霧の中でまた会えた

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 その日、帝国はとても深い霧に包まれた。
 ほんの1m先もわからないほどの、深い深い霧――。

●ティーとおじいさまとおばあさま
 窓の外が真っ白であることに気づき、ルティア・ダズンフラワーはハッとして腰を浮かせた。
 刺繍をしていた手を止めて道具を置くと、愛用の剣を持ち足早に玄関へ向かう。
 焦げ臭さはないので、火事ではないことはわかっていた。
 外へ出たルティアは、ようやくこれが濃霧であることを知った。
「それにしても、濃いわ……。街は大丈夫かしら」
 心配になったルティアは、見回りへ向かうことに決めたのだった。
 ほんの一メートル先も見えなくなるほどの異常な霧の中を、ルティアは慎重に歩いた。
 誰かとの不意の衝突を避けるためである。
 街への道筋は、もう体が覚えている。
 道中も難儀している人がいないか、声や音にも注意しながら進んでいると、前方に二人分の人影を認めた。
「こんにちは。とても濃い霧ですね」
 呼びかけると、想像もしなかった声が返ってきた。
「その声は、ティーね?」
 驚いて足を止めたルティアの前に霧の向こうから現れたのは、今はもう思い出の中でだけ会える二人──祖父母であった。
 呆然として立ち尽くしていると、
「貴族の娘がそんな顔をするもんじゃない」
 と、剣の師でもあった祖父にたしなめられた。
 我に返ったルティアは、慌てて姿勢を正して挨拶をした。
「おじいさま、おばあさま、お久しぶりです。お元気でしたか」
 しかしすぐにルティアは、亡くなった人にする挨拶だっただろうかと戸惑った。
 そんな彼女に、二人はやさしく微笑む。
 懐かしい笑顔は、ルティアをとても嬉しくさせた。
 空の上に行っても、二人は変わらずに一緒にいることも嬉しかった。
 祖母はルティアが六歳の頃、祖父は十二歳の頃に亡くなった。
「剣の腕は、相変わらず磨いているか」
 師匠の顔になった祖父に問われて、ルティアも弟子として答えた。
「おじいさまに頂いた剣、いつも大切にして鍛錬を欠かさないわ」
 ルティアはしっかり頷き、携えてきた愛用の剣を見せた。
 祖父は満足そうに頷いた。
 それからルティアは、少し肩の力を抜いて話題を変えた。
「弟も生まれたのよ。もう十二歳になるの。おじいさまは、男の子か女の子か楽しみにしていたのに会えなかったから……。家のことは、私達が必ず受け継いでいくわ。だから安心してね」
「そうか、弟であったか。十二歳なら、もうだいぶしっかりしているじゃろうな。年長者として教え、導き、そして何より仲良くな。家も、ティーなら安心じゃ」
「はい、これからも努力は怠りません」
 騎士として仕えた祖父と、帝国騎士として務めている孫との約束が交わされた。
 ところで、ルティアはだいぶ以前に祖母とある約束をしていた。
 言われるまで忘れていたのだが……。
「好きな人はできた?」
 祖父にはきっと聞こえているが、それでも祖母はヒソヒソと問いかけたし、祖父は察して聞こえないふりをしていた。
 目を輝かせている祖母に、ルティアは頬をサッと朱に染めてあたふたと落ち着かなくなった。
 ──好きな人ができたら、おばあさまにだけこっそり教えてあげる。
 そんな可愛らしい約束をしたのは、六歳の頃だっただろうか。
「……私はもう六歳の子供ではないのよ……でも、おばあさまになら……」
 恥ずかしそうにしながらも、ルティアは慕う男性の名を祖母の耳元で囁いた。
 女同士の約束が果たされて、二人は楽しそうに笑い合う。
 恋の話は、年齢に関わらず興味の的だ。
「そう、そうなの。そのお方を支えていくのよ」
 あたたかい祖母の笑みに、ルティアは頷きを返した。
「刺繍は上達したかしら」
「ええ。おばあさまに教えてもらったこと、今でも忘れていないわ。でも、おばあさまにはまだまだ及ばないわね」
 祖母は刺繍だけではなく、魔法にも長けていた。
 それからしばらくの間、ルティアは聞かれるままに近況報告や他愛のないおしゃべりを楽しんだ。
 笑顔の絶えない幸せな時間だったが、不意に何かの予感を覚えた。
 祖父母も同様で、二人は少し寂しそうに空を見上げた。
 その仕草で、ルティアも何の予感だったのかわかってしまった。
「おばあさま」
 そっと呼びかけて、思いを込めて抱きつく。
 祖母のやさしい腕がルティアを抱きしめ返す。
 祖父とも抱擁を交わし合う。
「会えて嬉しかったわ、ありがとう」
 心からの感謝を込めて言うと、二人は穏やかに微笑みながら霧の中に消えていった。
 祖父母は、貴族なら普通に行われる家同士の結婚だった。
 お互いを尊重し合い、貴族としての責務を重んじ、誇り高く生きた。
 孫にはどこにでもいる『おじいちゃんとおばあちゃん』。
 ありがとう、とルティアはもう一度だけ感謝を送った。

