はっぴはっぴ♪ はろうぃん

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 本土の南東にある森の中の広場に、子どもたちが集まっていた。

 魔法のお薬で、小さくなった子どもたち。
 この森には精霊が住んでいるとも言われている。
 たくさんのおかしと、お友達との楽しい時間が始まろうとしていた。

●おひるのこどもたち!
「おばけになれば、おかしがもらえるの?」
 アウロラ・メルクリアスは口元に指先を添え、首をこくりと傾けた。そして「わたしもやるー」と、にまっと笑った。
 彼女が選んだ布のおばけに身を包むと、目のところにあけた穴から世界が見える。周りを見渡すと、同じようにカボチャをかぶった子や、ほうきを持った黒いトンガリ帽の子が、大人の裾をつかんで、なにやら言っているみたいだ。アウロラはそれに合わせるように、てこてこと歩き始める。
「とりっくおあとりーとっ!」
 みんなが言っているのに合わせて、アウロラは「とりっくおあといーと」と、やや舌っ足らずにつぶやいた。
「わーっ!」
 両手を大きくあげて、おとなをおどかしちゃえ。
「おかしちょーだいっ」
「ひーっ」
 目の前にいた女性もそれに乗っかって、カバンの中からキャンディを1粒。だが、アウロラは何やら不満だったらしい。
「とりーっく」
 ぺちぺちと大人の脚を手のひらで叩いている。
「えっ、あ、えっ!? こ、これで勘弁してくださいっ」
 笑いながらカバンから布に包まれたクッキーを1枚取り出すと、アウロラに手渡した。
「にひひっ、いいぞーっ」
 彼女はよりおばけっぽく笑って見せると、布の中に手を潜り込ませて、口元にクッキーを運ぶ。サクっという小気味のいい音がして、口の中にバターとミルクと、ほんのり紅茶の香りが広がる。
「んぁ……おいひぃー……」
 それをあっという間に食べつくしてしまうと、じっと女の人を見上げる。
「おいしかった……」
 おばけコスチュームの向こう側にあるつぶらな瞳に上目遣いをされた方は、たまったものではない。「うっ」と小さくうめいて、「レーズン好き?」と聞いた。
 まんまと2枚目のクッキーを手に入れたアウロラは、それも一気に食べてしまう。口の周りにクッキーの粉をいっぱい付けたまま、最初にもらったキャンディーを口の中に放り込んだ。
「ありがとーっ」
 手を振ると、女性も彼女に手を振り返す。クッキーのお姉さんが遠くに行ったのを見て、アウロラはあたりを見回した。
「……あれ?」
 そこには、カサンドラ・ハルベルトと、子どもになったチェリア・ハルベルトの姿がある。
「おねーちゃんも、おかしちょーだいっ!」
「わわわっ」
 カサンドラは慌てて、バスケットの中からお菓子を取り出す。腕には、がっちりとチェリアがしがみついたまま、アウロラのことをにらむように見ていた。アウロラが回り込むようにチェリアを見る。チェリアはカサンドラの陰に隠れて、また少しだけ顔を出す。アウロラは面白くなって、また少しのぞき込む。
「いたたた……」
 チェリアが強く、カサンドラの腕を抱きしめていた。アウロラはカサンドラを見上げて、首をかしげる。
「おねーちゃんたちは、おかし、もらいにいかないの?」
「えっ?」
「ねーっ、いこーよっ、いこーよぉっ!」
 カサンドラはちらりと戸惑うチェリアの顔を見て、勇気を絞り出すように「うん……いこう」と言った。
「わーいっ!」
 アウロラはチェリアとは反対側の手を握って、跳ねるように森の中を進んでいく。

 アレクセイ・アイヒマンは、子どもの姿でチェリアの袖を引っ張っていた。ちょっと背の高いお姉ちゃんにくっついっておどおどしているその子が、どうしても気になったのだ。
「ねぇねぇ、これあげる」
 アレクセイは女の子に話しかけて、先ほどのマシュマロを手渡す。
「ありがと」
 彼女はお姉さんの陰に隠れて、できるだけこちらに姿を現そうとしない。
「ボクはアレクセイ。みんなはアリョーシャってよぶんだ! きみのなまえは?」
「……」
「い、いたたっ……お姉様……?」
 袖を掴まれていたお姉さん――実は薬の力でサイズが逆転こそしているが、こちらが妹のカサンドラである――が悲鳴を上げて、女の子を見る。自分のしたことに気付いたのか、女の子は手の力を緩めると、少しだけ顔を出した。
「……チェリア」
「チェリアちゃんっていうんだ……」
 にこりと笑って、アレクセイが彼女の手を取る。
「いっしょにおかしたべて、みんなとおなじかっこう、しようよ! きっとたのしいよ!」
「あっ……えっ……」
 驚いてもう片方の手が緩んだのか、チェリアはカサンドラの手を離れてどんどん引っ張られていく。
「あのっ、あっ……」
 チェリアは何度もカサンドラとアレクセイの顔を見合わせたが、アレクセイの屈託のない笑顔に、少しだけ顔を赤らめてうつむいた。
「ねえ、どんなかっこうをしたい? ボクはね~」
 たくさんの貸衣装の前で、からだごとひねりながら仮装を見るアレクセイ。だが、やがて1つが気に入ったらしく、その前にてこてこと走り出すと、「これっ!」と指をさす。それは、熊の着ぐるみだった。
「んっしょっ、んっ……しょっ、と」
 せっせとそれを着て、小さい熊さんの出来上がり。
「みてみて! にあう?」
 チェリアは首をこくりとうなずかせる。
「キミは……これなんてどう?」
 アレクセイがチェリアに勧めたのは、フリルがしっかりとついた魔女の衣装。帽子にはジャクオーランタンを模したブローチの飾り付きだ。
「こ、こんなの……」
「にあうとおもうよ! だって、とってもかわいいから!」
「っ……うん……」
 チェリアはまた恥ずかしそうにうつむくと、「これにする」と言って魔女の衣装を手に取った。
 クマと魔女という愛らしいコンビが、川べりで木の実を拾っている。
「まるっこくてかわいいねー。あっ、あっちにもおちてるよ!」
 アレクセイは楽しそうに木の実を拾って集めると、小さな両手いっぱいにその木の実を広げて笑った。
「こんなにとれた!」
 チェリアは「いっぱい」と驚いて、自分が拾ったわずかな木の実を、アレクセイに見つからないように後ろ手に捨てた。
「はいっ、これ」
 アレクセイがその中から1つを選んで、チェリアに手渡す。
「いちばんかわいいの、キミにあげる!」
「えっ、いいの?」
「うんっ! きょうのきねんだよ!」
 チェリアは大きくつぶらな瞳で、それをまじまじと見つめた。ほとんど球に近いほどの丸みが、とてもきれいだった。
「またいっしょにあそぼうね!!」

