
 氷の大地の氷が溶けだすということは、世界全体に災害が起こるということである。
 帝国はもちろん、アトラ島も例外ではない。
 冬になれば、アトラ島にも雪が降る。
 特に山の一族が住処とするところは帝国並みの豪雪地域だし、レイニ達が暮らしている村や、海の側に住む原住民……。
 大雪や水位の上昇などで、島の生活はより厳しいものになるだろう。
 特にレイニ達の村は、先に帝国に特別収容所に保護されていた港町の人達がいる分、食料や物資が逼迫するに違いない。
 どうしてもっと警戒しておかなかったのか――。
 からっぽの心に、ただそれだけが木霊する。
 鬱々とした表情で一言も発しない妻を、タウラス・ルワールは心配そうに見つめていた。
 航海士はレイニしかいないので、無事に本土に帰還するには彼女に頼るしかない。
 休ませたくてもできない状況だ。
 そしてタウラスもまた、重い問題を抱えている。
 離脱間際、タウラスは遺体や遺品の回収のことを思ったが、状況がそれを許さなかった。
 後でそのことを団長代理に話したところ、彼の返答はリンダにされたものと同じだった。
 さらに船員二人が無断で船を降りてしまったようだと聞かされた。
 その内の一人は、タウラスが知る名前だった。
 気づいたのは、海に出てしばらくしてからであったという。
 崩壊が続くところに引き返すことなどできず、またこのことは今のレイニの状態を考えると伝えることもできない。
 船を降りた二人が生き残れることを祈るしかなかった。
「レイニさん」
「……うん、大丈夫よ」
 タウラスの呼びかけに、ぼんやりした表情のままレイニは答える。
 こんなになるほどの作戦を彼女に負わせた帝国に対し、タウラスは義憤を覚えた。
 レイニが引き受けた作戦のことを、その時のタウラスは知らなかった。
 いったいどういった経緯でレイニが頷いたのかも。
「レイニさん、帝国に着いた後のことですが……」
「ええ、やることは山ほどあるわね」
「それはそうなのですが、帝国でのことは俺に預けてあなたは先にアトラ島に帰りませんか?」
「……どういうこと?」
 レイニは顔を向けたが、その目は暗いままだ。
「そのままの意味です。村でしばらく休んだほうがいいでしょう」
 レイニは困ったような顔をした。
「そうね、そうしたいけど……先に村に帰ったとしても、のんびりできる時間はないと思うわ。今回の失敗の後始末は、村でも待ってるから」
 帝国にいてもアトラ島の村に帰っても、レイニには多くの説明が求められるだろう。
「でも、気遣ってくれてありがとう。あなたもたくさんの患者さんの相手をして疲れたでしょう。休める時に休んでて」
 それきり、レイニは口を閉ざして虚ろな表情のまま海図と海だけを見つめ続けた。


☆ ☆ ☆

 

 戦死したリベル・オウスの精神は、ただ一人の人を求めて氷の大地を巡っていた。
 そうしてようやく見つけたベルティルデ・バイエルは、崩れていく大地を寂しげに見つめていた。
「ここにいたのか」
 小さな背にそっと呼びかけるとベルティルデは振り向き、泣きそうな顔になった。
「リベルさん……」
「どうした。もうここに用はねぇだろ。体は無事だから、戻れるんじゃねぇのか」
「体が近くにあれば……どなたかがここに運んで来てくださるなら」
「おい、それは」
「あるいは、もう一度誰かがここに訪れたなら、その方に付いて行って体に戻ることができると思います」
「現状、自力では無理だと」
 ベルティルデは苦笑して頷いた。
「わたくしのことよりも、ここで多くの人が傷付いて亡くなったこと……リベルさんまで命を落としてしまったことが……」
 ベルティルデは悲しそうに俯く。
 リベルは、バツが悪そうに目をそらした。
「それについては、悪かった。いつだったか無茶はしないでほしいって言われてたのに、このザマだ。言い訳のしようがない。それと、謝らなければならないのは、もう一つある――ルイスのことだ」
 ルイスを殺めるに至った理由はいくつもあるが、その命を奪ったという事実はそれ一つだけだ。
「お前の肉親に手を掛けたことは変わらない。謝っておくのが筋ってもんだと思ってな」
「そんな。そのことは、いいんです。最初に拒否したのはわたくしですから」
 初めて会った双子の兄は、ベルティルデとは正反対に世界を憎んでいた。
 どんなに対話を続けても、きっとわかり合うことはできなかっただろう。
 ベルティルデにとっては、ルイスが魔石にされたことよりもそのことのほうが悲しかった。
 沈みかけた空気を払拭しようと、リベルは話題を変えた。
「……そうだ。全部終わった後に、ダンスの成果を見せるっていう約束。ここで果たしていいか?」
 ベルティルデと違ってリベルには戻れる体がない。
 遺体は水の魔術師により氷に閉じ込められてリモス村へ運ばれて行き、村に着いたらすぐに埋葬される。
 ベルティルデといられる時間は、きっともう残りわずかだ。
 別れる前に、交わした約束だけは守りたかった。
 ベルティルデもそのことをわかっているのか、寂しげに微笑んで手を差し出した。
「喜んで」
 二人は寄り添い、ゆったりとしたペースのステップを踏む。
「いつの間にこんなに上手になったのですか?」
 ベルティルデはリベルを褒めた。本当に上達していたからだ。
 リベルは笑みを返すが、詳しくは言わなかった。
 ただ、このダンスに想いだけを込めた。
 薬師をしていると、いろいろな人の死に際に立ち会うことがある。
 その時、秘めていた想いを伝えて死んでいく人がいるが、その言葉が残される人にまるで呪いのようになってしまったのを何度も目にしてきた。
 ベルティルデに、そんなものを残すわけにはいかなかった。
 彼女には、今度こそ自由に生きてほしい。彼女にはその資格があるし、ルース達もそう願っているはずで手助けもしてくれるだろう。
 そして、実り豊かで幸せな人生を送ってほしい。
(その手伝いができないのは残念だが。……まあもし、生まれ変わってまた出会えて、この想いが残っているなら、その時こそは伝えよう)
 静かにそう決めたリベルに、ベルティルデが呟いた。
「もう少し、一緒にいてください」
 ベルティルデもまた、全部終わったらリベルに聞いてほしいことがあった。
 しかし、今それを口にして彼を苦しめてしまうことを恐れて何も言えなかった。
(いつか、またお会いできる日を願っています)
 この先はきっと、明るい未来に違いない。

 崩壊していく大地を一通り見てまわったコルネリア・クレメンティは自分の身体がある場所へと戻ってきていた。
 負の感情だけではなく、個を保った精神の様子をコルネリアは見たのだが、その中に戦ったあの少女、フィーと呼ばれていた少女の精神はなかった。
「もう彼女の魂はずっと前に、肉体から離れていたのでしょうね」
 新たな命として、生んでくれる人を探しているのだろうか。
 悔いや怨念のない自分も、そろそろこの世界を離れて、死者の世界に旅立たなければならない。
 そうしなければ、いずれはフィーやハーフ、魔物を形成していた負のエネルギーの中に、取り込まれてしまうだろう。
 その前に、最後にコルネリアは手当されて、安置された自分の身体を見に来たのだ。
「まったくリンダは……回収にくるつもりのようですが」
 ルイスを倒した後、メンバー達は魔物を振り切ってこの場を離れたのだが、次にアルザラ1号が再びこの地に戻ってくるまでの間、リンダは何度も決戦の地に訪れては、仲間の遺体、遺品の移動に務めていた。
 時には、魔物に遭遇することも、負傷と強い魔力の影響で、思うように体が動かなくなることもあった。
 それでもリンダはコルネリアや仲間の死を悲しみ、いつか遺体や遺品を帝国に持って帰れるようにと、必死に動いていた。
「リンダは時々粗忽ものでうかつですから、♪隣のお墓の前で泣かないでください♪そこにわたくしはおりません♪ねむってなんかいません的なジョータイが思い浮かんでしまいますわ」
 アルザラ1号に乗って帝国に戻ったであろう戦友の――姉のような人を想う。
「……頼みますわね」
 そして、コルネリアは空へと還っていった。

「ねぇねぇ、『みんな』はぼくと一緒に来る気はあるかな?」
 トゥーニャ・ルムナは憎しみ、悲しみ、怒りのエネルギーたちに話しかけていた。
「復讐とか、そういうのは無しでね?」
 確かに『みんな』は辛い思いをしたかもしれない、悲しい思いをしたかもしれない、何で自分が……自分たちだけがこんな事にならなくちゃいけなかったのかって思ってるのかもしれない。
「でも考えてみて?」
 『みんな』のおかげで世界は生き続けている。
 『みんな』の犠牲があったから、命を大事にし生き続けようと未来に向けて努力を続けている。
「『みんな』はもう、今を生きている人達と一緒に『生きてる』んだよ。
 自分たちを悲しむ事はない、嘆く事もない、後悔もしなくて良い、『(精神世界の)みんな』は『(現実世界の)みんな』を救ったんだ、子孫を、世界を助けることが出来たんだから胸を張って誇ろうよ、自分たちは被害者じゃない、世界を救った英雄だってね」
 トゥーニャに浴びせられる感情は、魔力を歪ませる負の感情。その感情が呼びかけで変わることはなかった。
 だけれど……。
「『みんな』、ぼくと一緒に生きていこう?」
 彼女は、この場に残る人々の心の一部、悲しみや憎しみの感情たちに、そう提案した。
 自分と一緒になろう、と……。

「リーザ……! 手前がアールを……!」
 バルバロアールの身体の中にあったと思われる精神、リーザと呼ばれていた女性の精神を見つけだし、詰め寄った。
 その精神は何の感情も表さず、ただその場にあった。
「……なんでぇ、腑抜けた面しやがって。チッ……殴る気も起きねぇ。おい、この世に絶望すんのはお前の勝手だがよ、お前の中にはアールもいるんだろうが。なら、この世のことはアールに任せて、今度はお前がアールの中で眠りにつけ。目も閉じ耳も閉じ口も閉じ、外の世界の何もかもから心を閉ざし、アールの奥に引っ込んで眠ってりゃいい」
 その精神の状態から、彼女は世界に絶望しているのだろうとバルバロは感じ、感情のままにまくしたてる。
「もう、どうでもいいんだろ? アールの奥底で眠りにつくことだってどうってことねぇだろう。消えるのと大差はねぇよ」
「……私は、私。ひとつになった」
 その精神から発せられた言葉が、バルバロに届いた。
「リーザ! くっ……お前のことは憎い。でも、お前ら一族がどういう目に遭ってきたのかも見た。お前は傷つきすぎた。眠って、休め」
「変わってしまった私を受け入れられないのね、バルバロ。あなたが好きだったあの頃の私を演じてほしい?」
 懐かしい声に名前を呼ばれた感覚を受けた。見れば、その精神はバルバロの知るアールの姿になっていた。
「絶望したのは私。あなたがアールと呼んでいた、リッシュ・アルザラよ。私は最後の最後まで待ったわ。私に希望を示したルイスを失っても」
 ルイスが討たれ、魔石化してからアルザラ1号がこの地に戻ってくるまでの、何十日もの間。
 彼女は魔導兵器の発動を待たせた。
「あなたたちと母が出した答えは私を殺すこと、殺害を許すことだった。それが確実となったとき、私は兵器の発動を許した」
 アルザラ1号が到着をする前に兵器発動をすれば、阻まれることはなかった。
 この地は近づけない場所となり、彼女とこの地に残る火の魔力が、世界を再び海に沈めてくれただろう。
「私はそんなこと思ってねぇ! 母ちゃんだって。だからお前は母ちゃんのところに帰れ!」
「それなら何故、殺される前に来なかったの? 私は、会いたかった。お母さんにも……あなたにも」
アール……!」
「あなたと違い、私はもう死んでしまっている。母のところに戻ることはできない。それに母は私を捨てて帰っていった」
「捨てたんじゃねえ……。転生して、母ちゃんの中に戻るとか……っ」
「父は洪水より前に死んでいるわ。私の身体を作りだせるものはいない。直ぐに私を忘れ、他の男の子を宿す女だとしたら、そんな人の子として生まれたいと思う?」
 リーザと一体化したアールの心は、最後の最後のギリギリのところで踏みとどまり、待っていたのだとバルバロは理解していった。
 アルザラ1号が兵器発動前に、氷の大地に戻ってくることができたこと。
 行く手を阻んでいた氷の壁がなくなり、基地への突入が簡単に行えたこと。
 ストラテジー・スヴェル団員が踏み込める、滅ぼせる条件を整えたのは――。
アール、か」
 バルバロの言葉が詰まる。
「私はもう一つの心と融合した時、自分の無力さに、絶望に打ちひしがれていた」
 それは、バルバロが最後に生きたアールを見た時のことだ。
「避難船での航海の時もそう。私は無力だった。私の声は誰にも届かない」
 感情の感じられない思いが、無機質にバルバロに届いていた。
「私は皆を助けたかった。あなたを助けたかった。そしてあなたは、こんな姿で私の前に現れて、私を更に追い詰める」
「……っ」
「私は、私なんて、いらない。私の気持ちなんてどうでもいい人たちのために、何故生きてあげなければならない」
「もういい、もういい……から、休め」
 バルバロアールに見えるその精神を覆って、抱きしめた。
「ねえバルバロ、私が生きることが、あなたの勝手な望みではなく、私にとって幸せだというのならそれを証明してみる?」
「証明?」
「家族を全て失い、絶望に打ちひしがれ、やっと出会った私という依存対象。それさえも失ったあなたが、この世界で幸せになって証明してみせてよ」
「もしそれを、証明できたら。またお前は人として、この世界に戻ってくる――生まれてくるということか」
「私にはそんな気全くないんだけれど――」
 溶けるように、アールの精神の存在がその場から薄れていく。
「私と一緒になった彼の心が思っているの。もう一度、人を見てみようと」
 バルバロの精神も、薄れていった。
 どこかから、自分を呼ぶ声が聞こえる……。
 薄れゆく意識の中、大切だった彼女の声が響いた。
『だから、バルバロ。あなたの人生で決めていいわ。絶望を見せて、私に止めを刺すのか――』


第2章 全ての魔力を統べる王へと

 雨や雪の日が増え、水位がじりじりと上昇していく。
 氷の大地で大洪水を起こした魔導兵器が発動されてしまったことによる影響だ。
 遠く離れた帝国でこの状況となれば、アトラ・ハシス島も同じような状態か、更に悪いわけで……。
「レイニ、まだかしら。なんとか皆頑張って……」
 海を見ながら、シャナは島に帰れる日を待っていた。
 それからまた数日が過ぎ、変わらず水位は少しずつ上昇していき、アトラ島からは海辺住む部族の家が流された、山の一族の住処がかつてない程の大雪で、住むところを失った者がいる。そんな知らせがシャナに届いていった。


☆ ☆ ☆

 

 皇帝のランガス・ドムドールを全ての魔力を統べる王とする儀式の準備が整った。
 同席する者達が魔力塔に集い、儀式の間への出発を待っている。
「あのさ、エルザナちゃん、確認なんだけど」
 錚々たるメンバーが集う部屋の隅で、ロスティン・マイカンは緊張した面持ちのエルザナ・システィックに真顔を向けた。
「セラミス様」
「はい」
「エルザナちゃんの中にいたんだよね?」
「はい」
 今更なぜ当然のことを聞くのだろうとエルザナは不思議そうな顔になる。
「ずっと意識あったのかな?」
「どうでしょう?」
「もしあったら、俺魔力塔の最上階からダイブするぐらい恥ずかしいのだけど……」
「……ずっとではないにしても、私の目を通して、見ておられたかもしれませんね」
「うわー、時よ巻き戻ってくれー!?」
 突如頭を抱えて、もだえるロスティン。
 そんな彼の様子に、エルザナの顔から緊張が消え、淡い笑みが浮かぶ。
「ううっ、しかし過去には戻れない。まずは儀式だ。儀式に集中しないとな」
「ふふ、エルザナさん、マイカン卿、私も同行させていただきますの。よろしくお願いしますね」
 2人に近づいてきたのは、マーガレット・ヘイルシャム
 2人の友人で、ランガスの娘であるビル・サマランチに慕われている女性だ。
 マーガレットは同行できないビルに、父の様子を見てきて教えてほしいと頼まれていた。
 彼女自身の同行目的は、その歴史的な瞬間を見て、記録をし、後世に残すことにあった。
 後でロスティンに聞けばいいのかもしれないが、彼はエルザナの安全重視の偏った視点で儀式を見るだろうし、エルザナに関しては、セラミスに身体を貸している間は、儀式を見ることができないはずだ。
「もちろん邪魔とか絶対にしません、隅の方で大人しく控えています」
「あの……都合の悪いこと、書かないでよね?」
「ええ、出来る限り真実をありのまま残したいとは思っていますが、どこまで私の回顧録に書いていいのかは、きちんと確認をとらせていただきますし、書いたものもお見せいたします」
 マーガレットの言葉にエルザナは「わかったわ」と頷いて、3人は儀式の間に向かう者達の後について、魔力塔から地下道へと下りていった。