●懐かしい叱咤の声
 その日、リキュール・ラミルは近郊の農家を訪ねていた。
 大洪水前からここで農業を営んできたその家の畑では、今では希少品種となったいくつかの農作物が栽培されている。
 現在は手広く嗜好品を扱うポワソン商会にとっては、重要な原材料供給元であるため決しておろそかにできない相手である。
 そこで礼を尽くして代表であるリキュール自らが商談に赴いたのだった。
 そして商談は無事に成立し、今は馬車に揺られながらのんびりと帰途に着いているところだ。
 御者台に座るリキュールは、牧歌的な風景と心地よい風に鼻歌を歌いながら馬に身を任せている。
 他に人はおらず、リキュールの鼻歌と馬の足音だけが風に運ばれていた。
 と、急に湿った空気に変わったかと思うと、辺りにはたちまち濃い霧が立ち込めてすぐ先の視界も閉ざされてしまった。
 馬も足を止めて、不安そうに鼻を鳴らす。
「これはいったい……。ああ、大丈夫。少し様子を見ましょう」
 落ち着かない馬を宥める。
 どれくらいの間、その場で霧が晴れるのを待っていただろうか。
 いっこうに晴れる気配はなく、視界も遮られたままだ。
 次の商談のことや店のこともある。いつまでもここで立ち往生しているわけにはいかない。
「仕方がありませんな……一本道でございますし、進むとしましょうか。頼みますよ」
 リキュールはそう馬に言い聞かせると、慎重に馬車を進めた。
 さすがに鼻歌という気分にはなれず、馬の蹄の音だけが霧の中にある。
 四方八方すべてが真っ白で、ひどい孤独感と不安感に襲われた。
 問題はそれだけではない。
(心なしか、霧がさらに濃くなったような……しかも、気のせいでございましょうか、同じところを何度も通っているような感じも……)
 物語に出てくるような妖に誘われているのだろうか。
 もしそうなら、二度と人間が住む世界には帰れない。
 幸い同行者はおらず、最悪でも犠牲者はリキュールだけだ。
「──ほほっ。手前のような者を攫ったとて……」
 道は、足元さえよく見えなくなっている。
 一度止まって、確かめたほうが良いのか。
 霧のせいにするわけではないが、リキュールにしては判断に時間がかかっていた。
 と、その時。
『あれほど気を抜くなと申したのに、この未熟者め!』
 まるで、心地よくウトウトしていたところに落ちた雷のような、そんな衝撃的な叱咤に打たれた。
 文字通り飛び跳ねたリキュールは、反射的に手綱を引いた。
 馬の嘶きが響き、次第に霧が晴れていく。
 そうして開けた視界に、リキュールはギョッとした。
 目の前に広がっているのは、街ではなく海!
 慌てて馬車を降りて辺りを見回してみれば、そこは切り立った崖っぷちであった。
 もし、手綱を引かなければ……。
 リキュールはどっと冷や汗をかいた。
 そして、ふと思う。
(あの時の声は、もしや……いやいや、そんなまさか)
 しかし、どうしても今は亡き父のように思えてならない。
 違うかもしれないが──。
「……相変わらず父上は、手厳しゅうございますな」
 リキュールはほろ苦く笑い、それから思い出の父に感謝を捧げた。

