マッチング交流会!?

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 リモス村の広場にテーブルとイスが設置されていた。
 貴族も多く訪れるということで、広場は綺麗に整えられ、テーブルにはテーブルクロスが敷かれている。
 今日行われるのは、出会いと就職のマッチングパーティー!
 パーティーといっても宴会ではなく、会話がメインの交流会だ。

 海岸に船が到着し、護衛とともに主催者のトランダ・ドムドールが降り立つ。
「ほっほっほっ。わしのおなごはどの娘かのう」
 早速、トランダは女の子達を物色しだすのだった――。
 
●お相手探し!?
「チェリア様ー!」
 交流会が開始されて直ぐ、ほんとに直後に、男性がチェリア・ハルベルトのもとに向ってきた。
「はい! はい! 私、チェリア様の付き人になりたいですー!」
 誰にも負けない大声で、満面の笑顔で手を振って駆けてくるその人物は、帝国騎士アレクセイ・アイヒマン。帝国の貴族の青年だ。
 チェリアにバッと差し出したアプローチカードにはこう書かれている。

『氏名:アレクセイ・アイヒマン
チェリア・ハルベルト様の付き人を希望します。
特技はお茶を淹れる事と、料理(特にクッキーが得意)です。
志望動機は、勿論、チェリア様が大好きで傍に居たいからです!』

「アレクセイ……!?」
 あまりの勢いに少々驚いているチェリア。
「私、お買い得ですよ!
 家事とか得意ですし、肩もみも妹のお墨付きですし、毎日美味しいお茶とクッキーを用意します」
「あ、うん……それは確かに」
「それにそれに、えーとえーと……」
 いざとなったら出てこない自分のアピールポイント。
 もどかしく思いながらアレクセイの口から出た言葉は。
「チェリア様の事、誰よりも大切にします! だって、大好きですから!」
 彼の大きな声と言葉に、チェリアの顔が薄らと赤く染まり、周りの人々が視線を向けてくる。
「ですからどうかお願いします!」
 アレクセイの勢いに押されながらチェリアは困ったように言う。
「ええーとな、アレクセイ。私は愛人を作る気はないぞ」
「はい?」
「使用人に手を出すことはないし、嫁に行くことになった場合、男性の側仕えは連れていけないだろう」
 チェリアはやや上目づかいでアレクセイを見ている。
「婿を迎えた場合は、わ、私を好きだという男を、傍に置いておくことはできないだろう。で、付き人でいいんだな? 付き人として雇っていいんだな? 本当にいいんだな!?」
「え、ええええええ……」
 アレクセイは迷いだした。
 付き人になりたい! だけどそれは、彼女と結ばれる未来を諦めるということなのか!?
「で、では、とにかく、本日一日は、お試しで付き人として雇って下さいませんか?」
「了解。それじゃ今日一日よろしく頼む」
 そんなわけで、アレクセイは1日限定付き人としてチェリアに付き従うことにしたのだが……。
チェリア・ハルベルト様……私のお母様になってはいただけないでしょうか。こちら、お父様の……」
 すぐに最初の敵が訪れた。父の釣書を持ったジスレーヌ・メイユールだ。
「チェリア様は駄目です」
 ジスレーヌが釣書をチェリアに渡す前に、間に割って入るアレクセイ。
「え? 何故でしょうか」
「駄目ったら駄目です。チェリア様を大好きな私が居ますからね!」
 笑顔のアレクセイとは対照的に、ジスレーヌは真剣だった。
「身分の高い方の場合、恋愛と結婚は別だと思うんです。父はチェリア様に相応しい人ですから! 両国のため、世界のためなのです!!」
「妙齢の女性貴族なら他にも沢山います。貴女の御父上ほどの方でしたら、いくらでもお相手はいますから!! とにかくチェリア様は絶対駄目!!」
 アレクセイはジスレーヌをぐいぐい押し返そうとしていた。

 そんな時。
 ジスレーヌの想いの人のヴォルク・ガムザトハノフは……。
「ジスレースは俺のだ。手を出すなら殺す」
 彼女に目を向ける者のもとを巡り、そう言って回っていた。
「だが、否定だけでは何事も成長せぬ。貴様に、我が魔王流恋愛術を伝授しよう」
 アプローチカードに記した特訓メニューを、ヴォルクの言葉に一番反応を示した少年に渡す。
「実地訓練を行なう。翌朝、畑へ来い。来なければ殺す」