 そしてランガスと同席者が儀式の間へと到着を果たし、儀式が開始された頃――。
 アルザラ1号が帝国領に戻ってきた。 
「遅過ぎよ、馬鹿」
 宮殿の前で、アーリー・オサードウィリアムを待っていた。
 仏頂面だけれど、その表情から自分のことを酷く心配していたのだろうということが、伺えた。
「ただいま。悪かったな」
「……力を有する者達が、儀式の間に向かって手薄になっているわ。すぐ動ける?」
「ん。その前に、こっちの状況知りたいし、あっちの報告もしないとな。中で話そうか」
 2人は、アーリーに割り当てられた部屋に向かい、状況の報告をし合った。
「結局な、大切な人にしか本当に生かす事は出来ないのかもしれん」
 ウィリアムは氷の大地でのことを、一通り報告して、これまでの事をも思い浮かべていく。
「関わりのあった火の一族は、大体のところ、大切といわれてる者にも、生きる事を望まれなかったように思えてな」
 だから、俺は――。
(最後の生き残りの、アーリーと奴らの分まで生きよう。そして、あの世に土産話を持って行きたいな)
 そんな結論にたどり着いていた。
「で、あの場の火の魔力を鎮めることができず、状況も変わってるんで、魔石奪取の件は、それを加味して考えなきゃならんかな」
 声を潜めていう。
 ウィリアムはアーリーに、ここを出ようと持ちかけており、アーリーは魔石やサーナ・シフレアンを持っていく、拉致していくという意思を彼に見せていた。
「あの皇帝もかなりのお人よしだしな……手元に魔石がないと、水をどうにか出来ないっていうんなら、残しておくのも手じゃないか? 専門家じゃないから俺には詳しくは知らんが」
「ここの皇帝の属性は『地』だから、魔石があってもなくても、倍増できるのは主に『地』の魔法だと思うの。火の吹き溜まりに集まっていた魔力はあの男と共に、魔石化してここにあるから、今氷の大地にある火の魔力はそこまで多くはないし、水の吹き溜まりの魔力の多くも魔石化した状態。となると、この遠く離れた地で予想されるのは大雨、大雪、増水といった災害。魔石がなくても、魔力を統べる王サマの力でここの人々くらい護るのは容易いんじゃないかしら」
 結局、水を早い段階で氷の大地に戻すには、水属性の王が水を引かせる意思を持たなければ成しえないということ。
「それと、今魔石は、魔力塔でこの地を歪んだ魔力から護るために使われているのだけれど、元々魔力塔には、魔力が蓄積されている。王が誕生するまでの間、魔石がなくなっても、動力をそちらに変えておけば、すぐにここが危機に陥ることなんてないわね」
「まぁそうだな。アーリーはこの国の奴らのことはともかく、シャンティアの安全については、考えているだろうからな。彼女には話したのか。出ていくこと」
「話すつもりはないわ」
「アーリーにとっては、彼女も大切な人だろ。あと、サーナの件だが、拉致ではなく本人にどう生きたいかを聞いてみておいた方が俺は良いと思う」
「意思なんて聞く必要ないわよ」
「彼女は、お前が命を賭けるに値した友達だって事は認めた方がいい」
 ウィリアムの言葉に、アーリーの眉がピクリと動いた。
「彼女にも一緒に生きるべき大切な人もいるし。素直に話してきて、一緒に行かないか聞くでいいとは思う」
「……意思なんか、聞いたら……」
 苦しげに、アーリーの口から、本音が出ていく。
「ここに残って、マテオの人達を護るっていうに決まってる。一族の生き残りとして、犠牲になる道を選ぶわよ。ここにいても幸せな未来なんてない。だから、強引にでも、引きづり出してあげないと……」
「アーリー。言っただろ、他人の幸せを、お前が決めるな」
 ハッとした表情で、アーリーは押し黙った。
「俺は地位も名誉もいらん、お前だけは失いたくない、全部は出来ない、やるなら、一つだけ山との取引材料の魔石だけだろう」
「……」
「俺らの目的は何か、普通に生きる幸せが欲しいでいいんじゃないか?」
 しばらくして、アーリーは小さな声で「わかった」と言い、シャンティアと、サーナのもとに、向かっていった。

「用意できています」
 部屋に訪れたアーリーに、シャンティア・グティスマーレはこっそりと持ち出しておいた試薬を見せた。
「凄い量ね……誰かに気付かれなかった?」
「捨てるふりをしたりして、毎日少しずつ、持ってきたので大丈夫です」
 鞄の中の瓶を指差して、シャンティアは説明をしていく。
「試薬品なので濃さが違うのとかあります。リボンで区別できるようにしておきました。ちなみに銀色のリボンのは正規品になるのと同等な感じで金色のリボンのが一番濃厚です。試薬品だから色々あっても仕方ないですよね」
 シャンティアが作りだした試薬――それは、服用した者の魔力を中和する薬。
 強い薬ならば、一時的に魔力を失うはずだ。
「香水の瓶に入ったこちらは、アーリー用の特製品です」
 他の試薬とは少し違う効果を持たせた薬だ。どんな効果があるのかは、シャンティアは使ってみてのお楽しみと、話さなかった。
「ありがとう……。何に使うのかは聞かないの?」
「どちらでもいいです。少し悩みましたけれど……したいと思ったことをきっちりやりきれないのは気持ち悪いですよね」
 アーリーがしたい事はしたいようにさせてあげても良いんじゃないか。それがシャンティアが出した結論だった。
「アーリーは他人の迷惑を考えずに行動する人ですものね。被害者だからわかります!」
 物事や世界がどうなるかよりも、アーリーがしたい事を優先してあげたい。そんな気持ちから語られた言葉に、アーリーは弱い笑みを見せた。
「……あのね」
「はい」
「私、ここを出るわ」
「……街に買い物に行くのですか?」
 そういう意味ではないとわかっていたけれど、シャンティアはそんな風に尋ねた。
「遠くに行くわ。海を越えて、帝国領でも、マテオ・テーペでもない場所。ウィルと一緒に」
 一緒に来ないかとアーリーはシャンティアに言わなかったし、それはできないということも、シャンティアには解っていた。
「人間最終的に求める幸せは人それぞれですから仕方ないです、大切な人でも一緒に行けない事が良く有るのは少しぐらいは学びました」
「それで……」
「なんですか?」
「……さよなら」
「永遠のお別れではないですよね?」
 じーっとシャンティアはアーリーを見つめる。
 落ち着いたら、連絡よこせとでも言いたげな眼だ。
「それが出来る状態になったら、手紙、書くわ」
 それからしばらく、2人はそのまま沈黙していた。
 部屋の前を誰かが通っていった。足音が消えたタイミングで、アーリーは鞄を抱えた。
「それじゃ……また、ね。たまには外にでて、身体、大切に」
「はい」
 声を詰まらせながら、シャンティアはアーリーを見送った。
 じわりと涙が浮かんだ。

 アーリーは、ビル・サマランチたちと宮殿の魔力塔から、継承者の一族の力で人々を護る作業のサポートをしていた。
 儀式が開始されたその日は、護衛の騎士さえも、アーリーについていない状態だった。
 アーリーは魔力塔で働く人たちに提供される茶菓子や飲み水に、シャンティアからもらった薬を混ぜた。それから、魔法具に近づいて、皆が目を離した僅かな隙に、魔法具の動力を切り替え、魔石を取出した……。

 すべてを終えた後、アーリーはウィリアムのところに戻ってきた。
「サーナはなんだって?」
「……行かないって」
「そうか」
 ため息をついてアーリーは言う。
「彼女ね、書物を色々持ってきているそうよ。元神殿長が残したものから、あの男……レイザ・インダーが残したものまで。……あとのことは全て任せてと言われたわ……」
「ははは、いい友達をもったな」
「うるさい」
 仏頂面なアーリーに微笑みかけて、ウィリアムは彼女を木箱へといざなう。
「かなり窮屈だけど、少しの間だ。我慢してくれよな」
「うん」
 アーリーは木箱の中に入り、彼女の上に防寒具を乗せてカモフラージュし、蓋をした。
 そして、木箱を背負って宮殿を後にする。


☆ ☆ ☆

 

 アトラ・ハシス島の原住民たちとシャナ・ア・クーは、ブレイブ号で航海士のレイニを待っていた。
 レイニの状態については、先ほど作戦に参加したメンバーから聞いていた。
 急かすことはできない。だけれど、アトラ・ハシス島はここより氷の大地に近い。
 住居の作りも頑丈ではなく……水や雪による被害が心配だった。
「シャナさん。色々と本当にありがとうございました。シャナさんたちの島も、心配ですね」
 荷物の積み込みを手伝っていたマルティア・ランツは、お別れの前にお願いがと、切りだす。
「もしまた、ルイスに想いを送る機会がありましたら……伝えて欲しいんです」
「うーん……何かな?」
 機会はないとは思うけどと思いながら、シャナは耳を傾けた。
「『待っているからね』と」
 誰の命も諦めたくない。
 諦めが悪くてごめんね。
 人は生まれ変わるというけれど、
 でも悲しいままで、寂しいままで、逝ってほしくない。
 私の心の灯の1つだから。
 そんなルイスへの思いを、マルティアはシャナに話した。
「人を愛することを諦めないで欲しいんです。世界を愛することを諦めないでほしい……」
 そして、マルティアはSスヴェル本部で聞いた、古書に書かれていた歴史を思い浮かべる。
(人と精霊を再び分けられるのなら、それも、1つの形だと思う。
 ただ、その世界には、衝突はないけれど、関わりもないのは寂しい)
 衝突があったとしても、共存している方が、思いやりが生まれて、心が豊かになれると思う。
 それは、人間の我が儘だろうか。
 精霊も、それを望むのだろうか。
(希望も込められているけれど)
 ルイスの精神はまだこの世界にあるだろうか。
 もっと、話がしたかった。
 待っているから。
 もっと話をしようね。
 マルティアは海のかなたに目を向けて、想う――。

 しばらくして、レイニが最低限の船員と、ブレイブ号に乗り込んだ。
 そして本土の海岸に寄って、数名の人員と物資を乗せたあと、ブレイブ号はアトラ・ハシス島へと向かっていった。

「シャナ、ちょっといいか」
 ヴィーダ・ナ・パリドセゥと共に、近づいてきた。
「出航前にジスレーヌたちにいろいろ話を聞いたんだけどさ」
 ヴィーダはジスレーヌたちに別れを告げに行った際に、魔石とは何なのか、祭具とはなんだったのか、島にあった経緯などを聞いていた。
「どんな経緯で祭具が島にあったのか、どんなものなのか知ったら、寧ろ無くなって良かったとすら思うんだけど、島の奴らとシャナにとったら、そういう訳にはいかねぇよな」
「その経緯が本当だとは限らないでしょう? 一族の記録には残ってないんだし」
「まあでも、1つ以外は、元は他の一族の男の継承者だったってわけだろ?」
 複雑そうな表情でシャナは頷いた。
「説明して分かって貰うしかないが、島外で起こった事を島民が全部知ってる訳じゃないから、詳しい話は帰ってから話し合いを持とう」
 シャナは大きくため息をつく。
「どうしたら納得してもらえるのか、全くわからないけど……。十数年後には、多分またア・クシャスは限界を迎えて、同じことが起きるわ」
「だとしても、俺は、シャナもセゥも失うつもりはないし、もしシャナやセゥが自分が犠牲になればいいなんて考えてたら、ぶん殴ってでも止める」
「私をぶん殴っても、ア・クシャスは鎮まらないわよ」
「んーまあそうだな、そうなる前にどうするか相談しておかねぇとな。俺たちだけじゃどうすることもできねぇのも事実だが」
 3人は苦笑し合った。
「たださ……今回の儀式に関わって、もうこの世界から魔力自体無くなったらいいんじゃないかと思ったのも事実だ。俺もセゥも魔力を失ったけど、そこまで不便は感じないんだよな。
 すぐには無理でも、外の国との交流も必要になってくるだろうし、色んな事が変わっていくだろう。島民への説明と説得は俺も一緒にするから、気長に続けていこう」
「ん……それなんだけどさ、実はちょっと状況が変わって」
「何だ?」
「あの女性」
 シャナが指差す先に、男女の姿があった。男性の方は、Sスヴェルの作戦で見たことがある。マテオ民――ウィリアムだ。
「火の継承者の一族の唯一の生き残りなんだって。で、魔石を持ってる」
「……え!?」
「宮殿に閉じ込められていたらしいのよ。私みたいに」
「けど帝国にあった魔石って、帝国の本土を護るために使われてたんじゃ?」
「うん、でももう、皇帝が全ての魔力を統べる王になるから、なくても大丈夫なんだって」
 それで、唯一の生き残りで、火の継承者の身体を結晶化した魔石の、正当な持ち主である女性――アーリーは、自分を匿ってくれる代わりに、魔石をアトラ・ハシス島のために使うと約束をしてくれた。
「彼女たち、もともと港町の――レイニたちの町出身なんだって」
「なんかそれって、2000年前に、風の一族が魔石を盗んだって話と似てないか?」
「違うわよ。ヴィーダはセゥが魔石化されて、帝国で帝国の人達を護るために利用されていたらどう思う?」
「それは……違うよな」
 ヴィーダがセゥを見ると、セゥは強く頷いた。
「もし、そうなるのなら……俺の身体は、ヴィーダに。力は一族と、島のために」
「だよね。私もそう思う。私が石になっちゃうのならさ、ヴィーダやセゥに使ってもらいたい」
「2人がそんな風になるの、俺がゆるさねぇけどな……」
 甲板で、親しげに話をしている2人、ウィリアムとアーリーの姿に、ヴィーダは目を細める。
 ふと思い浮かぶのは、シャナを連れ出した日のこと。
 それから、色々あったけれど、彼女の手をとったことは間違いではなかった。
「……ルイスには伝えられなかったが『どんな力があっても、何の力も無くても、受け入れてくれる人や場所は必ずある』」
 そんなヴィーダの言葉に、シャナとセゥは穏やかな顔で頷いた。
「で……」
 ヴィーダがセゥを見ながら自分の腹に指を向け、言う。
セゥ、こいつの名前考えておけよ」
 口調が素っ気ないのは、照れているのを隠す為だった。
「……ヴィーダ……」
「え、えっ!? まさか、まさか……!? 子ども? 赤ちゃん!?」
 驚くセゥとシャナに、ヴィーダはほんのり赤くなってしまいながら頷く。
「おめでとう~。やだー、どうしよう、嬉しい、嬉しいけど、ちょっと悔しいー」
「あ……ええと、うん。わかった」
 シャナは喜び、羨ましそうで、セゥはまだ実感がわかないようだった。
 部屋に入ってから、2人だけの時に。抱きしめあって、喜びを露にするのだろう。


第3章 未来を歩くために

 アルザラ1号より先、ブレイブ号で帝国本土に戻っていたフィラ・タイラーはSスヴェル本部に通い、資料を一通り熟読して、概ねの状況を把握していた。
(魔導兵器のエネルギー源になっていた女性は――その体は、アールのもの)
 一方的ではあったけれど、フィラはアールに友情を感じていた。
 だから、取り戻したかった。普通に、年頃の女性同士、話をしたり、遊んだり。
 そんな友人としての時間を、彼女と過ごしてみたかった。
「フィーには、この手で、きっちり落とし前をつけてもらった」
 だけど、その後フィラはブレイブ号に乗ってマテオ民救出に向かい、帝国に戻ってきたため、アールの救出――リーザと対峙することはなかった。
「リーザ……わたしは、アールを巻き込んだ、あなたを許さない」
 拳を強く握りしめ、空の彼方を睨みつける。
アールと融合したあなたは、奪われたアールの人生を共にやり直しなさい!」
 遠く離れたこの地から、強く強く思い、願う。
 生まれてこいと。
 それから彼女は、自分周りの災害対策に勤しみ、平民の日常へと戻っていこうとする。