●もう少し、待っていて
「あれ……?」
 いつの間にか濃い霧の中をさ迷い歩いていたコタロウ・サンフィールドは、不意に現れた人物に目を丸くした。
 ヒロキ・サンフィールド──コタロウの弟である。
「まさかヒロキに会えるとは思わなかったよ。見た感じ、元気そうで何より。父さんと母さんも元気?」
 驚きはしたもののその後は特に慌てることもなく、コタロウは目の前の出来事を素直に受け入れ、弟との再会を喜んだ。
 ヒロキはと言うと、呑気な兄に苦笑している。
 真面目な性格の弟に対し、兄は風来坊の気ままな性格なのだ。
「兄さんは本当に変わらないなぁ。まあ、それでこそと言うか……。とりあえず、父さんも母さんも元気だよ。……『今いる場所』に兄さんがいないから、事あるごとに探してたんだ。風来坊な兄さんのことだから、見つけるのは苦労しそうだと考えてはいたけど……まさか、こんなところで会えるなんてね」
「そうだね。俺もびっくりした。でも、ずっと探してくれてたんだね……。申し訳ないことしたなぁ」
 大洪水前のコタロウは、故郷の村をふらりと出ては様々な場所を転々と旅していた。たまには帰郷することもあったが、ほとんどが異郷の地だった。
 もしかしたらこの弟は、それらの地をすべて回っていたのだろうか。
 罪悪感を覚えたコタロウに、ヒロキはやさしく笑って首を横に振る。
「いいよ、別に。僕も父さんも母さんも、こっちでけっこう充実してるしね。兄さんは? まだこっちには来ないの?」
「そうだね……ご覧の通り、まだしばらくは無理そうだよ。恩返ししたい人達が大勢いるし、あと、幸せになってほしい娘もいたりで……いっぱいやることがあるしね」
 ほのぼの仲間のその娘には、きちんと精神も肉体も無事に生き残って幸せな人生を掴んでほしい、とコタロウは願っている。
 それに、彼女と出会い、親切にしてくれたマテオ・テーペの人達のこともある。
 まだ行けそうにない。
「でも、昔、家があった場所に船で行ってみたいと思ってるよ。ここは帝国だから、けっこう近くにいるしね」
「そうなんだ。もし、家を見つけたらどんな様子だったか教えてよ。家の周りも」
「うん。いつか船を造って、きっと行くよ」
「船、造れるの?」
 いつの間にそんな技術を身に着けたのかと、ヒロキは目を丸くした。
「教えてもらったんだ。模型は作ったよ」
「じゃあ、きっと行けるね」
 確信して、二人は頷き合った。
「そろそろ行くよ……ヒロキと話せて嬉しかったよ。父さんと母さんにもよろしく言っておいてくれるとありがたい」
「僕も兄さんに会えて嬉しかったよ。父さんと母さんにも、兄さんは元気でいたって伝えておくね」
「また、いつか、家族みんなでゆっくり話せるといいな」
「そうだね。その時を楽しみにしてるよ」
 コタロウとヒロキは笑顔で手を振って、互いに霧の中に紛れて行った。
 一人になると、たった今の出来事が夢だったのか現実だったのかわからなくなっていく。
 それでも、目を閉じれば交わした会話を鮮明に思い出すことができた。
 全部、終わったら──。
 視界ゼロの霧の中でも、コタロウが心の中に持つコンパスは、しっかりと目指す方角を指していた。

●涙を越えて
 それは、用事で外出した帰り道に起こった。
 あと少しで自宅に着くという時、ユリアス・ローレンは突然立ち込めた濃い霧に包まれた。
 思わず立ち止まって周囲を見回すも、どこも霧に遮られていてたちまち方向感覚を狂わされてしまう。
 足元さえも霧でぼんやりと霞んでいる。
「これは……」
 途方に暮れた時、誰かが近くにいる気配を感じた。
 顔を上げて、ユリアスは息を飲む。
 どうしてこんなところに、とか、会えるわけないのに、などを考える間もなかった。
 胸がいっぱいになり、懐かしい二人に飛びつく。
「……お父さん……お母さん……」
 ユリアス、と名前を呼んでくれる母の声に涙が滲んだ。
 肩に乗せられた父の手のあたたかさ。
 夢でも幻でも、嬉しかった。
 あの日のことを、ユリアスは今でも鮮明に思い出すことができる。
 大洪水にすべてを奪われた、あの日──
 ユリアスは顔を上げて、父と母を何度も交互に見た。
 父のカルムに母のオリヴィア。父は町医者で母は薬師。二人三脚で当時住んでいたところの人達に尽くしていた。
「大きくなったわね、ユリアス」
 オリヴィアがユリアスの目元を拭いながら微笑む。
 カルムも頷いて言った。
「ついこの前まで、私の膝に乗って甘えていたのになぁ」
「いったいいつの話をしてるの……」
 呆れつつも、ユリアスの目にまた涙が溢れていく。
 そんなユリアスをオリヴィアがやさしく腕の中に包み込む。
「一緒にいてあげられなくて、ごめんね……。でも、ユリアスが生きていてくれて嬉しいわ。苦労したでしょう」
 いよいよ涙が止まらなくなったユリアスは、言葉の代わりに首を横に振った。
 ユリアスにとって何より辛かったのは、両親だけではなく、友達も何もかもを失ってしまったことだった。
 喪失感も無力感も、嫌というほど味わった。死んだほうがいいと思えるほどに。
「もっと、一緒にいたかった……もっとお父さんとお母さんから、いろんなことを教わりたかった。あの時、何もできなくて……助けることができなくて、ごめんなさい……」
 涙に濡れた嗚咽で途切れ途切れになりながらも、ユリアスはこれまで胸の奥で重く澱んでいた後悔を吐き出した。
 息子の懺悔を両親は静かに受け止めた。
 父と母のただやさしいだけの手に撫でられながら、ユリアスは思い切り泣いた。