 カードにはこう書かれていた。
 
恋愛術は、畑仕事を通して実施する。
畑を相手と考えろ。
母なる大地が相手だ、不足があろうはずがない。

①相手を知れ。観察だ!
②己を知れ。禅だ!
③相手を敬え、尊重しろ。我が軍団員の我に対する態度を参考にしろ!
④受け止めろ。男は包容力だ。我を見習え!
⑤丁寧に接しろ。それでは枯れてしまうぞ。枯れる事即ち死だ。死しては収穫できぬ。


 訓練後には、特製料理を振る舞う予定だった。
 1週間後には、大地への愛が育まれるはずだッ!!

 アレクセイと押し問答をしていたジスレーヌは、そんなヴォルクの姿を見て涙目になっていた。
「それでは……帝国貴族のあなたと、公国伯爵家の私が婚約するというのはどうでしょう」
「はい?」
 ジスレーヌの突然の言葉に、困惑するアレクセイ。
「私のこと、好きだといってくれている人がいるのですが、でも彼、すっごい浮気性みたいなんです。私と一緒にいない時は、私のことよりも『マイさん』という方の事ばかり、話しているんです。『マイさん』に夢中なんです」
「は、はい? 彼氏さんと上手くいってないのかな。とにかく落ち着いてください」
 アレクセイはジスレーヌの話を聞いてあげることにした。
「私よりも『マイさん』の話題の方がいつも多くて、寧ろ私のことなんて全く話題に出さないことも多くて……。ただ、最近は『マイさん』のことはあまり仰らないらしくて、それはそれで『マイさん』と何かあったんじゃないかって、お元気だろうかって、気になってしまっているんです」
「んん???」
 アレクセイにはさっぱり意味が分からなかった。
「今日は、誰だか知らない人のことを自分のものだって豪語していて……」
「苦労してるんだね」
 よしよしとアレクセイはジスレーヌを撫でてあげた。
「でも、チェリア様は駄目ですし、私も貴女と結婚はできません。ちゃんと彼と話してみるといいですよ」
 そう優しくアレクセイはジスレーヌを諭すのだった。

 さてそれから数日後。
「その心、忘れるな。貴様の財産となるであろう」
 軍団員に帝国の少年貴族が加わっていた。
 ヴォルクからアプローチカードを受け取った相手。
 名をジス・レーという。