「かみかぜのじゅちゅッ!」
 ばふんっ、と周囲を低く風が吹き抜ける。女の子の仮装のスカートがはためく。
「きゃーっ!?」
「むーっ、みえぬかーっ」
 女の子たちはスカートの裾をしっかりと抑えて、風の発生源を見た。中心にあった姿は、幼いヴォルク・ガムザトハノフ。彼はシンプルな幼児化を起こしていた。つまり、幼少期男児にありがちな「女の子の嫌がることをついついやってしまう」というアレである。
「もういちど……かぃかぜのじゅちゅっ!」
 さっきよりも強く地面に風を打ち当てると、跳ね返った空気の波が、女の子の真下から風を巻き起こす。さっきよりもスカートはめくれ上がったが、女の子たちはあらかじめスカートを抑えているので、パンツまでは見えない。
「むむぅ……」
「ちょっとキミっ!」
「なんだ?」
 だが、スカートめくりの当初目標は達成した。そう――。
「きしゃまも『まおーぐん』にはいりたいのか?」
「ま、まお……?」
 ヴォルクに注意しようとして寄ってきた子どもたちを前に、胸を張る。彼はスカートをめくりたいという男児の心を満たしつつ、彼が常日頃心のうちに抱えている魔王軍拡大の布石を狙っていたのだ。
 小さなヴォルクは岩の上に乗ると、大演説をかましだす。
「しょくん! わがまおーぐんは! このよの『すぇて』をてにいれる!」
 舌が足りないのか、使い慣れていない言葉はところどころ発音が悪い。だが、演説は実に堂に入ったものである。その姿に、注意に入った女の子よりも男の子のほうが食いついているように見えた。
「すでに、『るしはー』? が、わがなかまになっているぞ!」
 覚えたばかりの単語なのか、『ルシファー』と自信なさげにそう言う姿は、大人が見れば可愛いものだが、子どもから見れば畏怖の対象にもなりうる。
「るしはーってなにー?」
「るしはーはねー……その、すっごくつよくて、じぇんぶのまほーがつかえてぇー、マッハじゅーおくまんではしってぇー、そんで、ぜったいしなないんだぞー!」
「すげーっ!」
「つえーっ!」
 考えられない属性てんこ盛りだが、彼の話に、どんどん子どもたちが食いつく。
「いるー? るしはーいるー?」
「るしはーは、みえないんだ。『われぁれ』のこころのなかにいるんだ……」
 ヴォルクは目を閉じ、微笑んだ。
「さー、まおーぐんに」
 目を開ける。さっきまで演説に群がっていた子どもたちは、「みえないのかよー」と言って彼に背を向けている。
「むぅ……うまくいかぬ……」
 ふとヴォルクは、近くに残っている男の子を見た。

 子どもになったタウラス・ルワールは、途中からヴォルクの演説を聞いていた。彼が何を言っているのかの意味はよく分からなかったが、『るしはー』が目に見えない存在、ということまでは理解できた。それ以上は、「どうやら悪い人じゃなさそうだ」というところまでしか。
「きしゃま、まおーぐんにきょーみがあるのかっ!」
「え、あっ、え?」
 振り返ると、一緒に聞いていたはずの子たちが全員そっぽを向いて行ってしまったのが見える。必然、この場にのんびりと残っていたタウラスと、その奥で見守っていたレイニ・ルワールがヴォルクの標的になる。
「ぼ、ぼく、その、まほうはとくいじゃなくて……」
「だいじょうぶ! さあ、いっしょにねんじるのだ! るしはーのごかごを『わぇら』にッ!」
「ね、ねんじる……」
 ヴォルクが天を仰いで腕を組んでいる。それをマネするように、タウラスもやってみる。
「……うん、行こうねー」
 レイニが彼の腕組みをほどいて、ヴォルクから距離を取らせると、背中を押して無理やりに彼から遠ざける。どうやら教育的によろしくないと判断したようだ。
「魔王軍のトレーニングよりも、ハロウィンを楽しんだらどう?」
 彼女の提案に、タウラスは「そうします」と笑った。
「それじゃ、お洋服借りましょう」
 だが、レイニに連れて行ってもらった先の仮装貸出所で、彼は困惑を隠さなかった。
「こんなにたくさん……どれにしたらいいでしょうか?」
「好きなのでいいのよ?」
「すきなの……うーん、どうしようかな……」
 ちらちらと、何度もレイニの顔を見る。どうやら、彼女に選んで欲しいようだ。それを察した彼女は「仕方ないわね」と言って微笑むと、「こんなのはどう?」と衣装のラックから1つを取り出した。
 わざと汚したようなシャツに、サスペンダーがついている。セットで、ぶかぶかの茶色いベストと、頭にかぶるネジ付きカチューシャ。
「ちっちゃいフランケンシュタイン」
「これがいいですか?」
 レイニは「あなたが決めていいのよ」と笑う。
「きめてほしいんです……レイニおねえさんに」
 ちょっぴり甘えてそう言うと、「タウちゃんったら」と、彼の頭をわしわしと強く撫でた。嬉しいような恥ずかしいような複雑な気持ちで、タウラスはレイニの服の裾を掴んだ。
「それじゃあ、こんなのはどうかしら」
 レイニはいたずらっぽく言いながら、魔法少女のようなフリフリラブリーな服を取って見せる。
「なっ、お、おねえさんっ!」
「冗談冗談っ! あはははっ!」
 顔を真っ赤にするタウラスを笑い飛ばして、素敵なヴァンパイアの衣装を引っ張り出すと「これにしてみたら」と言った。

