これからも
世界の魔力を統べる王が誕生してから、数か月の時が流れた。
アトラ・ハシス島の人々も落ち着きを取り戻しつつある頃。
ヴィーダ・ナ・パリドはようやく、大切な親友で義理の妹でもあるシャナ・ア・クーと、二人きりでゆっくり会うことが出来ていた。
庭に用意した椅子に腰かけて、のんびり話をしていく。
「お腹、随分大きくなったわね。この間までほとんど変化なかったのに。男の子かな、女の子かなー。楽しみ!」
ヴィーダの大きくなってきたお腹を見るシャナは、とても嬉しそうだ。
「ありがとう。ホント、楽しみだ」
そう答えて、ヴィーダはセゥとの子が宿るお腹を、そっと撫でた。
「儀式や島のことで、なかなかこうしてゆっくり話す時間、とれなかったよな」
ヴィーダがシャナを見つめる。出会った時と変わらず、彼女はため息が出るほど美しい。
「お疲れ様、ありがとう」
「ん? なにが?」
「契りの娘の役目を終えたこと、だけど特殊な魔力を持ち続けることを決めてくれたこと」
「ああうん、任せなさい」
明るく、少し得意げにシャナは笑い、ヴィーダの顔にも笑みが浮かぶ。
「これから継承者として生まれてくる子のサポートは、俺も全力でするから、頼れよ」
「ありがとう。頼りにしてる」
答えるシャナの瞳に、少しだけ不安の影が過っていることを、ヴィーダは見逃さなかった。
ヴィーダはおもむろに手を伸ばして、シャナの手をとった。
初めて会った時に、そうしたように。
「俺は、何度でもこの手をとる。だからシャナも、何度でもその手を伸ばしてくれ」
「ありがとう、ヴィーダ。痣を持って生まれてくる子もだけど、あなたの子ども、私の甥か姪も守りたい。一緒に、ね」
ヴィーダはシャナのその言葉に、強く頷いた。
シャナの顔から影が消えて、ほっとしたような穏やかな雰囲気となった。
「それで、シャナ」
「ん?」
「好きな奴はいないのか?」
途端、シャナはふて腐れたような顔になる。
「こういう話好きじゃないのは分かってるけど、俺だって好奇心だけで聞いてるわけじゃないぞ」
「うーん……」
「別に、特別な相手を作ることだけが幸せだなんて思ってないけど、心配なんだよ。俺は、シャナが誰を選ぼうが、味方になるからな」
「多くの人が人間になって、より恋愛は難しくなったかなぁ」
シャナはため息を漏らした。
「契りの娘じゃなくしてもらった時には、深く考えてなかったんだけど……私さ」
続く言葉から、ヴィーダはシャナの瞳に不安の影が在った理由を理解した。
「契りの娘の母親になるかもしれないのよ」
山の一族で、魔力を持ち続けている女性、その中で出産が可能な女性はごく少数。
「娘にあの使命を背負わせるのは嫌だな、なんて勝手な事思ってしまったり」
「それが勝手だっていうなら、一族にならなかった俺たち全員だって同じだろ」
ヴィーダの言葉に頷き、シャナはため息をひとつついて、続ける。
「好きになった男性に、その契りの娘の父親になる使命を背負わせることも、ね。だから、結婚するのなら好きな人より、その覚悟を持った人になるんじゃないかな」
「というか、契りの娘が誕生してからなら、シャナの子が契りの娘になることはないんじゃないか?」
「そうだね。うん、そうだね……」
シャナは弱い笑みを浮かべた。
「何にしても、そういうこと考えてるんなら、ちゃんと話せよ。俺はいつでも相談に乗るし、シャナとシャナの大切なものを助けるからな」
「ありがとう、ヴィーダ。ホントに、ヴィーダは私の一番の恩人。……で、先輩に聞きたいのだけれど、結婚って楽しい? セゥは最近どんなかんじ?」
「楽しいよ。セゥは、最近、前以上に心配性な気がする」
軽く愚痴っぽく言うヴィーダ。
「ちょっと山に行くって言うと、絶対ついてくるし。狩りに行くわけでもないのに」
最近の彼の様子を話していると……。
「ふーん、ごちそうさま」
気付けば、シャナはにやにや笑みを浮かべていた。
「どういう意味だよ」
「惚気、ね」
「うっ」
違うとは言い返せないヴィーダであった。
だって、セゥに心配されることが、とても嬉しいから。
「ねえ、ヴィーダ」
「なんだよ」
「子どもが生まれたらまた忙しくなるだろうけれど、これからもよろしくね。私にもあなたをサポートさせてね」
「もちろん。ずっと、よろしく」
ヴィーダが手を差し出し、シャナが彼女の手を握りしめて、握手を交わして。
そして、二人は笑い合う。
柔らかな光が降り注ぐ、美しい自然あふれる世界で。
■登場人物
■作成クリエーター
川岸満里亜
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