 宮殿の一室へ、コタロウ・サンフィールドは警備の帝国騎士に会釈してから一歩入った。
 やわらかい陽射しに照らされた良い部屋だ。
 ここに、精神のないベルティルデの体がある。
 ベッドに横たえられた彼女の枕元に寄り、コタロウは顔色が悪くないことを確認した。
「ルース姫様……って普通に話そうか。久しぶりだね、ベルティルデちゃん」
 呼びかけても返事はないが、コタロウは微笑むと持って来た袋を掲げた。
「これ、リモス村にいるみんなからのお見舞いだよ。箱船2号に乗って来た人達も元気だから、安心してね」
 話ながらコタロウはお見舞い品やメッセージカードを、サイドテーブルに丁寧に並べていく。
 そこにはすでに一輪挿しが置いてあった。庭に咲いていたのだろうか、冬の花が飾り気のない部屋に彩りを添えていた。
 実はベルティルデに会うためには、いくつかの手続きを経ている。
 面会許可が下りた要因は、コタロウが箱船の技師長であることやこれまでの帝国での功績なども関係しているが、他にもインガリーサの口添えなどがあった。
 持って来た見舞い品も検閲された。
 今も部屋の隅に監視の帝国騎士が立っている。
「あの儀式の時、ベルティルデちゃんはもう一度自分の肉体に戻れる可能性を考えて、精神を捧げてくれたんだと思う」
 彼女が未来も生きていきたいと願っていたことは、コタロウがよく知っている。
 心をごまかして希望を持ったふりができるほど、ベルティルデは器用ではない。
 未来を望むことが間違いなく無理だとわかっていれば、きっと顔に表れていただろう。
「だから、ベルティルデちゃんが自力で戻って来てくれることを願って、みんなからの感謝と応援を届けに来たんだ。少しでも力になれたら嬉しいな」
 コタロウは並べた品を一つずつ手に取り、誰からの物か説明していった。また、カードは読んで聞かせていった。
 見舞い品の中にはコタロウからの物はもちろん、ジスレーヌやインガリーサからの物もある。
 コタロウは、ベルティルデを目覚めさせる方法を模索し続けているが、今のところこれといった案を聞くことはなかった。
 ベルティルデには幸せな人生を掴んでほしい、再びマテオ・テーペの人達と交流できるようになってほしい――コタロウは、そう願っている。
「どうしたら……」
 呟いた時、触れてもいない一輪挿しが倒れた。
 すぐに起こして、脇にあった布巾でこぼれた水を拭き取る。
 コタロウは、探るようにじっとベルティルデの顔を見つめた。
「ベルティルデちゃん……?」
 相変わらず、何の変化もない。
 コタロウは時間が許すまで、ベルティルデの傍にいた。


☆ ☆ ☆

 

 儀式の前に向う者たちは、長い長い梯子を下りて簡素な造りの地下道にたどり着いた。
 地下道へまでの道は、近年皇族、魔術師たちで設けられたものだが、地下道は太古に作られたもので、地の魔力の吹き溜まり、継承者の女性がその身を捧げていた場に続いているそうだ。
 全ての魔力を統べる王となる儀式については、記録は一切残っておらず、儀式の進め方を知るものは存在しない。
 そのため、女性の継承者が身体をささげていた儀式と同じ手順で、進められることになっていた。
 数時間歩いて到達した地下の広間にて、魔術師たちにより、エルザナの精神は魔法具に移され、代わりにセラミスの精神がエルザナの中に入った。
「陛下はこの先の儀式の間にて、神に祈りをささげながら、魔力の吸収を行う。お体の負担や、周囲への影響も考え、数日かけて行われる予定だ」
 その儀式の間は非常に強い魔力が渦巻いているため、魔法防具を纏っていてもマーガレットには同席が難しいとのことだった。魔力が治まるまで、マーガレットはこの場で待機し、女性皇族、貴族の世話や、記録を担当することになった。
 セラミスの精神とランガスの融合は、儀式が少し進んでから行われる。
 ロスティンは護衛、及びセラミスの精神が入ったエルザナの付き添いとして、断固同行を願い、事前のエルザナの口添えもあり、認められていた。
 広間にはテントや食料が多く運び込まれている。
(こんなに暗くて、環境の悪い場所に何日も籠って、儀式をされるのですね……)
 マーガレットは複雑な気持ちで、儀式の間に続く道を見ていた。
 だけれど、環境の悪い場で長く苦しい時を生きてきたのは、火と水の男性継承者も一緒なのだとも思う。

 時が流れて、セラミスが儀式の間へと呼ばれた。
 そして融合を行うチェリア・ハルベルトも。彼女には、高齢の女性皇族と、魔術、武術に優れた騎士達が付き添っている。
 魔法具で張られた結界の先には、凄まじい魔力が渦巻いていた。
 何度か体験した感覚に耐えながら、ロスティンはついていく。
 ランガスは、祭壇の前で地に膝をつき、祈りをささげていた。周囲の魔力が、彼の身体の中に入っていっていることがロスティンには感じ取れた。
「ランガス、準備はいい?」
 声をかけたのは、セラミスだった。
 祈りを止めて、ランガスが振り向く。
 そこにいたのは、確かに1人の男性だったけれど、何か異質な、不思議な感覚を受ける存在となっていた。
「ああ、いつでもいいよ」
 彼は穏やかに微笑んでいた。
 魔術師たちが位置につき、セラミスの精神をランガスの身体の中に移す術を始める。
 ロスティンはその術には術師として加わらなかった。自分には、すべきことがあるから……。
 セラミス――エルザナの身体から力が抜ける。
 ロスティンはすぐに抱き留めて、その場に座った。
「チェリア」
「はい」
 ランガスに名前を呼ばれたチェリアが護衛の騎士と共にランガスに近づいて、セラミスの精神とランガスの身体を融合させた――。
 そしてまた、ランガスは祭壇に向かい、祈り始める。

 エルザナの身体からセラミスの精神が抜けたあと、ロスティンは担架で運ばれるエルザナと共に、広間に戻ってきた。
 チェリアも念のためにと歪んだ魔力をはじき出され、意識を失っていた。
 体格の良い騎士が、チェリアを背負って地上に運ぶことになった。ロスティンは自分もエルザナを背負って運ぶと言い、それを成し遂げる。
 それからまた時間が流れて。
「儀式が終わります」
 マーガレットや同行を希望した者達が儀式の間へと呼ばれた。
 渦巻いていた魔力はランガスの身体に吸収され、その場は静かだった。
 だが、祭壇の前に見える彼自身が、光と共に強い魔力を放出しており、近づくことは出来なかった。
 皆が見守る中、ランガスとセラミスは一度振り向いて、微笑んで……。
 光の中に、溶けるように消えていった。

 精神を肉体に戻す術を受けたエルザナは、宮殿の自室で目を覚ました。
「エルザナちゃん、おはよう!」
 最初に目に入ったのは、手を握ってくれているロスティンの姿だった。
「……おはようございます、ロスティンさん。私、エルザナです。エルザナですよ」
「うん。お帰り」
 2人の目に涙が浮かび、続いて安堵と喜びの笑みが生まれていく。


☆ ☆ ☆

 

 氷の大地から戻ったアレクセイ・アイヒマンは、すぐに宮殿を訪れ、魔力塔へと走って向かっていた。
 意識を取り戻したチェリアが、護衛の騎士と共に魔力塔より出てきた。
「チェリア様、ご無事ですか!?」
 髪を振り乱し走ってくるアレクセイを、驚きの表情でチェリアは迎えた。
 大丈夫とチェリアが答えると、アレクセイは安堵の笑みを浮かべた。
「ご無事で良かった……お疲れ様でした」
 アレクセイはチェリアの両手をぎゅっと握り、温もりを確認する。
「それは私の台詞だ。アレクセイ、あなたが無事で本当によかった。お疲れ様でした」
「あ、ああそうだった!」
 アレクセイは表情を引き締めると、チェリアを前に、跪いた。
「チェリア様。アレクセイ・アイヒマン、氷の大地での作戦を終え戻って参りました」
「ご苦労だった。しっかりと休養をとるように。……でいいかな?」
 凛々しい彼女の声、その後に続いた穏やかな確認の声に、アレクセイは微笑みながら顔を上げて、チェリアを見た。
 チェリアは淡い笑みを自分に向けていた。
 ああそうだ、自分は彼女の笑みが見たくて……。
 胸が熱くなった。
 継承者の一族の力を得て、よかった。
(一人では到底辿り着けなかったけれど……力を尽くし、こうしてチェリア様の前に居られる。それだけでいい)
「それじゃ、また後で。互いに体を休めて、それからまた」
 そう言葉を残して、チェリアは護衛の騎士に連れられて、宮殿へと――地下牢のような部屋へと戻っていった。
 また後で、というのは、部屋に来てくれという意味だとアレクセイに伝わった。
「それだけでいい。……そう思っていたのに」
 見送った後、アレクセイは空を見上げていた。
 厚い雲に覆われていて、雪が降りだしそうだった。
 アレクセイの帰還を喜び、微笑みを見せてくれたチェリアだけれど。
 彼女の顔は、この雲の先に在る太陽のような、淡い笑みだった。
 まだ、歪んだ魔力と彼女の闘いは終わっていない。
 自分はどれだけ、自分を保ちながら彼女の側にいられるだろうか。
 笑顔を護り続けられるだろうか――。
(少しでも長く、チェリア様と一緒にいたい)
 力を得たことに後悔はない。後悔していないはずなのに、これから自分の身体がどうなってしまうのか、今更ながら怖いとアレクセイは感じてしまっていた。
「矛盾しているし、身勝手だ」
 もし、神が天にいるというのなら、怒り、呆れているだろう。
「けれど、俺は……チェリア様をもう悲しませたくないんだ」
 言葉に出した後、すぐに首を横に振る。
「……いや、チェリア様が悲しむと決めつけるのはおこがましいけど」
 だから、我が儘だと、愚かだと、呆れられて、蔑まれてもいい。
「もしも願いが叶うならば……この力を全て捨てていいから、普通の人として、末永くチェリア様の傍に居たい」
 ちらちらと、雪が舞い落ち始めていた。
「そして出来れば俺の手で、チェリア様を笑顔に、幸せにしたい」
 沢山慢して抱え込んで強がってきた彼女だから。
 俺が思い切り甘やかせてあげたい――。
 空を見上げたまま、強く強く願っていた。

 帝国貴族であり、神と精霊の物語を幼いころから聞かされて育ったマシュー・ラムズギルは、皇帝が世界の魔力を統べる王となった後、人間は本来の姿――魔力を持たない生物となるのではないかと考えた。
「私はむしろ今こそ人間は魔力の研究に注力すべきだと考えています」
 そして、彼は宮殿の魔力塔の研究開発室により顔を出すようになっていた。
「人が魔力を持たない生物になったとしても、魔力自体が世界から消えてなくなるわけではなく、依然として自然界には残ることになります。そして、魔力は豪雪や干ばつといった自然災害と同様に、人間を脅威にさらす存在となる可能性があります」
 だから彼は、魔力と共存するための研究は、これまで以上に人間にとって重要なものになると考えていた。
 これまでとは方向性の違う研究だが、早急に取りかからなければならないと、説いていく。
 そして自分も研究員として加わりたいと。
 マシューはこれまで、スラム街で私塾を開き、貧困層に生きる子どもたちを中心に、学習の場を設けていた。それは以後、公共事業として行われることになったため、ひと段落したと考え、今後は魔力と共存するための研究に一生をささげる決意を持っていた。
「陛下が魔力を統べる王となられた後、どのようなことが起きるのかは知る由もありませんが、この研究開発室は、閉鎖され解散になると思います」
 研究員の一人、リッカ・シリンダーがマシューにそう答えた。
 ここにはそれぞれ別の研究施設や、開発に携わる者が集まり、機密性の高い研究を行っていたのだ。
「そのような時代が来ても、私は魔力エネルギーを有効活用する研究、開発を続けていきます」
「では、リッカさんも魔力を失ったとしても、魔力に関する研究を続けられるということですね?」
「分野は違うかもしれませんけれどね。先生のお考えとは相反する研究かもしれません。対立することもあるでしょう。それでも良ければ、私が所属する研究室に紹介いたします」
「構いません。いずれ私は自分の研究室を持つと思われます。その時、リッカさんが私の考えに賛同し、魔力の研究を続けてくれると仰るのでしたら、共に協力し合い行っていきたいと思っています」
 人々が魔力の研究をやめても、自分には続ける意思があると、マシューはリッカに告げた。
 リッカは少し考えたあと、素っ気なく言う。
「分かりました。出資してくださる方がいなければ、研究を続けられませんので、そんな時代が訪れた時には、お世話になるかもしれません」
「あとそれから、先生はやめていただきたい。魔力の研究に関しては、貴女の方がよほど先生です」
「……はい。私からも、ひとつ」
「なんでしょうか?」
 大きく息をついてから、リッカは言う。
「兄のことですが……とんでもない話を聞きまして、ふっきれました。先……ラムズギル様には大変ご迷惑をおかけしました」
「何があったのかは分かりませんが、リッカさんが落ち着かれたのでしたら、なによりです」
「ありがとうございます」
 素直に礼を言うリッカは、穏やかな表情をしていた。
 マシューは勿論、その場にいる研究員たちも始めてみる、微笑にも見える顔。
 彼女の兄、ルーマ・ベスタナはこれからも皇帝の側近、影武者として、職務を代行していくとのことだ。
 この時、リッカは兄から何を聞いたのか語らなかったが……。
 彼女は兄が皇妃カナリアと深い仲にあり、皇妃が妊娠初期であると話を聞かされていた。
 皇妃との関係は、ランガス公認……むしろ、ランガスがそれを望んでいたらしい。
 これはマシューに限らず、誰にも語られることなく、皇妃はランガスの子として第一子を出産するのだろう。
「では、研究に戻らせていただきます」
 真顔に戻り、リッカは魔法具の研究へと戻っていく。
「また参ります」
 温かな感情を抱きながら、マシューは彼女の背中を見送る。それから、自分は魔法図書室に向かうことにする。
 マシューの魔法知識は、一般人と同レベル。まずは、魔法に関して学ぶことから始めていく。

 宮殿の魔力塔にいた魔術師中心に、魔法が発動出来ない者が、多々現れていた。
 皇帝が王になる儀式の影響によるものだろうと思われていたが、そうではないと騎士達が気付いた時には、既に手遅れであった。
 魔法具のエネルギー源であったはずの魔石が消えてなくなっており、火の継承者の一族の生き残り、アーリーの姿もどこにもない。
 強い魔力を感知するための装置や、感知能力を持つ魔術師もいたが、何れも上手く魔法を発動できず、出来るようになった頃には、感知できる範囲に大きな力はなかった。儀式中のランガスの存在を除き。
「これは……参りましたね」
 帝国騎士、カーレ・ペロナは地の継承者の一族の力を用いて、地下にいる一族に、報告をした。
 すぐに、地上にいるものでなんとかしろ、何としても見つけ出せという命令が返ってきたが、どうすることもできず……。
「アトラ島の山の一族、シャナさんたちに連れていかれたのではないでしょうか」
 ビルが魔力塔でシャナが壊れた祭具の代わりにと、魔石を欲していたことをカーレや騎士達に話すと『山(風)の一族が、火の一族を拉致し、帝国の魔石を盗んだ!』と騎士達は結論づけた。
 アーリーは騎士達の前では、大人しく品行方正に振る舞っていたため、直ぐに疑われることはなかった。
 山の一族に一族の特殊能力で連絡を……と場は混乱するのだが、その風の継承者の力を持った一族は全て島を離れてしまっており、連絡をとる手段がない。
「すぐに魔力塔による保護の力が失われるわけではありません。儀式が終わるまで、どうかあまり騒ぎ立てませんよう」
 カーレはパニックを起こす騎士、貴族たちに落ち着くよう呼びかけて回るのだった。


第4章 再建されゆく街

 歪んだ魔力に侵され狂わされた人々により、街は一度荒れた。
 その後間もなく、今度はスラム街の一部の勢力が起こしたクーデターにより、再び火を付けられた。この時、街の人々のために働いていたボランティア団体ガーディアン・スヴェルの本部が襲撃された。
 短い期間に立て続けに災難に見舞われてしまったが、街の人達は励まし合って再建に臨んでいる。
 スラム街の再整備もクーデターで一時中断もあったが、今は遅れを取り戻すべく加速していた。
 これからますます寒さが厳しい季節になるため、のんびりしている時間はないのだ。
 帝国の冬は雪が多い。
 身動きが取れなくなる前に、ある程度まで進めておく必要があった。
 タチヤナ・アイヒマンが氷の大地から帰還したのは、そんな慌ただしい最中であった。
 グレアム・ハルベルトの様子が気になって仕方がなかったタチヤナは、すぐに宮殿に向かった。
 彼は庭の四阿いると聞いたタチヤナの歩みは、次第に早くなっていく。
 居場所を教えてくれた警固の帝国騎士によると、精神が体に戻ってからしばらく経つが、グレアムにはこれといった異常はないという。
 そしてタチヤナを迎えた時も、以前と変わらない様子だった。
 タチヤナは乱れていた髪を素早く整えると、姿勢を正して帰還を告げた。
「グレアム団長、タチヤナ・アイヒマン、氷の大地より帰還しました!」
「任務遂行ご苦労様でした。しばらくはゆっくりと疲れを癒してください」
 グレアムも姿勢を正して応じた。
 一呼吸後、ふと肩の力を抜いて笑みを交わす。
 グレアムにベンチへ促され、タチヤナは彼と並んで腰を下ろした。
「よかったら氷の大地であったことを聞かせてくれませんか?」
「もとよりそのつもりで来ました」
 きっと気になっているだろうと思っていたタチヤナの予想は当たった。
 彼女は、そこで体験したことを思い出しながら、グレアムに話して聞かせた。
 グレアムは真剣な顔で、時々相槌を打ちながら聞き入った。
 魔物との戦いのことを話している途中、タチヤナは言葉に詰まってしまった。
 その中には、元は人間だったものもいた。
「彼らを……せめて安らかに眠らせることはできたのでしょうか」
 誰にともなく呟く。
 それと同時に、グレアムを取り戻せて本当に良かったと思った。
 ハーフであるために姿形は変わらなかったが、あの時、彼は確かに誰の声も届かない魔物だったのだ。
 改めてグレアムの元気そうな顔を見たタチヤナの目に、喜びの涙が浮かぶ。
 彼女はこぼれ落ちそうになった雫を、慌てて袖で拭った。
 泣き顔を見せないように、断りを入れて顔を背けた。
「すみません、少し待ってください……」
 深呼吸で昂る気持ちを抑え込むと、涙は引っ込んだ。
 タチヤナは笑顔で振り向き、
「報告は以上です」
 と、言った。
「ありがとうございます。本当に厳しい任務でしたね。よく帰って来てくれました」
「いいえ……。団長のほうはどうですか? 特に変わりはないと聞きましたが」
「おかげさまで、体力もだいぶ回復しました。剣の稽古も始めています。すっかり鈍ってしまっていて、我ながら情けない有り様です。ただ……欠落した記憶は、まだほとんど戻っていなくて」
 肩を落とすグレアム。
 何か大切なものを忘れていることだけはわかっていた。
 そんなグレアムに、タチヤナは力強く言った。
「私は、団長には幸せになってもらいたいと思っています。団長は、いっぱい抱えて傷ついて……こうして戻って来てくれて……。そんな人が不幸になるなんて、絶対に嫌です。皇族の血を引いているからとかじゃなく、一人の男性として幸せになってほしいです」
「タチヤナ、俺は自分を不幸だと思ったことはありませんよ。それどころか、とても恵まれていると思っています。きっとこれからも、その気持ちは変わらないでしょう」
 そう言って、グレアムは苦笑した。
 タチヤナは自分に対して過保護ではないかと思ったからだ。
 しかし、タチヤナは首を振る。
「いいえ、もっとです」
 短いこの言葉には、たくさんの想いがこもっている。
 自分が団長を笑顔にしたい。
 たとえ、隣を歩む女性として選んでもらえなくても、彼の力になることは絶対にやめない。
 一人の人間として、これからも傍にいたい。
(グレアム団長が、大好きだから)
 タチヤナは、やさしく朗らかに笑った。


