特別な日のふたり
一年の中で、特別な二日間。
『聖なる日』は、アトラ・ハシス島の原住民たちにとっても特別な日だった。
一日目の夕方。出かけようと声をかけてきたのは、夫のセゥの方だった。
自分から誘おうと思っていたヴィーダ・ナ・パリドは、少し驚き、急いで準備をする。
身だしなみを整え、セゥへのプレゼントを鞄に入れて、防寒具を纏い外に出る。
家の前で、セゥは空を見ながら待っていた。
オレンジ色の柔らかな光が、村に降り注いでいる。
「待たせたな」
夕日のせいか、それとも急いだせいなのか、ヴィーダの顔がほんのり赤く染まっている。
「どこに行くんだ……おっ」
突然、引っ張られて、ヴィーダの腕にセゥの腕が絡められた。
「あ、歩きにくいだろ!? 外でこんなこと……」
「今日は大切な人と過ごす、特別な日、なんだろ?」
「そうだけど、人の目が……」
市場の方向には、多くの人の姿があった。
「お二人さん、デートかい」
宴会の客を募っていた年配の男性の言葉に、ヴィーダは一瞬「違……」と答えかけて、言い直す。
「そ、そんなところ、だな」
セゥを見上げると、セゥはこくりと頷いた。
「そうか、今晩は邪魔しちゃ悪いな~、明日もやってるからな!」
男性は意味深な笑顔を見せてから、他の人の勧誘に向かっていった。
「……変なこと、想像された気がする」
「変なことって?」
「腕、組んでるから、誤……いや、誤解じゃねぇんだけど、なんか」
照れくさくて、恥ずかしいんだと、ヴィーダは小さな声で言う。
「わかった」
くすっと笑みを浮かべてセゥは言い、ヴィーダを宴の場からは少し離れた場所にある飲食物の提供が行われているテーブルへと誘った。
そこでようやくヴィーダはセゥの腕から解放され、2人は並んで腰かけて、聖なる日の特別メニューを戴くことにした。
周りの人たちとの談笑も楽しんだあとで「そろそろ行こうか」と、セゥはヴィーダに手を差し出した。
それは自然な動作で、照れる事も忘れてヴィーダは彼の手をとっていた。
「帰るのか?」
「いや、これからが本番」
セゥに手を引かれて、ヴィーダは歩き出す。
日は既に落ちていて、山は夜の闇に包まれていた。
明かりを一つだけ手に、2人は山道を歩いて高台へと出た。
木々が少ないその場所からは、市場の灯がとても良く見えた。
そして、星々も。
「今日は月が細いから、星がよく見えるなぁ」
この時期の星はとても綺麗だった。
空いっぱいに散りばめられた小さな光たち。良く見れば、色にも違いがあって。この美しさは、呪術ではつくれるものではなく……。
暫くの間、二人は言葉を発することもなく、空に見入っていた。
「……っと、これ」
しばらくして、我に返ったヴィーダが、セゥへのプレゼントを取り出した。
「何?」
「プレゼントだ。こんなの、初めて編んだんだから、下手なのは見逃せよ」
彼の首に巻きながら言う。手編みのマフラーだった。
模様を入れようとしたのだろうか。ところどころ失敗をしている。
「ありがとう」
表情を大きくは変えなかったけれど、セゥがとても喜んでいることが、ヴィーダにはわかった。
「ヴィーダのこういうところが、さ」
端を持ち上げて、失敗している部分をセゥは嬉しそうに見る。
「かわいい」
「!?」
ドキッとヴィーダの心臓が跳ねた。そんな彼女の目の前で、セゥが何かを広げた。
「俺からは、これ」
それは、大きめなストールだった。
くるっとヴィーダの首元に巻くと、セゥは驚く彼女を眺める。
「ははっ。ありがと」
真っ赤に顔を染めるヴィーダ。彼女の肩に腕を回して、セゥは自分の胸に抱き寄せた。
「村の中でそんな顔するなよ? 我慢できなくなる」
「なっ、どんな我慢だッ。じゃあそんな顔させるなよ」
「嫌だ」
「そーかよ。それなら、落ち着くまで、ここでこうしてるしかないよな」
荒くなる息を、深く呼吸をして整えながら、ヴィーダはセゥの背に手を回した。
「……ありがとう」
掠れたセゥの声が、耳に響く。
「現在練習中だ。次は、もっと良い物作ってやるから、待ってろよ」
「楽しみだ」
顔を上げて、セゥはヴィーダを仰向かせ、視線を合わせた。
少しの間、見つめ合い――セゥの顔が近づいてくる。
ヴィーダが目を閉じると、彼の温かな唇が、自分の唇に押し当てられた。
2人の鼓動はより高鳴っていき、身体は火照っていく。
しばらく、村に戻れそうもなかった。
■登場人物
■作成クリエーター
川岸満里亜
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