「うぅ……にいさまをしりませんか……?」
 今にも泣きだしそうなタチヤナ・アイヒマンは、グレアム・ハルベルトの裾をつかんで、顔を見上げた。
「兄さま?」
 グレアムはしゃがみ込んで、タチヤナと同じ目線にまで下がる。
「あ、あの……わたしは、ターニャです……にいさまをさがしてて……ひとりで……ひぐっ」
 そこまで言って、彼女は「うえーん」と大きく泣き出してしまった。自分がここに置いてきぼりにされてしまったと思ったのだろう。グレアムは「よしよし」と彼女の頭を撫でてやる。もちろん「ターニャ」と自己紹介されているからには、この子の言う「にいさま」がアレクセイであることは分かる。さっき、どこかで子どもになってはしゃいでいるのを見たような気もするが……。
 グレアムが頭をなでていると、次第にタチヤナは落ち着いて、深く息をし始めた。それから、彼の顔をじっと見つめる。
「ひょっとして……」
「ん?」
「おうじさま?」
 グレアムは首をかしげて、彼女の意図をくみ取ろうと頭を働かせる。
「にいさまがよんでくれたほんに、のってたの! おうじさま……すごい! おうじさま!」
 タチヤナは何かに納得したのか、繰り返してグレアムを「王子様」と呼ぶと、彼の大きな手に撫でられるまま、頭を下げた。
「あのね、ターニャねっ! おうじさまにあこがれてたの! おうじさまは、おひめさまをたすけて、かっこいいの!」
「そうなんですね」
 何よりも、ひとまずタチヤナの涙が収まったことにグレアムは安堵して、手を下す。立ち上がっても、彼女はニコニコしてグレアムの顔を見上げ続けた。
「だからねっ、ターニャ、おとなになったら、おうじさまになるの!」
「えっ、君が?」
 歩き始めたグレアムの足にまとわりつくように、タチヤナも一緒に歩き出す。グレアムは彼女に歩幅を合わせるために、少しだけ歩く速度を落とした。
「うんっ! まもられるよりも、まもりたいの! そのほうがすてきなの! だから、けんのおけいこをしてるんだ!」
「なるほどね」
 彼女の話を聞いて、その強さの理由を知ったような気がした。
「ターニャ、おうじさまになれるかな?」
「ん? そうですね……」
 しゃがみこんで、また微笑みかける。
「ちゃんと訓練すれば、きっとなれますよ」
 ぱあぁ、とタチヤナの顔が明るく輝く。
「ねえおうじさま! たーにゃに、けんのおけいこつけて!」
 そう言って、彼女は落ちていた木の枝を持ち上げると、得意げに笑った。
「おうじさまみたいな、りっぱなおうじさまになるために、いっぱいれんしゅうするの!」

 リキュール・ラミルは、緑色の雨がっぱを着て森の中を練り歩いていた。
「あー、お菓子はいらんかねぇ? おいし~、おいし~、とっても美味しいお菓子はいらんかねぇ~!」
 威勢のいい掛け声に、でんでん太鼓とラッパの鳴り物をぶら下げて、片手にバスケット、背中にお菓子のストック。ハロウィン仕様の行商人である。
「あっ! おじさん! とりっくおあとりーと!」
「ぎゃーっ! ひぇーっ!」
 物陰から飛び出してきたのは、カボチャの仮装をした子ども。彼に、大げさに驚いて見せると、バスケットからキャンディを数個取り出す。
「手前はカエルの行商人、お菓子は差し上げますので、どうかイタズラはご勘弁の程を~っ!」
「わーっ!」
 金色に光るべっこう飴のようなキャンディ。子どもは目を奪われ、「きれいだーっ」と笑った。そしてそれを口に放り込むと、ひと際輝く笑顔を見せる。
「おいしーっ! ありがとうカエルのおじさんっ!」
「ははーっ!」
 リキュールは深々と頭を下げた。カボチャの子が大きく手を振って、子どもの群れの中へと帰っていく。それをちらりと確認して、バスケットの中身をチェックした。
 お菓子の残りもあと少し。そろそろ喉も渇くころだろう。リキュールは1度背負子を地面に下すと、その中からお菓子をザラザラ、ジュースのビンをカランカラン。
「む……これは、どういたしましょうかねぇ……」
 リキュールが悩んでいるのは、話を聞いた騎士団員から「一応」と渡された魔法薬である。例の、飲めば子ども化できるというものだ。会場で「途中で子どもになりたくなった大人がいたら渡してあげてほしい」と言われている。
「まあ、念のため出しておきましょうか……」
 そう言うと、リキュールはバスケットの隅に小瓶を2つ忍ばせた。いっぱいになったバスケットを確認すると、背負子の紐をしっかりと結んで、また歩き出す。
「お菓子はいらんかねぇ~?」
 昔修行として行商をしたのがこんな形で活きるとは、リキュール自身思ってもみなかった。『昔取った杵柄』とは、よく言ったものである。
 ぷー、ぱー、とラッパを鳴らせば、さっきのカボチャの子から噂を聞きつけたのか、わいわいといっぱい子どもが集まってくる。
「カエルのおじさん! トリックオアトリート!」
「ひゃ~っ!!」
 驚いた表情を作ろうとしても、どうしても少しだけ口角が上がってしまう。とても幸せな、ボランティアの時間が流れていく。

