この慶びと未来まで
水の神殿の周りにわずかに残された森の中、人工太陽からの木漏れ日が差す中で、イリス・リーネルトとリック・ソリアーノは休憩をとっていた。
最初の箱船を送り出してから月日は流れ、二人は二十歳になっていた。
イリスは身長はあまり伸びなかったが、魅力ある大人の女性に成長していた。
一方のリックは背も伸びて立派な青年になっている。彼は母親に似たようで、成長するにつれて父親のようないかつい容姿になっていくといったことはなかった。今は造船所の所長である父の下で働いている。
「リック、これ、プレゼント」
イリスは、丁寧に包んだある物をリックに差し出した。
唐突な贈り物にリックは目を丸くするが、ありがとうと言って素直に受け取った。
さっそく開けた包みの中にあったのは、花とウサギが刺繍されたハンカチだった。
花はリックが好きな花だ。
「これを僕に? いいの?」
「うん。使ってもらえたら嬉しい」
イリスはリックの母親から刺繍を教わっている。
根気よく続けたかいがあり、リックの母親からも褒められる腕前になった。
「ありがとう、イリス。こんなにきれいな刺繍のハンカチは、使うのがもったいない気もするけど、大切に使わせてもらうね」
そう言って慎重に包みなおそうとしたリックの手を、イリスがそっと止めた。
イリスはリックの手からそっとハンカチを取ると、彼の上着の胸ポケットに形良く収めた。
「えへへ、ありがとう」
その時にイリスとの距離が急に縮まったからか、リックは照れたように笑った。
頬をわずかに赤くしたリックを、イリスはまっすぐに見つめる。
木漏れ日により宝石のように輝く紫の瞳に、リックは眩しそうに眼を細くした。
「わたし達、どっちも二十歳になったね。大人になったんだなって。リックはだいぶ背が伸びたよね。わたしも少し伸びたけど。お酒も飲めるようになったし」
もっとも、イリスはお酒に弱く、少し飲むとすぐに眠くなってしまうのだが。
「いろんなことがあったけど、リックが傍にいてくれたから大丈夫だったよ。いつも傍にいてくれてありがとう。これからもずっと、一緒にいられたらいいね」
「僕のほうこそ……っ」
言いかけて、リックは言葉に詰まった。
急に大きな感情が突き上げてきて、胸が苦しくなったのだ。
箱船に乗った多くの人を見送ると同時に、命を落としてしまう人も。
そんな時、いつもイリスが付いていてくれた。
「僕のほうこそ、いつもイリスに助けられてきたよ。――あのね、ずっと言おうと思ってたことがあるんだ」
リックは気持ちを落ち着けるように一度大きく息を吐きだすと、ポケットから小さな箱を取り出した。
「この先、どうなるかわからないけど、だからこそ、言わなくちゃと思って……」
箱を開けてイリスに見せたのは、彼女の目と同じ色の石をはめた指輪だった。
「これからも、僕と一緒に生きてくれますか……ううん、一緒に、生きてください……!」
箱を差し出し、深く頭を下げるリック。
イリスはしばらくの間、目を大きく見開いて指輪を見つめていた。
反応がないことに不安になったリックが恐る恐る顔を上げると、イリスの目に涙が浮かんでいてギョッとする。
瞬きをすると、透明な雫が彼女の頬を伝った。
それから、花がほころぶような微笑みを浮かべて答えた。
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