エピソード~リモス村~
流刑地のリモス村に滞在することになったジスレーヌ・メイユールは、割り当てられた畑の世話を毎日欠かさず行っている。
もともとは高原だったと聞いたが大洪水で海の中に沈んだせいか、作物の生長が悪い。そのため畑に出て最初に行うのは、地の魔法で土の状態を良くすることだった。
リモス村の人達はマテオ・テーペ出身者には冷たく、今も生活範囲ははっきり分かれている。しかしアトラ・ハシス出身者にはふつうに接していることが、ジスレーヌには不満だった。
ところが最近になって友達ができた。
島の管理人であるインガリーサ・ド・ロスチャイルド子爵の家に預けられているカサンドラ・ハルベルトだ。
同性である上、ジスレーヌと年齢も同じであることから親しくなるのにそう時間はかからなかった。
ただ、カサンドラはあまり外へは出ないようで、いつもジスレーヌは畑仕事をしながら彼女が来るのを待つ日々である。
ふと、土を踏む足音が聞こえて顔をあげる。
「おはようございます、カサンドラさん!」
待っていた友達がいた。
カサンドラも小さく微笑んで、おはようと返してくる。
しかしジスレーヌは彼女の顔色があまり良くないことに気づき、心配そうな顔で具合を尋ねた。
「大丈夫。ちょっと……怖い夢を見ただけ」
答えたカサンドラは腰を落としてジスレーヌの手伝いを始める。
「小さい頃から時々見るんですよね? その……何か怖いことにでもあったのですか?」
「ううん。私も、よくわからないの……。どうしてなのかな……」
ジスレーヌはその答えを持ってはいなかったが、カサンドラが悪夢に疲れていることだけはわかった。少しでもその苦しみを軽くできたらと思い、誰かから聞いたことを提案した。
「悪い夢は誰かに話すと良い夢に変わるそうです。よかったら私に話してくれませんか」
とたん、弾かれたように顔をあげるカサンドラ。
彼女は少しの間ジスレーヌを見つめると、どこかなつかしむように目を細めた。
「前に、同じようなことを言ってくれた人がいたの。……もう、いなくなっちゃったけど」
「ここに来る前のお友達ですか?」
「家庭教師。やさしくて……とても、いい人だった」
昔のカサンドラを悪夢の苦しみから救ってくれていた人がいたとわかり、ジスレーヌは安心した。
「あの、ありがとう。夢は……夢だものね。現実じゃない……」
カサンドラは自分に言い聞かせるように呟いた。
それから、止まっていた手を再び動かし一本ずつ丁寧に雑草を抜いていく。
「……お野菜、大きくなってきたね」
「うん」
結局カサンドラは悪夢の内容を話さなかった。
けれど、彼女の顔色はここに来た時よりは良くなっている。
ジスレーヌはそれ以上夢のことには触れず、話題を街のことに移すのだった。
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