皇妃のお茶会~ちっちゃなお化けと大人たちの宴~
午後のおやつの時間ごろ。
宮殿正門側に設けられたテントから、仮装した子ども達の集団と、子ども達を乗せた馬車や人力車が出発した。
城下町をぐるぐる回って、それから大人達がいっぱいいる大広場へと向かうのだ。
お化けに変身した子ども達にとって、今日はお菓子を沢山貰える日。くれない大人には悪戯をしていい日だった。
「ベルティルデちゃん、こっちこっち。ここから見れるよ!」
コタロウ・サンフィールドは、ベルティルデ・バイエルを誘って街へと来ていた。
沿道にはかわいいパレードを見物しようと、多くの人々が集まっている。
少しのスペースを見つけたコタロウは、ベルティルデの腕を引いて連れて行き、自分は彼女の後ろに立って道路を眺める。
パレードの先頭に立って、時折振り向きながら歩いているのは、魔女の黒いマントを纏い、魔法具っぽい杖を持った少女だった。
その後ろを子ども達が楽器を鳴らしたり、声を上げながら歩いてくる。
かぼちゃの被り物をして、ジャック・オー・ランタンの仮装した騎士が2人、子ども達が列から離れたりしないよう、危険がないよう、護りながら一緒に歩いていた。
人力車を引いているのは、カエルの仮装をしたふくよかな男性で、乗っている子ども達は、鈴をしゃんしゃん鳴らしたり、手を振ってはしゃいでいる。
「賑やかなパレードだね。楽しそうにはしゃいでる子供たちを見てると、何だかこっちまで楽しい気分になるよ」
「そうですね」
可愛らしい子ども達の姿に、コタロウとベルティルデの顔が綻んでいた。
「さあ、人間の大人がたくさんいますよ。お菓子をいただくチャンスですよー!」
先頭の少女、ビル・サマランチが子ども達にそう声をかけると、行進していたちっちゃなお化けたちが、沿道の人々に近づいて行く。
「おっ、こっちに来る子供たちがいるね」
「おかしくれないと、いたずらするよー」
「とりっ……あー……とりー!」
兄弟と思われる男の子が2人、ベルティルデの方に手を伸ばしてきた。
「ど、どうしましょう……」
どうしたらいいのかわからず、振り向いてコタロウに助けを求めるベルティルデ。
「おっとイタズラは勘弁して欲しいからお菓子をあげるね」
すぐにコタロウは用意してあったお菓子をとりだして、子ども達に渡した。
「ありがとー」
「ありあろー!」
子ども達の顔にぱっと笑顔が浮かぶ。
「たくさんお菓子貰えるといいね」
「頑張ってくださいね」
コタロウとベルティルデが子ども達にそう声をかけると、子ども達は「うん」と声をそろえて言い、皆のところに戻っていった。
「ふう、元気な子供たちと話すのは面白いね。ベルティルデちゃんもあげるといいよ」
「あ、それでお菓子なのですね」
出かけ前にベルティルデはコタロウにお菓子を持ってくるといいよと言われていた。
パーティーで食べるためだと思い、ベルティルデは友人に教えてもらって作ったサツマイモのお菓子を持ってきている。
「次は、わたくしがあげますね」
子ども達のパレードはまだ続いていて、可愛らし声や、笑顔、イタズラする姿が溢れていた。
「いつか、こんな風にマテオ・テーペの子供たちとも元気に遊べる日が来ると良いよね」
「……そうですね」
「勿論、俺やベルティルデちゃん、そして一緒に頑張ってるみんなも一緒に!」
コタロウの明るい声、子ども達の生命力に満ちた声と笑顔に、ベルティルデの顔にも笑みが広がる。
それは、いつか遠くない未来に実現するのだと、させるのだと思いながら、ベルティルデは頷いた。
「おかしちょーだい」
また一人、子どもが近づいてきた。
ベルティルデはしゃがんで、視線を合わせて微笑み、取出したお菓子を「はい、どうぞ」と渡した。
「ありがと!!」
「気を付けてね!」
走って戻っていく子どもの背に、コタロウが声を掛ける。
「幸せが、溢れています」
「うん、その幸せをあげたのは、ベルティルデちゃんだね!」
コタロウがそういうと、ベルティルデは驚いたような顔をして、それから少し照れたような表情で、嬉しそうに微笑んだ。
* * *
日が暮れて、警備と子ども達のお世話を担当していたルティア・ダズンフラワーは、警備の指揮をしていたグレアム・ハルベルトと共に、広場の遊歩道を歩いていた。
「その装い……不思議といいますか、神秘的な感じがします」
グレアムは黒く大きなマントに身をくるみ、セミロングの黒髪の鬘を被っていた。
後程警備員の休憩交代に入るそうで、マントの中は制服なのだそうだ。
「ありがとう。ルティアも普段とはずいぶん印象が違いますね」
愛犬家なルティアは犬耳と犬の尻尾に、蜘蛛の糸を模したワーウルフ風のドレスを纏っていた。
「ええ、特別な日ですから。昼間はお疲れ様でした」
とても楽しそうだった子ども達。
子ども達を眺め、見守る親や大人達の顔。
「楽しそうな皆の姿を見ることができて、嬉しかったです。私は、あの笑顔を、守っていきたいです」
ルティアがそう言うと、グレアムも自分もだと言うように微笑みながら頷いた。
「グレアム様達のご幼少の頃も、ご家族で仮装を楽しまれたりしたのですか?」
続いてルティアの口から出た言葉に、グレアムは少し間をおいてこう答えた。
「幼少の頃、俺は帝都にいて……そこでは、こういった催しが行われることも、街の催しを見学することもありませんでした。ルティアは?」
「わが家は家族も使用人達も総出で、一緒に楽しんでくれました。家族にも皆にも、感謝しかありません」
「素敵ですね」
はいとルティアは答え、それから少し考える。
「家族は、お互いに幸せを与え合い、わかち合うのだと思います。今日見守ってきた親子も、我々貴族であっても……」
以前、エルザナ・システィックたちの結婚式後に、グレアムの口から出た『これは相手を幸せにするための結婚ですから』……その言葉が、気にかかっていた。
「ただ一方が幸せにするだけでなく、きっと……いいえ必ず、自身もまた大切にされ、共に幸せになる……それが夫婦で、家族なのだと思います」
彼を見つめながらルティアが言うと、グレアムは穏やかな顔で、ゆっくりと頷いた。