「チェリア隊長!」
 アレクセイがジスレーヌに捕まっている間に、チェリアに近づく者がいた。
「副官の話がまとまってないので、その後どうなってるのか確認に来ました!」
 傭兵騎士のナイト・ゲイルだ。
「副官? 何のだ?」
「チェリア隊長のですよ。というか付き人? 任務も終わったし、隊とか組んでるわけじゃないしな」
「それか……」
 不思議そうにチェリアはナイトを見て、椅子を勧めた。
「それじゃ、改めて動機から聞いてもいいか?」
「動機?」
 面接のように向かい合って腰かける2人。
 何で、自分はチェリアの付き人――側にいることに、そんなにこだわっているのだろうかともナイトは疑問に思う。
 彼女は帝国にとって必要な人だと思う。だから、支えたい、というのではない。
 放っておけない。でもそれは義務感ではなくて。
(じゃあなんだ?)
 チェリアを見ながら自問自答してみるが、微妙に答えが出ない。
 マテオの皆のため……とも違う。チェリアの側にいることがマテオの皆の助けになるわけではない。
 マテオのことは何とかするつもりだが、なんだろう。別の領域で個人的な感じがする。
(いかん、真面目に考え出したら止まらないぞ!? ちょっと後で時間とって考えよう、もしくは本人に相談……今、するか?)
「なんだ? 私の顔に何かついてるか」
 チェリアが訝しげな表情になる。
「あいや、ええと……動機は、ほら、チェリア隊長が止めてくれる人を必要としているからですよ」
 そして、ナイトは自分のアピールポイントを語っていく。
「剣の腕は結構あると思います、無茶振りいけます、思いっきりも悪くはないと思います」
「ふむ。それなら『竜の頸の珠』を持ってきてくれ。それを陛下に献上すれば、すぐにでも認めてくれるだろう」
「いや、無茶ぶりの意味が違うって! 大体竜って実在するのかよ!?」
 ナイトの反応に、チェリアは満足げな笑みを見せた。
 彼女の笑い顔になんだか脱力しながら、ナイトは続ける。
「更に言うと大体無事に帰ってきますわ、怪我したり取り返しのつかない事態になるとチェリア隊長こっそり泣きそうな気がする」
「……泣くわけないだろ」
 チェリアはぷいっと顔を背ける。
「チェリア隊長がやらかしそうになったら実力行使を含めて止めるので安心してください。それでなんかやっちゃったらちゃんと責任取ります! ……具体的にはよくわからないけど」
「む……」
「後は火の一族の力使えます、何に使えるか分からないけど。そんな感じです、よろしくお願いします!」
 熱意の感じる声で、ナイトが言い、チェリアはまた不思議そうに彼を見た。
「気持ちは分かった。だが動機がやっぱりよく分からん。私としては助かるんだが、ナイトにとってのメリットがわからないんだ。お前には傭兵騎士として稼ぐだけの能力がある。だから、金じゃないんだろ?」
「そうなんだよな……何故だと思う、います?」
 真面目にナイトはチェリアに尋ねた。
「知らん。とりあえず、前向きに検討させてもらう。継承者の一族の力を持っている者は、歪んだ魔力の影響をほぼ受けないっていうしな。私が抱えている問題が解決するまでだが、護衛として側にいてくれるのなら有り難い限りだ。ただ、護衛する相手は」
「分かってますよ」
 護衛する対象は、チェリアと……なにより、チェリアが暴走し、誰かを傷つけようとした場合、その相手。チェリアを止めることが、ナイトの役目だ。彼女が側にいて欲しいのは、殺してでも自分を止めてくれる人。
(そういえば、もう隊長じゃないんだし、呼び方も考えないと……)
 チェリアお嬢様、は違う気がする。
 チェリア様……チェリアさん?
 これもそのうち、チェリアに聞いてみようかとナイトは思うのだった。

 帝国視点の考え方ではあるけれど、今回の交流会開催は、融和政策の面としては間違っていないと思えた。
(ペロナ家の存続という点を考えると自分も後継者のことを考えなければいけないのを失念していたか……)
 そう思いかけたカーレ・ペロナは1人、首を左右に振る。
(まあ喫緊の課題ではない)
 しかし先のことを考えればそういう方面に顔をつないでおく必要もあるだろうし、融和政策に協力するのも帝国臣民の務めだ。
(今回のに限ればパトロンでも良いのかな)
 などと思い、参加したカーレだったが……。
「地属性の魔法の知識がある方ですか!? 騎士爵家の家長さん? 独身!? 年齢は? このアプローチカード私にください!!」
 なんだか支援対象とは思えない少女に、興味をもたれてしまったようだ。
「22歳です。失礼ですが、どちらかでお会いしたこと、ありますか?」
 金色の髪のその少女のことは、どこかで見たことがある気がする。
「ビル・サマランチと申します。魔法使えるのですが、そんなに堪能ではなくて、今宮殿で教えてもらっているところです。あの、私の家庭教師をしてくれませんか!? 教師と生徒という関係から始めて、出来るだけ早いうちに良い関係になれればと」
「サマランチさん……もしかして、マリオ・サマランチさんの娘さんですか?」
「父をご存じですか。そうです。カーレ様は結婚相手に何を望みますか? 私では幼すぎますか!? 成長期ですので、すぐに大人になりますよ!」
 必死な様子で、ぐいぐい迫ってくるビル。
 あまりの勢いに、カーレは思わず足を後ろにひいた。
 マリオ・サマランチは下級だが、貴族のはずだ。
 この娘に魔法の素質があるかどうかは分からないが、学んでいる最中だという。
 育ててみるのも、面白いかも、しれないけれど。
 彼女からはありありと別の目的が感じられる。
「ええと、初対面の大人の男性にそのようなことを、言ってはいけませんよ。悪い人もいるのですから」
 膝を折り、ビルと視線を合わせてカーレは言った。
「誰にでもではありませんわ。あなたに惹かれてしまったのです。魔法教えてください」
「ん……それでは、最初は宮殿の魔法図書館で、一緒に学びませんか?」
「はい、初デートは、魔法図書館ですね!」
「そうではなくて」
「あっ、勉強ですね、勉強。色々教えてください。私世間知らずな所があるみたいですので」
「わかりました」
 カーレがそう答えると、ビルはぱっと顔を輝かせた。
「それでは今日一日、弟子として先生に付き従わせていただきますー!」
 嬉しそうに言うビル。笑顔がとっても可愛らしい。
 カーレはふっと柔らかな息を漏らした。
 弟子にするかどうかはともかくとして。危なっかしい娘なようなので、今日は自分の側に置いておいた方が良いだろうと思うのだった。