☆ ☆ ☆

 

 ストラテジー・スヴェル本部の会議室では、街が抱えている大きな二つの問題への対策が話し合われていた。
 今は、今後街を襲うと考えられる豪雪や豪雨について検討されている。
 この地の冬は雪が多く降るため、保存食や防寒対策はそれなりに取られてきている。
 アトラ島から来ているセルジオ・ラーゲルレーヴは、まず今の帝国でどのように冬を越しているのかを確認した。
 答えたのは、ヘーゼル・クライトマンだ。
「なるほど……僕達が暮らしているアトラ島の村とあまり変わりませんね」
 干物や燻製、薪の確保などだ。また、雪の中に埋もれさせておくほうが、かえって保存が効くことがあるという経験からくる知恵も共通していた。
「雪洞はご存知ですか?」
 これは知っている人知らない人、まちまちだった。
 大洪水前の帝国でも雪が多い地方の人は知っていたし、逆にほとんど雪が降らない地方に住んでいた人は噂に聞く程度だ。
 ジスレーヌ・メイユールは後者で、知識として知っているだけだった。

 そこでセルジオは、雪洞のことを図にして丁寧に説明した。
「雪の中なのに暖かいなんて、不思議ですね。雪が溶けて崩れたりはしないのですか?」
「水をかけるなどして、頑丈に固めるんです」
「魔法が得意な人に氷にしてもらって積むのはどうですか?」
「寒いと思いますよ」
「雪だから、ですか……神秘的ですね」
 ジスレーヌの顔は、期待半分疑い半分といったところか。
 けれど彼女は雪洞を採用することに決めた。
 セルジオの案は、雪洞を一時的な避難所として利用し、本来避難所用とされていた資材を倒壊しそうな家屋の補強に充てるというものだ。
「危ない家は壊したほうが安全ですけれど、その辺りは大工の方々との相談でしょうか」
 そうですね、と頷いてジスレーヌは要点をメモした。
「雪洞造りは、セルジオさんに監督していただきたいのですがいいですか?」
「ええ、任せてください」
「それと、雪洞は郊外の農家の方々にも提案したいのですが、その説明もお願いできますか?」
 セルジオは、これも引き受けた。
 手配はジスレーヌが行い、説明に行く際はGスヴェル団長代理のヘーゼルが同行することに決まった。
 次にセルジオは、交易について話した。
「本来はレイニさんを通したほうがいいと思うのですが、帰還したばかりですからね……。交易ですが、アトラからは素材や作物を、帝国は技術を交換するなどどうでしょう。人の交流もできたらいいのですが」
 セルジオの狙いは、今、生きている人達みんなが暮らしていける環境作りにある。
 帝国だけではなく、旧王国の生き残りも、アトラ・ハシスの人達も、継承者の一族も。
 それが、今までの犠牲者への手向けだと思っている。
「将来的に人口が増えた時、今ある土地だけでみんなが生きていくのは、帝国への負担が大きいでしょうから」
「交易は、これまでアトラから来た船には交易品が積まれていたようですね。ただ、その後は歪んだ魔力の件で停滞しているみたいです」
「ということは、歪んだ魔力の問題が解決するまでは、交易も交流も積極的には行えない感じですかね……」
「そうなると思います」
 セルジオとジスレーヌは、そろってため息を吐いた。
「まあ、仕方ないですね。問題が解決すれば、交易だけではなく燃える島も領地として使える日が来るでしょう。それに、他にも現れる土地が出てくるかもしれません」
「ええ。いずれは水位も落ち着くはずですから」
 希望を捨てずにいこうと二人は頷き合った。

 続いて、スラム街再開発についての報告と今後の計画の確認が行われた。
 まずは解体作業が続くスラム街のほうから、ヘーゼルが報告書を読み上げた。
「生活の向上が約束されるなら、とほとんどの人が協力的です。ただ、あそこで高い利益を得ていた人ほど、強く抵抗しています。そういった人達は貴族と繋がっていることもあり、両方に働きかけて崩していくことも行っています。後ろ盾のない武装勢力などは、騎士団に連絡して排除解体してもらっています。基本的に、押収した武器や違法な魔法具は騎士団へ運ばれています。後は、未来に希望が持てずやる気を失くした人達ですね……」
 スラム街には今もGスヴェル団員や協力者が赴き、対処に当たっている。
 次にルティア・ダズンフラワーが、貴族・騎士居住区にあるハルベルト公爵の別邸について報告した。
 ここは今、スラム街で暮らしていた人達のための支援施設となっている。
「生活の基盤を作るために、庭園の一部を農場や各種の作業場に作り変えました。私も子供達に読み書きや算術を教えてみました。落ち着きのない子もいますが、みんな熱心です。ただ、全体的に指導者不足ですね。街の人達も自分の生活の合間を縫って力を貸してくれているので、どうしても偏りが出てしまいます。穴が開かないようにシフトを組めるといいのですけれど」
「人材については、リキュールさんに相談してみます」
 ジスレーヌはリキュール・ラミルから聞いた、最近行っている計画のことを話した。
 彼は復興事業の三本柱として、漁業再開・スラム再開発・マテオ支援を掲げている。
 そのためには商工組合の一本化が必要だとし、現在精力的に取り組んでいるところだ。
 また、公爵邸別邸の管理にも携わりたいと名乗りを上げていた。
「食料の備蓄についても、弾力的な運用に努めましょうとおっしゃっていました」
「それなら、ひとまずは安心ですね。それと、スラム民支援の運営にかかる費用のことで提案があります」
 ルティアはバザーの開催を勧めた。
「パルミラさん達街の人にも協力を募り、支援施設で作ったものを販売するのはどうでしょうか。体験の場を設けるのもいいかもしれませんね。そうすることで交流が生まれて、寄付も集まればいいかと」
「それはいいですね。クーデターを起こしたことで、スラムの人達への反感があるという話も聞いています。交流することでお互いの理解が深まるのは良いことだと思います」
 ジスレーヌは、バザー開催に賛成した。
「企画書を頼んでもいいでしょうか? ルティアさんの案を元にみんなでより良いものにしていきましょう」
「売り物で刺繍なら私も教えられるので、街の人で希望者がいれば集まりましょうか」
 ルティアが刺繍が得意であることを知ったジスレーヌは、自分も参加しようかなと思った。
 ふとルティアは表情を曇らせて、クーデターの中心に祭り上げられた少女のことを言った。
「あの時、利用されたダリアさんのことなのですが……。彼女はずっと操られていたんです。父である陛下を糾弾したのは、本人の意志ではありません。できれば、そのこともわかってもらいたいと思っています。いつか街に散歩に来た時に悲しい思いをしないように」
 ジスレーヌはヘーゼルを見た。その事件で指揮を執っていたのはヘーゼルだからだ。
 ヘーゼルは目を伏せ、少し言いにくそうに口にした。
「あれから時間も経ったからな……。今になって何を、と言われるかもしれない。操られるに至った経緯や、陛下が身分を偽って街で暮らしていた理由を問われる可能性もある。触れないほうが無難だと思うよ。時間が許してくれることもある」
 混乱が静まる前なら深く掘り下げられることもなく受け入れられたかもしれないが、落ち着いてしまった今では問題を蒸し返すことにもなりかねない。
 ヘーゼルは慎重になった。
 ルティアは、少し前にダリア・サマランチに会った時のことを思い出した。
 宮殿での生活にはだいぶ慣れたように見えた。
 助け出してくれたGスヴェルや協力者達は生涯の恩人だと言い、これからたくさん勉強して大きくなったら恩返しをするのだとルティアに語った。
 ダリアが大人になった頃には、世の中もまた変わっているだろう。人の心も。
 ルティアは、グレアムが不在の間のGスヴェルの活動や街で見聞きした様々なことを、折を見てグレアムに伝えるつもりだ。
 その時には、また会えて嬉しいことや、もっと頼っていいのだということも伝えたいと思っている。
 ところで、商工組合の一本化を目指すリキュールだが、彼は今、パルトゥーシュ商会を訪れている。
 フランシス・パルトゥーシュにある事を持ちかけるためだ。
 応接室に通されたリキュールは、向かい合うフランシスの返答を待つ。
 目を閉じて黙考していたフランシスは、やがて目を開いてリキュールを見ると、パルトゥーシュ商会の今後の方針のことを話し始めた。
「こんな世の中だ……武器の需要は少ない。そこで、その技術を使って医療用設備の開発をしようと思うんだ。他に手掛けていたワイン造りや浄水化は継続して、状況が落ち着いたらアトラ島との交易も考えている。――で、ポワソン商会と共同経営をするメリットはと言うと……まだよくわからない。商売の分野がまったく違うからな」
 違うもの同士だからこそ手を組むことで利益増大を狙える可能性もある。
 それはフランシスもわかっているが、彼女は元々の稼業を捨てる気はない。
 求められれば以前のように武器を製造し、どこへでも届けるつもりだ。
 そういった仕事を、ポワソン商会の人達が受け入れられるかどうか。
 また、パルトゥーシュ商会の者達がどう思うか。
「もう少し返事は待ってくれないか? 従業員達とも話し合いたい」
 そう答えたフランシスは、急に疲れたようにため息を吐いた。
 そして、慌てて「あんたに対してじゃない」と言った。
「実はさ、最近番頭達が次々に見合い話を持ってくるんだ……」
「おや……ですが確かご結婚の意志はないと、以前におっしゃっておられませんでしたか?」
「まあ、そうなんだけど、あたしももうじき三十だ。そろそろ考えないとなとは思ってる。……が、ボンクラを婿にする気はない。気概のないヘナチョコもダメだ」
 これだけは譲れない、と目を鋭くさせるフランシス。
 ではどういった人物ならいいのかと言うと、
「一番はうちの稼業を理解していること。これは絶対だ。それから従業員への責任感……」
 などなどいくつか挙げていった。
 ちなみに商売のいろはなどは知っていれば越したことはないが、知らないなら一から仕込むので問題はないという。
 上位の条件を満たしているなら、外見や経歴も問わない。
 このことは、フランシスに片思いを抱くリキュールにも充分に関わりのある話だった。
 共同経営のことも、結婚の意志はないと言っていたフランシスを尊重しての案だったのだ。
 ひとしきり吐き出したフランシスは気持ちが落ち着いたのか、話題を帰還したアルザラ1号のことに移した。
「聞いたよ。あのリンダが生きて帰って来たって。前にここを守ってくれた恩人だ。今度、酒でも持って行こうと思ってる」
「手前も、アルザラ1号の帰還は待ち望んでおりました。あの脳筋騎士の生存は諦めていたのですが……いやはや。腐れ縁はまだ続くようで」
 帰還の列を、宮殿へと続く街路で見ていた。
 周囲の人々と同様に、リキュールもニコニコと笑顔を絶やさずSスヴェル団員や帝国騎士達を眺めていた。
 しかし、胸の片隅にやるせない思いもあった。
 ――幸せは犠牲無しに得ることはできないのか? 時代は不幸無しに越えることはできないのか?
 どこかで耳にした名言だ。
 その答えを出すためには、今を精一杯生きることが大切なのだろうと、これからのことに思いを馳せた。
「さて、そろそろメシにしようと思うんだが、一緒にどうだ?」
 フランシスは、リキュールの返事も待たずに彼の分も作るように、外に控えていた者に命じたのだった。


☆ ☆ ☆

 

 再開発工事に携わる職人達の活気に満ちた中を、キージェ・イングラムリィンフィア・ラストールは見回りのために歩いていた。
 再開発は、概ね順調に進んでいる。
 ただ、時々……。
「喧嘩だー! おらッ、やれやれェ!」
「何やってんだ、ぶっ飛ばせ!」
 などという騒ぎが起こる。
 こういった騒動を起こすのは、ほとんどが立ち退きを拒否するスラム民だ。
 キージェは小さくため息を吐くと、乱闘を止めるために騒ぎの中に踏み込んでいった。
 一分と経たないうちに、キージェは殴り合っていた男二人を這いつくばらせた。
 ギャラリーから出た「賭けが成立しなかった」という嘆きの声は、一睨みで黙らせる。
 キージェは男達の前に膝を着くと、喧嘩の理由を質した。
「貸したカネを返さねぇんだよ」
「カネはねぇから酒で返しただろうが」
「飲んでねぇよ」
「飲んだだろ」
「まあ待て」
 再び火が付きそうになった二人を制した。
「とりあえず、工事の邪魔だ。喧嘩するなら人のいないとこでやれ」
 すると、男二人の怒りの矛先はキージェに向けられた。
「何だ小僧、指図すんのか?」
「こんな工事、どうだっていいんだよ。クソ皇帝サマが勝手に進めてんだろ。俺には関係ねぇよ」
 見回り中に皇帝への悪口を言い合っている場面には何度か出くわしている。
 この二人の喧嘩の原因は金銭トラブルのようだが、根底にあるのは皇帝延いては帝国への不信があるのかもしれない。
「おいおい、あんまり口汚く言うなよ……熱狂的なファンが見てるかもしれないだろ」
 皮肉っぽくキージェが言うと、二人は怒りを引っ込めてニヤリとした。
 キージェも皇帝に対して思うところがあることを嗅ぎ取ったのである。
「しょうがねえ。兄ちゃんに免じて今日はおとなしくしててやるよ」
「じゃあな、後ろの彼女と仲良くな。――よし、飲みに行こうぜ」
 二人は肩を組んで立ち去っていった。
「『今日は』だって。また明日、どこかで喧嘩するのかなぁ」
 二人を見送るリィンフィアは苦笑いだ。
 さぁな、とキージェもため息交じりである。
 大洪水の時にキージェを逃がすために自ら手を離した母の気持ちが、ようやくわかるような気もしていた。
 愛され慈しまれた事実は、その人がなくなっても、なかったことにはならない。
 皇帝ももしかしたら継承者の使命感だけではなく、帝国民への愛情故にすべてを手放す覚悟をしたのかもしれない。
(……突き詰めて、そのような思いを及ぼさずに済むのはラッキーか)
 キージェは振り向くと、先日リィンフィアが会いに行ったダリアの様子を尋ねた。あの少女が宮殿でどうしているのか気になっていたのだ。
「元気そうだったよ。マリオさんがまだ療養中だったこともあって、一緒にいられる時間がたくさんあったんだって」
「そうか。元気にしてたか」
「それで、マリオさんの儀式中には、もう限られた人しかその場にいられないって言うから、儀式に行く前に手紙を渡したらって勧めてみたの。そうするって言ってたから、きっと渡せたと思う」
 相変わらず感情が表に出にくく物静かなダリアだったが、リィンフィアには彼女が張り切っている様子が伝わってきていた。
「勉強もがんばってるみたいだよ。大きくなったらGスヴェルに恩返ししたいんだって。嬉しいね」
「もう大丈夫そうだな」
「うん……本当にがんばってると思う。お父さんと会えなくなる悲しさは、よくわかるから」
 リィンフィアは、大洪水の時に父とはぐれてしまっている。
皇帝はある意味、娘を捨てるわけだ。そしてすべての魔力を統べる王になって……つまらなさそうな人生だ」
 キージェは、皇帝が成そうとしていることに対し、一種の嫌悪感に似た割り切れなさを覚えていた。
 キージェがこぼした言葉に、リィンフィアは苦笑した。
「一緒にぬり絵もしたんだ。ダリアちゃん、色つけ上手なんだよ。配色とか全体のバランスとか。庭のスケッチもしてるんだって」
 宮殿でダリアに接する人は限られているそうだが、本人は窮屈さも寂しさも感じていないそうだ。
「私達もがんばろうね、ジェイ。見回りの次は何だっけ……炊き出しのお手伝いだっけ?」
「そうだな」
 まだ仮の住まいも仕事も決まっていないスラム民はいる。
 スヴェルはそういった人達のために炊き出しも行っている。
 やることは山ほどあるのだ。
「時間があれば、神殿にも寄りたいな」
「そうしよう」
 ジェルマン・リヴォフ神官は神殿の務めの傍ら、スラムの再開発により発見されて依頼された古書の解読と編纂を進めている。
 キージェとリィンフィアは、次の予定時間まで見回りに励むのだった。