「エルザナたちのことなら、あの2人は特別な事情を抱えてましたから。ルティアのその考えは、尊く理想的なものだと思います。俺は、皇族の血を引く者として、民がそんな結婚をして、幸せな家庭を築けるよう尽力していきます」
「グレアム様自身もです、よね?」
ルティアが尋ねると、グレアムは苦笑のような笑みを見せた。
「知っているかもしれませんが……俺は養子なので、幼い頃の兄弟と今の兄弟は違うんです」
どこか遠くを見るような目で、グレアムは話す。
「俺の実の父には、複数の正妻と、公妾がいました。使用人にも手を出していたみたいで、腹違いの兄弟はそれはもうたくさんいる……いえ、いました。だから、幼いころの家族というのは」
そこでグレアムは言葉を切り、しばらく考えていた。
両親が同じである兄妹――ラダ・スヴェルダムと、ミサナ・スヴェルダム。
そして母親だった、ウォテュラ王国の王家の血を引く女性。
父親は――前皇帝。
思い浮かぶ血の繋がった人たちとのことを、グレアムはこの場では語らなかった。
「申し訳ありません」
彼の様子から触れられたくない部分だったのかもしれないと、ルティアは思わず謝罪していた。
「あ、いえ。俺の実の母は公妾だったのですが、そうですね、俺はただ1人だけの女性と、ルティアが言うような家庭が持てたら嬉しいです」
黒い装いのせいだろうか、グレアムはどこかさびしそうに見えた。
「……話し込んでしまいましたね。主会場の方へ行ってみませんか?」
ルティアが言い、2人はパーティー会場に向けて、歩きはじめた。
大人たちのパーティー会場。
「またか……ぐぬぬぬ! ぜ、是非も無し」
帝国騎士リンダ・キューブリックは、今回も騎士団長からの命令で皇妃カナリアの護衛のために、訪れていた。
(どうして騎士団長殿は、皇妃様の護衛に自分みたいな不良騎士を指名するのだろうか?)
帝国騎士といえば、主に貴族である。
華やかなパーティーの雰囲気が似合いそうな、上品で見栄が良い騎士など幾らでも居る……だろう、に。と思いながら来たリンダだが、今回はそうでもないらしい。
無礼講の仮装パーティーということで、化け物を中心とした思い思いの姿に変装した人々が集まっていた。
まあどんな場だろうが、リンダの姿は変わらないのだが。
そう今回も全身甲冑を着込み、ヘビーメイス&タワーシールドの完全武装。
ただ護衛の騎士も仮装をするようにとの達しがあったので、麻袋を持ってきた。……麻袋である。
「そんな物々しい格好してたら、カナリア様の仮装がばれるだろう。あんたも仮装した方がいい」
リンダの姿を見つけ、エクトル・アジャーニが近づいてきた。
彼は今回も皇妃の護衛のために訪れているのだが、今回カナリアは正体を隠して訪れた人々と交わっているため、エクトルも悪魔風の変装をしての参加だった。
(多忙を極める開発室長に、こんな畑違いの任務を命じやがって、本当に何を考えているのだ!)
リンダは大きくため息をついて、麻袋をとりだした。
「仮装ならすぐにでも出来る」
そう言うと、リンダは麻袋を頭にかぶる。
……目の部分だけ穴をあけてある。
「…………」
怪訝そうにエクトルはリンダを見ていた……。
「ブギーマンだ!」
「どこがだッ!」
途端、エクトルがバシッとリンダの鎧を叩く。
「というか、ブギーマンってなんだ?」
「ブギーマンを知らぬと? ハロウィンの悪役と言えば、ブギーマンだろう。そんな常識も知らぬ男だったとはな」
「ブギーマン……て、もしかしてあれか、いやあれは全身麻袋だろ。なんで顔だけなんだよ」
「全身に纏ったら、警備の妨……」
「ああ、そうか、子どもサイズの衣装しかなかったか? それで頭しか隠れなかったと。どんだけ頭でかいんだよ」
声を上げて笑うエクトル。麻袋を被ったリンダの姿がホントおかしくて、エクトルの笑いは次第に大きくなる。
ぐぬぬぬと、唸り声をあげるリンダ。穴から覗く鋭い眼光で誰にも文句は言わせないつもりだったが、エクトルには効きそうもない。
だがこんな彼の冗談も嫌ではなく、寧ろエクトルとのこういった会話も楽しくもあった。
リンダは体だけではなく、声もでかい。やたら迫力があるため、いつの間にか周りに人はいなくなっていた。なんだか楽しそうなので、邪魔しちゃいけないと離れていった者もいるようだが。
「ちょっとまった、2人とも。痴話げんかしている場合じゃないぞ、皇妃陛下が……!?」
突如吸血鬼に扮した騎士が、走り寄ってきた。
「今の時間は近くで護衛しているものが他にいるはずだが……」
リンダとエクトルが皇妃が居る方向に目を向けると……。
「僕はあんたも含め、女性という生き物がどうもわからない」
後にエクトルは頭を抱えつつ、そう言ったという。
少年は夜のパーティー会場を歩いていた。
とがった耳に、だぼっとしたマント、タヌキのような尻尾をつけた姿で。
先に会場に来ている大切な人に求められての格好だ。
喜んでもらおうと、指人形やマグカップのお土産も持ってきた。
ふと、目があった。
白いコートを纏った長身の女性だった。
猫のようなとがった耳のついたマスクを被っている。
マスクをしていても分かる、端麗な顔立ちの女性だ。
途端彼女は纏っていたコートを脱ぎ捨てた。
黒と赤のマント、露出度の高い黒いレオタード、黒のロングブーツに手袋。
息をするのを忘れるほどに魅惑的な身体。
人々が、感嘆の声をもらした。
しかし、少年――ヴォルク・ガムザトハノフの反応は違った。
突如、2人は間合いを取り、ヴォルクがマントを跳ね上る。
「あの跳ね上げはまさか……!? それならば」
女性はマントをなびかせて、くるっと美しく回転した。
「む! 孔雀の型だと!?」
ヴォルクの目が鋭く光る。
「只者ではないな、ならば狼の型だ!」
腰を落とし、拳を前に構える。
「まさか……破裏拳流の狼!? あの年齢で修めているなんて、何者ですの」
驚愕しながら、女性も構えをとる。しなやかで魅力的な構えだった。
「龍王だと!? しかも優雅だ、あの完成度たるや相当の使い手、ならばこちらも本気で行くぞ」
胸を張り、両腕を優雅に力強く耳の高さへとあげる。
鳳凰の構えだ!