●老人の性欲、ハンパないって
 ヴィーダ・ナ・パリドは、シャナ・ア・クーと一緒のテーブルでパンをかじっていた。
「これ美味しいわね」
 シャナは惚れ惚れとした声色でパンを見つめ、もう一口かじりつく。
「こんな旨いもんを出すなんて、よっぽど気合の入ったパーティーだな」
「もちろんじゃとも」
 一人の老人が、うっすらと微笑みを浮かべて近付いてきた。彼は頭を軽く下げ「私はトランダ・ドムドール」と言った。
「あんたが主催者?」
 ヴィーダの問いかけに「その通り」と答える。
「素敵なお嬢様方。良ければ、少しお話でも」
「ええ……私たちでよければ。ね?」
 シャナは一切警戒していない風に言ったが、ヴィーダはじっとトランダの顔を見ていた。
 彼はシャナとヴィーダに葡萄酒を勧める。
「いや、まだ真昼間だ。酒を飲むには早すぎる」
 ヴィーダはグラスを持とうとしたシャナを遮って言った。
「せっかくのパーティーじゃ、遠慮することはないぞ」
 だが、彼女は頑としてそれを許そうとはしない。
「……それならば、紅茶でも。口を潤わせながらのほうが喋りやすかろう」
 トランダは辺りを見回し、給仕を見つけて手を挙げた。
「気を付けろ」
 ヴィーダはシャナを小突く。
「どう見てもエロ親父の顔をしている」
「ちょっと……そんなこと言っちゃ失礼でしょ……」
 シャナも小声で返した。
「お2人は、宮殿で生活してみたいとは思いませんかな?」
「宮殿で……」
「ええ……私は『ドムドール』の名の通り、皇族の一人でね……まあ、現役はとっくに引退した老いぼれなんじゃが」
 男の目が光る。
「わしも、もう1人で何でもできる歳ではない……そこで、身の回りの世話をしてくれる美しい女性を探しておってな」
 彼の手がゆっくりシャナのお尻に伸びていく。ヴィーダが大きく咳払いする。トランダは難しい顔をしてヴィーダをにらんだが、ヴィーダも負けじと彼を見下ろしてにらみつけた。トランダはふいっと顔をそらして手を下した。
「身の回りの世話といっても、怪しいことなど無いぞ……ほとんど」
「給仕係というようなことでしょうか」
「そうだな、給仕というよりは……愛人に近いかもな、うひゃひゃひゃ……」
 目をだらしなく垂れ下げて笑うトランダ。ヴィーダは彼に気付かれないように、頭の中で彼の性欲で醜く歪んだ顔を吹き飛ばした。
「アイジン……それって、私にもできるんでしょうか……」
「出来る出来る! お主が愛人ならこの老いぼれでも毎晩――!」
「ん、美味しそうなケーキ」
 ヴィーダは2人の間に割って入って、シャナにケーキを渡す。
「いやー、やっぱ紅茶にはケーキだよな」
 ケタケタと笑って、それからトランダを刺し殺すような目で見た。
「……シャナのことを大事にしてくれるなら、相手が誰でも大歓迎ですよ」
 その余りの迫力に、トランダは「失礼する」と言って後ずさりした。

