ナイト・ゲイルの日常
アルディナ帝国の騎士となり4年と少し過ぎた頃――。
帝国騎士の朝は早く、その日も夜が明けてすぐに宮殿で会議が行われていた。
全体会議が終わった後は、隊ごとに分かれる。
ナイト・ゲイルはこの時期、隊には所属していなかったが、チームを組んでいるチェリア・ハルベルトとは毎日活動報告と予定の確認をし合っていた。
「宮廷内の状況は?」
「こちらは不穏な動きも特にない。派閥間の軽い言い争いくらいはあるけれど……」
「そうか。それじゃ今日俺は、街の見回りを重点的に行おう。住民のためにも小さな事件から素早く対処しないとな」
それが大きな事件の予防にも繋がるから。
ナイトがそう言うと、チェリアが大きく頷く。
彼女は近衛騎士としての任務があるため、街での活動には基本参加はしない。
「それじゃ、今日もナイトのこと頼んだぞ」
代わりにメンバーの中から、ナイトと同世代の青年騎士を彼のパートナーとして送り出す。
武芸に秀でてはいないが、コミュニケーション能力の高い貴族だ。
「頼んだぞとはなんだよ……。あ、いやでもほんと、世話になりっぱなしだよな。今日もよろしくお願いします」
ナイトが頭を下げると、青年騎士は任せておけと、さわやかな笑顔を浮かべた。
街にて。
小さな違反行為を見つけた時や、助言が必要な時、やはりナイトでは上手く対処ができず、同僚の騎士が対応に当たっていた。代わりに喧嘩の物理的仲裁などは完全にナイトの
分野である。
とはいえナイトが見回っている日は軽犯罪があまり発生しない。
元々威圧感のある見かけだったが、継承者の一族となったことで、魔力を持たない一般人のチンピラからすれば、大変恐ろしい存在となっていた。
「今日はリモスの方にも行ってみたいな。マテオにいた頃の知り合いたちがいるんだ」
ナイトと親交のある元囚人たちは、ほとんどリモスにいる。
彼らも将来は、兵や自警団員などになって、一緒に働ければいい……とナイトは思い描いていた。
同僚の騎士は、貴族たちの居住区で行いたいことがあるとのことだった。
ナイトも夕方から予定があるため、昼過ぎには同僚と別れて、それぞれ別の場所を見回ることに決めた。
そんな話をしたあと、ナイトはふと思い出す。
バート・カスタルから聞いた、アゼム・インダーの精神が回復したという話。
火の男性の継承者であったレイザ・インダーの祖父。
救出されて、帝国に来ているらしい。
なんとなく、会いたい気持ちはあった。
ただ、会ってどうしたいかというと、気持ちが定まらない。
(レイザの話しとか火の一族の話とかになるんだろうけど……これダメだわ分からないわ)
勤務中にこれ以上考え事をすべきではない、今は仕事に集中することにした。
そして夕方。
その日の仕事を終えたナイトは、同じく火の継承者の一族となった女性、ルルナ・ケイジと落ち合い魔法の訓練をしていた。
2人は訓練の場所として、水辺を選ぶことが多かった。
火の魔術師は火を消すこともできるが、万が一魔力が枯渇している状態で、火が何かに燃え移り、火事を起こしてしまったら一大事だからだ。
今日の訓練場所は本土の東にある池。室内で行う訓練は主に集中の訓練だが、屋外では実戦を想定した訓練を行う事が多い。
いかに短い時間で、大きな効果を発揮するか。
「いきますよ!」
ルルナが空に向けて紙飛行機を飛ばす。
ナイトは集中をして、火の弾を飛ばすが――これがなかなか当たらない。
ただ燃やすという目的だけなら、紙飛行機自体に集中をして落ちるまでの間に燃やすことは出来るのだが、戦闘中は棒立ちで集中をしていられるわけではない。
また、距離が離れれば威力も落ちる。手元に火の弾を発生させて当てる方が効果的だ。というのも、ナイトは潜在魔力が低いから。
魔力が極めて高い火の魔術師ならば、遠距離から炎の渦でも発生させて、敵を倒せるわけだけど。
「なかなか難しいですね……」
「ルルナは紙飛行機は楽勝だけど、俺はまだまだだな」
「ふふ、私はお兄ちゃんや村の先生にしっかり教えてもらったからね!
ナイトさんは……その、凄い上達早いと思いますよ」
「はっきり言っていいよ、才能ないわりにはって」
「ははははは……っ」
汗をぬぐいながら笑い合った。
地面に腰かけて、少しの間休憩をとることにする。
「……そういえばさ、バートさんにレイザのお祖父さんに会って話をしてみるといいって言われたんだけど、ルルナはどう思う?」
「あー……私はレイザさんのこと、良く知らないからなぁ。お兄ちゃんは魔法学校の生徒会で一緒だったっていうし、お家にも行ったことあるかもですけど」
心なしか、ルルナの表情が沈んだ。
「レイザは……火の一族としての己を全うした、とは言いたくないな」
ナイトは吐息をつき、少し悲しげに微笑した。
「自分の生き死にをそんな理由に預けたくはないって俺の願望だけどさ」
ルルナは少し悲しげな表情で頷く。
「会ったら、継承者の役割について話すことになるのかな? より能力の高い子孫を儲けるための相談とかも」
「あー……それは……いや」
ナイトは思わず目を逸らす。
「何で目を逸らすんですか!」
「だって、相手いねえもん。選べぶ以前の問題。それに俺、下手したらこの先死ぬかもしれないしそういうの考えたらこのまま独り身のほうがいいんじゃないかって思うんだよ
ね」
「火の一族が絶滅したら、世界滅んでしまいますよ」
「だよな……誰かに相談するか」
ため息をつきながら、ナイトは考える。
相談相手として、思い浮かぶのは……。
「チェリア……いや、多分あいつ俺と同類だぞ?」
「喜んで探してくれるんじゃないでしょうか。でも私はヤダな」
「え? そういえば、ルルナ、俺と親戚になりたいって言ってたよな?」
「将来私の子どもや孫と、ナイトさんの子どもや孫が結ばれたらいいなって」
「子孫が? なんで?」
「帝国は全ての継承者の一族を、帝国が管理したいらしけど、それはどうかなって私は思うんです」
ルルナは火の魔力の吹き溜まりがある地に移り住む予定だという。
彼女は次なる継承者の証のある子を産む存在となった。
「継承者の人数は今はまだ少なくて。私は……私こそ、次の儀式で死んじゃうかもしれないでしょ」
かつての火の一族の儀式では、魔石1つを用いても2人犠牲になってきたのだ。
「ナイトさんは無理そうだけど、ナイトさんの子孫の中には、私の子孫と一緒に火の吹き溜まりで生きて、世界を護ってくれる人がいるんじゃないかなって期待してるんです」
ルルナの言葉に、ナイトは複雑な気持ちになっていく。
「公国の貴族の中には、私と同じ気持ちの人いるはずだから、ナイトさんお相手いくらでも紹介してもらえると思いますよ」
「貴族、か……」
チェリアに相談をすれば、帝国貴族を勧められるだろう。
アゼムに相談をすれば、公国貴族?
顔をしかめて考え込むナイトに、ルルナはこう言った。
「結婚しないで、理解ある人たちと子どもだけ儲けちゃうのもありだと思いますよ!」
■登場人物
■作成クリエーター
川岸満里亜
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