強く絆を結ぶ日

 

 海の底から箱船2号に乗って、サーナ・シフレアンはアルディナ帝国へと訪れた。

 彼女の傍らには親衛隊員であり、恋人であるラトヴィッジ・オールウィンの姿があった。

 

 帝国の宮殿で暮らすようになって数週間が過ぎ、落ち着いてきた頃――。

「サーナ、美味い飲み物を貰ったんだ。今夜、一緒に飲もう」

 ラトヴィッジは意を決して、サーナを自室に誘っていた。

 彼に与えられた部屋は、1人用のベッドと、2人掛けのソファー、ローテーブルがあるだけの小さな部屋だった。

「これ、アルコール入ってないんだ」

 ソファーに並んで腰かけて、ボトルの栓を抜くとポンッと気持ちの良い音が響いた。

 アルコール飲料に似せて作った飲料とのことだ。

「かんぱい」

「かんぱーい」

 カップを重ねて、ラトヴィッジとサーナは微笑み合う。

「アルコール入ってないの? 不思議ね」

 一口飲み、美味しいとサーナは笑みを浮かべる。

 他愛無い会話をしながら、ラトヴィッジはサーナの横顔を見ていた。

(サーナは綺麗になった。元々美人だったけれど、最近は大人びて……)

 息を飲むほど美しい、と感じることさえある。

 多分、この宮殿にいる皇族、貴族、騎士たちにも、そう見えているだろう。

 自分の手の届かないところに行ってしまいそうだと感じてしまい、ラトヴィッジは不安さえ覚えていた。

(ずっとサーナと共に生きていく絆を結びたい)

 結婚したい、と、強く思う。

 そんなサーナを自分だけのものにしたい、確かな証が欲しいと。

(これはエゴだ。だけど……)

 ラトヴィッジは呼吸を整えた。

 彼女の横顔を見つめながら「サーナ」と声をかけると、サーナは不思議そうな顔を、ラトヴィッジに向けてきた。

 自分を見つめる彼の眼は、優しいのに真剣だったからだ。

「俺、サーナの傍らにいたい。サーナを幸せにしたい。俺の手で、ずっと」

 突然紡がれた言葉に、驚いてサーナは目を大きく開いた。

 ああ……。

 タイミングとか、ムードとか、図ってカッコつけて言うはずだったのに。

「サーナが大好きだ、愛してる」

 想いがラトヴィッジの口から溢れ出てくる。

「俺と、結婚してください」

 途端、彼女の目にじわりと感動の涙が浮かんでいった。

「……はい」

 サーナは手を伸ばして、ラトヴィッジの手の上に自分の手を重ねる。

「よろこんで」

「ありがとう!」

 歓喜して、ラトヴィッジはサーナの肩を抱き、顔を寄せて――二人は唇を重ねた。

 直後、ラトヴィッジは大きく息をついて、脱力し、眉を下げた。

「……ダメだな、俺。思い切り思い出に残るプロポーズしたかったのに……」

 気づけば、ラトヴィッジの目にも涙が浮かんでいた。

「うはっ、サーナの前で泣くなんて格好悪過ぎやしないか?」

 慌てて、ラトヴィッジは自分の涙をぬぐった。

「そんなことない。私だって同じだし、嬉しい」

 涙を一粒落して、サーナはラトヴィッジの胸に飛び込んだ。

「待ってたの。この時、この瞬間をずっと、夢見てたんだから」

「待たせて、ごめん」

 優しく抱きしめて、ラトヴィッジはサーナの美しい銀色の髪に頬を当てる。

「子ども、欲しいな」

「うん」

「サーナ似の可愛い女の子」

「え?」

「絶対の絶対に可愛い!」

 ラトヴィッジの言葉に、サーナがくすっと笑い声をあげた。

「男の子もいいよな、鍛え甲斐があるし! あ、でも可愛すぎて、めちゃくちゃ甘やかしてしまいそうかも、俺……」

「ふふ、私がしっかりしないと。パパ大好き、ママ嫌いって言われたら残念かなー」

「それはヤダ! サーナのこと嫌いっていうような子に育ってほしくない」

 ママもパパも大好きって言ってほしいから……。

「わかった。躾をサーナだけに任せたりしない。甘やかし過ぎないよう努力する!」

 ラトヴィッジの胸の中で、サーナがこくりと頷いた。

「サーナ、俺を選んでくれて、ありがとう」

「私こそありがとう。私を連れ出してくれて、ずっと傍にいてくれて……本当に、ラトには感謝しきれないわ」

「二人でこの先もずっと生きていこう」

 継承者の一族であるために、これからも幾多の困難が待ち受けているだろう、けれど。

「サーナとなら、どんな事でも乗り切れる。幸せになろう」

 これまでのことを思い浮かべながら、ラトヴィッジはサーナの長い髪を、背を撫でた。

「幸せになれるって、俺は確信してるよ。だって、今でだって、こんなにも幸せなんだから」

 そして身体を起こして、二人、少しの間見つめ合うと、再び唇を重ねた。

 長めのキスのあと、ラトヴィッジはサーナの耳元でささやく。

「今夜は帰らないで欲しい」

「……はい」

 サーナの掠れた甘い声と息が、ラトヴィッジの耳をくすぐった。

「ラト、大好き。あなたの全てを、思い出に残る夜を、私にください」

 

■登場人物

ラトヴィッジ・オールウィン

サーナ・シフレアン

 

■作成クリエーター

川岸満里亜