帝国小型船と遭遇、そして……

 

 箱船がコーンウォリス公国のものだとわかったとたん、帝国の小型船の乗組員の顔色が変わった。

 船長室からその様子を見ていたマティアス・リングホルムは警戒する。

 そっと隣のルース・ツィーグラーを窺うと、同じように感じていることが見て取れた。

「姫さん、帝国のあいつら……」

「ええ。船長と話しているのはたぶん騎士団員ね。まずいわね……」

 帝国と王国は仲悪いのよ、と眉間にしわを寄せるルース。

「どうなるんだ?」

「ベルが乗ってるとわかったら……あまりいいことはないと思うわ」

「追い払うか?」

 マティアスの火の魔法で小型船に火でもつければ……。

 しかし、ルースはそれに反対した。

「武器を持っているわ。下手なことをすると船長が危険よ」

 ふと、その船長が様子を見守っていたルースに目を向けた。

 こっちに来てくれということのようだ。

「大丈夫なのか?」

「どうかしら……あなたはここでベルを守っていて。彼らも無茶はしないと思うけど、万が一の時の判断は任せるわ」

 ルースはそう言って船長室を出て行った。

 マティアスは、ルースが騎士と言葉を交わす様子をハラハラしながら見つめていた。

(万が一って何だよ。それが起こった時、お前はどうするつもりなんだ)

 不安ばかりが胸をかき乱した。

 やがて話がまとまったのか、ルースはマティアスへ手招きをした。

 船長室から顔を出すと、

「みんな来て」

 と、呼んでいた。

 マティアスは中で待機していたベルティルデはじめ仲間達にそのことを伝え、急ぎ足で甲板へ出た。

 ルースはやや苛立った口調でこれからのことを話し始めた。

「どうやら帝国では私は重罪人とされているようね。これから連行されて、皇帝の名のもとに処刑されるそうよ」

「……おい」

 出てきた者達が鋭く息を飲む中、マティアスはルースの発言に違和感を覚えた。

「でも、私が首をはねられたところで水の魔力は暴走したまま。だから、どうせなら使命を全うしてからにしてくれって言ったの。これはやらなきゃいけないことだから」

 ルースが何を伝えたいのか、マティアスは必死に考えた。

(姫さんは、また『姫さん』の立場で動こうとしている。けどベルティルデをかばったところでいつかバレる)

 ルースはマティアスの後ろ、ベルティルデを見て命令した。

「あなたはマテオ・テーペに戻ってこのことを伯爵に伝えなさい。内容は……帝国の生き残りと遭遇。皇帝陛下もご健在なので、ルースはマテオ・テーペの人々の救出を願いに行く──こんなところかしら」

 ベルティルデは返事をできない。まだ状況を把握しきれていないのか。

 それはマティアスとて同じだが、これではまるでルースがウォテュラ王国の姫として人質になりに行くようなものだということは理解できた。

「姫さん、あんたまた勝手なことを……」

「安心して。マテオの人々の救出はほぼ確定よ」

 ね、とルースが騎士へ振り向くと、

「姫が使命を果たされたなら、罪なき民は救ってくださるだろう」

 と、彼は頷いた。

「一人で行くのか?」

 それだけはさせたくない、とマティアスは思った。

「護衛と世話役は連れて行ってかまわないそうよ」

 そう言うと、ルースは主に貴族達を同行者に選んでいく。

「おい、俺も連れていけ」

 他の貴族はともかく、帝国でルースがどんな扱いを受けるかわかったものではない。そんなところに彼女を一人にしたくなかった。

 自分の気持ちを自覚してしまったから、なおさらに。

「いいわよ。でも、騒ぎは起こさないように」

 特に感情の色のない口調のルースの目に、安堵があったのをマティアスは見逃さなかった。

 こうしてマティアス達は小型船に移動し、マテオ・テーペに戻っていく箱船を見送ったのだった。

 

■登場人物

マティアス・リングホルム

ルース・ツィーグラー

 

■作成クリエーター

冷泉みのり