あいさつ
帝国とアトラ・ハシス島との交易が再開されてすぐに、セルジオ・ラーゲルレーヴは婚約者のミコナ・ケイジと共に、アトラ・ハシス島から訪れた船に乗った。
大洪水時に船に乗って避難した港町住民の大半は、今でもアトラ・ハシス島で暮らしている。セルジオとミコナにとっても、第二の故郷といえる場所だ。
結婚前に、お世話になった人たちに挨拶をしたいと思ったこと、そして今後も2人はリモス村で暮らす予定であるため、残してきた荷物を持ってこようと思ってのことだった。
「なんか、新婚旅行みたいだよね。私お邪魔虫だなー」
船にはミコナの妹のルルナ・ケイジも乗っていた。
「そんなことないって、ルルナも解ってるでしょ。セルジオさんが誘ってくれたんだし」
ミコナが諌めるようにそう言うと、ルルナは「はーい」と明るく返事をした。
帝国領からアトラ・ハシス島まではかなりの距離があり、そう頻繁に行き来はできない。今回の交易船の滞在時間は、数時間とのことだった。
特にお世話になった人たちのところ以外は、それぞれ挨拶に向かうことにしていた。
山道を登って到着した村は、発ってからまだ2年も経っていないのに、随分と変わっていた。
帝国で保護されていた人々を受け入れたために、住居がかなり増えたのだ。
ミコナたちと別れて、セルジオがまず向ったのは、果樹園の老夫婦のもとだった。
果樹園を手伝う人も増えており、夫婦は無理のない暮らしができているようだった。
それから、セルジオは自分が暮らしていた家に向かった。家は既に他の人に貸しだされているとのことだった。ただ、セルジオの私物については、全てきちんと保管がされているとのことで、それを引き取りにきたのだ。
残しておいた私物はとても少なくて。リュックに入れて、持ち運べる程度の量だった。
大切なものは身につけていたし、港町にあった思い出の品は、両親が海上に持ってきてくれると信じている。
「家具は自由に使ってください。不要になりましたら、処分していただいて大丈夫です」
住人にそう話して、セルジオは家を離れた。
「ありがとうございました」
少し離れてから振り返り、感謝の気持ちを込めて、一礼する。
一方、セルジオと別れたミコナとルルナは、兄のラルバ・ケイジの家に向かっていた。
「ところでさ、お姉ちゃん」
「ん?」
ゆっくり歩きながら、ルルナがミコナに問いかける。
「二人はいつまで、敬語でやりとりするつもり? さん付けで呼び合ってるのも、私の前だけじゃないよね?」
「そうだけど……。セルジオさんは誰にでも丁寧な喋り方だから」
「でも家族になるんだよね? 私やお兄ちゃんには普通な喋り方なのに、お姉ちゃんいつまでもそれでいいの? セルジオさんだって、お友達のことは呼び捨てで呼んでるんじゃない?」
「……」
複雑な気持ちに陥ったミコナを、ルルナが悪戯気な目で見る。
「ねえお姉ちゃん、二人っきりの時に、腕にぎゅっと抱きついて見上げながら『ミコナって呼んで(ハート)』って、言ってみたら? みたら? みたら!?」
瞬間、ミコナはカッと赤くなる。
「あ、姉をからかうんじゃありません!!」
そしてルルナをどーんと突き飛ばした。
「あはははははっ、お姉ちゃん可愛い~」
笑いながら、ルルナは兄の家へと駆けて行く。
「もぉ……」
ミコナは大きく息をついた。
歩きながら。将来、どう呼び合うのか考えてみた。
(子どもができたら、自然とお父さん、お母さんって呼び合うのかな)
でも、二人で過ごす、心が躍る時間は――。
呼び捨てで名前を、何度も呼んでもらえたら、すごく嬉しいんじゃないかって。
愛の、言葉と、ともに。
幸せな時間を想像し、鼓動が高鳴っていく。
「あー、もうっ、何考えているの。ルルナのばかっ」
真っ赤になりながら、ミコナも兄が待つ家へと走り出した。
数時間後。それぞれの用事を済ませたセルジオとミコナは、別れた場所で落ち合った。
ルルナは幼馴染に会ってくるとのことで、その後直接船に向かうそうだ。
「お兄ちゃんが、結婚式やるなら出席したいって言ってました」
式……挙げるとしても、ささやかなものになるだろう。ミコナの兄、ラルバにも是非出席してもらいたいと、セルジオも思う。
「まずは、村長さんのところに御挨拶に行って、そのあとは果樹園のご夫婦のところに行きましょう。果物とジュースをご馳走してくださるそうです」
そして最後に、ラルバのところに2人で改めて行こうと決めていた。
「村の様子、随分変わりましたよね。散歩しながら行きませんか?」
「賑やかになりましたね」
言って、セルジオは自然にミコナの手をとり、二人は手を繋いで歩き出す。
人が増えたことで、食糧の問題も発生しているだろう。
だけれど、セルジオたちがここに到着した時より、幼子が少なく……そう、皆大人へと成長していっている。
リモス村よりも、生活は安定しているように見えた。
動物も多くて、自然に溢れていて……。
「リモスもいつか、ここのようになるといいですね」
「はい。あの、セルジオさん」
セルジオがミコナに目を向けると、ミコナは何故か恥ずかしそうに視線を落とした。
「お願いが、あるかもしれません。あ、でも結婚してからでも……」
ごにょごにょと語尾を濁らせるミコナ。
セルジオが不思議そうに「何ですか?」と訊くと、ミコナは赤い顔を向けてきた。
「もっと、セルジオさんと距離を縮められたらいいなって思うんです」
具体的に、彼女は何を望んでいるのだろうと、セルジオが不思議そうにミコナを見詰め続けていると、ミコナはますます赤くなっていく。
「戻ってから、話しますね……セルジオ、さん」
ぎゅっと、セルジオの手が握りしめられる。
同じ位の強さで、セルジオはミコナの手を握りしめ返して、引き寄せて。
「それでは船に戻ってから、夜にでも聞かせてくださいね」
そう彼女に囁きかけると、ミコナはこくりと頷いて「はい」と小さく返事をした。
懐かしい人々に挨拶をして回り、沢山の祝福の言葉を貰った。
第二の故郷に感謝を届けて、幸せを貰って。
お土産を手に、二人はリモス村へと戻っていった。
■登場人物
■作成クリエーター
川岸満里亜
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