女性が息をのんだ。
「……坊や、子どもはそろそろお休みの時間ですわよ。お帰りなさい」
「フッ、魔王に年齢など関係ない、うっ! そ、それは黒蝶の舞!?」
女性の艶やかな舞に、ヴォルクは夢の世界にいざなわれる。
「そうはいかぬ! これでどうだ!!」
ヴォルクは飛鷲の構えで打ち破る――!
そうして、凡人には理解不能な闘いは続き、月が雲に隠れた頃。
2人は沈黙し、目と目を合わせて視線で頷き合い、同時に背を向けた。
互いを認め合い、良い勝負であったとアイコンタクトだけで通じあったのだ。
ぽかーんとしていた人々が、正気に戻っていく。
「……なにやってたんだ、あいつら?」
「さ、さあ……」
「なんかあの方、皇妃様に似て……」
「そんなわけないだろ、おおお恐れ多い!!」
ひそひそ、ざわざわ、人々の声が響いていた。
黒いマントを纏った少年が、着替え終えて出てきた少女に近づいた。
少女は恥ずかしそうに俯いている。
「へ、変じゃない、かな?」
「似合っていて、可愛いです。これをつけたら、きっともっと」
少年――ユリアス・ローレンは、目の前の少女、カサンドラ・ハルベルトの頭に、黒いネコミミカチューシャを付けてあげる。
彼女の服装は、黒いワンピースに黒猫の尻尾。
カチューシャをつけたら予想以上に可愛らしくなり、ユリアスはどきっとした。
「ユリアス君は……別の人みたい。ええと……こういうの、何ていうの、かな……」
ユリアスは顔の片側を覆う白い仮面に、黒い燕尾服、黒手袋をしている。
劇の中でみる、怪人風の装いだった。
「カッコイイ……かな」
「ありがとうございます」
カサンドラの可愛らしい姿と言葉に、少し照れながら、ユリアスは彼女を噴水の方へと誘った。
2人は噴水近くのベンチに腰かけて、ユリアスが持ってきたかぼちゃのミニマフィンを食べながら、夜の時間を一緒にのんびり過ごす。
「子供達に手作りのお菓子を配りましたが、喜んで貰えてよかったです」
「どんなお菓子、配ったの?」
「ジャック・オ・ランタンのかぼちゃクッキーです。でも用意したお菓子はすぐになくなってしまって、いたずらされてしまいました……」
言ってユリアスは少し顔の仮面をずらす。
ユリアスの顔には、子ども達が書いたと思われる落書きがあった。
くすくすと、カサンドラが笑い出した。
「来年はもっと多くお菓子を用意しないといけないですね」
「このいたずらは……嫌がらせのいたずらじゃ、ないから……お菓子足りなくても、子ども達、楽しいんじゃないかな」
「そうですね……。カサンドラさんもイタズラしたいですか?」
「えっ……んーと……ちょっと」
ハロウィンのイタズラにちょっと興味があるようだった。
自分にイタズラしてくるカサンドラの姿が思い浮かんでいき、何故かユリアスの鼓動が高鳴る。
「でもお菓子もらった、から、しないよ。……もう子どもじゃないし、ね」
「そうですか、それは少し残念かもしれません。それでは、この大人達のパーティーの方では、何か印象に残った衣装などはありますか?」
「びっくりしたのは……着替える前に、ちらっと見た人……」
そう2人は着替える前に凄い格好の人を見てしまった。
猫のような耳のついた顔を覆うマスク。黒と赤のマントにレオタード、黒いロングブーツに、黒手袋。
「あの方ですか……あの格好では、誰だか分かりませんよね。護衛らしき人がついていたので、身分の高い方なのでしょうけど」
「う、うん……」
カサンドラはすうっと目を逸らした。
もしかしたら誰だかわかったのかもしれない。でも聞いてはいけない、知ってはいけないことなのかもしれないと、ユリアスは思った。ユリアスは少し話を変えることにした。
「もしハロウィンパーティーに本物のお化けが紛れ込んでいても分からないかもしれませんね」
驚いたような顔で、カサンドラはユリアスを見た。
「そしてお化けはハロウィンが終わると消えてしまうんです」
途端、彼女の顔が不安げに変わっていく。
「あ……怖がらせてしまってすみません」
「お化け、でもなく、夢でも、幻でもなく……みんな、本物だよね……ユリアス君も……」
はい、と返事をして、ユリアスはカサンドラの手を優しく握った。
「……大丈夫ですよ。僕は消えたりしませんから」
こくりと頷いたカサンドラに、ユリアスは優しく微笑みかけて言う。
「カサンドラさんが望んでくれるなら――僕はずっと、あなたの傍にいます」
「ありがとう……あたたかい。本物」
カサンドラはユリアスの手に、もう一方の手もそっと重ねた。
仮設衣装室の前で、アレクセイ・アイヒマンはそわそわ、行ったり来たりしながら待っていた。
チェリア・ハルベルトを誘ってパーティーに訪れたのだが、どんな仮装をするのは、見てのお楽しみということで、互いに秘密にしてある。
アレクセイが自分の衣装として選んだのは、クールで大人っぽい吸血鬼の衣装。
髪を七三オールバックにセットし、牙も装着した。
しばらくして、チェリアが衣装室から姿を現す。
「アレクセイか……本格的だな。普段はない迫力を感じるぞ」
普段はないって、どういう意味ですか……そんな言葉を返す事も忘れ、アレクセイはチェリアに見入っていた。
彼女は堕天使の格好をしていた。
髪を黒と赤のリボンで結い、漆黒のドレスを纏い、背には黒い翼を付けている。
