カナロ・ペレア後編 3~4(後編)
●アルザラ1号帰還
帝国領に帰還した翌日、アルザラ1号の航海士――ストラテジー・スヴェルの代表の一人である、レイニ・ルワールは宮殿へと呼び出された。
アルザラ1号は今日中に、再び氷の大地に向けて出航する予定だ。
連絡係を務めるミコナ・ケイジと合流して、案内された応接室へと入る。
部屋の中には、皇帝の側仕えのルーマ・ベスタナと、騎士団の開発室長を務めるエクトル・アジャーニ及び帝国騎士数名の姿があった。
挨拶もそこそこに着席し、本題に入る。
「グレアム・ハルベルトを通して得た情報と、チェリア・ハルベルトの報告から得た情報を含めた、氷の大地――カナロ・ペレアの状況だ」
ルーマがレイニに前に広げた紙には、氷の大地の、主に氷の壁の奥の状況が記されていた。
氷の壁の先にいる生物は、継承者と魔物。そのうち、純粋な人間といえる人物は一人もいない。
しいていえば、ルイス・ツィーグラー。彼は精神に異常をきたしてはいるが、人間に近い存在だ。
「それから、リーザと呼ばれている女性、貴女の娘の姿をした女性だ。彼女は火の継承者ではないかと考えられている」
チェリアは精神を融合させる力を持っており、燃える島で行われた作戦の際に、アールと呼ばれていた女性と、その中にあった彼女以外の精神との融合を行なっていた。
その後、アール――レイニの娘、リッシュ・アルザラは姿を消している。
火の一族が、水の一族にどのような扱いを受けてきたか、そして燃える島の作戦で何が行われたのか、レイニは改めて説明を受けた。
かつてウォテュラ王国は、火の継承者を甘言に乗せて連れていき、火の一族を滅びに導いた。
レイニの前夫ジェイド・アルザラは、王国に渡った火の継承者の血を引いていた。彼との間にできた、一人娘のリッシュも。
「貴女方がもたらした情報をもとに作りだした魔法具を、アルザラ1号に積み込んでもらうわけだが」
ルーマは言葉を切り、言い淀んだ。
アトラ・ハシス島での魔力調整の儀式を経て、儀式に参加したものは、必要なのは継承者の女性の命ではなかったと悟った。
魔力の吹き溜まりから、無制限に、無為に放たれ溢れそうになる力を制御するために、楔となるひとつの確固たる意思が必要だった。
そして洪水の原因は水魔力噴出箇所での火の属性の暴走であると、魔法学者のホラロ・エラリデンは推論していた。
帝国と共同で作られた魔法具、それは……。
一つの、確固たる意思、精神を打ち込む魔法具。
「その人の意思が、更なる暴走を引き起こそうというのなら、制御する意思として私が適任ってことね」
「魔石を用いての対処も考えた。だが、現状、魔石はこの地から持ち出すことはできない」
「……拒否する理由はないわ。それで世界が救われたら、本望よ」
魔法具に精神を込めて打ち込むということは、要するに死ぬということだ。
元より次の出航は特攻となる可能性も高く、帰還できるとは限らない。
離れ離れになっていた娘の心と会えるのなら、一緒にいてあげられるのなら、ただ散り果てるよりずっと良い。
航海を終えたブレイブ号がもうすぐ帝国に戻るはずだ。アルザラ1号を失っても、以後はブレイブ号で航海はできるだろう。
「では準備を始めてくれ」
ルーマが言うと、エクトルは騎士たちを伴い応接室から出ていった。
「貴女には、全て話しておきたい」
騎士たちが全て退出した後、ルーマが語り始めた。
大洪水から数カ月後。港町から出航した船が、ここ本土近くで座礁した。
船に乗っていた難民たちは帝国が救助したのだが、レイニの娘のリッシュは座礁の際に海に投げ出されてしまい、死亡したとされていた。
しかし、彼女は生きていた。海に出ていたスラムの民に救助されて……。
「その、後に海賊となったスラムの民を陰から導いていたのは、ミサナ・スヴェルダムという皇族の血を引く女性だ」
彼女は、ウォテュラ王国の王家――水の継承者の一族と、帝国の前皇帝との間に生まれた子どもだった。
異なる継承者の一族の間にできたハーフは、歪んだ魔力の影響を受けやすく、歪んだ魔力と完全に一体化し人としての心を無くしても、姿が変わることはない。
そして、両方の一族の特殊能力を含む、強力な魔法を行使できるようになる。
「私たち、地の継承者の一族の力は、相手の魔力――精神に影響を及ぼすことが出来るというものだ。恐らく、貴女の娘から記憶を奪ったのは、ミサナだろう」
それだけではない。
強力な水と、地の魔法を行使する能力があるというのなら。波を発生させることも、水を退かし地震を起こすことも、大地を隆起させることも不可能ではない。
座礁さえも、彼女が仕組んだことかもしれない。
「ハーフの危険性について、最近まで気付くことができなかった。すまない」
「……側仕えのあなたに、干渉できることではなかったのでしょう。責任を感じることはないわ。ただね」
深く息を吸い込み、呼吸を整えてレイニは続けた。
「世界の安定は私の夢だけれど、より強く守りたいものがある。ここの、帝国に生きる人たちだけのために戦いはしないわ。魔石をよこせとは言わない。ここのことは、私の大切な人たちを含め、あなたたちが命を賭して守って」
「無論そのつもりだ。いや、約束しよう」
ルーマの答えに、レイニは静かに頷いた。
「レイニさん」
黙って聞いているつもりだったのに、ミコナは思わず声を上げてしまった。
「ご、家族になにか……お伝えすること、は?」
ミコナの問いに、レイニは視線を落として苦笑した。
「ちょっと今は思い浮かばないわね」
レイニがどれだけ家族を大切にしているか、愛しているか、ミコナは知っている。
「それじゃ、行くわね。……その時が来たら、連絡するから」
「……っ」
言葉を詰まらせ、レイニの代わりにミコナは涙を落とした。
そして、レイニは船に戻った。
出航の時間が近づいている。
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