初めての愛を祝う日
アレクセイ・アイヒマンがチェリア・ハルベルトと婚約をして初めて迎えた、特別な日。
その日は、カップルが愛を祝う日とされており、主に女性が男性に贈り物をして、ひと月後の同日に男性がお返しをする。というのが、この辺りの風習だった。
ただそれは、出身や関係によって様々であり、アレクセイとチェリアの場合は――。
宮殿のチェリアの執務室。
「チェリア様、おはようございま……」
挨拶をしかけて、アレクセイはハッとする。
「すみません………じゃなくて、ごめん。ちっとも慣れないな……俺」
2人きりの時には敬語は使わない。敬称はつけない。そう決めていたのに。
「実の所、毎朝起きるたびに、チェリアとの事が夢だったんじゃないかって思ってる……片想い期間長かったから」
照れ隠しに冗談っぽくアレクセイが言うと、チェリアはくすりと笑みを浮かべた。
「今日は午後から空いてるから、その後は翌朝までアイヒマン家の警備、かな?」
「……え?」
「なんてね。それじゃ行ってくる」
荷物と上着を置くと、チェリアは笑いながら部屋を出て行った。
昼過ぎ。仕事を終えたチェリアを連れて、アレクセイは自宅に戻ってきた。
彼女の私室は、現在は宮殿の敷地内にのみある。
そこでは少し落ち着かないということもあり、プライベートな話をするとき、チェリアはよくアレクセイの家を訪れていた。
リビングに彼女を通すと、アレクセイはティーセットと用意してあったケーキをトレーに乗せてきた。
「いつもありがとう。これ、私から」
リビングに入ってすぐ、チェリアがアレクセイに包みを差し出してきた。
「えっ、えっ、チェリア様が、俺に!? ゆ、夢じゃないですよね?」
トレーをテーブルに置くと、差し出されたプレゼントより先に、アレクセイは自分の頬に手を伸ばし、抓った。
「痛い……現実だ!」
そんな彼の様子にチェリアはくすくす笑みをこぼしながら、包みを彼に握らせた。
「俺、幸せ過ぎて……何て言ったらいいか……」
プレゼントを両手で包み込み、言葉を詰まらせるアレクセイ。
「ありがとう、チェリア」
ようやく口から出たのは、飾りのない心のこもった感謝の言葉。
「実は俺もこれを用意してたんだけど……先を越されちゃったな」
取り出したのは、バラの花束だった。
今度はチェリアが驚いて、目を見開いた。
「あの時と変わらず……いや、今なお、毎日チェリアの事が好きになってる」
結婚を決めたあの時より、更に。
「もう一度誓うよ。俺は君を支えて、君と一緒に幸せになる」
「あ、ありがとう」
顔を赤らめて、チェリアが花束を受け取る。
「どうぞ、これからもよろしく。俺の愛する人」
その彼女の片手をとり、アレクセイは甲に唇を落とした。
顔を上げると、照れくさそうなチェリアの顔があり、2人は微笑み合った。
「プレゼント、開けてみていい?」
「もちろん。なんか緊張する」
「俺も……!」
子どものようにドキドキワクワク、期待を膨らませながら、アレクセイは包みを丁寧に開けていく。
包みの中から出てきたのは、木の葉のゴールドブローチだった。
「うわあ、家宝にするよ!」
「家宝って、大げさな」
「あっ、それじゃハルベルト家のものになっちゃうから、俺個人の宝物にする!」
愛おしげに触れながらアレクセイは語る。
「チェリアが俺を思って選んでくれたというだけで、もう嬉しいよ。しかも、俺を驚かせようと思って、内緒で用意してくれたんでしょう?」
「ん……まあ。で、実は」
チェリアはもう一つ、ブローチを取り出した。アレクセイにプレゼントしたのと同じ形のブローチ。だけれどこちらはシルバーだ。
「これは私の」
ペア、だった。
「こ、これはニヤけずにはいられないよ! 俺今、最っ高に締まりのない顔をしてる自信がある」
彼の緩んだ顔に、ふふっとチェリアが小さく笑い声を漏らした。
「チェリア、今日はずっと一緒に居たいな」
手をぎゅっと握りしめると、チェリアはアレクセイと同じ気持ちというように、こくりと頷いた。
「プレゼントとは違うけど、今日はチーズケーキを焼いてみたんだ。チェリアと一緒に食べたくて、ケーキに合う紅茶も用意してる。さあ、座って座って」
チェリアをソファーに座らせると、チーズケーキとフォークを並べて、カップに紅茶を注ぐ。
どうぞと差し出して、アレクセイは彼女の向かいに腰かけた。
「どう? 口に合うかな?」
返事を聞かなくてもわかる。彼女の顔に浮かぶ幸せそうな表情を見て。
「チェリアの美味しいっていう顔、見るのが大好きだ」
「……私も、アレクセイのこんな顔見るの好きだけど」
少し、もどかしげな。軽く、何かを訴えるようにチェリアはアレクセイを見ていた。
「好きな人の胃袋は握っておきたいじゃない? 苦手な朝も、チェリアを思えば苦手じゃなくなったかも」
「胃袋はもうしっかり握られてる。私はよくばりだから」
誘うような瞳で、彼女は言う。
「心が満たされる、甘いものもほしい」
その、彼女の欲求を満たす方法は――。
■登場人物
■作成クリエーター
川岸満里亜
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