 しばらくして涙も止まると気持ちも落ち着き、代わりに幼子のように大泣きしてしまったことへの照れくささが生じた。
 だが、気にしているのはユリアスだけのようだ。
 やさしく見守っている両親にとっては、ユリアスはきっと年を取ってもかわいい我が子なのだろう。
「あの後……僕はここで、いろんな人に助けられながら、何とかやってきたんだ……」
 ユリアスは、スラムで暮らしていたことと一時期流刑囚であったことは伏せて、この地での生活を報告した。
 たくさん泣いてしまった分、安心させたかった。
「料理も一人で作れるようになったよ。まだまだお母さんには及ばないけど」
 ただ泣いて暮らしていたわけではなかったのだとわかり、カルムとオリヴィアも笑顔になった。
 そして次の報せには、目を丸くすることになる。
「それと……好きな人ができたんだ。花が好きなやさしい女の子──カサンドラさん。彼女が笑顔でいてくれると嬉しいし、幸せになってほしいんだ」
「誰かをそう思えるようになったら、もう立派な大人よ。その気持ちを失くさないでね」
「うん」
「会ってみたかったな」
「僕も、会ってほしかったよ」
 オリヴィアとカルムに答えたユリアスは、もし二人が生きていたら、と想像した。
 もし三人で生き残っていたらカサンドラに会えたかわからないが、会えたらきっと好きになっていただろうし、両親に紹介することもあっただろうと思った。
 不意に、ユリアスは何かを感じた。
 目覚めの感覚に似ていたかもしれない。
 すると、カルムとオリヴィアが霧の向こうの空に目をやり、残念そうな顔をした。
 もうお別れの時間なのだと、ユリアスは察した。
 再会では泣いてしまったから、別れの時は笑顔でいようと決める。
「お父さん、お母さん、ありがとう。僕は大丈夫だから、心配しないで。会えて嬉しかった。──大好きだよ、これからもずっと」
「愛してる。私達の大切なユリアス」
 そう言ってユリアスを抱擁したカルムの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
 オリヴィアはハンカチで目の端を押さえている。
「ずっとユリアスの幸せを願っているわ」
 彼女にも抱きしめられて、何度も頬を寄せ合った。
 そして名残惜しさの中、カルムとオリヴィアは最後には微笑みながら霧の中に消えていった。
 ユリアスは二人が立っていたところを、しばらくの間見つめていた。
 次第に霧が薄くなり、明るくなっていく。
「……さようなら、お父さん、お母さん」
 一筋、流れ落ちた涙を拭った。

●会えずとも
 リンダ・キューブリックは、その日も特に何の変化もなく騎士団の任務を終えた。
 同僚と軽く挨拶を交わして街へ出たリンダは、いつものように馴染みの安酒場へと足を運ぶ。
 少し湿り気を帯びた宵の道を、街灯がぼんやりと照らしている。
「霧が出るか……」
 街灯の光の様子から、そう予測する。
 到着した店のドアを開けると、軋んだ音がした。薄暗い店内のカウンターいた店主がリンダへ顔を向けて、
「いらっしゃい」
 と微笑む。
 頷き、いつもの席に腰を下ろしたリンダの前に、いつもの安酒と肴が出された。
 グラスを傾けて、リンダはホッと一息吐いた。この最初の一口が、何物にも代えがたい至福の瞬間であった。
 退屈な任務から解放されて、心身共にリラックスできるのだ。
 その姿を、大型肉食獣が寛いでいるよう、と店主に思われていることなどリンダが知る由もなく。
 そうして馴染み客のみがぽつぽつといるだけの静かな店で心地良く酔いが巡った頃、店主に見送られて帰路に就く──
 が、今夜はその前にある場所へ立ち寄った。
 だいぶ濃くなった霧の中、たどり着いたのは上官の墓の前である。
「いい酒が手に入ってな」
 そう言って荷袋から取り出したのは、上官が愛飲していた銘柄。
 グラスも二つ用意して、中身をなみなみと注ぐ。
「さあ、飲もう」
 グラスを手にして、リンダは黙祷を捧げた。
 こうやって偲ぶリンダの上官だった人物は、彼女が騎士団に入団した時の訓練教官でもあった。
 その後、訓練課程を終えたリンダは最前線に送られ転戦の日々となった。どれくらいの時が過ぎた頃か、ある作戦で負傷してしまい、療養も兼ねて後方部隊へ。
 その時の部隊長が、かつての訓練教官であった。
 さらに時は過ぎ、悪夢のような災厄が世界を水没させ、この地に逃れてきた後も彼はリンダの上官の位置にいた。
 騎士団きっての問題児と噂のリンダを扱えるのは、この上官だけという話もあったが……。
 厳しい上官だったが、リンダにとっては自分を許容してくれる理想的な上官であった。
 その上官が、黙祷を終えて目を開けると目の前に立っている。見慣れたしかめっ面で。
「貴様……すでに飲んでいるな?」
 ギラリと剣呑に光る上官の目。
 辺りはいっそう濃い霧に包まれている。
 ──この異常濃霧が見せる幻影か。
 そう思っても、リンダの胸に懐かしい思いが満ちていく。
「上官殿の好きな酒ですぞ。そんなところに突っ立っておられないで、座られてはどうです」
「相変わらず勝手な奴だ」
 そう言いながらもリンダの向かいに腰を下ろし、グラスを受け取る。
 半分ほど飲んでから、彼はリンダに近況を尋ねた。
 リンダは、彼の息子のことや今の上官のことを、思うままに話した。
 酔いもあったかもしれないが、懐かしい顔を前にしてリンダは饒舌になっていた。
 しばらくすると、二人の周りにさらに懐かしい者達が増えて笑い合っている。
 みんな戦場に散った仲間達だ。
 酒が足りないと誰かが言えば、どこからか誰かが持ってくる。グラスはないので回し飲みだ。
「よし、とことん飲み明かそう!」
 リンダの声に全員が賛同し、場はいっそう盛り上がる。
 仲間の冗談に大声で笑い、肩を組んで歌も歌った。
 いつしか上官の口元にも笑みが浮かんでいる。
 いつ眠りについたのかもわからないくらい、飲んで笑って語り合った……。