「チェリア様は普段以上の迫力が……す、凄く素敵です!」
「似合ってるか、良かった。ありがとう」
「……俺はどうでしょうか?」
「普段とは違う魅力が出ていて、良いと思うぞ」
「あ、ありがとうございます」
照れながら礼を言って、アレクセイは密かに深呼吸。
「チェリア様、ガゼボでゆっくりしませんか?」
軽食とワインを持って行きましょうと、アレクセイはチェリアの手を取って、まずは会場へと向かう。
平静を装っていたけれど、さりげなく手を握れただろうかと、内心はドキドキしていた。
そして2人は会場でワインと料理をいくつか貰ってきて、ガゼボの中の椅子に腰かけた。
「今日はお疲れ様でした」
「夜の一時、楽しませてもらおう」
ワインで乾杯をして、それぞれグラスを口に持っていく。
一口飲んで、アレクセイは美味しい! とにっこりほほ笑む。
頷くチェリアも微笑していた。
「チェリア様、こちらのピザとても評判が良いそうですよ。こちらの唐揚げもどうぞ」
アレクセイは笑顔でチェリアに料理を勧めていく。
「はは……なんだか、装いと行動が合ってないぞ。一口で酒に酔ったわけでもないだろう?」
「ううう……」
そう、今日はクールに決めるつもりで、この衣装を選んだのだ。
それなのに、チェリアと一緒にいられることが嬉しくて、アレクセイは頬の緩みを抑えることができなかった。
手を頬に当てれば、幸せなため息が漏れる。
「チェリア様、だめです。どうしましょう……」
チェリアがアレクセイを不思議そうに見詰めた。
「俺、頬が緩みっぱなしで元に戻らないかもです。チェリア様がこうして隣に居るのが幸せ過ぎて……」
そして、アレクセイはチェリアを真っ直ぐに見つめて、テーブルの上の彼女の手に、そっと触れた。
温かな彼女の手が愛おしくて。胸が苦しいのに、喜びに満ちていて。
真剣な眼差しになると、囁くように言う。
「貴女を愛しています」
チェリアの手がピクリと動いた。
鼓動の高鳴りだったのかもしれない。
「ありがとう……。今はそれ以上、どう答えたらいいのか、わからないのだけれど……。アレクセイは、どうしたい? あ、いや。変なこと聞いてすまない。こうして共に過ごせる時間を、楽しもう」
言って、チェリアは料理を取り分けると、アレクセイに差し出した。
「ほら、その牙とらないと食べられないぞ」
柔らかな微笑みを浮かべながら。
仮設衣装室の中に並んだ沢山の衣装の中から、セルジオ・ラーゲルレーヴが選んだのは定番の吸血鬼の衣装だった。
着替え終わって外にでるとすぐに、恋人のミコナ・ケイジも女性用の部屋から出てきた。
彼女の姿は――ダークプリンセス、だろうか。
黒いドレスに、真っ赤なバラのアクセサリー。妖しい輝きを放つ石のついたシルバーのティアラ。
「な、中にルルナがいて、着せられてしまって……」
清楚で控え目な装いが合う彼女には似合わない……と思われたが、夜の闇の中、仄かな明かりに照らされた彼女は、神秘的な美しさを醸し出していた。
「素敵です。少し、心配になるくらい……」
「セルジオさんも、いつもと違って、なんだか……どきっとしました」
恥ずかしげに笑い合うと、それでは行きましょうと、セルジオは手を差し出し、ミコナは彼の手をとって、パーティー会場へと向って行った。
「おっ、こっちこっちー!」
会場にて、狼男の仮装をした青年――マティアス・リングホルムが、大きく手を振ってきた。
隣には、蝙蝠のケープを纏い、ふわふわの耳がついた帽子をかぶった女性がいた。
彼女のことは聞いている。ルース・ツィーグラー……の侍女のベルティルデだが、訳があって、マテオにいる頃からウォテュラ王国の姫、ルースとして振る舞ってきた女性だ。
「初めまして」
セルジオはマティアスに手を上げて答えた後、2人に近づき、ルースに挨拶をした。
「こ、こんばんは」
ミコナは緊張しつつ、頭を下げる。
「初めまして。よろしくね」
セルジオはルースと初対面。ミコナは宮殿で遠目に見たことくらいはあったが、話をするのは初めてだった。
「とりあえず、料理持ってあっち行こうぜ」
マティアスが指差したのは、ガゼボだった。
それぞれ好きな料理やドリンクを運び、ガゼボでゆっくり過ごすことにする。
「セルジオから聞いてたのと、少し印象違うな。服のせいか? あ、俺はマティアス・リングホルム。こいつとは悪友だ」
ミコナに言って、セルジオの肩に腕を回すマティアス。
「ただの親友です」
即、セルジオはそう返して、ルースに目を向ける。
「セルジオ・ラーゲルレーヴです。洪水前は、アルザラ港の港町で暮らしていました」
「ミコナ・ケイジです。私も港町出身です。最初の避難船に乗って、アトラ・ハシス島にたどり着きました」
「港町では会ったことなかったよな? アトラ島でセルジオといい仲になったってわけか」
「は、はい」
緊張しているミコナに、にやりと笑みを浮かべて、マティアスは尋ねる。
「で、セルジオはどんな感じ?」
「ど、どんな感じといいますと……や、優しい方ですが、芯が強くて、その……」
「そうゆーのは良く知ってる。じゃなくてさ、2人きりの時とか」
にやにやミコナに尋ねるマティアスの口に、セルジオは串焼きを突っ込んだ。
「……美味ぇ! これ、タレが絶妙」
「お、お酒と合いますよ。姫様もどうぞ」