 子ども化したリンダ・キューブリックは、数多くいる子ども化した人々の中では、最も大きな変化のあった人間の1人だろう。何せ、いつもの巨体が、半分ほどの大きさになってしまっているのだから。だが、眼光の鋭さはあまり変わっていない気もする。
「……しあわせのせーれー、どこ?」
「ひっ……ひぐっ……しらない……」
 そのあまりの迫力に、近くにいた女の子が驚いて顔を引きつらせて涙目になる。
「そっか、ごめん」
 リンダはその子の頭をなでて、また別の子のところへ。泣きかけていた女の子は、驚いて固まる。もちろん、リンダ自身に悪意はまったくない。ただ、「幸せの精霊」を探しているだけなのだ。
 彼女の言う精霊は、昔彼女の世話役をしてくれた老女の魂。肉親から疎まれていたリンダに唯一優しかった彼女は、「死んでも精霊に生まれ変わり、お嬢様を見守ります」と言ってくれたのだ。リンダはその精霊を探していた――ただ、彼女の言う精霊が、老女のことであるという記憶はなくなってしまっているようだが。
「あ、カエルだ」
 ふと、リンダの視界にリキュールが映る。
「おや? その目つきは……そうですか、子どもに戻りたかったのですねぇ」
 ほかの子どもに対する接し方とは明らかに違う、少しだけ含みを持たせた言い方。リキュールは「お菓子はいかがですか?」と手を差し出した。
 リンダはつかつかと近寄ると、無言のまま彼のすねにローキックをぶち込む。
「うぐッ!? なっ、なにゆえっ……!」
「あ、ごめん……なんとなく」
 幼いリンダの格闘センスが炸裂し、すねを思い切りぶち抜かれたリキュールは、その場に崩れ落ちる。バスケットの中身が地面にいくつか転がりだして、きれいに並べておいたものがぐちゃぐちゃになってしまった。リンダは飛び出してしまったお菓子を拾い上げて包装を外すと、飴を口に放り込んでしゃがんだ。
「ねーカエル、しあわせのせーれー、しらない?」
「ぞっ、存じ上げませんなぁ……うぅ……」
「そっか、ありがと」
 リンダはその場を立ち去る。後には、激痛に苛まれて両すねを抑えているカエルだけが残された。

「おうじさま、ありがとう!」
 木の棒でのチャンバラごっこのようなものだったが、それでもタチヤナの動きには目を見張るものがある。グレアムは、小さく肩で息をしながら、「こちらこそ、勉強になりました」と頭を下げた。
「ターニャ、おうじさまのこと、だいすき!」
 えへへっ、と笑って、それから「あっ」と小さく声を上げた。
「おれいしないと!」
 キョロキョロとあたりを見回して、それからざぶざぶと川に入っていった。
 タチヤナに目をやりながら、グレアムはようやく立ち上がったリキュールに向かって手を挙げる。
「すみません、何か飲み物をいただいても?」
「あ、ええ、こちらを……」
 リンダのローキックを食らったリキュールは、目をばちばちとしばたかせながら、グレアムにビンを1つ手渡した。
「ありがとうございます……ん、変わった味ですねこれ……?」
「おうじさまー! これ……って」
 タチヤナが綺麗な川石を持って帰ってきたころには、グレアムはすっかり子どもの姿になっていた。
「おうじさまがちっちゃくなっちゃった!?」

 ルティア・ダズンフラワーはまだ見ぬ精霊に目を輝かせている。少しばかり年長さんの姿になっているルティアは、ふと仮装貸出所の近くでキョロキョロと周りを見回している子がいることに気が付いた。
「きみは……?」
「あ、グレアムです」
 ついさっき、不慮の事故で子どもの姿になってしまったグレアムが、どうしていいかわからずおろおろしていたのだった。すでに犬の耳を頭に着けたルティアは、グレアムの手を取って「グレアムくんも、おめかししましょ!」と笑った。

「こっちにせーれーがいるのか?」
 リンダはトゥーニャ・ルムナたちと一緒に、森の奥へと来ていた。この先の洞窟に精霊が住んでいる、という噂だからだ。
「せいれい、ってどんなすがたなのかしら? きらきらしてるの? おおきいの?」
 犬耳をぱたぱたとはためかせながら、ルティアがグレアムと一緒に一番後ろを歩いていく。さらにその後ろを、何も言わずにコタロウ・サンフィールドがついていく。いわゆる、『大人の同伴者』というやつだ。
「わかんないよ~」
 トゥーニャが先頭を歩きながら、後ろを向いて声をあげる。彼女も子ども化しているはずだが、その姿はあまり大きな変化があるようには見えない。
「ふわふわでおいしいかもしれないよ?」
「たべちゃうの?」
「おいしそうなら~」
 笑っているトゥーニャに、ルティアは「んー」と困惑しているようにも見えた。
「ところで、まいごのおともだちはいないわね? まいごになったらさみしいから、わたしがみんないるかみておくわ!」
 頼もしい発言に、コタロウは聞こえないように小さく笑う。
「だって、おねえちゃんなんだもの!」
 そう言ってから、首をかしげる。
「あれ、わたしおねえちゃんだったかな……? まぁ、いっか」
 森をずんずん進んでいく一行。途中、自分たちの背ほども大きく成長したキノコに驚いたり、木の実を拾って遊んだり、地面から飛び出した木の根につまずいて転んで泣きじゃくったりしながら、ようやく洞窟の前へとたどり着いた。
「やっほ~っ!」
 洞窟の奥へと大声をあげるトゥーニャ。向こう側から別人の声で「やっほー」と返ってくる。
「すごい! むこうからおへんじがかえってきた!」
「トゥーニャちゃん、それ、おやまのうえでやるやつだよ?」
「いいのいいのっ! さー、いこーっ! おじゃましまーすっ!」
 トゥーニャは元気いっぱいに、まっくらな洞窟の中へと潜り込んでいく。奥から「どうぞいらっしゃーい」と返事があった。
 洞窟の中は狭く、少しだけジメジメしている。大人のままの姿であるコタロウは身をかがめているが、子どもたちはなんなくその奥へと進んでいける。
「どうくつのなか、ちょっとくらいね……でも、だいじょうぶ! きっとせいれいがまもってくれるよ!」
 ルティアの声に、子どもたちはこくこくと何度も繰り返しうなずいた。
「みんなで、てをつないでいこう!」
 ルティアはグレアムの手をしっかりと握り、前を行く子どもたちにつながって、さらに洞窟の最深部を目指した。
 洞窟が行き止まりになっている場所は少しばかり広く、なぜかほかの道よりほんのり明るかった。それもそのはず。あたり一面に精霊がいっぱいいたのだ、背の高い子、まるまると太った子、機械みたいな体の子……。トゥーニャが手を差し伸べると、ふわりと風が吹いて彼女の髪をかき上げる。
「わぁ……!」
 手の甲にちょこんと腰を下ろした精霊は、にこにこと微笑みながらトゥーニャの顔を見上げている。首をこくんこくんと左右に振って、楽しそうだ。トゥーニャが顔を近付けると、いたずらに鼻先をこしょこしょと撫でる。
「あはっ、あはははっ! くすぐったいよ~」
 真っ暗な洞窟の中なのに、花畑のような甘い花のにおいがする。ほんのり、青草も感じる。トゥーニャは嬉しくなって目を閉じ、「はるのにおいだ~」と笑った。
 ルティアの目の前には、1体の精霊が浮遊してきた。
「せいれいさんたち、はじめまして! いっしょにあそびましょ!」
 小さな人形のような姿が、ルティアには見えている。どこかで見覚えがあるような……それでいて、ないような。他の子には、どう見えているのだろう?
「これ、せいれいさんへのおくりものよ!」
 そう言って、彼女は道中で拾った木の実を精霊に手渡す。精霊は嬉しそうに笑うと、それをポケットの中にしまった。
「しあわせの、せーれー……」
 リンダは、手の上に彼女に見えている精霊を乗せた。揺らめく光の中に、「お嬢様」という声が聞こえた気がした。
「あいにきたよ」
 リンダがそう言うと、精霊は嬉しそうに「はい」とうなずいた。
「ねえ、せいれいさん」
 ルティアは小さな声で精霊にささやく。
「せいれいさんは、おねがいごと、かなえてくれる?」
 精霊はふわりと宙を舞い、こくこくとうなずいた。
「それなら……わたしね、グレアムくんが……みんなが、いっぱいいっぱいえがおでいられたらなって、おもうの」
 誰にも聞かれないように、それでもはっきりと言ったことば。精霊は少し考えて、それからにっこり笑って、また宙返りしてみせた。