 午後になると、ジスレーヌは団員達と共に再開発の現場へと足を運んだ。
 スラムでも比較的街に近く治安が良かったところは整備も早くに終わり、個人店などが現れ始めている。
 Gスヴェルと敵対していた深淵勢力が拠点としていた深淵部は、今は封鎖されている。まだ抵抗する暴力的集団がいるため、騎士団が対応しているところだ。
 その証拠に、境界線には帝国騎士が立っていた。
 整備済みの土地に、まだ空き地は多くある。
 一通り見回ったリュネ・モルは、その土地の使い道についてジスレーヌに尋ねた。
「まだ決まっていませんね。いろいろな案が出ていて、検討中だそうです」
「では、もう一つ。住宅および井戸、下水道と整備された区画を作り、仮住まいや住居が定まらないスラム民の入居を促すのです。一気にそれを迫ると心理的抵抗が大きいので、もう少し穏やかな方法が必要ですが。衣食住が満たされれば、人間多少は考え方が変わることもありますよ」
「確かに、そうですね。特にお腹が空いていると怒りっぽくなりますし」
「以前、仕事を失った漁民を再び仕事に戻すべく活動したことがあります。不満もあるでしょうが、結局は日々の糧を得る仕事が欲しいのです」
「公爵の元別邸やGスヴェルの養成所は今、多くの人が学びに来ているそうですね」
 答えながら、ジスレーヌはマテオ・テーペでのことを思い出していた。
「そういえばリュネさんは、マテオでも似たようなことをしていましたね」
「ええ、あの水路建設工事の『お願い』ですね」
「仕事と報酬……」
 ジスレーヌはスラム再開発の経験を、リモス村でも生かせないかと考えた。
 その様子を眺めながらリュネは、ナイト・ゲイルに小声で打ち明けた。
「実は、自由区や歓楽街ちっくな怪しげな雰囲気なモノをごたまぜにした街を作ることに夢を広げまして……それを仕切ってみようとも考えたのですが……どうもそれ以前の問題があると感じたのですよ」
「帝国が認めないだろう」
 リュネの夢の実現は遠そうだ。
 ところで、とナイトがジスレーヌに呼びかけた。
「この再開発の内容は、スラム民にどれくらい浸透してるんだ? 説明がまずくて理解を得られてないって可能性は?」
「……あると思います。それも確かめに来たのです」
 ジスレーヌは困り顔で返した。
「そうか。先を見据えた計画は、理解を得られないこともあるだろう。そこを無理でも進める必要もあるだろうけど、まずは理解を得る努力をしよう。スラム民の要望もあるだろうしな」
「家庭訪問、ですね」
 リュネのたとえにジスレーヌに笑顔が戻る。
「お二人がいてくだされば、お話もスムーズに進む気がします」
 ナイトには申し訳ないが、自分とリュネだけではスラム民に舐められるかもしれない、とジスレーヌは考えていたため、威圧感のある彼の同行には感謝していたのである。
 喧嘩腰のスラム民も、ナイトを前にすればひとまず話を聞いてくれるだろう。
 そこからはリュネの出番だ。
(やはり私は無力です……一人では何もできません。魔法の他にも武術を習えば、ナイトさんのような覇気を得とくできるでしょうか。それとも、リュネさんの話術を習うべきでしょうか……)
 ジスレーヌはそっとため息を吐いた。
 三人は、路上で屯している人達から店を構えている人達まで、丁寧に話を聞いて行った。
 やがて、かなりしっかりと経営されている店舗に行き着いた。
 建物は、元々スラムにあったものをリフォームしたもののようだ。
 売り物は主に日用品や食品で、他には手工芸品が数点棚に並べられていた。
 出迎えたのは若い男性だった。雰囲気から、元スラム民と察した。
 ジスレーヌが挨拶をしてから用向きを伝えると、彼は奥に向かって「ヴィオラさーん」と呼んだ。ここの責任者なのだろう。
 スタッフルームから出て来たのは、ヴィオラ・ブラックウェルだった。以前Gスヴェルに所属していたことがある。
 ジスレーヌが改めて挨拶と用向きを伝えると、三人はスタッフルームへと案内された。
「ここは、私の実家の商売の支店なの」
 ヴィオラは、簡単に店の紹介から始めた。
「少し前から特技を持っている人達の自立のために活動していて……棚にあった刺繍は見たかな。伝統刺繍ができる女の子がいて、やっと商品として出せるくらいの腕になったから置いてみたんだ」
 スラムはまだ揺れているがそれが落ち着けば、今は実家の店から支援を受けるだけのこの店やスラム民ともウィンウィンの関係になれるはずと、ヴィオラは見ている。
「富裕層に商品を売り込んだりもしているわね。子供達にも、掃除とかちょっとした用事をやってくれたら、お小遣いをあげてるわ」
 さらに、スタンプカードを発行して、十個貯まると文房具やおもちゃ、食べ物などと交換している。
 ヴィオラの試みを、ジスレーヌは感心して聞いていた。
「あとは、もう少し店が大きくなったら、お茶を飲みながらゆっくりおしゃべりできるようなスペースを併設したいなって思ってるワークショップとかね。掲示板もあってもいいし」
 憩いの場として住民が利用するのはもちろん、情報交換の場としても利用できるだろう。
 再開発が完了したとしても、不穏分子がすべて消えてなくなるわけではないという懸念もあるため、こういった場は必要だとヴィオラは考えていた。
 ヴィオラの展望を聞くと、ナイトがある提案をした。
「俺達は再開発についての意見を聞いて回っていたんだが、お前、いやヴィオラさん……に、スラム街側の意見をまとめる代表者になってもらうことはできないか?」
「私が……?」
 急な話に目を丸くするヴィオラ。
 ジスレーヌは、ナイトの案に賛意を示した。
「そうですね、代表者の方がいると問題や要望の把握も早くにできますね。今すぐお返事をとは言いません。考えていただけますか? ヴィオラさんが推薦する人物でもかまいませんから」
 返事の期限も特に設けなかった。
 それと、ナイトが続けて切り出す。
「再開発がうまく進んだら、リモス村にいるマテオの人達を受け入れてもらうことはできないか?」
 ヴィオラは、ジスレーヌへと視線を移した。
 ジスレーヌは、前にリモスの管理人であるインガリーサ・ド・ロスチャイルド子爵から聞かされたことを踏まえてナイトに伝えた。
「スヴェルなどボランティア団体への所属ならかまわないと思います。ですが、本土に生活の基盤を置くとなると、今の帝国の状況ではマテオ民のままでは難しいそうです。帝国民の生活も余裕があるわけではないので、そこに大勢の外国人が働き口を求めてやって来ると喧嘩になってしまいます。ですが、帰化するなら支援すると子爵はおっしゃってました」
「そうか。それなら、その逆はどうだ? スラムの人が仕事としてリモス村に行くことは? 魔物が出やすいなら、対処法を訓練すれば行けたりしないかな?」
「魔物と戦える人と医術の心得がある人なら、今すぐにでも欲しいです。職人や商人に来てもらうのは、もう少し先だと思います。でも、リモス島で私達が開拓した分は私達のものにしていいので、近いうちにそうしたいですね」
 現状、水位は上昇している。リモス島がなくなってしまう恐れもある。
 そうなってしまっては、この先マテオ民が海底から救出されても、路頭に迷うことになるだろう。
 それを思うと、ジスレーヌの足は恐怖で竦みそうになる。
 ジスレーヌは頭からそれを追い払うと、ルティアが提案したバザーへ参加しないかと持ちかけた。
「再開発でスラムを出て元公爵邸で技術や技能の習得を目指す人達と、ハオマ亭などの街の人達との交流と寄付金の募集が主な目的です。よかったら検討してみてください」
 それから近況報告などを交わし、ジスレーヌ達は店を後にした。
 Sスヴェル本部への帰り道、三人で得た情報について軽く意見を交わした。
「あの店が今は緩衝地帯といったところでしょうかね。スヴェルもあのようになれれば……」
 リュネの発言に頷きかけたジスレーヌに、こんな言葉が続く。
「誰もが多少は良い暮らしをしたい。我々はそれに手を差し延べることができる。うん、ならやりましょう。対価として労力や情報、伝手はいただきますという、偽善的なナニカから始めて、帝国にも福祉の概念を植え付けていきたいですね」
「リュネさん……身も蓋もないです……」
「まあまあ。これこそが、だだだだだだだだだだ、だいちちのめぐみなのですよ!」
「何でどもってんだ?」
 ジスレーヌに続きナイトからも、やや胡乱な目を向けられるリュネ。
 リュネは、緊張のあまり、などと嘯いている。
「……ま、そうだったとしても、そういうところから皆が安心して暮らしていける日々を作っていきたいな」
 ナイトが守りたい対象は、もはやマテオ民だけではなくなっていた。
 ふと、ナイトの脳裏にチェリアの顔がよぎる。
(あの人は大丈夫だろう)
 後で顔を見に行ってもいいかもしれない。
 これから忙しくなるぞ、とナイトは改めて気合を入れたのだった。

 Sスヴェル本部の会議室で、クラムジー・カープはこれまでに解読した古書の再編を行っていた。
 今回の災厄の始まりから収束までの顛末を、記録として後の世に残すためだ。
 さらに、今後の歴史も正確に記述して残すよう求めたい。
 黙々と作業をしているところに、再開発地区の様子を見に行っていたジスレーヌが戻って来た。
「わぁっ、あったかい!」
 会議室に入った第一声がこれであった。
 雪が降り積もる外から暖炉の火で温まった室内に入れば、たいていはこうなるだろう。
「クラムジーさん、お疲れ様です。再編のほう、お手伝いしましょうか?」
「ええ、お願いします」
 そうしてジスレーヌも加えて、仕事再開となった。
 しばらくは、時々クラムジーが指示を出す声と質問などをするジスレーヌの声だけの、静かな時間が続いた。
 女性継承者達の最後の言葉が綴られた用紙を整えている時、ふと手を止めたジスレーヌが呟いた。
「二千年後なんて、途方もないことですが……こうして集めた記録が、ちゃんと役に立ってくれるといいなと思います」
「その頃なんて私達の誰一人生きてませんからね。二千年後のことは、二千年後の人間に任せるしかないでしょう」
「大洪水さえなければ、もっと記録は見つかったのではないかと思っています。持ち出す時間もなく海に飲み込まれてしまったのでしょう」
「ふむ……保管方法も検討が必要ですね」
「ええ。できるかぎり良い状態で残して……たとえ、始まりの時のように精霊の世界と分かれても、残さなくては」
「精霊と人は、分かたれると思いますか?」
 クラムジーは、ジスレーヌに問いながら自分にも問いかけていた。
 たとえば今回のことを恐れて魔力を手放したとしても、また長い時間が過ぎれば痛みを忘れて魔法の力を欲するかもしれない。
 そしてまた二千年後に、危機を迎えてしまうのだ。
「世界が分かたれるかどうかよりも、再び同じことは起こると考えたほうがいいかなと思います」
 考えた後、ジスレーヌは寂しそうに答えた。
「最悪の事態になった時のことを、いつも考えておく――それが必要で、そしてそれにどう対処するかも考えておかなくては、私達はただ混乱するだけで終わってしまうでしょう」
 ジスレーヌはこの一年で、自分がいかに世間知らずで子供だったかを思い知らされた。
「――二十年ごとの女性継承者の犠牲のことも、二千年後の男性継承者の魔石化や王のことも、すべて正しい記録を細密に残して後世に伝えれば、今回私達が辿り着けなかった、より良い答えに……二千年後の者達は届くでしょう」
 クラムジーの考えに、ジスレーヌは同意した。
「生贄を理不尽だと憤り、救う方法を探すのは、次の世代に託します」
「何となく、クラムジーさんなら仕事の合間に探しそうな気がしますけど」
 ジスレーヌは小さく笑って言った。
 そうして夜更かしするところを、マルティアあたりに心配されるのだ。
「……あ、ところで、継承者の一族の方々のお名前はどうしますか?」
「全部、記しておきましょう。どう生きたかもわかる範囲で」
「はい」
 その人が確かにそこにいたこと、自分達はその人の屍の上に立っていることを、決して忘れないように。
 ルイスのことは、クラムジーはマルティアから聞いていた。
 愛されることがなかった人生よりも、愛することがなかったことのほうが痛ましく思った。
「今行っている記録方法は、このまま確立させたいと思っています」
「こういうお仕事ができる人を育てましょう」
 その後の休憩時間に、クラムジーは再開発地区の様子のことを聞いたのだった。


第5章 生き残るための準備

 リモス島の積雪は本土ほどではないが、その代わり海風が寒さをよりいっそう厳しいものにしていた。
 水位の上昇も止まらず、海岸線は少しずつ陸地に浸食してきている。
 島の管理人のインガリーサ・ド・ロスチャイルド子爵の指揮で、村の守りを固める作業や島に居られなくなった時のためにアルザラ1号と箱船2号への避難準備が並行で行われていた。
 さらにここは中央の魔力塔の加護から外れているため、時々海から魔物が現れる。
 そのたびに作業は中断され、魔物退治に時間が取られた。

「……よし、これで終わりだな」
 群れで襲って来た魔物の最後の一体を倒したヴォルク・ガムザトハノフは、魔王のマントをバサリと払った。
 公爵のたくらみに乗せられてここに来たスラム民の三人も、その後もここに残り魔王軍の構成員として修業を重ねている。
「魔王、こっちも終わりだ!」
 三人でうまく連携して魔物を倒したようだ。
 集まって来た彼らを労う。
「けどよ、この島は持つのか? 島なんかとっとと見切りつけて、船か本土に逃げたほうがよくねぇか?」
 一人が不安をこぼした。
「悪いことは、いつまでも続かない。この試練を乗り越えれば、しばらくは太平の世が続くだろう。しかし光あれば闇は必ず生まれるもの。いずれ平和は、予想より短く、思いもかけない形で破られるだろう」
 冬の荒海を見据えて預言めいたことを口にするヴォルクを、三人は神妙な顔で見つめていた。
 ヴォルクは、今頃は本土のSスヴェルでマテオ代表として采配を振っているだろうジスレーヌを思った。
 ――その闇を、我が統べよう。闇が光を侵食しすぎないように。ジスレーヌの愛する大地が、必要以上に血を吸わないように。
 心に誓うと、天へ向かって名乗りを上げた。
「我こそは魔王。鳳凰と魔狼を宿す者。大いなる風」
 その堂々とした背に圧倒され、三人は自然と跪いていた。
 どこまでもお供します、と決意をして。
「お嬢は来てくれますかね」
 お嬢とはジスレーヌのことである。
「彼女次第だ」
 冷静に答えるヴォルクだが、内心は一緒に来て欲しいと思っている。ただし、苦難の旅になることも明らかだ。
「船が調達できるか、どこかと陸路が繋がったら旅に出る。魔力を捨てられず悪事に走る者達を従える旅に」
 目指すのは、超絶品行方正な正義の闇軍団だ。
 ヴォルクにはもう一つ目標がある。
 前に無理だと言われた、歪んだ魔力の声を聞く件だ。
(あの時は、徹底してやろうとしなかっただけだ。修行を重ね、いつかその声を聞き、哀れな歪みをさらに歪ませることで、まっすぐな熱い魔力に還元してみせる……!)
 グッと拳を握り締めて気合を入れた時、遠くから呼ぶ声が聞こえてきた。
「おーい、荷物の積み込みを手伝ってくれー!」
 魔物がいなくなったので、船での作業が再開されたのである。
 ヴォルクは三人を率いて、積み込みの現場へ颯爽と向かうのだった。

