始まり―エルゼリオ・レイノーラ―

 

 僕は今でこそ帝国騎士だけど、ほんの三年前まではスラム街の住人だった――。

 

 エルゼリオ・レイノーラは自室で物思いにふけていた。

 宮殿の北側に位置する、騎士――貴族たちの居住区が今の彼の住処だけれど。

 大洪水が発生し、母と二人この地に避難した当時の住処は、テントや小屋ばかりのスラム街だった。

 部屋の窓から見える街並みは、三年前に見ていたものとまるで違う。

 大洪水前も、スラム街に居た頃とさほど変わらないほど貧しかった。だから、窓から見えるこの景色には、未だ慣れない。

 物心ついた時には自然と魔法を扱うようになっていた。それは、生き抜く術だった。

 

 三年前、病弱だった母が亡くなった。

 それから数カ月後のこと。

 突然、スラムで暮らす彼のところに『実父』の使者が訪ねてきた。

 使者はエルゼリオに、彼が貴族レイノーラ家の庶子であることを告げた。

「……それで、僕は補欠で嫡男として引き取られる事になったんだよね」

 エルゼリオの口からため息が漏れる。

 貴族社会は彼にとって、思っていた以上に面倒臭く、窮屈だった。

 父も、義理の母も悪い人ではないのだが……。

 

 エルゼリオは窓に近づいて、身を乗り出す。

「やっぱり、ここからじゃ見えないか」

 遠くの空も、真上の空も綺麗な青だった。

 スラム街からは、時折見えたのだ――赤い空が。

 その空の理由を、騎士になり噂で初めて知った。

 魔力による炎で、島が燃え続けている、と。

 日々の生活に息苦しさを覚えていた彼の中に、久しぶりに熱い感情が湧いてきた。

 命を懸けるほどの何かに出逢える予感がした。

「よし、ちょっと観に行くか」

 高台から、燃える島の方向を観てみようと、エルゼリオは騎士服に着替え始める。

「……う、なんか小さい。声も掠れることがあるし」

 ここに来たばかりのころ、エルゼリオは、少女にしか見えないほどとても可愛らしい容姿をしていた。

 紗のようにきらめくストロベリーブロンドも、大きなヘーゼルの瞳、そして乳白色の肌もまだ変わってはいないのだが。

 最近、声に、変化が表れ始めていた。

「僕はこのままゴリラみたいになっちゃうのかなぁ? 不安だ……」

 少し考えた後――彼は男性用の騎士の服を着るのをやめて、クローゼットの中からフレア袖の花柄のワンピースを取りだした。

 

 太陽が傾き始めた頃。

 街に花柄のワンピースに身を包み、長く美しい髪をなびかせながら歩く可憐な少女の姿があった。

 どこの令嬢だろうかと騎士達が足と目を留めていく――。

 

■登場人物

エルゼリオ・レイノーラ

 

■作成クリエーター

川岸満里亜