 広場にある小屋で、ベルティルデ・バイエルが紅茶を淹れていた。そこに、子どもたちと一緒にコタロウが帰ってくる。
「お疲れ様です」
 ベルティルデが笑うと、「子どもの体力って、やっぱり無限なんだね」と、コタロウも微笑み返した。
「ねえ。洞窟に行ったんだけどさ、子どもたちがちゃんと『見えない誰か』と交流できていたみたいだよ」
「精霊の噂は本当だったんですね」
 子どもたちは小屋の端の休憩スペースで、泥のように眠っている。その寝顔を見ながら、コタロウとベルティルデはティーカップを傾けた。
「貴重な光景を見れた気がする」
「わたくしも、見てみたかったですね」
 感慨深そうにいう彼女。焼いたばかりのクッキーをさくりと噛み砕いた。
「ここで待っていてくれたおかげで、いっぱい遊べた、っていうのもあるんだよ」
 コタロウは「ふふっ」と小さく笑って、同じようにクッキーを1枚。アイスボックスと呼ばれる、プレーンとカカオフレーバーの市松模様になったクッキー。コタロウの口の中でほろほろとほどけて、甘い香りが漂う。紅茶との相性もばっちりだ。
「それにしても、大勢の子どもの相手をするのって、慣れていないと大変だね……つくづく実感したよ」
 コタロウが軽く肩を回して、目を閉じため息をつく。
「突然変な方向に走り出すし、何にもないところで転んで泣くし、全身汚れても全然気にしないんだから」
「それが子どもというものでしょう?」
 ベルティルデは聖女のごときほほえみを浮かべた。コタロウも「まあ、そうだよねえ」と同意する。
「子どもたちと接してると、なんでか癒されるよね……体はボロボロだけど」
「ええ。わたくしも同感です」
 2人はお互いの顔を見合って、ふふふっ、と笑った。
 そろそろ子どもたちの誰かが目を覚ます時間かもしれない。コタロウはカップの底に残った1滴までも残さないように飲み切って、「ありがとう」と告げる。
「美味しいお茶で、体もリフレッシュできたみたいだ」
「それは、どういたしまして」
「また他の子たちとも遊んで来ようかな……一緒にどう?」
「わたくしは起きてきた子たちのお世話をしなくてはなりませんから……」
 ベルティルデが申し訳なさそうに言うと、「そうだよね」とコタロウはうなずいた。
「また、別の子連れて来ちゃうかも」
「ええ、お待ちしています」
 まだまだ楽しいハロウィンの時間は残されているようだった。

●ゆうがたのこどもたち!
 お空が赤くなった頃、洞窟近くの岩陰に、だぼだぼな服を着た小さな女の子がいた。
 風で木がざわざわ音を立てたとたん。
「いやー!」
 女の子は手で耳を塞いて、涙目になった。
「くらい! こあい!」
 傍に置いてあったランタンに近づくと、袋に入った小さな服と、手紙が目に入った。
「うんと……これおてがみ? ……よめないよぉ!」
 何故こんなところにいるのか、どうしたらいいのか分からなくて、ぐずり始めた女の子の前に。
「まいごか?」
 半透明の小さな男の子が姿を現した。
「おばけー! いやー!」
 逃げ出そうとする女の子。だけど、転んでしまい、じたばたじたばた足だけバタバタさせる。
「おばけじゃない」
「……ほんと?」
「ほんとだ」
「ほ、ほんと?」
「……たぶん」
「や、やっぱり、おば、おばけ……っ」
「だとしたらなんだよ。おれがおまえになにかしたか?」
「してない。こあいこと、しない?」
「しないし、てがみもよんであげる」
 言って、精霊の男の子はランタンの下に置かれた手紙に近づいて、ゆっくり読み始めた。
「メリッサへ
 せいれいさんがみえるように
 おくすりでちいさくなったよ
 くらくてこわいかもしれないけどがんばって!
 まずはちいさいふくにおきがえしてね
 おおきいふくはもってきてほしいな
 こまったらせいれいさんにたすけてもらってね
 おおきいメリッサより」
「……おまえ、メリッシャか?」
「うん、めりっしゃだよ。せいれいさん? せいれいさんのおなまえは?」
「レイ……ジャ」
「れーじゃくん?」
「うーん、しょう。はい、きがえるんだろ?」
「え、うん。こっちのふくおむねぶかぶか……」
 ぬぎぬぎして、小さな服に着替えようとするメリッサ・ガードナー
 側で精霊の男の子はじっと彼女の様子を見ている。
「おきがえはみちゃだめなんだよ!」
「なんで?」
「なんでも!」
 服をぎゅっとしながらメリッサがいうと、精霊の男の子はメリッサに背を向けた。
「おとなにはすがたみえないから、みほーだいなんだぞ」
 その間に、メリッサはスカートを穿いて、服を着て、帽子をかぶる。
「はい、かんせい。みてみて」
「こんどはみるのか?」
「うん、おきがえおわったら、みていいの! まじょさんのふく~かわいいでしょ~」
「うん、かわいー」
 精霊の男の子の言葉に、にぱっとメリッサは笑みを浮かべた。
「……ふくが」
 と、続いた言葉。大人の彼女なら、意地悪だとか感じただろうけど、子供のメリッサは褒められて嬉しいだけだった。
「まほうしょーじょ、めりっしゃだよ。あっ、れーじゃくんも、とうめいになるふく、きてるのかな? きょうは、おばけにへんしんするひなんだよね」
「そーかも? ぬげないけど」
「それでね、ひろばでおやつだったとおもうの。ひとりじゃむり~ついてきて!」
「ひとがたくさんいるところは、やだな」
「くらくてこあいの……。れーじゃくんもいっしょにひろばいくの!」
「う……うん」
「やったー! しゅっぱつー」
 メリッサはランタンと服を持って、広場に向かって歩き出そうとする、が。
「……みち、わかんない!」
 すぐに、ガーンと立ち尽くす。