 トランダの少し後ろをついて歩いていたのは、リュネ・モル。彼はトランダのチャレンジ記録を付けていた。
「さすが『たねまきんぐ』……」
 彼の性欲、そして75歳という高齢になってまで子孫を残そうとするその姿勢。リュネが『種蒔きの王』についての記録を残そうとするのには充分すぎる動機があった。
 今のところ、トランダは1勝4敗。『イケオジ(イケてるオジさん)』と呼ぶにはあまりに高齢で、どちらかというと『イキオジ(逝きかけているお爺ちゃん)』というのがちょうどいいくらいなのだから、愛人候補を募集すること自体がかなりおかしな話なのである。それでも1勝を手にしているのは、彼の歴戦の話術がなせる業か。
「トランダ様」
 リュネが声を掛けると、トランダは振り返って「なんじゃ」とつまらなさそうに言った。
「私は男に用はないぞ」
「いえ……トランダ様のナンパテク……高尚な歴史の一端として記録させていただいておりました」
「……勝手に何をしておるか……」
 トランダは声を潜めてリュネを見上げた。
「申し訳ありません。しかし、『歴史は夜作られる』という言葉もございます。トランダ様の素晴らしいテク……これは子供だけではなく歴史を作る行為……つまりナンパそのものも、もはや歴史といって過言ではありません! 特にあのお下げ髪の女性を口説いたときなどは……」
「しーっ……」
 トランダが眉間に皺を寄せ、口元に人差し指を立てた。
「他の女を口説いていたなどと聞かれては、この後に差し支える」
「なんと……まだ獲物が!」
「お陰様で、まだまだこっちは現役じゃからのう」
 トランダのスケベ過ぎる笑みに、リュネは思わず苦笑が漏れそうになったのを必死にこらえた。
「そういえば、トランダ様は現役時代、どのような公務についておられたのですか? まだまだお若いのに、公務から離れられて……」
「……まあ、色々あるんじゃよ」
 急に彼はつまらなさそうな顔をしてうつむいた。明らかに言いたくない事情があるようだ。これだけのスキモノ、もしかしたら女性関係のスキャンダルがあったのかもしれない。リュネは彼からそれ以上そのことについて引き出すことをあきらめて、話題を変える。
「……ところで、他の一族の血を引く女性に興味を持つ理由はあるのですか? 皇族同士での結婚ということもよくあることでしょう?」
「魂が呼び合うのじゃ……自分とは違う性質を持っているほど、女は魅力的に見える……!」
 やはり、異性の話になると急に元気になる。
「んぉっ!」
 リュネの向こう側に、美しい女性を発見したようだ。
「そこのお嬢さん、ちょっといいですかな……」
 リュネの脇をスタスタと歩いていくトランダ。まるで老人とは思えないその活力に、リュネはようやく我慢していた苦笑を漏らして、再び記録を取り始めた。

●就職マッチングサービス
 リモス村には珍しいシャボン玉は、リキュール・ラミルの経営するポワソン商会の取扱商品の1つだった。
「そちらは試供品でございますので、どうぞご自由にお持ち帰りくださいませ」
 リキュール自らが先頭に立ち、ポワソン商会の就職案内をしながら販売戦略も立てていく。リモス村は流刑地であるために、娯楽に乏しい。シャボン玉のようなシンプルな娯楽品でさえ、なかなか手に入りにくい。そういう地域に娯楽産業を提供すること、需要を掘り起こして供給することは、商人の使命であると彼は考えていた。
 もちろんそれのみならず、このマッチングイベントを通して『ポワソン商会』を知ってもらい、人材を確保することも大きな目標の一つである。洪水によって多くのテクノロジーとその担い手が失われた今、生き残っている技術者は貴重な存在。商人にとっては、彼らの中で貴族に雇われることの出来なかったものをうまく拾い上げて育てることも、また必要なことだったのだ。
 ポワソン商会のブースに手伝いとしてやってきていた男が「リキュールさん」と彼を呼ぶ。
「このパーティー、半分は婚約者探しみたいな目的らしいですよ」
「ええ、そのようですね。お陰様で、年齢・性別・出身地と、様々な方がお見えになっているようで」
「……リキュールさんはいいんですか?」
「ん、手前のご心配をしていただいていらっしゃる?」
「心配っていうか……リキュールさんは独り身なんでしょ? 大きなお仕事をなさっているわけだし、結婚とかも考えないのかなーって……」
「仰りたいことは重々承知いたしておりますとも」
 リキュールはにこっと笑った。彼の頭の中には、パルトゥーシュ商会のフランシス女史の姿が描かれていた。誰にも告げていない、一途な恋心であった。
「ですが、手前のような中年男、相手になさる女性はいらっしゃいませんでしょう。言い寄られた女性のほうも、いい迷惑になってしまいます」
 彼はやんわりと男の提案を断って、「それよりも」と続けた。
「この貴重な場を生かして、素晴らしい人材の確保を行うこと。それこそが手前にとって今一番大切なことなのです……お心遣いいただき恐縮でございます」
 そう言うと、再び遊びに来ていたリモス民たちにシャボン玉のキットを配り始めた。