ミコナは酒を注いで皆に配り、大皿に並べられた料理を、小皿に取り分けていく。
「サンキュー、気が利くな」
美味しそうに料理と酒を飲み始めた親友の様子に、やや苦笑しながらセルジオは言う。
「昼間、僕とミコナさんは、お菓子の配布などのお手伝いをしていたけど、マティアスはその格好で子ども驚かしたりしてそうだね」
「まあな、沿道でパレード見ていて、子どもが近寄ってきたら驚かしたりして、楽しかったぜ! 俺もお菓子欲しかったなぁ」
「あなた、そんなことしてたの。……けど、目に浮かぶわね」
ルースは呆れ顔だ。
「さすがにお菓子を取り上げていなくてよかったけど、同じ年くらいだったらきっと取り上げていたんだろうな……」
子どもの頃のマティアスを思い出し、セルジオの口からそんな言葉が漏れた。
「それか、大人を襲って強奪して回ったり」
「それもしそうです」
ルースとセルジオがうんうん頷き合う。
「オイ、ガキの頃なら、そんなの両方してたに決まってるだろ」
もぐもぐ、お菓子を頬張りながらマティアスが言い、
「お2人とも、マティアスさんのことよく解っておられるのですね……」
ミコナはくすっと笑みを浮かべた。
「ところで……このマティアスとルース様は、何が切っ掛けで出会ったのですか?」
「このとはなんだ、このとは」
「いや、接点がなさすぎると思って」
「そうね。公国領に来てからも、私たちは領主の館と水の神殿を行き来しているだけで、あ、造船所にも顔を出したけれど、一般人と関わりを持つことなんて、なかったのだけれど」
ルースがちらっとマティアスの方を見る。
「きっかけは確か家の中に窓から不法侵入したときにばったり出会ったんだよな」
「……え?」
マティアスの言葉に、セルジオとミコナは目を丸くする。
「家に不法侵入って、何考えて……」
「あ、家って一般の家じゃなくて伯爵の別荘でその時は貴族のやつらがいっぱい避難しているところで」
「もっとダメだって!」
セルジオは頭を抱えたくなった。
ミコナにはシチュエーションが理解できず、困惑していた……。
「まぁそんなことしねぇと出会ってても、こう仲良くはなかったかもなとは思うかな」
そして、マティアスは隣に座るルースに目を向けた。
「な?」
「まあ、そうなんじゃない」
ルースの答えは曖昧だった。
何か思い起こしているようで、カップを口に運ぶ彼女は、どこか気恥ずかしそうに見えた。
「そういえば、その時から『ルース姫』の格好だったんだよな。せっかくだから、今日、メイド服着ないの? って聞いたんだが……」
「うるさいわね、着るわけないでしょ。普段着みたいなものだし」
そう突っぱねた後、お酒のせいか、少し顔を赤らめたまま、ルースは小声で言った。
「あなたに合せたのよ。動物同士」
狼男の彼と、蝙蝠の装いの彼女。
2人の衣装は、系統は違うけれど確かに似た作りの衣装だった。
マジで? と喜ぶマティアスの姿やこれまでの様子から、セルジオは気付いていた。
彼がルースに特別な感情を抱いている、ということに。
(うまくいったらいいなぁ)
そう思うセルジオの膝に、ミコナがそっと手を置いてきて『私もそう思う』というように、優しく頷いた。
少し遅くなってから。
アウロラ・メルクリアスはカサンドラ・ハルベルトを誘って、仮設衣装室に来ていた。
「仮装どれにしようかなぁ……カサンドラちゃんは黒猫なんだね。それなら、私、人狼とかがいいかな、でもサイズないや」
ハロウィンっぽいものがいいかなと、アウロラは衣装を探していく。
「んー……このかぼちゃのお化けのにしようかな。カサンドラちゃんも新しい衣装に着替える?」
言って、アウロラは黒いミニスカートのドレスを指差した。
「あの小悪魔のとかどう?」
「これは……ちょっと、恥ずかしい、かな」
胸や背中の部分が広く開いたドレスだった。
「そっか、それじゃにゃんこのままでいっか」
カサンドラはこくりと頷き、アウロラだけかぼちゃのお化けに着替えると、パーティー会場に戻っていった。
「わ、お料理どれもおいしそうだね」
ちょうどメイン料理が並びだした時間だった。
皇族主催のパーティーとしては簡単な軽食だったけれど、リモス村で暮らすアウロラにとっては、手が込んでいて美味しそうな料理ばかりだ。
「どれから食べようかなぁ。ね、カサンドラちゃんのお勧めは?」
「……あのパンに、ハムとか、卵とか、沢山乗せて……ソースをかけるの。それから、野菜のスープ。多分、下の方に……お肉が沈んでるの」
「そっか、自分で好きなようにアレンジして食べたらもっとおいしそうだね」
カサンドラはこくりと頷く。
2人は皿を持って、テーブルを回り、食べたいものを色々とって楽しんでいった。
お腹いっぱい食べた後は、ドリンクを持って噴水側のベンチに向かった
並んで腰かけて、たわいのない、ありふれた話をする。
普通で平凡で2人で過ごす幸せな時間。
「そうそう、私一回カサンドラちゃんのこと、膝枕してみたかったんだよね」
「え?」
アウロラはカップをベンチの上に置くと、さぁ、どうぞ! と自分の足を叩く。
「あ、ご義足は外しておくね。そっちに当たると硬くて痛いだろうし」
「う、うん……ええと……」
「遠慮しないでどうぞ」
戸惑うカサンドラに手を伸ばして、アウロラは自分の膝に誘った。
「こう……?」
アウロラの腿の上に、頭を落として、不思議そうにカサンドラは言う。