 そんな小さな彼女の様子に、精霊の男の子は声を上げて笑った。
「ついてこいよ、うたでもうたうか?」
「うん♪ はっぴはっぴはろうぃん」
 精霊の男の子が小さな火を熾して歩きはじめ、メリッサは歌いながら、一緒に歩く。
「はっぴはっぴはろうぃん。おかしいっぱいはろうぃーん」
「はっぴはっぴはろうぃぃん」
 男の子も一緒に歌い、笑いながら、2人は広場へと到着して。
「おれはこれいじょうさきには、いけないんだ」
「そーなの? れーじゃくん、ありがと」
「ん、またなー」
 満面の笑みを浮かべ、またねっていっぱい手を振って、メリッサは精霊のレイジャ――レイザとお別れした。

「おかしくれないと、いたずらするよぉ~」
 近づいてきた女の子を見て、バルバロは目を丸くした。
「お、お前、アールか……?」
「そうだよぉ。バルバロはおとなのまんまなんだね。だからおかし~」
「幼児化する薬で、小さくなった奴がいるとは聞いてたが……へぇ~……小っせぇなぁ……」
 お菓子、お菓子~と、小さなアールバルバロの手を両手で掴んでせがむ。
 そんなアールをまじまじ見つめていたバルバロは「う、やべ……」と、突如視線を逸らす。
「なにがやばいの! おかしくれないといたずらしちゃうんだよ」
「いや、その、何でもねぇ、気にするな! お、お菓子な。これくらいしかねぇぞ」
 ポケットに入れてあった飴玉を一つ、バルバロアールに渡した。
「ありがとー! やったーっ」
 にこっと笑みを浮かべるアール
(やべー……小っせぇのは小っせぇのでカワイイ……って私にそんな趣味はねぇ! このカワイイは、つまり、あれだ! 保護欲とか庇護欲とかそういう健全なやつで……!)
 バルバロはそんなアールを見ながら、1人心の中で悶絶していた。
「……でね、せーれーがいるんだって。きーてる?」
「え、あ、うん。精霊?」
「そう、もりのなかにすんでるんだって! おかしもってさがしにいくの!」
「森ん中なぁ……子どもだけじゃ危ねぇだろ。ついてってやるよ」
「おとなにはみえないんだよ?」
「精霊には興味ねぇよ。興味があるのはお前だけ……って、変な意味じゃねぇぞ。心配だからついていくだけだからな」
「んん? いーよ、ついてきても。それじゃ、しゅぱーつ!」
 アールは唐突に走り出して、森の中へと飛び込んでいく。
「あ、待て!」
 と、バルバロも慌てて続く。
 小さなアールの身体と、大人のバルバロの身体では通れる道が違う。
 爆弾の様に進んでいくアールを、バルバロは必死に追いかけるのだった。
「あいたっ」
 とはいえ、アールはすぐにどてっと転んでしまう。
「……いたくないいたくない!」
 でも1人で立ち上がって、きょろきょろ周りを見回して精霊を探す。
(大人が先回りすりゃ楽に辿りつけるだろうけどよ、子どものうちしかできねぇ冒険ってもんがあるからな。子どもを信じて見守るのが、大人の役目だ。ま、マジでヤバイときは手を出すけどな)
 バルバロは迷わないよう、魔法で目印になる石を形作りながら、少し距離を開けてアールを見守っていた。
「あっ、みんなせーれーみつけた?」
「まだだよ」
「おとこのせいれいはいたけどな」
 先に向かっていたバリ・カスタルたちと合流して、アールは洞窟の中へと進んでいく。
(どうくつ……大丈夫だ、光が射し込んでいる)
 足元注意しろよ、あまりキョロキョロするな……など、つい口を出したくなってしまうが、ぐっとこらえて、バルバロは子ども達を見守っていた。

「せいれいちゃんいたね」
「でもにげちゃったねー」
 しばらして、探索を終えた子どもたちが、洞窟から出てきた。
「あ、バルバロ~。おんぶー!」
 バルバロを見つけたアールが、飛びついてきた。
「おう、いいけどよ。お目当ての奴と会えたのか?」
「うん、でもおはなしはできなかったよ。みんなでわーっといったから、こわがられちゃったのかもー」
 バルバロに背負ってもらい、抱き着きながら、アールは見つけた精霊について嬉しそうに話していく。
 そうかそうかと聞きながら、バルバロは広場へとゆっくり歩いていく。
(背中が暖かいって、なんか……懐かしいな……この温もりだけは、失いたくねぇ……)
 可愛らしい声と、小さなぬくもりが、バルバロの心身を温めていった。
 