 アウロラ・メルクリアスは会場入り口でもらえるパンフレットを片手に、んー、と首を傾げていた。
 色々終わった後の働き先は大事だ。今は『移民』という立場であっても世界、とりわけ帝国の秩序を守るための仕事があるが、それだっていつまで続くかわからない。
 ふと、遠くにカサンドラ・ハルベルトの姿を見つける。
「あ、カサンドラちゃんだ」
 アウロラは微笑んで、彼女に近付いていく。
「カサンドラちゃん、いえーい!」
 ハイタッチを求めて手を掲げたアウロラ。カサンドラは驚き戸惑って「あ、えと」と漏らして、それからおずおずと手を挙げ彼女と手を交わした。
「カサンドラちゃんもパーティーに参加しに来てたんだね。もしかして、恋愛的なパートナー探しに?」
「あっ、い、いえ……」
 カサンドラは急にそんなことを言われて、恥ずかしくなったのか顔を赤らめ首を激しく横に振る。
「そういうんじゃなくて……」
「あ、ただ遊びに来てるだけ?」
「はい……」
 カサンドラはもじもじとうつむいて、照れたように笑った。
 アウロラの少しゆっくりとした歩みに合わせて、カサンドラもその隣を歩いていく。
「そういえば、ハルベルト家も人材探しとかやってるの?」
「……?」
「いや、ちょっと興味があってね。ほら、これから先のお仕事って大切でしょ」
「家の使用人や、お姉様の付き人なら……」
「あー……」
 アウロラは残念そうな声をあげ、深くため息をついた。不思議そうな面持ちでアウロラを見上げるカサンドラ。
「カサンドラちゃんの付き人は募集してないの?」
「私……?」
 カサンドラは困惑の色を隠そうとしなかった。
「……私は、公務に付いているわけでも、軍務があるわけでもないから……」
「そっかー……あ、でも!」
 にこっと微笑んで立ち止まる。
「もしハルベルト家の使用人として雇ってもらえたら、いつでも一緒にいられそうだよね」
「……そうだね……」
 カサンドラも、にっこりと微笑み返した。
「これ」
 アウロラは懐から一枚のカードを取り出す。
「これは……」
 それは、入口で配っていたアプローチカードであった。自分の意中の人、もしくは企業に渡すことで、アピールを行えるカードである。
「カサンドラちゃんの付き人に応募したいな……もしやってないなら、ハルベルト家でも」
「……ありがとう」
 カサンドラは最初よりもずっと和らいだ表情を浮かべてカードを受け取る。
「お兄様方にも相談してみないと分からないけど……伝えてみる……」
 彼女は嬉しそうにカードをカバンにしまいこんだ。