「うん、そう」
アウロラはカサンドラの金色の髪に手を置いて、そっと撫でていく。
「わ、カサンドラちゃんの髪さらさらだぁ。気持ちいいなぁ」
「なんだか、不思議な……かんじ」
(そういえばカサンドラちゃん、お母さんいないんだよね。お姉さんもこういうことするタイプに見えないし……女の人にこういうことしてもらった経験、ないのかも)
「こうやってゆっくりするのもいいものだって思わない?」
「うん、思う……」
最初は戸惑っていたカサンドラだけれど、次第に落ち着いて行き、リラックスした表情になっていた。
「そういえばハロウィンなのに定番のあれ言ってなかったよね。トリックオアトリートって」
「でも今、お菓子、もってないよ」
「それじゃいたずらしないとだね」
「えっ?」
起き上がろうとするカサンドラを、アウロラは「酷いことしないよ!」と、押しとどめる。
「んー、そうだなぁ……じゃぁ、ちょっと目をつぶってくれる?」
「う、うん……」
少しだけ心配そうな顔で、カサンドラは目を閉じた。
アウロラは薄目を開けて、アウロラが何をしようとしてるのか見ようとしているカサンドラの姿に、笑みをこぼす。
(かわいいな……)
カサンドラに顔を近づけていく。
ほっぺにキス……は少しやりすぎだろうか。
息がかかるくらい顔を近づけて、緊張しているカサンドラの頬に――指をぷにっと押し当てた。
ぴくっとカサンドラの身体が反応し、カサンドラは目をしっかりと開けた。間近に、アウロラの顔がある。
「ふふっ、いたずらおしまいっ!」
身体を起こしてアウロラが笑うと、カサンドラも安心したような微笑みを浮かべた。
それから2人はそのままの姿勢で、また女の子同士のたわいない話を楽しんでいくのだった。
「忙しいので」
マシュー・ラムズギルからの誘いを冷たくそう断ったリッカ・シリンダーだが、彼の完璧な根回しに敗北し、マシューに連れられて、会場に訪れていた。
会場を見る彼女の目は冷ややかで、普段通り少しの優しさも感じられない。
「聞いていたパーティーと随分違うようですが」
「間違いなく、皇妃カナリア様主催のパーティーですよ」
マシューはリッカの同僚たちに根回して彼女を非番にして、更にこんな言葉で誘い出していたのだ。
『皇室主催のパーティとなればパートナー同伴がマナーになります。これまではこうした行事への出席はすべて断っていたのですが今回は違います。どうか私に恥をかかせないでください』
皇室主催、ということで『仮装を完璧にするため』として、高級美容院で髪をアップに結い上げ、顔には念入りに化粧を施してもらっていた。
更にアクセサリー類も、宝石商から借りた本物の宝石がついた高級で優美なものだった。
マシューの仮装のテーマは『古の魔術師』。
2人はお揃いのローブを羽織り、手には短い杖を携えていた。
「よくお似合いですよ。滲み出る知性の輝きが貴女の美しさをより一層引き立てている」
「似合っていようがいまいが、どうでもいいことです」
ぷいっと顔を背けるリッカ。でもそのしぐさが、なんだか彼女が照れているように見えて。
マシューはくすりと笑みをこぼした。
仮装しているためよくは分からないが、それなりの地位や、身分があると思われる男性が、ちらちらと、リッカに目を向けている。
(お知り合いの方がいても、リッカさんだとは分からないかもしれませんね)
普段の彼女とは打って変わって見違えるような容姿、鋭利で美しい眩しさを放つ彼女を、皆にお披露目したい……そんな気持ちもあるものの、彼女は人が多く騒がしい場所は好まないだろうと、マシューはドリンクを受け取ると、リッカを噴水の方へと誘った。
「完成間近と仰られていた魔法具は、完成しましたか? 実用化が待ち遠しいですね」
噴水前のベンチに並んで腰かけて、カクテルを飲みながら普段通りの話をしていく。
リッカは必要最低限しか話をしてこないのだが、研究の話となれば別であり、お酒の影響もあって、話は少しずつ弾んでいく。
噴水の周りにはカップルの姿が多く、裏側の暗いベンチでは身を寄せ合う男女の姿もあった。
「……少し、人が多くなってきましたね。私達もそろそろ主会場の方に行きましょう」
ほんのり酔いが回った頃に、マシューは立ち上がり、リッカに手を差し出した。
「いえ、もういいでしょう。帰り……」
そこまで言った彼女の言葉を遮るかのように、突如「ぐ~」という大きなお腹の音が響いた。
「失礼」
顔を赤らめて言うリッカ。
「お腹が空いているのですね。気付かずすみません。あちらで何かいただきましょう」
リッカの手を取って、マシューは立たせた。
「人混みは苦手ですか? なにも心配することはありません。私の腕に掴まっていてください。私が貴女をリードします。大丈夫、怖くありません」
マシューは腕をリッカに向けたが、リッカはぷいっと顔を背けて、歩き出す。
「私は広いお屋敷暮らしではないので、人混みには慣れています。気遣いは不要です」
そう言い、主会場の方へとスタスタ歩いて行ったリッカだが……。
「!?」
足を踏み外して、転んでしま……う直前に、マシューが彼女を後ろから抱き留めた。
「……っ、ヒールの高い靴には慣れてないんです」
軽く顔を赤らめて、リッカは俯いていた。
「私といると……かえって、恥をかきます」