 広場の真ん中にいたシャナ・ア・クーセゥのところに、白い髪の小さな女の子が近づいてきた。
「いっしょにいこう」
 2人の手をぎゅっと掴んで、恥ずかしそうにそう言ったのは、ヴィーダ・ナ・パリド
「うん、おばけにならないとね」
 シャナはヴィーダの手を握り返して、小屋の方に歩き出す。
 そして小屋の中で、仲良しの3人は一緒にお着替えをする。
「たくさんあるね、うーんと」
「なにきればいいんだ?」
 迷っているシャナとセゥに、ヴィーダはシャナには魔女の衣装を勧め、セゥにはオオカミの衣装を持っていって渡す。
「ヴィーダはなにきるの?」
 着替えようとしないヴィーダにシャナが尋ねると「これ……」と、ヴィーダはかぼちゃの絵柄のシーツを手に取った。
 小さな彼女は内気で口下手だけれど、これを被っていれば顔もかくれるし、大人にお菓子をもらいに行けそうだった。
 シャナ達が着替えを終えると、ヴィーダもシーツを被って準備をすませる。
「それじゃいこー」
「……いこう」
 シャナがヴィーダの右手を、セゥが左手を握って魔女とかぼちゃのお化けと、オオカミに扮した子ども達が一緒に歩き出す。
「ええっと、なんだっけ……わかんない。おかしちょうだい!」
「……くれ」
 シャナとセゥが子ども達を見守っている女性に、手を差し出した。
「お、おかしくれなきゃ、イタズラするぞ」
 すっぽりシーツで身を隠したヴィーダが頑張って言う。
「うふふ、どうしようかなー?」
 その女性はすぐにお菓子をくれなかった。
 ヴィーダは2人の手を後ろに引っ張って作戦会議。
「イタズラするんだけど、めいわくかけるのはダメ。……ちょっとくすぐるだけにしよ?」
「うんわかった」
 シャナがこくんと頷く。
「いっぱいくすぐるよー」
 解ってない!?
「あ、わわわ……」
 目を輝かせてシャナはヴィーダを引っ張り、3人は再び、女性の前へ。
「イタズラしちゃうよ!」
「……ちょっとだけな」
 シャナとセゥが左右から女性をくすぐる。
「えっと、えっと……」
 ヴィーダはシーツの端でちょんちょんと女性をくすぐろうとする。
「あははは、はははははっ! お姉さんの負けー。お菓子あげちゃう」
 女性は笑いながら3人に、チョコレートを1個ずつくれた。
「わーい!」
 シャナは無邪気に万歳して喜んでいる。
「……よかったな」
 セゥがヴィーダに囁きかけ、ヴィーダは「うん」と頷いた。

 一通り大人からお菓子を貰った後。
「ありがと」
 ヴィーダはシャナとセゥが持っている籠の中に、自分が貰ったお菓子を入れた。
 自分の籠の中に残したのは、最初に貰ったチョコレートだけ。
「それじゃ、おかしたべよー!」
 シャナが2人を引っ張って、シートの上に連れて行き、籠の中のお菓子を中央に出した。
 セゥもシャナのお菓子の上に、自分の分をだして、ヴィーダを見つめる。
「みんなでたべよ」
「……いいっしょだ」
 うんと頷いて、ヴィーダは残したチョコレートをその上に乗せて。
 3人でお菓子の山を囲んで、食べ始めた。
「いっしょ」
「ん?」
 ヴィーダの小さな言葉に、もぐもぐお菓子を食べながら、シャナとセゥが彼女を見た。
「ずっといっしょにいて」
「うん!」
 シャナは元気よく答えて、セゥは強く頷いた。

 ――その数時間後。
「どうした、ヴィーダ」
 着替えを済ませたセゥが、小屋の隅で縮こまっているヴィーダに声を掛ける。
「い、いや……」
 かぼちゃのシーツを手に、大人に戻ったヴィーダは恥ずかしさで悶絶していた。

「子どもばかりでどうすればいいのか分かんねぇ……」
 ナイト・ゲイルは小屋の側から広場を見ていた。
「……やっぱり物々しい雰囲気とかあるのかね」
 子どもは苦手だった。
 何故か怯えられたり、泣かれたりすることが多いのだ。
「ま、子どもたちが危ない目にあわないよう見回りをするか」
 ナイトは子ども達を刺激しないよう、広場の周りを歩くことにする。
「あの何を考えてるのか分からない動きは本当に分からん、危なっかしいったらありゃしない」
 と、呟いているそばから、突然子供が1人で森に駆け込もうとする。
「こらガキンチョ落ち着け、転んだり訳の分からない理由で怪我するぞ」
 ひょいっと摘み上げて、子どもを広場の真ん中で放してあげる。
「……ぎゃーっ」
 途端、その子は叫び声をあげて、走っていってしまった……。
「……気にしない、気にしない……」
 そう唱えるも、そんなに怖いのだろうかと、やはり気になってしまう。
 ため息をつきながら、当たりを見回していたナイトは、カサンドラ・ハルベルトに目を留めた。カサンドラの手を握りしめている小さな女の子の姿も。
「あれはチェリア隊長? 隊長も子供になったのか」
 チェリア・ハルベルトだろうかと、じっと見ていたら、その子がこちらに目を向けて。
 ささっとカサンドラの後ろに隠れてしまう。
「これは避けた方が良さそうだな……泣かれて逃げられたら流石に凹む」
 と、思いもしたのだが、カサンドラが友人に呼ばれて、チェリアが1人になってしまうと、そうも言っておられず……。
(どう見てもか弱い女の子だ)
 何か起きた時に自分で対処ができるとは思えない。
 いざという時にフォローできる距離で見守ろうと、ナイトは気配を消して彼女の後方に回り込み、見守ることにした。
(……なんか不審者だな俺)
 幼女を後ろから見守る乱暴そうな男――それが今のナイトだった。
 そのチェリアと思われる女の子は皆の輪の中には入ってはいかず、とぼとぼと歩きだすと森の方へ行ってしまう。
「そっちは崖の方だぞ。滑ったり転んだりしたら、危険だって」
 どうしても気になって、ナイトは女の子の後を追う。
「あっ」
 つるん足を滑らせた女の子が尻餅をついた。
「大丈夫か? こっちは危険だから行ったら駄目だ」
 急いでナイトは近づき、女の子に手を差し出す。
「や、や……やあー……っ」
 ナイトの姿を見た女の子は、怯えた表情でイヤイヤと首を横に振る。
「あー。俺俺ナイト・ゲイルだ。傭兵騎士の。不審者じゃないぞ」
「ナイ……ト」
「そう、ナイト。こっちはホント危険なんだ。行きたい場所があるなら、連れてってあげるから」
 安心させようと笑みを浮かべようとするナイトだが、顔が引きつってしまう。
「ふ……ふ……」
 女の子は今にも泣き出しそうだった。
 いつしか見た夢の中のチェリアも、ナイトを見てこんな表情をしていたことがある。
 自分の雰囲気だけが理由ではなく、これも普段強気に見える彼女の一面なのだろうか。
「ごめん。心配なんだ。怖いだろうが、我慢して俺に守られてくれ」
 ナイトは女の子の――チェリアの小さな手を掴んだ。
 強く掴んだら、簡単に折れてしまいそうなほど細くて、小さい。
 優しく優しく、彼女を引き寄せる。
「みんなのとこ、いや。せいれいもいやー。おそらみたい」
「そっか。……それなら肩車しようか」
 そんなナイトの言葉に、チェリアはこくんと頷いた。
 肩の上に彼女を乗せると、ナイトの姿が頭しか見えなくなったせいか、小さなチェリアはもう怯えることはなく。
「あっちいこー。おはな、ちょうちょ~」
 ナイトの肩の上で楽しそうにはしゃいでいた。
 いつしかナイトの顔にも、自然な笑みが浮かぶ。今の彼の顔なら、チェリアも他の子どもも、怯えたりしないだろう。