 ブレイブ号がまだアトラ島へ旅立つ前、ユリアス・ローレンがシャナを呼び止めて相談した。
 ルイスに届けたい気持ちがある、と。
「ルイス王子の命を奪った僕が言える立場ではないのはわかっています。でも、もしこの世界が、継承者も人間として生きられる世界になれたら、そこにルイス王子もいて欲しいから。ルースさんや、大切に思う人と一緒に過ごせたらいいと思って」
 シャナは伝えられる機会があったら、と伝言を受け取った。
 それから少しして、ブレイブ号はアトラ島に帰る人達を乗せてリモス島を離れていった。
 その後は、レザン・ポーサスカサンドラ・ハルベルトに声をかけて、箱船2号への物資の積み込み作業を手伝った。
「レザンさん、こちら照合終わりました。全部揃ってます」
「はいよ」
 力仕事には向かないユリアスとカサンドラは、運ばれた物資とリストの照合を行い、レザンがそれを船に運び入れていく。
 ユリアスは作業の合間に、歪んだ魔力の影響を受けやすいレザンの様子を観察した。
 今のところは安定している。
 歪んだ魔力がある限り、レザンのようなハーフは生涯魔物化の危険を持ったまま生きていくことになる。
(カサンドラさんは、もう大丈夫ですが……)
 彼女は特殊な魔法具で、持っていた魔力そのものと切り離された。
 その後の体調にも異常はなく、以前より健康になったと言っていた。
「ユリアス君……どうしたの?」
 いつの間にかユリアスの手は止まり、考え込んでいたようだ。
「少し、温まりに……行く?」
「いえ、何でもありません。ちょっと考え事を……あなたに使った魔法具を、レザンさんにも使えたらよかったのにと思いまして」
 カサンドラに使用された魔法具は、彼女個人のために作られた物で効果は一度切りだ。
 次はレザン用に開発をとなると、またそれなりに時間がかかってしまう。
「世界から魔力がなくなってしまえば……そうしたら、ハーフも継承者もその一族も、ただの人として生きられるのに」
 誰も犠牲になることなく、歪んだ魔力に苦しめられることもない世界を望んだ。
「ユリアス君も、苦しくなったら……言ってね。回復魔法を使える人達、呼んで来る……ね」
 歪んだ魔力の影響は、魔力がある者すべてに及ぶ。ユリアスも例外ではないのだ。
 すると、物資を運び入れて戻って来たレザンが顔を出して言った。
「ま、俺専用ができるのを気長に待つさ。……けどなぁ、この前イフに試しに頼んでみたら、法外なカネを要求されたんだよな。人の足元見やがって」
 魔法鉱石を使う上、完全個人向けのためそんな金額になったそうだ。
「そういやユリアス、この後は診療所の様子を見に行くんだったか?」
「ええ、その予定です」
 診療所の主は帰還しているが、薬師が詰めていたほうは主を失くしている。
 寒さのせいか体調を崩す者が出てきたこともあり、症状が重い者は入院しているのだ。
 ユリアスは定期的に彼らの様子を見に行っていた。
「あの、もしもの時は彼らの移送を手伝っていただけますか?」
 あまりにも体調が悪い場合は、小型魔導船で本土へ移すことになっている。
「任せときな」
 レザンは快く引き受けた。
「もう少しで終わりだな。あとひと踏ん張りしたら休憩にしようぜ」
 レザンの言葉に頷き、三人は残り少ない担当分に取りかかった。

 一方、村がある島の中央部では、海水の浸水を防ぐための土嚢づくりが行われていた。
 マティアス・リングホルムの案により、材料には雪も利用されている。
 雪かきで集まった大量の雪を麻袋に詰め込み、水を含ませて硬くして、氷で覆うのである。
 氷は、ルース・ツィーグラーなど水の魔法に長けた人達が作っていった。
 時々、ルースは空へ注意深い視線を向けている。
「大丈夫そうか?」
「ええ、気になる雲はないわね。日が出ているうちはこうして観察できるけれど、問題は日が暮れてからよ。真夜中に豪雨がやって来たら、後手に回ってしまうわ」
「確か見張りを置くとか言ってたな」
 ルースの懸念を聞いたインガリーサが、そう言って手配している。少しでも早く対応するためだ。
 マティアスは他にも雪で作る家のようなものについても提案したが、こちらは水没の恐れがあることを理由に取り下げ、その分雪と氷の防壁を作るほうに回すことになった。
「この島、何とか残したいわね。ここに住みつくにしても新たな土地を探しに旅立つにしても、ここを失ったらそうとう厳しいことになってしまうわ。ついでに言うと……」
 と、声を潜めるルース。
「流刑地を他のところに移してくれないかしら。燃える島……は難しいかな……新たな島とか現れないかしらねぇ」
「水位が下がれば出てくるかもな。この島みたいにさ。……流刑囚と何かあったのか?」
「特に何もないわ。ただ、犯罪者と一緒だと私達までそういう目で見られそうじゃない?」
「手厳しいな」
「帝国は、マテオの人達を王国に連なる者達という目で見ていたでしょ。一部の人が帝国にとって好ましくないことをすると、まるでマテオ民すべての意志のように受け止めて騒ぎ立てて。……でも、人間なんてそんなものかもね。個人レベルで言えば、私もあなたと話をしなければ、見た目だけで判断していたわ」
「つまり、流刑囚達には何ら含むところはないってことか」
「ええ。ここに住んでるマテオの人達は、彼らとうまくやってるみたいだし」
「そういや、ベルは戻って来れるのか気にしてる奴もいたな」
 ベルティルデの状態のことは、流刑囚もある程度は知っている。
 彼女の体は、今は宮殿の一室にある。
 ルースがここに移動する前に飾って来た一輪挿しの花は、まだ咲いているだろうか。
 もし枯れてしまっていたなら、誰か変えてくれただろうか。
 貴重な水の継承者だ。無体な扱いはされないはずだが、もし道具のように『保管』されているだけなのだとしたら許しがたい。
(あの連中にも、心があると思いたいわね)
 本土でさんざん悔しい思いをしてきたルースの、帝国への不信感は根強い。
「どうした、怖い顔して。具合悪くなったか?」
 急に顔をしかめて黙り込んだルースを、マティアスが心配そうに覗き込む。
「……いいえ、何でもないわ。ねえ、あのカサンドラって子……魔力だけを切り離されてハーフから解放されたのよね。それなら、氷の大地の魔力の吹き溜まりに楔となってるベルの精神だけを回収することはできないかしら」
「どうだろうな。けど、それをやったら……」
「もし、もしもよ、疑似的な継承者の魔力や精神を作り出す技術が生まれたら……それを、楔に使えたら」
 夢のような技術である。
「時間は、あと二千年分あるわ」
 ルースがはるか未来を思った時、けたたましく警鐘が鳴り響いた。
 魔物が現れたという合図だ。
「行ってくる」
 マティアスはシャベルを突き立てると、周りの人達が駆けて行くほうへと走って行った。

 魔物退治が終わると、インガリーサは人々に休憩を取るように言い渡した。
 屋敷の使用人達が温かいスープやハーブティを用意して、集まって来た人達に配っていった。
 休憩用の場所には火も焚かれていて、マテオ民も流刑囚もみんなで寄り集まって暖を取った。
 スープ鍋などが置かれているテントの下で、アルファルドはインガリーサにある相談を持ち掛けていた。
 傍らにはいつものようにサク・ミレンの他、インガリーサの夫のナサニエルと違法技術者のイフがいる。
 ナサニエルは本土の子爵邸と行き来していて、イフはリモス村に留まっている。
 アルファルドの相談というのは、イフが開発した魔法具のカッターのことだ。
 その技術を売って欲しいと申し出たのである。
「しばらくはハーフは生まれないだろうが、遠い未来に同じことが起こるかもしれない。その時代の人達への警告と助けになればと思ってな。今回、古書の解読に関わってそう思った。古書の翻訳は国が大切に残してくれるだろう。それに、このカッターを加えたい」
 アルファルドは、その口添えをインガリーサとイフに頼んだ。
 インガリーサはイフを見やる。
「確か、正規の方法で作ったのではないと言っていたわね」
「ええ。違法な手段で作られた物を、有効性があるとはいえ国は認めるかしら」
 認めないだろうとイフの目は言っていた。
 そこはアルファルドもわかっている。
「魔法鉱石の精錬法だろう? その手段や効率化は、他の物での代用など研究の余地はあると思う。……知らないことは、人を不安にさせたり疑心暗鬼を生んだりする。知識は人に必要なんだ。人は聖人ではない。しかし人は打算ででも手を組んだり、絆で国を超えて手を取り合うこともできる。なら、知らないより知ったほうがいいと思うんだ。知識を得れば、まずハーフが生まれるのは得策ではないと思うだろう。だが対策があれば、もし生まれてしまっても生き行けるかもしれない」
「お考えはわかりましたわ。お売りしましょう」
 イフとアルファルドの視線が、インガリーサに向けられた。
「……そうね、私だけでは力不足だから、公爵様のお力も借りましょうか。まだそれくらいの力はお持ちのはずよ。イフさんは研究への参加は考えていないの?」
「魔法鉱石に関する技術は基本的に国が独占していますが……気に入りませんわ。もっと開かれた場にしなくては。売ったお金で学校を作ろうかしら」
「目ぇ付けられんじゃねぇのか?」
 サクの指摘に、イフは平然とした顔で頷く。
「知識と技術を広めるために国と戦うなんて、素敵ではありませんか? そうね、あなたに警備員をまとめてもらうのもいいですわね」
「冗談じゃねぇ。俺は静かに暮らしてぇんだよ」
「あれ? サクの予定はもう決まってるよ。落ち着いたら、またフィールドワークに行くから、護衛を頼むよ」
 サクは肩を組んできたナサニエルの腕を払いのけて睨みつけるが、ナサニエルはけろっとした顔で笑っていた。
 ところで、とイフがアルファルドに話しかける。
「カッターの技術料のことですけれど……」
「ああ……まあ、この通り老い先短いじじいなんでな、払える額で頼む」
「あら、お金でお支払いが難しいなら、体でお支払いいただいてもよろしいですわよ」
 唖然とするアルファルドに、サクが意味を伝える。
「今後の開発と実験に付き合えってことだ」
「そんなに危ないことはありませんわ。助手もほしいと思っていましたし」
 イフは上品に微笑んだ。
 その後、提示された金額を目にして、アルファルドはただ唸ることしかできなかった。
 とても支払える額ではなかった。
 分割にして働きながら支払っていくか、イフに体を売るか、他の方法を捻り出すか……アルファルドは考え込むのだった。

 本土から届く物資の中には、木箱の中身が雑多な物もある。
 アウロラ・メルクリアスはそういった中身の仕分けをしていて、カサンドラが一緒に手伝いをしていた。
「夢のこと、無事に解決してよかったね。まさか、ここであんな研究をしてたなんて思ってなかったよ」
 カサンドラをハーフの宿命から解放した魔法具のカッターのことだ。
「私も、びっくりした……先生も、いるなんて。でも、また会えて……とても嬉しいの」
 ナサニエルは本土の子爵邸と行ったり来たりしているが、ここにいる間は以前のようにカサンドラの教師をしている。本土にいる間は、宿題を置いていくのだ。
 教師については、カサンドラからお願いした。
「あの人は、カサンドラちゃんの恩人だね」
「イフさん? お礼を言ったら……おもしろい研究材料でしたわ、って……言ってたの。技術者って……何だか、不思議」
「それでも、カサンドラちゃんが大丈夫になって本当によかったよ」
 カサンドラは、もう予知夢は見ない。見るのは、誰もが見る夢だけだ。
 やや引っ込み思案なところは変わらないが、以前よりもずっと健康的になった。
「そうだ、本土側の状況って何か知ってる?」
「向こうでも……冬支度、進めてるみたい。いつもより、念入りにしてるって……お父様からのお手紙に、書いてた。お兄様と、お姉様も……元気なんだって。嬉しい」
 カサンドラがにっこりして言うと、アウロラも微笑んだ。
 その他、ナサニエルから聞いたことで、スラム再開発が行われていることをアウロラは聞いた。
「そっか。どこも忙しいんだね。んー……それならマテオの人達が手伝いに行くのはどうかなぁ。本土のほうで作業をしてる間は水位の心配をしなくていいし、本土側も作業が捗るしでいいと思うんだけど。……そんなに簡単な話じゃないのかなぁ」
 あのね、とカサンドラはナサニエルから聞いた話を伝えた。
「お金の問題も……あるんだって」
 本土の詳しいことについては、公爵の手紙には書かれておらず、ナサニエルもあまり細かくは話さなかった。
「お金かぁ。賃金が払えないってことかなぁ」
 帝国本土の人々の生活にも余裕があるわけではない。
 街の商店街には活気があるが、大儲けしている店はほとんどないのだ。
 ましてや雪深い冬の間は、経済活動も活発とは言いがたくなる。
 送られて来る支援物資は、そんな中から少しずつ集められたものだった。
「私の、悪夢が終わったように……きっと、この村も、本土も、元気になると……思う」
 カサンドラは、考え方も前向きに変わっていた。
「これからは……私も、もっとがんばる。みんなから、頼りにされるように……。いっぱい助けてくれた、アウロラさんに……今度は、私が、力になる……ね」
 カサンドラの目は、希望に満ちていた。


☆ ☆ ☆

 

 アトラ・ハシス島に向かうブレイブ号にて……。
「ねえ」
 甲板にいたウィリアムとアーリーに、レイニが話しかけてきた。
 彼女の顔は無表情。魂が抜けたかのような顔をしていた。
「あの子、指輪、首から下げてなかった?」
 ウィリアムはリッシュの姿を思い出す。確か、していた。アールと名乗っていた頃も。
「してた、な」
 最後に見た時も、服装は違っていたけれど、彼女は首にリングを下げていた。
「それ……結婚指輪なの。あの子の父から、私がもらった……」
 レイニの声が震えた。
「私、2度も……娘を、見捨てた」
 無表情の彼女の目から、涙が落ちた。
「ごめん……ちゃんと送り届けるから」
 そう言って、レイニは船首へと歩いて行った。
「ウィル……この船焼こうか」
「は?」
 突然のアーリーの言葉に、ウィリアムは訝しげに眉を寄せた。
「目的地を氷の大地に変えなさい。そうしないとこの船焼くわよって脅したら……やむを得ない理由があれば、行くと思うのよね。すぐにでも行きたいんじゃないかしら、娘さんのところに」
 行っても、一般人が辿り着ける状態ではない。だけど、今、この船には魔石――火の継承者の身体がある。
 そして、アーリー、ウィリアム、シャナ、セゥ、ヴィーダ、山の一族といった、儀式経験者や継承者の一族と一族の力を持つものが多数乗っている。
「脅しても、行かないというか、行けないんじゃないか。背負ってるものが沢山あるみたいだし」
「縛られているのは、自由がないのは、私たち継承者の一族だけではない……のよね」
「アーリー?」
 アーリーの目に涙が浮かんでいることに、ウィリアムは気付いた。
「ちょっと……お母さんのこと、思い浮かんで……」
「家族って、なんていうか……いいものなんだろうな」
「教えてあげるわよ、きちんとあなたの家族になってね」

 船首で、レイニはどんよりとした雲と海を茫然と見つめていた。
 考えてはいけない。
 何も考えてはいけない。
 考えたら、立ち上がれなくなる。
 息子のところに、早く戻らないと。
 皆に、お礼をして
 事態の説明をして
 対策を立てないと
 村の人口が倍くらいになって初めての冬
 食料の問題も、住居の問題も
 ああ、土砂崩れや雪崩の心配も……
 子どもと女性ばかりの村だもの
 私がしっかりしないと
 皆、私を頼ってくるし
 しかりしないと、皆を支えないと
 私が護らないと……
 だから考えてはいけない
 娘の事を、考えていては、いけない……

 考えては、いけない?
 娘の、ことを?