「そのようなことはありません」
マシューはリッカの細い腕を掴んで、自らの腕に絡ませる。
そして、囁いた。
「私に委ねていれば、大丈夫です」
俯いたままリッカは頷き、2人は仮装した人々が集う場の中に入っていった。
「疲れただろ、ご苦労様」
ヴィーダ・ナ・パリドは伴侶のセゥを労い、共に主会場の椅子に座った。
「食べる前は……まあ……だが、食べてからは好評だった」
日中、彼はヴィーダが作ったクッキーを、子ども達に配って回っていたのだ。
ヴィーダは料理が決して得意ではない。ただ、見かけがイマイチなだけで、味は普通に美味しいものが作れるようになっていた。
「俺は何か言われた時は、お化けの形のクッキーだって誤魔化したぜ」
テーブルの上に並んだ軽食を、酒を飲みながらつまんでいく。
2人はヴァンパイアの衣装を纏っている。
ただ、お揃いではなく、普通にマントをしているセゥとは違い、ヴィーダはマントの前をずっと合わせたままで、中の服は見えない。
軽くお腹が膨れ、程よく酔ったところで、2人は席を立ち、遊歩道を歩いていつしか照明のない場所へとたどり着いていた。
「トリック・オア・トリート」
暗い木陰で、突如ヴィーダの口から出た言葉に、セゥは不思議そうな顔をする。
「お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ」
「……全部配ったから、持ってない」
「だよな」
ふっとヴィーダは甘い笑みを浮かべて、セゥの首筋に唇を寄せた。
「ヴァンパイアってのは、血を吸うんだよな?」
そして歯は立てず、強く吸った。セゥの首筋に、赤い跡がつく。二つの牙の跡ではない、赤いキスマーク。
驚き、ヴィーダを見つめるセゥ。はははっとヴィーダは笑い声をあげる。
「噛まれると思ったか? マントが黒いから、闇に紛れて誰も気付かねぇよ」
そして、彼女は懐から取り出した袋を、セゥに差し出す。
「ご褒美だ」
セゥの分として、取置いてあったクッキーだ。
「お化けクッキーか」
「お化けとは何……」
抗議しようとしたその瞬間、吹き抜けた風が、ヴィーダのマントの前をふわりとめくり上げた。
「……」
闇の中に浮かび上がる、彼女の美しい素足。
「こ、これはな……シャナがシャナが選んだんであって、俺の意思じゃないからな」
ヴィーダは凄く丈の短いミニスカートを穿いていた。
赤くなり、すぐに彼女はマントで服を隠す。
息を整えると、ヴィーダはセゥに尋ねる。
「で、俺の手持ちのお菓子はなくなったんだけど、どうする?」
ヴィーダの誘いにセゥは気付いたが……。
「その言葉は、部屋に戻ってから言う」
「じゃあ、帰って2人で飲み直すか?」
ヴィーダは会場から持ってきたワインを上げて、セゥに見せた。
「そうだな。けど、飲むのはヴィーダだけで」
「ん? なんでだ」
「俺は素面で楽しみたいから」
そして、セゥはヴィーダの首筋に指を這わせた。
「イタズラの3倍返しと、反応。そのマント部屋では?」
「あ……」
ヴィーダは軽く目を彷徨わせながら言う。
「部屋でなら、脱いでもいい」
セゥは満足げに頷き、では、行こうと、更に暗い夜道へとヴィーダを誘った。
そして2人のヴァンパイアは夜の闇の中に消えていった――。
☆
パーティ会場に着いたリキュール・ラミルは、元気の良い女性の声に呼びかけられた。
声のほうに目を向けると、キノコをモチーフにしたミニドレスとアクセサリーで着飾ったパルミラ・ガランテが大きく手を振っていた。
隣には体中に包帯を巻きつけたようなロングドレスのフランシス・パルトゥーシュが立っている。
二人のところへ歩み寄ると、パルミラが愛嬌のある笑顔でワイングラスを差し出した。
「こんばんは、リキュールさん。カエルの仮装、かわいいですね!」
「パルミラ様こそお可愛らしくていらっしゃいますよ」
リキュールが褒めると、パルミラは照れたように微笑んだ。
すると、フランシスがニヤニヤしながら言った。
「昼間の活躍、見てたぞ。子供達に囲まれてさ。ピンピンしてるようだけど、明日になったら起きれなくなってそうだな」
「子供の無邪気な笑顔には敵いませんな。つい張り切ってサービスをしてしまいました」
昼間、リキュールは軽量小型の人力車に幼い子供達を乗せて街を回った。
始めは緑色の雨合羽を着込んでカエルの行商人を演じ、子供達にお菓子や果汁水をあげていたのだが、途中で人力車のサービスを追加したのである。
「ま、ガキが元気なのはいいことだよな。うちもちょっとだけ協力したんだ。店の連中がアイデア出し合って開発したお菓子をな」
と言って妖しく笑うフランシス。
「フランシスさん、危険なお菓子じゃないですよね?」
「何てことない、ファイアキャンディやゴーストクッキーさ」
「えーと、舐めると口から火を噴いたり、食べると体から魂が飛び出たりするんでしょうか……」
「……あんた、うちを何だと思ってんだ?」
呆れるフランシスに、パルミラは「冗談ですよ」と笑った。
それからパルミラはリキュールに昼間のパレードの話題を振った。
「少しだけパレードを見れたんです。その時、かわいいカエルさんが引く小型の人力車が、近くの馬車や人力車に乗った子供達にもお菓子とかあげてましたね」
「パルミラ様にも見られていましたか。今日はハオマ亭も賑わっていたのでございましょうね」