 顔に差す朝日で、リンダは目を覚ました。
 顔や髪についている朝露を適当に拭って周囲を見回す。
 空っぽの酒瓶一本とグラスが二つ転がっている。
 霧はすっかり晴れていた。
「……」
 リンダはじっと上官の墓石を見つめた。
 彼には戦友として好意を持っており、またこれは失ってから自覚したことだが、ある意味では父親に等しい存在であった。

●アニマルのちコンセンそして修行
 日々の修行に、天候など関係ない。
 晴れでも雨でも雪でも、その時の環境そのものが修行の課題の一つとなる。
 だから、一メートル先も見えない濃霧であっても、ヴォルク・ガムザトハノフは修行を怠ったりはしなかった。
「この霧……刺客には絶好の──」
 襲撃を想定し、目つきを鋭くさせた時だった。
「気合いだー!」
 獣の咆哮のような声が霧の中に響いた。
 ヴォルクではない。
 かといって刺客でもないが、ヴォルクは軽く混乱した。
 もう聞くことのないはずの声だったからだ。
 そんな彼に、厳しい指導の声が飛んでくる。
「隙だらけぞ! そんなことでは、あっという間に寝首を掻かれてあの世行きだ!」
 幻聴ではないとヴォルクが理解時には、彼の体は声の主に乱暴に抱え上げられていた。
 そして、
「そぉれ!」
 と、掛け声と共に放り投げられる。
 その先は滝つぼだった。
 元々ヴォルクが修行をしていた場所に滝などなかったはずだが、どういうわけか存在している。滝の落差は十メートルはあるだろうか。
 滝つぼに落とされたヴォルクは、複雑な水の流れにもみくちゃにされながらも、どうにか体勢を立て直して水面に顔を出す。
 岸では、こんな仕打ちをした人物──祖父のジヴォートナィが腕組みをして待ち構えていた。
「怠けてはいなかったようだな……。まだまだ行くぞ!」
 ジヴォートナィがサッと腕を振り上げると、ヴォルクの頭上からドカドカと岩が降り注いできた。
 腰まで水に浸かっているヴォルクは、身動きが取りにくい中で懸命に対処した。
 避けれるものは避け、無理ならばかまいたちで分割して直撃を避ける。
 掠り傷は多数負ったが、動けなくなるようなダメージは受けていない。
 ジヴォートナィは嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。
「いいぞ……悪くない。チャリオットの軍団に攻められても生き残れるだろう。──さあ、次だ!」
 息つく間もなく、ジヴォートナィは次の課題に移る。
 今度は細かい石礫が、空からヴォルクを襲った。
 風で全部吹き飛ばす!
 ──と、身構えた時。
「魔法は使うな」
 とジヴォートナィから注文が入った。
「……っ」
 ヴォルクは目を凝らし、自分に当たった時に大ダメージになるものを見極めようとした。
 動くのは、最低限だけでいい。
 ところが、最後の最後で水の流れに足を取られてしまった。
 水の勢いに体が流されていく。
 遠くから、ジヴォートナィの「気合いだ! 気合いだ!」というエールが聞こえてきた。
 呼吸もままならない中、必死にもがいて何とか岸に這い上がると、ジヴォートナィが手を差し延べていた。
 ヴォルクがその手を掴んだ時。
『もしもしィ? あのー! もしもしィ!』
 とても遠い、天のさらに向こう側から誰かの声が響いた。
「……誰だ?」
「マイさんだ。混線しているのかもしれん」
「コンセン?」
「もう帰らねば」
 そう言うと、ジヴォートナィは水に濡れたヴォルクの頭を、ぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。水しぶきが飛ぶ。
「これからも、怠るなよ。困難には気合で立ち向かえ。前を向き、胸を張って生きろ」
 ジヴォートナィは言葉を贈ると、再び聞こえた『もしもしィ!』という声に導かれるように、天に昇っていった。

 ヴォルクは、その日も修行に励んでいた。
 もう霧は晴れた。
 ジヴォートナィに会ったのは夢だったのかどうなのか、ヴォルクは濡れていないし、滝つぼもない。
 だが、毎日の当然のこととして、これからも高みを目指すことはやめないだろう。