 ……私は、何て 冷酷な 母だろう

「ごめん、リッシュ、ごめん、リッシュ、ごめん、リッシュ、ごめん、リッシュ、ごめん、リッシュ、ごめん、リッシュ……」
 会いたい。
 会いたい。
 会いたい。
 ずっと一緒に生きてきた、大好きな愛娘。かけがえのない存在。自分の身体の一部だった。
 自分の意思で、母の手を離して去っていったあの時とは違い、助けを求めていたのに。
「うっ」
 嗚咽が漏れた。
 いけない。
 考えてはいけない。
 考えてはいけない。
 何も考えてはいけない。
 考えたら、立ち上がれなくなる。


☆ ☆ ☆

 

 魔石が盗まれたという話は、エルザナの耳から、ロスティンの耳へと届いた。
 アーリーが攫われたとのことだが、ウィリアムの姿もない。
 氷の大地から帰還したアルザラ1号には乗っていたとのことだが。
(あのヤロウ……! 相談もなく)
 ロスティンにとっては、魔石はエルザナのためにもここになければいけないものだった。
 儀式でセラミスに身体を貸していたエルザナはまだ本調子ではなく、自室で過ごす事が多い。
 今日は彼女の部屋に、マーガレットも訪れていた。
「やられた……。私のこと勝者だって言ってたけど、勝者はそっちじゃない。何もかもあの人――アーリーの思い通りに終わったってわけね」
 エルザナはアーリーが魔石と共に去ったことに、怒りを感じていた。
「確かに……。けどさ、エルザナちゃんは敗者なの?」
 にこにこ、笑みを浮かべてロスティンはエルザナを見詰める。
「……敗者、ということはない、かな」
「うん、こうして元気に帰ってこれて、エルザナちゃんも勝者、win-win。これからはもう寿命を迎えるまで楽しく過ごそうな」
「はい、ロスティンさん……」
 抱き合う2人を、マーガレットが咳払いで制す。
「ですが、問題が文字通り山積みのようですね」
 マーガレットが目を向けた先には、書類が山積みになっている。
 マテオ・テーペ出身者として、マテオ民、公国民との交渉を行う外交的な役割について、ロスティンは軽く申し出ていた。
 そしたら彼のもとに、沢山の帝国視点の資料が届けられたのである。
 海賊戦でのこと、燃える島で火の継承者が歪んだ魔力を集めていたこと、燃える島が燃えている時に行われた調査でのマテオ民の行ないに対しての被害、アルザラ1号帰還時に帝国民が氷の大地に取り残されたこと。
 それにより、帝国側は多大な被害を受けており、マテオ民、公国民は賠償責任を負うというものだ。
 火の魔石の奪還と、箱船による救助が終了した後、水の魔石の受け渡しをマテオ民、公国民に約束させろとのものだった。
「これって、随分と一方的だと思わない? 事実と少し違うよね?」
「どうかしらねー」
 エルザナはすうっと目を逸らす。
「ここだけの話としまして、エルザナさんは、結局世界が危機に瀕した最大の理由は何だと思います? 火の継承者の女性でしょうか」
「……導いたのは、異なる継承者の一族の子ども、ハーフなんじゃないかしらね。氷の大地にいたという、ハーフの壮年の男。多分、私が追っていた離反者の子孫。水の継承者の一族との間に生まれた子どもなんじゃないかと。あと、継承者の一族は、歪んだ魔力の影響を受けにくいけれど、全く受けないわけじゃないんじゃないかな。特に魔力を吸収することができる、男性の継承者とか。あっ、あくまでここだけの話だからね」
「わかっています」
 歪んだ魔力を本土に持ち込ませたのはハーフだった。
 海賊を導いたのも、皇帝の殺害を目論んだ組織を裏で導いていたのも。
 リッシュ・アルザラの中に、火の継承者の女性の精神を入れたのも。
 融合へと導いたのも、融合を行ったのも――。
 語りませんが、全て記録には残しますね。と、マーガレットは心の中で思う。
「2000年後また同じ事が起きないよう、今回の一連の出来事を記録するのと。まだ見つかっていない文献や故人の想いを探して集める所も作らないとな。図書館分室継承者研究所とかどう?」
「必要なことだと思いますが、それより先にロスティンさんには外交問題の解決が求められているかと……」
 積みあがった資料に目を向け、ロスティンは頭を悩ませる。
「エルザナちゃん……この交渉失敗したらどうなる?」
「よくて減給。完全に失敗したら、財産没収、身分、国籍はく奪かしら」
「うわ……け、どさ、山の一族とはむしろ交渉の方法がないよね? 一族全員帰っちゃったから」
 そう、山の一族は全て帰還してしまい、一族の力を用いた連絡は不可能なのだ。
 アトラ・ハシス島の概ねの位置くらいは聞いているが、帝国の民だけで交渉に向かう方法はない。
「あ、でも、Sスヴェルの作戦で、風の継承者の一族の力を得た人、いなかったっけ。ええっと、確かヴォルクくん」
 ヴォルク・ガムザトハノフ。マテオ出身者ならその名を知らぬものなどいないだろう。
 厨二病患者である。重症な。
 ああ、あの少年か……とマーガレットは彼の姿を思い浮かべていた。
「その人、旅に出るとか言って、ふらふらしているらしく、捕まえる事が出来てないみたい」
「参ったな」
 ロスティンは深くため息をついた。
「ロスティンさん、ファイトです。成功したら多分爵位もらえますよ」
 顔をあげれば、そこには穏やかなエルザナの顔があった。
 だからまあ、すべていっか! どうにかなる。そう思えた。
「記録や回顧録より先に、新作の執筆を進めるべきでしょうか」
 苦笑しながらマーガレットは考えていた。


第6章 エピローグ

 アルディナ帝国の皇帝、ランガス・ドムドールが、全ての魔力を統べる王となる儀式を終えてから、数日が過ぎたある日。
 突如、証を持って生まれた継承者の精神が、王の許――精神世界へと呼ばれた。
「魔力を有し、同じ意思を持つ人間を新たな神の使いとし、新たに始まる2000年間、その者たちに人々の統治を行なわせる」
 王は次の時代の方針を語った。
 世界の統一――国という垣根をなくし、人々は新たな王の支配下で、魔力と自然畏れ敬い、平和と繁栄を目指していくのだと。
 そして、継承者として最後の時代に生まれた者達に問いかけた。
「王となるべく生まれた者たちよ、あなた方はどうお考えか? 私は、あなた方の魂のエネルギーを用いて、あなた方の願いをひとつずつ、叶えることができる」
 魔力を持つ人にも問いかけていった。
 魔力を還し純粋な人間として生きるのか。
 神の使いとなるか。
 肉体を持たない精霊となるか。


☆ ☆ ☆

 

 朝――。
 ブレイブ号の寝室で、シャナは目を覚ました。
「よかった、シャナも目を覚ましたか。セゥもさっき起きたところで」
 心配そうに、ヴィーダがシャナを覗きこんでいた。
「俺たちにも神のお告げみたいなのがあったんだけど、継承者たちは集められたんだってな。どんなことがあったのか教えてくれるか?」
「うん、皆に話すわね」
 シャナは起き上がって身だしなみを整えると、食堂へと向かった。
 食堂には、ブレイブ号に乗っている者たちが集まっていた。
「……というわけで、新たな神様となった方のお考えは、精霊と人間の共存。精霊の力を有する人――呪術というか魔力を持った人を新たな継承者の一族にして、世界を治めていこうって考えなの」
 シャナたち、王となる資格を有して生まれた者達は、その魂のエネルギーを用いて、願いをひとつずつ叶えてもらえると言われた。
「俺は、アトラ島の救済を願った。で、魔力を還し人間になる」
 セゥが言い、ヴィーダを見ると、ヴィーダは強く頷き、そして、シャナもだろう? というように、ヴィーダはシャナを見た。
「私は……考えたんだけどね、継承者の一族になることにしたわ。神様の遣いっていうの?」
 地の王は精霊と人間を完全に分けることも視野に入れたが、それを望まない人が多かったらしい。
 魔力を手放すことを良しとしない者が多くおり、魔力は一部の人の中に残り続けることが決定となった。
 そのため、シャナはアトラ島の人たちを護るために、リーダーであり続けることにした。それには一族の力が必要だと感じて、魔力を持ち続けることを望んだのだ。
「だけど、契りの娘――継承者では無くしてもらったわ。継承者として生まれてくる子には申し訳ないけどね。でも全力でサポートして殺させないから」
 言って、シャナは右の肩を露にした。
 痣があった場所にはもう何の印もなかった。
「ルイスも願いを言ってたか?」
 ヴィーダが聞くと、シャナは苦笑しながら答える。
「魔力を持つ人間の絶滅。一族も全て滅ぼせって言って『そんなこと出来るわけも、するわけもないでしょう、お馬鹿さんねえ』って、王に蹴り飛ばされてたわ」
「……ランガスってそんな性格だったか?」
 ウィリアムの疑問に「姉の性格じゃない」とアーリーが答えた。
「ベルティルデは、マテオのことか?」
 ヴィーダの問いに、シャナは頷く。
「そうね……マテオ・テーペ自体については、彼女の願いだけでは叶えられるものではなく、リモス村の救済を望む人々が多くいたことから、こちら側にルース姫の力は使われるみたい」
「火の継承者は何て言っていた?」
 そしてウィリアムも、シャナにリーザについて聞いた。
「んーと、誰かの……バルバロだったかな、って女性を生かすこと。それ以上何も言わなかったわね」
「そうか」
 ウィリアムの脳裏に、バルバロと親しげにしていたアールの姿が浮かんだ。
「王自身は、世界の魔力が安定するまで見守り、その後魔石になるんだって。安定するまでは何十年もかかるらしいから、人間の寿命くらいまではこの世界で生きているってことになるのかな」
 あそうそうと、シャナは思い起こしながら付け加える。
「マルティアやユリアスに頼まれていたことも、一応ルイスに伝えたのだけれど、笑い飛ばしていたわね……。ただこうも言っていたから、いつか彼女たちに伝えないとね」

『人の世界で生きたいなんて微塵も思わない。けれど――リーザが幸せに生きられる世界なら、考えてもいい』


☆ ☆ ☆

 

 それから世界の魔力を統べる王は、継承者たちの精神エネルギーと、人々から還された魔力を用い、世界中の魔力の調整を始めた。
 王がまず優先したのは、帝国であった。
 大洪水後に形成された氷の大地の氷は、魔導兵器発動の影響で再び溶けてしまい、リモス島や燃える島は海の水に覆われてしまった。
 しかし、リモス村に住んでいた人々の避難は予定通り行われ、人命が失われることはなかった。
 そして、沈んでから間をおかず、ルース姫の願いと、王の加護の力がリモス村に降り注ぎ、田畑や居住区の土地が隆起していった。
 村で暮らす人々の対策により、直前まで田畑や住居への水の浸入は防がれていたため、土地が回復するまでにそう時間はかからなそうだった。

 マテオ・テーペ救出に携わる者たちの多くも、魔力を手放し人間となることを望んだが、箱船での救出が終わるまで魔力は必要だった。
 そのため、箱船での救助が終了するまで、魔力を持った人間のままであり続けることとなった。

 

 ルーマは、継承者の一族であり続けることを望んだ。

 カーレはルーマのその意思を確認し、自分程度の強くはない一族の力を有するものでも、帝国の維持に必要かどうか、問いかけた。

「武力も、魔力も、政治力も、貴族としての交渉力もすべてが、及第点ではない、中途半端である事は自覚しています」

 儀式の時に起きた騒動も、自分にできたことは一族の力で連絡をした程度で、場を静めることや、解決につながるようなことを出来たとは言えない。

「たまたま一族の力を得た事で帝国へ貢献できることは増えましたが、それを失ったからといって帝国への忠誠までも失うわけではありません」

 全てが中途半端だからと、何も貢献しなかったわけでもない……とも思う。

「無い知恵を絞って、できる事を探せば、帝国と皇帝のために働くことはできます」

 このような自分を、ルーマはどう思うのか。

「私はそんなに魔法が堪能ではない。君と私の魔力は同程度だろう」

 ルーマはカーレにそう答えた。皇帝の名を語らなければ、自分こそ中途半端なのだと。

 結果として、カーレは継承者の一族となる道を選んだ。

 強い力よりも、信仰心のある者、精霊に対して畏敬の念がある者を、新たな王は必要としており、王がカーレを自分の遣いとして求め、認めたからだ。
 そして、次の皇帝に一番近い人物――ビル・サマランチ、いや、ビル・ドムドールの側近となることを、命じられた。

 

 ビルは継承者の一族でありつづけ、父たちを支えていくことにした。
 国がどうなっていくのかは、まだ分からないけれど、父の願いを叶えるために、その導きに従う人々と共に、国と世界を護っていきたいと考えていた。
「お父様。人の世界は問題が山積みです。とうか見守り、お導きください」
 約束の日の約束の時間に大地に手を当てて語りかけると、父からの返事が届く。
「今日はダリアも一緒にいます。何かお話しはありますか?」
「お父様、苦しくない? 楽しい?」
 ダリア・サマランチは姉のビルの手をぎゅっと握っていた。
 ダリアは魔力を捨てて、人間になった。もう操られるようなこともない。
 ビルはダリアの言葉を、父に伝える。
「……ありがとう、苦しくないよって言ってます。ルーマさんたちのいうことを聞いて、いい子にしててねって。お土産話沢山あるそうです」
 姉の言葉に、ダリアは寂しげな目でこくりと頷く。
「ダリアのことは任せてください。お父様……」
 会いたい、その言葉を飲み込んで、ビルは立ち上がる。
 そして、ダリアの手を引いて歩きはじめた。

 父と、父の姉は、今日も世界のどかで生きている。
 生きているから、また会える――。

 その日、ルースは不思議な夢を見た。
 暖かな陽射しが差し込む部屋で、ベルティルデと楽しくお茶の時間を過ごしている夢だ。
 ベルティルデはリモス村の様子を聞いてきた。
「もういろいろありすぎて退屈しないわ。魔法が使えない不便さなんか気にならないほどよ。大きなことは、ジスレーヌが箱船3号の造船を計画していることね。技師長や子爵達と熱心に話し合いを続けてるわ」
「マテオ・テーペは、そのままでしたから……わたくしの力不足です」
 肩を落とすベルティルデ。
「あなたのせいじゃないわ。きっと誰のせいでもない。救出されたマテオ民はリモスに着いた時はだいぶ弱っていたけれど、元気になったらとてもがんばってるわ。あなたがいた頃より村は活気に溢れてるわよ、きっと」
「会いに行きたいですね」
「私も、あなたに会いたいわ。どこにいるのよ……いえ、あなたがいるところなんて決まってるわね。そこに行けば、会えるのかしら」
 ベルティルデは何も言わずに微笑んでいる。
「他には何がありましたか?」
「あなたと友達になったって言う少年がいたでしょ。彼、継承者の一族になったのよ。それで旅に出るとかで一人乗りのボートを造って、海に出ているの」
 ボートは技師長の手助けを得て造られた。
「確か、島の周りは渦巻で囲まれていたはずですが……」
 リモス島の周囲は海流が複雑で、無数の渦巻が発生している。そのため、船があっても特殊な専門技能か強い水の魔術師が海水を操るなどしないと、抜け出すのは不可能なのである。流刑地として選ばれた所以でもある。
 ベルティルデのもっともな疑問に、ルースは呆れを含んだ笑みをこぼして話した。
「風の魔法でボートを浮かせて飛び越えているのよ! ただ持ち出せる物資の量に限度があるから、数日くらいで帰って来るしかないのだけど」
 仲間が乗ると重量オーバーでボートを飛ばせないので、行く時は一人だ。
 ジスレーヌも本心では一緒に行きたそうにしているが、今はマテオ民と村のために尽力しているという。
「ねえ、ベル。私やジスレーヌのように魔力を手放した人は少なからずいるけれど、でも、海底に残されている人達のことを諦めてなんかいないわ。あなたのことも、必ず迎えに行くわ。そして、お互いに名前を返しましょう」
 ゆったりと流れる時間の中、温かい紅茶を共に味わった。


☆ ☆ ☆

 

 覚悟を持ってたくさんの負の感情を受け入れ、復讐を行わせるためではなく、その感情の持ち主が過ごせなかった時間を、共に生きていこうと言う覚悟を持って、長く長い間、トゥーニャは呼びかけを続けていた。
 魔力を歪ませている負の感情が癒えることはない、けれど。
 だけれど、負の感情たちはトゥーニャの中に、次々に入っていった。
「うんうん、『みんな』生きたいんだよね。体は一つだから何でもかんでも『みんな』がやりたい事を出来るわけじゃないから不自由させちゃうかもしれないけど」
 トゥーニャは氷の大地を飛び回って、沢山の負の感情の欠片を、自分の中に受け入れていった。
「ぼくはず~と一人だったから、『みんな』が一緒に生きてくれたら嬉しいな」
 そして、お空から生きている人たちを一緒に観て――たくさん、たくさん、愛してくれるお母さんを選んで生まれようね。


★NPCエンディング
セラミス・ドムドール
ランガス・ドムドール(マリオ・サマランチ)
世界の魔力を統べる王となり、魔力の調整に世界中を巡っている。
普段は人には見えない精神体だが、実体化することもできる。
世界の魔力を安定させたあとは、帝国に戻り魔石となる予定。

ベルティルデ・バイエル(真ルース)
身体に戻って、人間として生きたいと思っている。

ルイス・ツィーグラー
精霊になったらしい。

リーザ・インダー(+リッシュ、レイザの精神の欠片)
不明。

シャナ・ア・クー
風の継承者の一族となった。
継承者の役目からは解放してもらった。

セゥ
人間になった。
妊娠中の妻が無茶をしないか日々心配している。

チェリア・ハルベルト
人間or継承者の一族※決められませんでした。
役目を果たし、生きていなければいけない理由がなくなった。
自分の意思ではなかったにせよ、歪んだ魔力の意思のもと行ったことを全て忘れて、人間としての幸せを求めることは間違いだと思い、悩み続けている。

ルルナ・ケイジ
資料を見たり、姉ミコナから色々話を聞き、継承者の一族になる道を選んだ。
属性は火。火の吹き溜まりの地出身である、自分が火の魔石の所有者だと帝国に主張している。

ミコナ・ケイジ
魔力を還し人間となった。
得意なことが何もなくなってしまったけれど、後悔はない。
大切な人たちとのささやかな生活を守れるよう、頑張っていきたいと思っている。

エルザナ・システィック
魔力を還し人間となった。
帝国の騎士団に籍を置いたまま、ビルの側近の一人となった。
庶民の暮らしにも憧れているので、夫が失脚した場合は身分や立場を捨てて夫についていくつもり。