 ルティア・ダズンフラワーは、グレアム・ハルベルトと一緒にガーディアン・スヴェルの勧誘に勤しんでいた。Gスヴェルはまだまだ結成したばかりの組織。人も装備も、経験も知識も、何もかもを増強したい時期であった。
 ルティアはグレアムが座ったテーブルから、食べ終わったお茶とお菓子を下げていた。数名の参加希望者が顔を出しているが、想像以上に手応えがあるようで、彼は今も顔をほころばせている。
「先ほどの方も、入隊を前向きに考えてくださっているようですね」
「頼もしい限りです」
 グレアムは柔らかい笑みを浮かべた。
「サポートのおかげですね」
「いいえ、私はそんな……」
 彼女は謙遜して言ったが、事実、ルティアの援護射撃はかなり効果がある。マテオ出身者の活躍はもちろん、年齢、性別の垣根も超えて一致団結しているという事実は、新たにGスヴェルへの入隊を考えている者にとっては大きなプラスの情報になる。さらに、荒事が苦手な場合でも、料理人や修繕工、事務係など、やってもらいたい仕事は山ほどある。むしろGスヴェルの結成理由としては、そちらの後方援護業務が重要になるくらいだ。その事実を聞いた参加者たちも「それなら」と応募用紙をもらっていってくれる。この場で入団を決めていった者も少なからずいた。
「こうやって少しずつ人が増えれば……きっと帝国の未来も安泰でしょう」
 グレアムは微笑んで、テーブルの上の花を見た。
「これも?」
「ええ、こういう装飾があったほうが、いらっしゃった方の気持ちが安らぐのではないかと」
 指先で花をつつく。
「こういう繊細なことに気が配れるのも、大切なことなんでしょうね……俺には、こういうセンスが足りていない」
 ルティアは会場の様子を見て、ポケットに手を忍ばせた。
「団長、犬はお好きですか?」
「犬? ええ、好きですけど……」
「それは良かった……これを」
 アプローチカードを差し出すルティア。
「……これは? 君はもうスヴェルの団員でしょう?」
「いえ……これは、個人的なものです」
 グレアムは不思議そうな表情を浮かべながら、そのカードを受け取った。
「犬を飼っているのですが、その子が最近ますます運動好きになってきまして……一緒に遊んでくださる方を探しているのです」
「なるほどね」
「散歩の後は、お茶菓子をご用意いたしますわ。それと」
 ルティアが微笑む。
「我が家の武具保管庫にある剣を、お好きなだけ眺めていただける休憩付き」
「なんとッ!」
 グレアムの目の色が変わり、彼は思わず大声を挙げて立ち上がった。だが、周りがややざわ付いたのを感じたのか、「失礼」と咳払いをして腰を下ろす。
「いかがでしょうか?」
「……ぜひ。いつ伺えばいいでしょう」
「いつでも構いませんわ」
 ルティアは、子供のように目を輝かせるグレアムを見て、思わず吹き出しそうになった。

 コタロウ・サンフィールドは、ベルティルデ・バイエルと会場の中を歩き回っていた。
「ベルティルデちゃんは、ベルティルデさんの働き口を探したいんだよね」
「ええ……なんか変な感じですね」
 ベルティルデは困惑したような笑みを浮かべている。彼の言う『ベルティルデちゃん』は、今彼の隣を歩いている『本物のルース姫』のこと。『ベルティルデさん』は、現在『ルース姫』と名乗っている『本物のベルティルデ』のことを指している。つまりこの場で彼らが捜しているのは、今は『ルース姫』と名乗っている彼女が、その役目を果たした後の就職先、ということになる。
「まずは作戦会議をしよう」
 コタロウはベルティルデにカードを見せる。
「アプローチカードは2枚あるから、就職希望先も2か所まで書けるけど……」
 遠くで、女性に手当たり次第「愛人にならんか」と声を掛けている老人の姿が見えた。コタロウの表情が渋くなる。
「……できるだけまともそうなところを選んであげよう」
「そうですね……」
 ベルティルデもその老人の様子に気付いたらしく、同じように苦笑いしてうなずいた。
「……それよりも、まずは少し食事とお茶でもどうかな。リラックスしてアプローチカードを埋めながら、検討していこうよ」
 彼の提案に沿って、2人は就職あっせんブースから少し離れたところに席を構えた。
「こうしてみると、結構な数の就職先があるんだね」
「人の数が増えていますから、工事のお仕事やお店屋さんも増えているのかもしれません」
「なるほどね……」
 お茶をすすり、コタロウはその一つ一つを見た。
「でも、ベルティルデさんが勤めるなら、真面目そうな貴族のところがいいんじゃないかと思うんだよね」
「……わたくしも同感です。礼儀作法などに詳しいですから、貴族の方の教育係などがいいのではないかと……」
「あ、いいねそれ!」
 コタロウはカードをじっと見て、「アピールポイントに書こう」と言った。テーブルの上に用意されていたペンに手を伸ばし、ベルティルデは綺麗な文字を書いていく。
「だとしたら持っていく先は……皇族のところか、ハルベルト家か……」
「皇族はそういった募集は行っていないのではないでしょうか……」
 先ほどのナンパしていた老人の正体を知っているベルティルデは、言葉を濁した。
「貴族の中でもしっかりとしたお家柄のところは限られてきます……ハルベルト家も募集は行っているかどうか……グレアムさんはGスヴェルの団員募集ですし」
「うーん……難しいね」
 パンフレットに目を落とす2人。
「でも、とりあえず方向性が決まって良かったよ。あとは、幾つかある貴族のブースに行ってみて、話を聞いてみるしかないね」
「ええ」
 コタロウは紅茶を一気に傾け、「もう行く?」とベルティルデに聞いた。ベルティルデはうなずいて立ち上がると、『ベルティルデ』のためのアピールカードを携えて、2人揃って人混みの中へと消えていった。