●弟子との再会
 少し冷えたような気がして窓のほうを見やると、珍しいくらいに濃い霧が立ち込めていた。
 読書をしていたアルファルドは本にしおりを挟んでから席を立ち、窓を少し開けて様子を見てみようとした。
 その時、コンッ、とドアが叩かれた。
 訪問を告げるにしては不自然なノック。何かが当たっただけかもしれない。
 だが、アルファルドはどうにも気になり、ドアを細く開けた。
 そして、そこに立っていた人物に驚いた。
 気まずそうにうつむき、アルファルドの顔を見ようとしないその客は、弟子のユージンであった。
「おまえ……今まで何やってたんだ?」
「……」
「……だんまりか。まあいい、中に入れ。霧がひどいな、服は湿ってないか?」
 下を向いたまま頷くユージンだが、その髪は霧によりしっとりと濡れているのがわかる。服に触れてみると、やはり湿り気を帯びていた。
「まずは乾かせ、風邪をひくぞ」
 アルファルドはタオルを渡すと、キッチンへ向かい湯を沸かした。
 体が温まるハーブティを淹れて、ユージンと向かい合って座った。
 彼が訪ねてきた理由を話してくれるのを待ったが、口を閉ざしうつむいたままだった。
 ユージンは、魔法の才能に恵まれた人物だった。しかし、その才能はなかなか開花せず家族からは無能扱いをされていた。
 その時に出会ったアルファルドが彼の才能に気づき、弟子にする形で面倒を見始めたのである。
 アルファルドの導きで、ユージンはすぐに魔法を使いこなせるようになり、見込んだ通り優れた才能を表した。
 自分の中に隠れていた力が人より優っていたことを知ったユージンは、これまで受けてきた家族からの扱いの反動か、周囲を見下すようになり……。
「──まずは、おまえが殺したと思ってた相手は助かったぞ……それでも、おまえがしたことは変わらないが」
 このままでは埒が明かないと思ったアルファルドは、こちらから話しかけることでユージンの言葉を引き出そうと試みることにした。
 そして、まずは反応を引き出すことに成功した。
 ユージンは、小さく息を飲んだ。
 アルファルドは静かな声で続ける。
「悪いことをしたっていうのはわかるな? 俺も、おまえが目を輝かせてどんどん吸収していくのが嬉しくて……ちゃんと心のほうも学ばせるべきだったな」
 どうして、とようやくユージンは小さな声を発した。
「どうして、本当のことを言わなかったんですか」
 驕ったユージンはついに人と揉め事を起こし、相手に重傷を負わせた。それを殺してしまったと思い込んだ彼は、アルファルドに「必ず帰る」と言い残して逃げ出した。
 アルファルドがユージンの態度を諫めようとした矢先のことだった。
 取り調べの際、アルファルドは黙秘を貫き、結果、犯人とされた。
「裏切られたかもしれないとは思ったさ……。でも、おまえが約束を破ったからといって、俺が約束を破っていい理由にはならないだろ。おまえはどうだったんだ……? 見つからないように隠れながら生きて満足したか?」
「……」
「俺はおまえの先生だからな、お前を止められなかったのは俺の罪だし、先生は最後まで弟子の面倒を見るもんだ。それに、おまえがどこかで怯えながら隠れて生きているのかと思うほうが辛かった。……胸を張って帰れるよう、罪を償え。まだこれからだ」
 ユージンはやはり顔を上げないが、涙のしずくが落ちるのが見えた。
 アルファルドがハーブティに口をつけると、少し冷めてしまっていた。
「淹れ直すか」
 アルファルドが再びキッチンに向かおうとしてテーブルに背を向けた時。
「……ごめんなさい」
 震える声が小さく聞こえた。
 アルファルドが振り向くと、テーブルには誰もいなかった。
 驚き、ドアを確認するが出て行った形跡はない。
「……ユージン、どこ行った?」
 呼びかけても、家中を探しても返事はなかった。
 ただ、ハーブティは一口分だけ減っていた。

 後日、アルファルドはあの濃霧の日に多くの人が体験した不思議な出来事を耳にした。
 そして、察してしまった。
「そうか……ああやって俺に会いに来たということは……そういうことか。ばかやろう、生きてるうちに謝りに来い」
 晴れた空の向こうに、アルファルドは不器用な弟子の姿を探した──