 広場の小屋で、子どもになったユリアス・ローレンは、悪魔の衣装に着替えていた。
 角が付いたフード付きマントにズボン。マントの背中には小さな悪魔の羽が付いていて、ズボンには悪魔の尻尾が付いている。
「ゆりあす、くん……」
 ユリアスに誘われて、一緒に子ども化したカサンドラ・ハルベルトはクローゼットの陰に隠れている。
「おきがえおわりましたか?」
 ユリアスが近づくと、カサンドラはこくんと頷くが、クローゼットの陰から出てこない。
「それなら、おかしもらいにいきましょう」
 そう言って、ユリアスがちっちゃな手を差し出すと、カサンドラも小さな手をそっと前に出した。
 優しく掴んで、ユリアスはカサンドラを引っ張ると、天使の恰好の彼女が、ユリアスの前に姿を現した。
 ユリアスが勧めた衣装だ。
「とてもにあってます。かわいいです」
「あ、ありがとう」
 真っ赤になって、カサンドラはもじもじお礼を言う。
「てんしだからいたずらは、はねでくすぐるのはどうですか?」
「う、うん……でも、でも……」
 皆のところに行くのはとても怖いと、カサンドラの大きな瞳が言っている。
「だいじょうぶですよ、いっしょです」
 ぎゅっと、ユリアスはカサンドラの手を握りしめた。
「おてて、はなさないで、くれる」
「はい、やくそくです」
「……うん」
 カサンドラもユリアスの手を握り返して、もう一つの手に天使の羽を持って、小屋の外へと一緒に出て行った。

「とりっくおあとりーと!」
「と……と……………と」
 ジスレーヌ・メイユールの前に飛び出した2人。
「可愛い悪魔さんと天使さんです。はい、どうぞ」
 ジスレーヌは微笑ながら、チョコレートを1つずつ、2人に渡した。
 大人達はそんなふうに、ほとんどみんな笑顔で、お菓子をくれたけれど。
「うーんどうしようかな?」
 ちょっと出し惜しみをする大人もいて、そんな大人には、
「えい! えい!」
 おもちゃのデビルフォークで、ちょんちょんと突くユリアス。
「えいっ、です」
 カサンドラも天使の羽をパタパタ振って、大人の手をくすぐる。
「あははは、やめて~。おかしあげるから~」
 笑いながらいたずらされた女性は、2人にクッキーをくれた。

 お菓子が袋に一杯になる頃には、恥ずかしげだったカサンドラの顔は、楽しそうな笑みに変わっていて「とりっくおあとりーと!」もユリアスと一緒に言えるようになった。
 沢山のお菓子を持って、シートに座って一緒に食べた後は、おさんぽの時間。
「ゆりあすくん、あそこにどんぐり……あっ」
 ぽてっと転ぶカサンドラに、急いで近づくユリアス。
「あっ」
 落ち葉で滑って、ユリアスもぽてっと転んでしまった。
 ちょっと汚れた幼い顔を合わせて、笑い合う2人。
「ええと、はい。これどうぞ」
 カサンドラの土を払ってあげてから、ユリアスは握りしめていたどんぐりをカサンドラに渡した。
 穴の開いていない、綺麗などんぐりだ。
「ありがとう。……ゆりあすくんには、これ」
 カサンドラがユリアスに差し出したのは、鮮やかな紅葉の葉だった。
「ありがとうございます」
「うん」
 お互いからもらったものを、大切に持ちながら、ちっちゃな悪魔と天使は秋の宝物さがしを続けるのだった。

 太陽が海の奥の奥の方に落ちて行って、お空が青くなった頃。
 いっぱいのお菓子を持った大人達が、子ども達を迎えに来る。
 そして広場に集まって、ちっちゃなお化けたちの賑やかなパーティが始まった。


●担当者コメント

【東谷駿吾】
 みんなこどもぱわーをばくはつさせていて、とってもとっても、すごかったよ!
 ……あれ? ボクもからだがちっちゃく……あーっ! さっきまでのんでた『つばさをさずける』にオレンジいろのまほうやくがー! あわわわ!
 とっ、とりあえず! はっぴーはろうぃん!

 

【川岸満里亜】
「ゆうがたのこどもたち!」を担当させていただきました。
子どもアクションにとても癒されました~っ。
アクションがとっても可愛くて、浮かぶイメージはとっても可愛いのに、文章で上手く表せずもどかしい思いをしました。
皆様もご想像を膨らませてお楽しみください。
ご参加ありがとうございました!