若葉

 

 ガーディアン・スヴェル本部にある訓練場にて、手合わせを行う二人。剣を打ち合う音が響く。

 剣は訓練用のもので刃を潰してある。

 一人は団長のグレアム・ハルベルト。もう一人は入団して間もないルティア・ダズンフラワーだ。

 二人は二、三合軽く剣を合わせた後、間合いを取り相手の感触に納得した。

 そこからは本格的な攻防が始まった。

 ルティアは、普段はナイフなどをフェイントに使用する立ち回りを得意としているが、今回のような場合は、目線や手先を代わりにする。

 何回か騎士団での訓練通りの剣術で攻めた後、ルティアはその技を使った。

 グレアムは一瞬惑わされたが、すぐに対応してきた。

 押し合いに持ち込まれそうになったルティアは、素早く距離をとる。

 そして、微笑んだ。

「さすがです。たいていは惑わされてくれるのですが」

「本当に危なかったです。騎士団でも自主的に鍛錬を積んでいたのでは?」

 広い騎士団内で二人は挨拶程度の付き合いであった。互いの力量を知ったのは、今日が初めてである。

 二人は剣を構えたまま、しばらく互いの攻め口を伺う。

 そして、勝負は次の瞬間に決した。

 ルティアの攻めが弾かれ、体勢を整える前にグレアムの剣先が喉元にあった。

「ふぅ……参りました」

 苦笑しながらそう言ったルティアから、剣が引かれる。

「あなたは良い使い手です。またお相手してください」

「こちらこそ、お願いします。次までにもっと精進しますので」

 負けてられませんね、とグレアムは笑った。

 

 手合わせの後、二人は訓練場の隅で休憩しながら少し言葉を交わした。

「実は、名簿であなたの名前を見た時、失礼ですが不思議に思ったんです。スヴェルは設立したのは父ですし団長も息子の俺ですが、団員は平民の方がほとんどです」

 貴族からは寄付はあるが現場に出てくる人は少ないのだと、グレアムは言った。

「街の人のために働くボランティアにどうして参加しようと思ったのか、お聞きしてもいいですか?」

 入団希望者の動機は様々だ。

 ほんのお手伝い気分であったり、友達に誘われたからであったり、暇を持て余しているからという人もいる。

 もちろん、真剣に考えて登録した人も。

 仮にルティアが暇つぶしで参加したと答えても、グレアムは何かを言う気はなかった。動機を尋ねたのは、ほんの興味からだ。

「私には、十歳離れた弟がいます。あの子は生まれつき足が悪くて、大洪水のあの日、たまたま馬車で外出していたんです」

 何でもない一日のはずだった。

 それがまるでこの世の終わりのように一変したのだ。

「逃げ遅れそうになった弟を、当時住んでいた街の民と思われる誰かが助けてくれたそうです。弟が戻って来た時は、その人はすでに立ち去った後でした。大切な弟の命の恩人にきちんとお礼をしたのですが、まだ会えていません」

 おそらく、その人もこの地に逃げ込み、どこかにいると思われる。

「たとえ会えなくとも、それならこの街の民に恩を返したいと思ったのです」

「そうでしたか。話してくださってありがとうございます。あなたのことが少しわかりました」

「あの、私からもお聞きしてよろしいでしょうか?」

「ええ、どうぞ」

「なぜ団長をお引き受けになったのですか?」

 設立したのが父だからと言って、息子が現場を取り仕切る理由にはならない。

 グレアムの身分なら、他にもふさわしい役職はいくらでもあったはずだ。

 それならば、父に命じられたか自分で望んだか。

「陛下がこの地を守ってくださった後の混乱を覚えていますか?」

「はい」

 今の帝国で知らない人などいるはずもない、凄惨な一時期があった。

 少ない物資や食糧の奪い合いだ。

 せっかく大洪水から助かった命も、その争いで数多く失われてしまった。

「今もまだ多くのものが不足しています。けれど、あれを繰り返してはいけません。奪い合いも殺し合いも、何も生まないことを俺達はあの時学んだはずです。自分も含めて、これからもそれを忘れないように……身分を利用しようと思いました」

「……え?」

「『公爵の息子』が先頭に立って活動すれば、嫌でも目立つでしょう? そうしていろんな人が集まって、不満でも何でもいいから意見を言ってもらって、みんなで解決していくきっかけになれたらと思ったんです」

 身分に遠慮してしまう人もいるがそうでない人もいることを、グレアムは街を散策して知っていた。まだ就任前のことだ。

 そういった意見の一部を今では『依頼』という形で請け負っている。

「依頼の中に、ごくまれに『お茶の相手』というのがあります。だいたい指名の依頼なのですが、あなたにもそのうち来るかもしれませんね」

 手伝ってくれた団員に特別にお礼をしたい依頼主が、そういった方法をとってくることがあるのだという。

 不正防止のためにもできれば断りたい依頼だが、交流のために場所を選んで受けている。

「団長も、あったのですか?」

「ええ、まあ」

 と、苦笑するグレアム。

「とてもおいしい昼食をいただきながら、未熟な点をいくつも指摘されました」

 スヴェルもグレアムもまだ若い。

 その依頼主は経験豊富な年配者で、さんざん言いたいことを言った後に「期待している」と告げた。

「あなたも意見があれば何でもおっしゃってくださいね」

 スヴェルに対する意見でも、グレアム個人に対する意見でも遠慮せずと彼は言った。

 ルティアは微笑み、頷き返す。

「これからよろしくお願いします、グレアム様」

 スヴェルが設立されてまだ間もない頃のことであった。

 

■登場人物

ルティア・ダズンフラワー

グレアム・ハルベルト

 

■作成クリエーター

冷泉みのり