●霧に揺れる記憶
 あまりにも霧が濃いせいだろうか、アウロラ・メルクリアスはどうにも落ち着かずに何度も立ったり座ったりを繰り返していた。
 この霧が立ち込めてきた頃から、記憶を刺激されるのだ。
 例えば、両親のこと──
 アウロラの両親は、やさしい人達だった。
 アウロラは、その二人からの愛情をたくさん受けて育った。
 幸せで楽しい日々の中、ある日三人で景色の良い港町まで旅行に出かけた。
 それが、家族の最後の日だとも知らずに。
 海に異変が起きているという知らせに、港町は大混乱に陥った。
 避難船として急遽大型の船が二隻用意され、女性と子供を優先して乗り込ませていった。
 アウロラも先に母親と共に港町を離れる予定だったが、その混乱の中ではぐれてしまった。父親の姿も見えない。
 探して、大声で呼んでも見つからない。
 船着き場まで行って、人々を誘導している人に尋ねても、見ていないと返されるだけだった。
 逆に、先に避難しろと船に乗せられそうになった。
 母が一緒ではないことも、父と再会の約束もできないことも受け入れられなかったアウロラはその場を離れて、両親を探し続けた。
 心配と不安でどうにかなってしまいそうな心を必死に抑えてさ迷い歩き、気づいた時には波が打ちつけている煉瓦造りの建物の近くで途方に暮れていた。
 その時アウロラは、その場所は危険だから離れるようにと、たぶん港町の人に注意された。
 そして引き返そうとした時、その建物が波に負けて崩壊した。
 近くにいたアウロラはそれに巻き込まれ……。
「目が覚めた時にはもう、海の底だったんだよね……」
 その事故で、アウロラは両脚を失った。生きていたのは奇跡と言っていいだろう。
 義足を手に入れて、歩く練習をして、ようやく出歩けるようになったアウロラは、当然のごとく両親を探しに出た。
 人が住む領域はすっかり狭くなり、すべてを回るのにたいして時間はかからなかった。
 だから、ここにはいないということも、すぐにわかってしまい……。何より、入院中もリハビリ中も、二人は来なかったのだ。
 生きていれば、必ずアウロラのもとへ駆け付けて傍で看病してくれたはずだ。
 そんな現実はなかったということは、つまり……。
「やっぱり、そういうことなんだって自分を納得させた。納得させたはずなのに、やっぱり寂しいよ……」
 霧で真っ白な窓の外をぼんやりと眺めながら、アウロラは突然の別れとなってしまった両親を偲んだのだった。

●父の想い
 深い霧の中。
 突如現れた人物を見て、アレクセイ・アイヒマンは言葉を失った。
「ずっと、見ていたぞ」
 その人物――父、アリスタルフ・アイヒマンの言葉に、アレクセイの心臓がどくんと音を立てた。
 無理な投資で財を潰して家を没落させた父。
 貴族としてのプライドと生活を何より大切にしていた。
 貴族的な生活を手放せず、アレクセイを使用人のように扱っていた父だった。
 体を硬らせ心を凍らせていても。
 それでもまだ裕福だった頃の優しさと肉親への愛情が彼の心に残っていた。
 そして今、心の中に広がっていくのは、大洪水で父達が亡くなった時、解放されたと思ってしまった事への罪悪感だった。
「お前は、何をしている。命を削りばかげたことを。何をなす事もなく、こちらに来るつもりか。一族の復興が貴様の責務であろう!」
 厳しい叱責の声だった。
 大洪水後のアレクセイの行ない全てを、彼の人格すらも否定するような、激しい言葉が続いていった。
 アレクセイの心が、更に凍り付いていく。
「……っ……勝手な事を……」
 普段、見せたことのない形相で、アレクセイは父親を睨みつけていた。
「私は……俺が、俺の命をどう使おうが、父上には関係ない!」
 自分の胸を強く叩き、声を荒げる。
「俺は、俺の護りたいもの為に、この命を使う! 一族の復興なんてどうでもいいんだ!」
 胸に当てた手で、服を強く握りしめた。
「大切な人達さえ、幸せになれば、それで……!」
「命を捨てるつもりか」
 煩い! そう言い返そうとして気付く。
 頑固だった父が、今にも泣き出しそうな顔をしていることに。
(ああ……そう、か……)
 そして、アレクセイは悟った。
 父は、自分に生きて欲しいと思っているのだと。
 それは決して、一族の復興のためではなくて。
「俺は……ずっと、貴方に愛されていないと思っていた」
 悲しげな父に、アレクセイも悲しげな目で語りかける。
「だって、仕方ないでしょう? あんな仕打ちを受けて、愛を信じろと?」
 父、アリスタルフは硬く口を結んでいる。
「でも……今はわかる。今この瞬間は、貴方の愛情を感じる」
 肉体を失い、精神だけになったからだろうか。
 父の感情が、アレクセイに流れてきていた。
「今更……どうして……」
 アレクセイの目から、涙が溢れて、零れ落ちていった。
「生きろ、お前は……お前たちは」
 アレクセイに生きて欲しいと願う父の気持ちが、愛が、謝罪の心が、アレクセイの中に流れてくる。
「父上……ありがとうございます」
 涙で頬を濡らし、唇を震わせながらアレクセイは話す。
「貴方に生きろと言っていただいて、本当に嬉しい。貴方を恨んでいないと言えば、嘘になるけれど……」
 涙をぬぐい、呼吸を整えてアレクセイは穏やかな顔を父に向けた。
「俺は……貴方を許します」
 悲しげな父の目が、見ひらかれた。
「だから、もうそんな顔はしないでください。母上にも伝えて欲しい。俺を産んでくれて、ありがとうと」
「……許して、くれるのか……」
 父の目に涙が溜まり、溢れ落ちた。
「俺は、幸せです。大好きで大切な人が居るから」
 そして、アレクセイは父をまっすぐに見つめて、宣言する。
 後悔はしない
 命も捨てない
「幸せになってみせます」
 父、アリスタルフの表情が、ほっとしたような緩やかなものへと変わった。
 そしてアレクセイの脳裏に声を残し、霧に溶けるように消えていった。
『生きて、幸せを掴め』

