初めての……
二人で出掛けることは何回もあった。
ユリアス・ローレンの仕事が休みの日などは街へ繰り出し、日々、少しずつ変わっていく街の様子を眺めては、混乱の傷が癒えていっていることに安堵していた。
隣に、お互いがいることに温かさや安心感を持って。
恥ずかしがり屋のカサンドラ・ハルベルトも、時には自分からユリアスの手を取って歩いたりもした。
なのに。
今、並んで歩く二人の雰囲気は、何となくぎこちない。
「あ、新しいお店……増えてきたね」
「ええ。もっと増えて、街も人も元気になってほしいです」
復興工事や区画整備工事、新築に改修にと、大工に携わる人達は毎日大忙しだ。
そして怪我をしてしまう人もそれなりに出てくるので、ユリアスが世話になっている町医者の診療所にも患者がやって来る。
「カサンドラさんは、あれからどうですか?」
あれ、とはカサンドラが父であるハルベルト公爵に、ユリアスとの交際の意志があることを伝えた日を指す。
公爵が、これまでカサンドラがユリアスと会うことに反対することはなかったが、ユリアスを屋敷に招待することもなかった。
すんなり認めてくれることはないだろうという予想通り、公爵は小さく唸って渋い表情をしたきり黙り込んでしまったのである。
「うん……特に、何も、ないの。今までと、同じ……でも、私は伝えたから、何も言わないのは……反対じゃないの。そう、思ってる」
反対ではないが認めているわけでもない、といったところか。
ユリアスは試されているのだ。
その試しがいつまで続くかはわからないが、カサンドラを手放したくないのなら、公爵を失望させないように努めていくしかない。
不意にカサンドラが足を止めて、必死な表情でユリアスに言った。
「わ、私、きっとユリアス君にふさわしい人に、なるから……っ」
カサンドラは、自分もまた父に試されていると考えていた。
ユリアスが贈ったネックレスは、今日もカサンドラの胸元を飾っている。
ユリアスは、彼女の考えを察して微笑んだ。
「カサンドラさん、あそこの花屋を覗いてみませんか? 店先にきれいな花が並んでいますよ」
カサンドラの気持ちをほぐすように、ユリアスは目に飛び込んできた色鮮やかな店を指した。
店の前に立つと、カサンドラの空気がやわらかくなっていった。
「ユリアス君は、どのお花が好き……?」
「そうですね……これかな」
答えて、ある切り花を指さしたユリアスに、カサンドラは微笑む。
そして店の主にその花をメインに他種も数本添えて、購入を告げた。
きょとんとするユリアスに、カサンドラは言う。
「いつも、たくさん、いろんなものをもらってるから……今日は、お礼と、その……き、記念に、何かプレゼントをしようかなって……あっ、も、もっと役に立つもののほうが……っ」
話しているうちに、あたふたし始めるカサンドラ。
ユリアスは彼女を落ち着かせるようにゆっくり言った。
「カサンドラさんがくれるものが嬉しくないわけないです」
花をくるんで持って来た店の主から、ユリアスは礼を言って受け取る。
「カサンドラさん、ありがとうございます」
ユリアスが微笑むと、カサンドラも安心したように頬を緩めた。
二人は自然と手を繋いで店を離れ、再び通りを歩きだした。
今の二人の間に、ぎこちなさはない。
あちこち歩き回った足は広場のほうへ向き、ベンチに腰を下ろした。
広場では、子供達が遊んでいたり散歩をしている人がいたりと、とても平和だ。
「ユリアス君、私……今、とても楽しい。今日は……朝からずっと、緊張して、ドキドキして……フワフワしてて」
本当に楽しそうに頬を上気させているカサンドラ。
ユリアスにも、その気持ちはよくわかる。
彼にとっても今日は特別な日で、朝から妙に肩に力が入っていた。
「これはもう、楽しむしかないと思います。だって、僕達だけが共有できる気持ちだから。僕は、この気持ちが明日も続くことが楽しみですけど、カサンドラさんは?」
「うん、私も、楽しみ。……あの、もう少し、傍に寄ってもいい?」
顔を赤くして言うカサンドラ。
ユリアスに断る理由などなく。
二人は寄り添ってお互いの温かさを感じ合った。
「カサンドラさん」
呼びかけて振り向いた彼女に、ユリアスは触れるだけのキスをした。
カサンドラの目が大きく見開かれる。
直後、彼女は耳まで真っ赤に染めた。
ユリアスは、もらった花束でその瞬間を周囲から隠したため、周りは誰一人として気づいた人はいないだろう。
それでも大胆なことをしたという自覚はある。
ユリアスの顔も赤かった。
嬉しさと恥ずかしさで顔を覆ってしまったカサンドラと、暴れる心臓を落ち着かせようとして花びらの数を数えるユリアス。
二人がもう一度目を合わせるまで、まだ少し時間が要りそうだ。
■登場人物
■作成クリエーター
冷泉みのり
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