「ええ、おかげさまで。ところで……」
と、パルミラは、フランシスが通りかかった人に話しかけられたのを見て、リキュールに囁きかけた。
「フランシスさんに、何か特別なお菓子をあげたりしないんですか?」
ピクリ、とグラスを持つリキュールの手が小さく揺れた。
彼の動揺に気づいたのかいないのか、パルミラは小声で続ける。
「フランシスさん、あの際どいドレスもあってけっこう目を引いてるんですよ」
フランシスはミイラをイメージしたドレス姿だが、体のラインに沿ったドレスは肌の露出度がけっこう高いデザインだった。
リキュールはフランシスに切なく片思い中である。
だが、そのことを本人はおろか誰の前でも表したことはなかった。
パルミラの前でも。
さすが様々な人を相手にしている宿酒場の看板娘と言うべきか。鋭い観察力であった。
しかしリキュールは大らかな笑みを浮かべて、
「彼女の魅力は外見だけではございませんから、人の目を引くのも自然なことでございましょう」
などと答えるが、内心は冷や汗ものだった。
パルミラは勘が外れたと思ったのか、肩を竦めてみせた。
そこに、フランシスが戻ってきた。
「どうしたんだ、二人とも」
「ううん、何でも。あたし、知り合いに挨拶に行ってきますね。少しの間、失礼します」
パルミラはにっこりして言って、少し離れたところの人の集まりへと歩いて行った。
やはり自分の勘を捨てきれないようで、少しお節介を焼いてみたのである。
リキュールは軽く苦笑すると、プラトニックな片思いの相手とこの時間を楽しむことにするのだった。
パーティ会場の警備担当者が休憩に入る少しの間、グレアム・ハルベルトが代わりに警備任務に当たることになった。
そして何事もなくその時間が終わり会場を後にしようとした時、タチヤナ・アイヒマンに呼び止められた。
「グレアム団長、いらしてたんですね!」
タチヤナにとっては思わぬ遭遇であった。
グレアムの持ち場はここではないからだ。
「あの、お時間があればでいいんですけれど……」
タチヤナは思い切ってグレアムをガゼボに誘った。
ガゼボはランタンの優しい明かりに照らされていて、とても落ち着く雰囲気だった。
「魔女殿、どうぞ」
と、腰掛けにハンカチを敷いて魔女の仮装をしたタチヤナを導くグレアム。
タチヤナはやや照れた様子で礼を言って腰を下ろした。
軽食とワインを詰めたバスケットからボトルを取り出し、グラスに注ぐ。
軽く合わせてから、一口二口と香りと味を堪能した。
お酒にあまり強くない自覚があるタチヤナは、ペースを上げないようにと自分に言い聞かせた。
「なかなか雰囲気のある魔女ですね。良いドレスです。似合ってますよ」
「そ、そうですか? 良かった。変じゃないかなとか、ちょっと気になってたんです」
いつもより少し背伸びをした大人っぽい魔女の衣装にメイク、付け毛もしてみた。
「変なんてことはありません。艶やかで綺麗です」
想いを寄せる相手が隣にいるだけでも緊張気味になってしまうのに、褒められたりすると、先ほど言い聞かせた飲むペースのことなどどこかへ飛んで行ってしまった。
気づけばフワフワと気分が良く、心身は解放感に満ちていた。自然に笑顔になる。
タチヤナはにっこりしてグレアムに話しかけた。
「グレアム団長は……本当に強くて優しい方、ですよね。そんな団長だから、皆も私も大好きなんです」
「タチヤナ……?」
急な褒め言葉に不思議そうにタチヤナを見やるグレアム。
タチヤナは、グレアムが疑問を言葉にする前に口を開いた。
「否定は許しませんよ、事実ですから!」
「いえ、あの……」
「私、団長の力になりたいっていつも思ってるんです。団長を笑顔にしたい、幸せにしたいって」
「タチヤナ、少し……」
「グレアム団長は幸せになるべき人です。ええ、もうぜぇーったいに幸せにならなきゃダメ! 色んなことを飲み込んで我慢してきましたよね?」
勢いよく言ったかと思うと、タチヤナはグレアムの手をぎゅっと握った。温かく大きな手だった。
「団長は良い子です。私、そんなグレアム団長がだーいすきです! こうして隣にいられることが本当に幸せなんです」
良い子良い子、とグレアムの頭を撫でるタチヤナは、どう見ても酔いが回っている。
グレアムは苦笑して、されるがままでいた。
「――さぁ、今日くらいは飲みましょう!」
「いえ、君はそろそろ……」
ご機嫌でボトルを掲げるタチヤナと、酔い潰すわけにはいかないと焦るグレアムとで、しばらく攻防戦が繰り広げられたのだった。
●マスターコメント
【川岸満里亜】
☆より上を担当させていただきました。
グレアムの精神を戻すシナリオでは出る幕がなかったので、今回は多めに書かせていただいてしまいました。
そろそろちょっと筆が滑りそうになるというか、NPCの方からなんかこう色々したく……な、なんでもないです。
続く皆様の物語、楽しみにしております。
ご参加誠にありがとうございました!
【冷泉みのり】
数名の方を担当いたしました。
ご参加してくださり、ありがとうございました。
少しでも楽しい時間となったのなら、嬉しく思います。
カナリア様の大変身に仰天しました……!
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