●死の理由
 数年前。
 帝国騎士、カーレ・ペロナの父と兄は、燃える島で亡くなった。
 そう聞かされていた。
 何の任務だったのか、本当に燃える島にいたのか、上官は未だ何も語らず、真実をカーレは知らない。
 その頃島はまだ燃えておらず、海賊たちに占拠されていたはずだ。
「……父さん、兄さん……!」
 深い霧の中で浮かび上がった2人の姿。
 急いで駆け寄ると、それは間違いなく亡くなった彼の父と、兄だった。
「ペロナ当主として、その呼びかけは如何なものか」
「自覚が足りんぞ、カーレ」
 先代当主であった父と、家督を継ぐはずだった兄の厳しい声がカーレの頭に響いた。
 懐かしい声に、胸が震えた。
「では、何と呼べばいいのですか? 父さんは父さんで、兄さんは兄さんじゃないですか」
 次男であった彼は、家の事は兄に任せて、地の魔術師として身を立てるべく修行に励んでいた。
 跡取りとしての教育も受けていない。
「父上、だろう」
 そう言う兄の目は、少し優しかった。
 カーレはそっと呼吸を整えて姿勢を正す。
「父上、兄上、お久しぶりです。どうして……」
 ずっと、知りたかったことがある。
 どうして、2人は亡くなったのか。
「お2人は、任務中に燃え――東の島で亡くなったと聞かされました。遺体も見つかっていません」
 どんな任務だったのか、何が死に繋がったのか。
 カーレは急く心を落ち着かせながら、父と兄に尋ねていく。
「……当時、あの島は海賊に占拠されていたのは知っているな」
 父の声は重々しかった。
 当時はあまり関心がなかったのが、海賊や燃える島の記録を閲覧した今は、知っている。
 ただ、その頃、海賊たちはさほど事件を起こしてはいなかったはずだ。
「私たちの任務は、海賊の調査だった」
 兄は穏やかにカーレに話し始めた。
 それは密命であり、調査方法は全て2人に任されていた。
 2人は漁師に扮して、海賊に取引きを持ちかけて、島への上陸を果たした……のだという。
「島の状況、拠点の規模、海賊の構成員について、出来る限りの情報を持ち帰るはずだった」
 兄が父に目を向けた。
 父は厳しい顔つきのまま、語って良いというように、頷いた。
「海賊に明確な頭はおらず、発言力の高い者と交渉を進めていた。だが、何も成せぬまま、私たちの命は消えた」
 兄は悔しげな口調で続けていく。
「最後に見たのは、若く美しい女性」
 妙齢の美女――。
 1人、思い当たる人物がいた。
「カーレよ、お前は疑問に思わぬか?」
 父がカーレに問いかける。
「まだ土の壁にこの地が覆われている頃から、スラムの民は海へ出ていた」
 海賊船として海賊が使っていた船は、コーンウォリス公国の港町から出航した避難船だ。
 記録によると、スラムの民が避難船を確保したのは、洪水から数カ月後のこと。
 彼らはどのようにして、海に出ていたのか――誰の導きで。
「おそらく、それは」
 父と兄を前に、カーレは言葉を詰まらせた。
「解っているのだな」
 父の言葉に、ただ頷いた。
「ならばなぜ我々が命を落としたのか。任務や理由が明らかにされない理由も、もうわかるだろう」
 カーレは拳を震わせながら頷いた。
「カーレ、国と家を頼む」
 兄の穏やかな声。同時にふわりと、何か感じた。
 気のせいかもしれない。
 父と兄が、カーレの頭と肩に手を置いた。そんな感覚があった。

 深い深い霧の中。
 人々は懐かしい想いに、抱かれていた。


●マスターコメント
【冷泉みのり】
こんにちは、冷泉です。
シナリオにご参加してくださった皆様、ありがとうございました。
子供の頃はお盆よりも夏祭りで、盆踊りに参加すると子供には景品が出ました。
それ目当てに、見よう見まねで踊ってましたね。
今年は新盆も旧盆も諸事情で様々だと思いますが、どうぞ良いお盆休みをお迎えください。

【川岸満里亜】
ご参加いただき、ありがとうございました。
今回は最後の2シーンのみ担当させていただきました。
皆様のご家族や大切な人とのひととき、しみじみと楽しませていただきました。
毎日暑いですね。今年はご自宅に籠っておられる方も少なくないと思います。
熱中症にならないように、気をつけてお過ごしください。