頼れる人
オアシス島で花見をするという連絡が入った。
そこには帝国人のみならず、リモス村のマテオ民やアトラ島の人達なども集まるという。
それを聞いたリルダ・サラインは、島を訪ねることを決意した。
箱船出航前のある日も、リルダは残った人々の様子を見て回っていた。
多くの人がここを脱出できたため残った人の数は少ないが、それで彼女の仕事がなくなるわけではない。
そして以前から働きすぎの気がある彼女を息抜きに誘うのが、トモシ・ファーロの役目だった。何となく、そうなってしまっていた。
この日も、トモシがリルダを気分転換に誘った。
二人はエーヴァカーリナ池の畔で、トモシの手作りサンドパンでのんびりと昼食の時間を過ごしていた。
「ごちそうさま、おいしかった!」
「うん、おいしかったね」
工夫をこらしたサンドパンに満足した顔のリルダを見て、トモシも笑顔になった。
「久しぶりに、ごはん食べたって気がするわ」
「え……」
とんでもないセリフを聞いてしまい笑顔が凍るトモシ。
彼の変化に気づいていないリルダは、造船所に目を向けた。
「オアシス島か……。どんな島かも気になるけど、それよりもリモス村や世界の状況が気になるわね」
伯爵から話は聞いているが、実際に自分の目で見てみないことにはわからないとリルダは慎重だ。
若干の不安を宿した目のリルダに、トモシは声に明るさを乗せて言った。
「ここでの日々は、悪いことばかりじゃなかったよね? それは、地上も同じじゃないかな」
リルダはハッとしてトモシを見た。
「俺達は助かるために必死でやってきた。総じて見ると苦労のほうが多かったと思うけど、今は笑って未来の話ができるようになった。だから」
「――そうね。落ち着いて、いいところも悪いところもしっかり見てくるわ。帰ってきたら、あなたにも全部話してあげるから待っててね」
力を取り戻した目になったリルダに、待ってるよとトモシは頷いた。
そろそろ仕事に戻らなくちゃと立ち上がったリルダに、トモシは尋ねた。
「ねえ、リルダさん。地上に行ったら、何をしたい?」
トモシとリルダは、残った町の人達をすべて箱船に乗せた後、最後に一緒に乗るつもりでいる。だから、実際に地上の土を踏めるのは、もう少し先だ。
地上に行ったら何をしようか――このことは、二人の話題に何回か上がった。
そして毎回、リルダは一番に仕事に関することを挙げている。
「そうね……まずはリモス村を紹介してもらうわ。トモシさんと一緒に」
それは、これまでとは少しだけ違った答えだった。
今まではだいたいが、リモス村にいる伯爵の娘に村のことを聞く、といったものだった。
その場所に、トモシもいるのかいないのか、当然いるものとして考えているのか、言葉だけではわからなかった。
こうしてはっきりとトモシの名が出てきたのは、今回が初めてだ。
「……ちょっと、何でそんなニヤニヤしてるのよ」
「え、そんな顔してた?」
「ここを離れるのが不安になってきたわ……」
「そんなに? いや、心配しなくていいよ。安心して行ってきてほしいな」
「冗談よ。頼りにしてるわ」
リルダはクスッと笑った。
「俺で遊んでるでしょ……」
まさか、とリルダは否定するが笑顔が裏切っている。
悲しい顔よりもいいかと諦めると、トモシはおもむろにリルダの手を取った。
その手のぬくもりを自身の手で包み込み、
「行ってらっしゃい」
と、微笑んで告げる。
リルダはまたここに帰って来るとわかっているが、海上には魔物がいるという。
もしかしたら、の事態がないとは言い切れない。
それに、無事に帰還したとしても、最後にはここを離れる。
命がけで生きてきたこの地の思い出も、もう少し残しておきたいとトモシは思った。
「行ってきます」
リルダも温かく微笑み、トモシの手のやさしさを確かめるように握り返す。
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