 理由は良く解らないのだが、騎士団長から命令されて、リンダ・キューブリックはこの場に訪れていた。
 要人の護衛や、警備の為ではない。
 お前のために行って来い、とのことだ。
 なんの冗談だ? 全く必要性を感じない。
 確かに帝国貴族の名門キューブリック家の血が流れてはいるが、既に勘当された身の上。
 いずれにせよ気楽な独り身を止めるつもりは無い。
 そもそも求婚者など現れる筈が……。
 急に酒が欲しくなった。
 しかしここに酒はない。持ち込んでもいない。
 ため息をつきながら、会場を見回していたリンダは、知り合いの姿に気付く。
 前騎士団長の息子、エクトル・アジャーニ
 厳しい顔つきで椅子に座っている。堅物そうな彼に近づく者は少ない。
「使用人探しか? それとも嫁さがしか、色男」
 茶化すようにリンダはエクトルに話しかけた。
「……騎士団員の募集に来たんじゃないぞ」
 リンダの姿に、エクトルは眉を顰める。
 そう彼女は戦場に赴く時と同じ姿。
 普段通りの全身甲冑の完全装備だ。
 明らかに今回も物凄く浮いている。
「そんなんじゃ、いい男寄ってこないぞ。まあ……あんたのドレス姿は想像できないけど」
「そっちはまともな格好で肩書きも良く、年齢的にも申し分ないのに、このテーブル誰もいないじゃないか。何故だろうな?」
 からかい口調で言うと、エクトルはムッとした表情になった。
「……女の口説き方がわからない。ちなみにあんたの場合、どういう男が好みだ?」
「まず、結婚の前提条件として『自分よりも強い男』これは譲れん」
「いるか!」
 すぐにエクトルからつっこみが入った。
「とはいえ、強さにも色々あるからな。僕だって魔法具で肉体を強化すれば、あんたを超えられる」
「道具に頼るのは卑怯だぞ」
「それじゃ、純粋に自分の能力だけで勝負してみるか? 物理攻撃禁止、魔法攻撃のみの対戦なら、余裕で勝てる」
「純粋で健全な勝負といえば、力……腕力、腕相撲でどうだ」
「やめろ、骨が折れるッ」
 ……なんてくだらない会話をしている2人に近づく者はおらず。
 遠巻きに『バランス悪いが、カップル成立だろうか』なんて噂されていたりして。
 ともあれ交流会終了まで、それなりに楽しく過ごしたエクトルとリンダだった。


●担当者コメント
【東谷駿吾】
 今回はトランダ・ドムドール周りの描写と、就職活動を希望される皆さんの執筆を担当させていただきました。出会いの場、と言っても、やはり不埒なことは許されにくい傾向にありますね……たとえそれが「超」のつく権威者であっても。清く正しい交際、オススメです。お楽しみいただければ幸いです。それでは、次回もどうぞよろしくお願いします!

【川岸満里亜】
「お相手探し!?」の章と、最後のエクトルたちのシーンをを担当させていただきました。
ご参加いただきましてありがとうございました! 楽しく書かせていただきました。
一部ご本人様にしか分からない箇所が……もしかしたらご本人様にも通じない箇所があるかもしれませんが、細かい事は気にしてはいけません。イベントなので。
参加案内に書きました通り、こちらで築いた関係やネタは本編に持ち込まないでくださいませー。