バリ・カスタル
悩んだ末に、継承者の一族(水)となった。
魔法の才能はないようだが、属性が水であるため、マテオ民救助で役立てると思った。
自分を逃し、残った兄に代わり、最後は自分がマテオに残り、兄を地上に送ろうと思っている。
幼馴染のサーナから、一族の特殊能力を習おうと考えている。

エクトル・アジャーニ
王に忠誠を誓い、継承者の一族(風)となった。
山の一族と連絡をとるために、一族の能力を習得しようとしているが、苦戦している。

アーリー・オサード
魔力を還し人間となった。
ウィリアムと一緒に、山の一族の住処で暮らしている。
これまでウィリアムより圧倒的に強かったが、魔法が使えなくなったことで敵わなくなり、逞しく行動力のある彼により魅力を感じるようになった。
魔石はレイニ・ルワールに委ねた。

レイニ・ルワール
悩んだ末に、継承者の一族(風)となった。
人間になることを望んだアーリーから、魔石を好きに使っていいと委ねられた。
魔法の才能はなくとも少しでも、世界を安定させる力となりたかった。
シャナ達と協力をして、魔石と継承者の一族の力で、アトラ島を護っていこうとも思っている。
そして何よりも、出来るだけ早く、氷の大地にいる娘(の遺体)を迎えに行きたいと思っている。

レザン・ポーサス
魔力を還し人間となり、ハーフの宿命から解放された。
リッシュのことを聞き、酷く悲しんだ。
今後もマテオ民救出に協力していくつもり。

ルーマ・ベスタナ皇帝の影武者)
継承者の一族となった。
皇帝の職務を代行している。

皇妃カナリア
人間になった。
第一子妊娠中。

ホラロ・エラリデン
魔力を手放さなかった。
皇帝に忠誠を誓い、継承者の一族(地)となった。
帝国で一族用の魔法具の開発、魔力についての研究を続けている。

ビル・サマランチ(ビル・ドムドール)
継承者の一族となった。
父と共に、家族や国の人々を護っていきたいと思っている。
現在、帝位継承順位第1位とされている。

リッカ・シリンダー
人間になった。
魔法鉱石を燃料とした乗り物、道具の開発、研究を続けている。

サーナ・シフレアン
継承者の一族となった。
一族の力でマテオ・テーペと連絡をとりながら、1人でも多くの人を救出するために、頑張っている。

グレアム・ハルベルト
人間として生きている。
欠けた記憶はまだ戻っていない。
しばらくは表舞台には立たず、後ろからスヴェルを支援する予定。
スヴェルの団長職を代理達に譲りたいと、二人の団長代理と交渉中。

カサンドラ・ハルベルト
人間として生きている。
本土の公爵邸に戻り、リモス村での経験を生かすため勉強中。
今でもリモス村のマテオ民と親しく交流している。

ヘーゼル・クライトマン
人間になった。
Gスヴェル団長代理として励んでいる。
グレアムを団長に復帰させようと画策中。

パルミラ・ガランテ
人間になった。
ハオマ亭の看板娘として、笑顔でがんばっている。
元スラム民の支援にも取り組んでいる。
今も変わらずグレアムの大ファンである。

フランシス・パルトゥーシュ
人間になった。
パルトゥーシュ商会の長として、従業員を飢えさせないよう舵取りに尽力している。
スヴェルへの支援は継続して行っている。

ジェルマン・リヴォフ
火の継承者一族になった。
神官職は継続し、古書の翻訳と保管に力を注いでいる。

ダリア・サマランチ
人間になった。
世話になったGスヴェルに恩返しをするため、猛勉強中。

ハルベルト公爵
人間になった。
スヴェルと元スラム民への支援の他、人材育成にも力を入れている。

ジスレーヌ・メイユール
人間になった。
インガリーサの支援を受けながら、リモス村の開拓に尽力している。
よりおいしい農作物を開発中。
その一方で、箱船3号造船を計画したり新たな移住地を探したりしている。

インガリーサ・ド・ロスチャイルド子爵
人間になった。
私物の賃貸業で稼ぎ中。
リモス島の管理人は志願して継続している。
最近は旅に憧れている。

ルース・ツィーグラー
人間になった。
リモス村でジスレーヌに協力している。
『高く売れる花』を作ろうと奮闘中。

サク・ミレン
人間になった。
ロスチャイルド夫妻の護衛や流刑囚の監督など、これまでとあまり変化のない日々を送っている。
時々、スラムにいた頃の知り合いと会うことも……?

★PCエンディング
担当:冷泉みのり
タチヤナ・アイヒマン
魔力を手放し、人間になった。
任務の合間によくグレアムに会いに行っている。

エンリケ・エストラーダ
魔力の返還を拒み、魔力を失わなかった。
帝国への復讐心は未だ持っているようだ。
氷の大地にて行方不明。

リベル・オウス
魔力を持たない人間として転生する予定。
とても会いたい人がいるらしい。

タウラス・ルワール
魔力を手放し、人間になった。
帝国に留まり仕事に精を出している。

リキュール・ラミル
魔力を手放し、人間になった。
ポワソン商会代表として自ら掲げた復興事業三本柱を進めるため、精力的に働いている。
元スラム民支援の拠点である公爵別邸の管理人の一人である。
フランシスに片思い中。

ジン・ゲッショウ
魔力を手放し、人間になった。
氷の大地にて行方不明。

アウロラ・メルクリアス
魔力を手放し、人間になった。
リモス村にて日々精を出している。
本土の公爵邸に帰ったカサンドラとも交流は続いている。

ヴィオラ・ブラックウェル
魔力を手放し、人間になった。
実家の商売を継ぐため修行中。
元スラム民の支援に精力的に働いている。

コタロウ・サンフィールド
魔力を手放し、人間になった。
ベルティルデを目覚めさせる方法を模索中。
いつか小型船を造り、故郷があった場所を訪れたい。

ヴォルク・ガムザトハノフ
継承者の一族になった。
魔王として超絶品行方正な正義の闇軍団を構成し、世界征服のためリモス島からちょくちょく旅立っている。

マティアス・リングホルム
魔力を手放し、人間になった。
ルースと共にリモス村で精力的に働いている。
ルースへの気持ちは自覚したが、伝えてはいない。

アルファルド
魔力を手放し、人間になった。
イフのカッター技術を買うためのお金の工面に苦心している。

セルジオ・ラーゲルレーヴ
魔力を手放し、人間になった。
帝国に残り、世界に生きているすべての人達が幸せに暮らしていけるような環境づくりに尽力している。
アトラ島と帝国の交易推進にも力を注いでいる。

クラムジー・カープ
※人間か継承者一族か、判断できませんでした。
解読した古書の再編および継承者とその一族についての記録の保管に力を尽くしている。
Sスヴェルの事務仕事にも携わっている。

キージェ・イングラム
魔力を手放し、人間になった。
母が繋いでくれた命を大切に生きている。
手を焼かせる元スラム民の相手もだいぶ慣れてきた。

リィンフィア・ラストール
魔力を手放し、人間になった。
Gスヴェルの活動を通し、自分にできることに真摯に取り組んでいる。
なお、体内に取り込んでいた歪んだ魔力もなくなっている。

リンダ・キューブリック
魔力を手放し、人間になった。
まだ状況が不安定な帝国において、リンダの戦力は必要とされた。

リュネ・モル
魔力を手放し、人間になった。
スラム再開発に尽力している。
経理関係で特に頼りにされている。

ナイト・ゲイル
世界を護り続けるために、継承者の一族となる道を選んだ。
世界が安定した後は、精霊になって世界を護り続けようと思っている。

ユリアス・ローレン
魔力を手放し、人間になった。
縁のある町医者のところで手伝いをしている。
公爵邸に戻ったカサンドラとは今も交流が続いている。

ルティア・ダズンフラワー
魔力を手放し、人間になった。
元スラム民支援の中心的人物として精力的に働いている。
時間を見つけてはグレアムに会いに行っている。

担当:川岸満里亜
アレクセイ・アイヒマン
魔力を還し人間となった。
チェリアのもとに頻繁に通っている。

シャンティア・グティスマーレ
魔力を持ち続けるために、継承者の一族となった。
魔石盗難の幇助をしたのではないかと疑いをもたれていたが、継承者の一族(王の遣い)として認められたことで、罪に問われなくなった。
帝国の宮殿で魔法に関する研究、開発を続けている。

マシュー・ラムズギル
魔力を手放し人間となった。
魔力の研究に携わっている。

ロスティン・マイカン
魔力を還し人間となった。
エルザナが人間になる道を選んだため、共にと考えた。
継承者の一族となった貴族に仕えながら、記録を残す提案や、外交面を担っている。

マーガレット・ヘイルシャム
人間or継承者の一族※判断できませんでした。
ビルやサーナと過ごす時間を大切にしながら、執筆に勤しんでいるらしい。

フィラ・タイラー
魔力を手放し人間となった。
『今日よりちょっとだけマシな明日』を夢見て、相も変わらず、『人』としてたくましくしたたかに生きている。

バルバロ
魔力を手放し人間となった。
火の継承者の願いにより、しばらくの間命が保護された。
その後生死不明。

カーレ・ペロナ
継承者の一族として求められ、本人も希望し、一族となった。
側近としてビルに仕えている。

ウィリアム
魔力を手放し人間となった。
アーリーと共に、山の一族の住処で暮らしている。
何れはこの地を出て、2人で住める場所を探すつもり。

ヴィーダ・ナ・パリド
魔力を手放し人間となった。
原住民たちに外の世界の話や、魔力、儀式についての説明をして回っている。
夫、セゥとの子を妊娠中。

コルネリア・クレメンティ
精霊になった。
帝国領のどこかに宿ったらしい。

トゥーニャ・ルムナ
人間として生まれてくる予定。
多分とっても多重人格。

マルティア・ランツ
人間or継承者の一族※判断できませんでした。
魔法を手放していない場合は、継承者の一族です。

●最終的な種族
人間……魔力を還し(手放し)魔力を持たない純粋な人間。魔力がないので、歪んだ魔力の影響を受けることはない。属性もない。

魔力を持った人間……魔力を手放すことを拒否し、継承者の一族としても認められなかった人間。歪んだ魔力の影響による、暴走、魔物化の可能性がある。
帝国に反逆者としてみなされており、人や世界にとって害をなす魔法の使用が認められた時には、討伐対象となる。

継承者の一族……新たに神の遣いとなった人々。同属性の一族同士の間に生まれた子どもは継承者の一族となる。
人間との間に生まれた子どもは、魔力を有する。継承者の一族の力を有することもある。
尚、別属性の継承者の一族同士の交際は厳禁とされている。(世界を滅びに誘うハーフを産みだしてしまう可能性があるため)

●個別連絡(担当:川岸)
タウラス・ルワールさん
ジン・ゲッショウさん
エンリケ・エストラーダさん
過去にアクションをかけて、リアクションやご案内で決定している状況を変えることはできません。
また、タウラスさんに関しては、ダブルアクションを超える多重行動となっております。
ダブルアクション(多重行動)につきましては下記については、ダブルアクションと判定されない場合がありますが、ご行動も目的もバラバラでありますため、いただいているアクションはカナロ・ペレアではレッドカード行為となります。特にグループ行動につきましては、自分の役割を成功させるための行動に絞り、アクションの結果に責任を持っていただけますようお願いいたします。出来ない場合は協力を申し出たり、受けることはされませんよう、何卒正常なゲーム進行にご協力ください。
ジンさん、エンリケさんにつきましては、ダブルアクションではありませんでした。目的を1本に絞っていただいていますため、氷の大地に残ったとして描写させていただきました。
その他の氷の大地で活動をするとされた方の、氷の大地での行動は不採用とさせていただいております。

・ダブルアクションと判定されない可能性のあるアクション
複数の目的を持った行動だが、行動が1シーン内で完結している。
複数シーンをまたがる行動だが、1つの目的に対しての一連の行動となっている。

エンリケ・エストラーダさん
操船技術等ありますため、敵船(中型船)での氷の大地脱出に成功しているものと思われます。
航海中の詳細はおいておいて、その後帝国本土に戻ってこれて潜伏しているとしていただいても構いません。
もしかしたら、帝国には戻らず、後日談で取り扱う場所(詳細はお待ちください)にいるとした方がエンリケさん的には都合が良いかも?
尚、アトラ島に辿りつくことは出来ないです。

ジン・ゲッショウさん
エンリケさんと共に、氷の大地から脱出しているものと思われます。
エンリケさんが本土に戻らなかった場合は、敵船搭載の救命艇で本土にたどり着いて戻っているとしていただいて大丈夫です。
ただ、どちらの場合もかなり衰弱した状態での帰還となります。

バルバロさん
序盤、氷の壁の先に行くことを目指してくださっていましたが、以後積極的なご行動が出来なかった理由は、PLさんの状況によるものだと考えております。
大変な状況の中、最後までご参加いただきまして誠にありがとうございます。
生存条件の結果とはなりませんでしたが、一度体に精神が戻ったものと思われます。
その後(生死)については、PLさんのご判断にお任せいたします。

マルティア・ランツさん
精霊の声を聞くには、精霊にならないと難しいのですが、人間としての死を選択されるとは思えませんでしたので、人間となるか継承者の一族となるか判断できませんでした。
継承者の一族となった場合、将来的に精霊との交信が出来る可能性がなくはないです(ゲーム期間中は後日談も含めできません)。
尚、マルティアさんが継承者の一族となり、更に親しくされているクラムジーさんも継承者の一族となった場合、クラムジーさんとは結ばれることが許されない関係となります。

クラムジー・カープさん
『世界の記憶の継承者』をどう捉えたらいいのか迷い、判断がつきませんでした。
継承者の一族となりその記録を残していく、という意味でしたら継承者の一族になれますが、その場合、地属性のクラムジーさんは帝国宮廷に招かれ、マルティアさんとの関係に制限が生じる可能性があります。
ところで、ワールドとこちらの共通の最終回では、初期に作成したスタッフ資料をご覧になっているのか? と思うほどのお考えがクラムジーさんのアクションに含まれており、驚かされました。とても嬉しかったです!

マーガレット・ヘイルシャムさん
サーナが帝国の宮殿に留まる事が確定となりましたため、サーナ関係のお仕事に就いていただくのも良いかもですね。
マーガレットさんが人間になるか継承者の一族(水)になるかは判断できませんでした。
一族となり、継承者の母となる覚悟を持ったり、逆に生涯独身として継承者をサポート、未来へ情報を残すために動かれるという姿もイメージできたのですが、マーガレットさんが継承者の一族となり宮殿に留まる場合、サーナはマテオ・テーペに戻り、最後まで残る道を選ぶ気がしました。
機会がありましたら、どうしたのか(人間になったのか、一族になったのか)お聞かせください。

ウィリアムさん
PLさんには、アーリーが人間になる未来が見えていましたので、帝国でウィリアムさんの友人たちとも楽しく過ごす未来が理想だったのではないかと思います。
PCの状況に合ったアーリーに必要なご意見、助言で導いてくださり、誠にありがとうございました。
尚、アトラ島には港町の難民たちの村があるのですが、ここに定住する未来はあまり考えられないなかと思っています。
この村は若い男性が極端に少ないため、ウィリアムさんがとてもモテてしまって、アーリーは日々嫉妬で幸せではいられないかと思います。もう焼かれませんが、激しく妬かれます。

リュネ・モルさん
お届け先不明で、リアクションをお送りできませんでした。
…………。
いえ、自由に記入していい欄とはいえ、自由すぎです。今回のは特に意味が解らないのでリテイクを希望します!(笑)
アクション外でも楽しませていただきました。ありがとうございました。

●マスターより
【川岸満里亜】
カナロ・ペレア最終回にご参加いただきまして、ありがとうございました!
運営期間中、色々とありましたが、無事最終回を迎えることができ、良かったです……。
シナリオにご参加いただきました方、応援してくださいました方々、本当に本当にありがとうございました。

今後のスケジュールですが、以下を予定しています。
・出来るだけ早いうちに、日常系シナリオのオープニング&参加案内公開
・2020年1月 後日談(恐らく4年後)イラスト付きシナリオ開催。
・2020年2月 IFコメディシナリオ開催。
・2020年3月 シナリオ&全ての商品の納品完了 サポート終了

2月以降のシナリオについては、アトラ、マテオPCも参加できるとしたいと思っています。
検討していたラストイベントシナリオにつきましては、担当者の都合により開催が難しそうです。すみません。
イラストやノベルにつきましては、3月中旬くらいまでに納品できる分まで注文を受け付けております。
引き続き最後まで、ゲームを楽しんでいただけましたら幸いです!

【冷泉みのり】
こんにちは、冷泉みのりです。
最終回へご参加してくださりありがとうございました。
アトラ・ハシス(私は参加していませんでしたが)からの三部作って、そういうPBMにはゲームマスターとしてもプレイヤーとしても参加したことはなかった(はず)なので、ちょっとした感慨なんていうものを感じています。
この後、後日談などが待っているのでまだ早いのですけれど。
そちらのほうでもお会いできたら嬉しく思います。